- 著者
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松山 晋作
- 出版者
- The Iron and Steel Institute of Japan
- 雑誌
- 鉄と鋼 (ISSN:00211575)
- 巻号頁・発行日
- vol.69, no.8, pp.903-912, 1983-06-01 (Released:2009-06-30)
- 参考文献数
- 16
- 被引用文献数
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実橋における高力ボルトの遅れ破壊に関する事例解析結果をまとめると次のようになる.1) 橋梁の桁構造別にみると箱桁における損傷例が多かつた.これは桁内部に水が溜まるために日照時には高温高湿条件となり腐食反応が生じやすいためである.したがつて,箱桁には水抜き孔を設けて桁内部が乾燥状態を保つようにすることが破損防止上必要である.2) 橋梁によつて破損が上フランジ,ウェブ,下フランジなどのある箇所に集中する傾向が認められた.この原因は明らかではないが,ボルトの遊びねじ長さ,水滴の溜まりやすさ,温度上昇度など,ボルトの製造ロット別に生ずる材質的差異以外の要因が考えられる.3) ボルトの破断部位は不完全ねじ部が一般的には多いが,橋梁によつては首下破断が多発する場合もあつた.規格上は首下はねじ部より強い筈であるから,首下破断を生ずる理由には,第一に頭が下向きの場合首下に水滴が溜まりやすいこと,第二に首下の丸み部に座金の角があたり荷重が集中したことが考えられる.とくに後者の場合には座金が遅れ破壊してボルト孔内部への水の浸入を容易にすることもある10)ので,座金の内側隅は十分面とりする必要がある.4) F 13T (No.4)を適用した唯一の橋梁で約15年間にわたりボルトの破損傾向を追跡調査した.その結果ボルト破損の確率分布は二母数ワイブル分布に従うことが認められた.継手のすべりに対する安全率を考えると,破損の補修をしなかつた場合にはこの橋梁は約40年で変状を生ずると推定された.5) F 11Tを使用した橋梁で最初の破損を生ずるまでの寿命分布も二母数ワイブル分布で表され,故障率が時間と共に低下する傾向を示した。現在F 11Tの使用は中止されているから,すでにF 11Tを使用している既設の橋梁での遅れ破壊事例は今後減少傾向にあると推定される.6) 高力ボルトを適用した初期の橋梁や遅れ破壊を発生した橋梁についてボルトを採取して軸部の鉄さびの分析を行つた.直接雨に曝された箇所や箱桁ではボルトが湿つた状態にあるものが多かつたが,鉄さびの組成からも水の存在が認められた.遅れ破壊は水の存在下で腐食反応の結果生ずる水素により誘起されるもので,乾燥状態で使用されていれば遅れ破壊は生じない.7) 破面の破壊起点部には旧オーステナイト粒界割れがみられた.材料によつては破壊途中で圧延方向にミクロ偏析帯に沿つて粒界割れを生ずる縦割れが認められた.8) 遅れ破壊を生じたボルトの最小硬さはHRC 37.5であつた.従来の実験から得られた遅れ破壊を生ずる限界硬さはHRC 41であるから,HRC<41で破損したボルトは材質的鋭敏化原因があつたと考えられる.その原因として,浸炭による表面硬化, Pの粒界偏析, Bの粒界における存在などが考えられた.これらの原因の検討から,熱処理炉の雰囲気は脱炭傾向にすること,可能な限り低燐の高純度鋼を用いること, B添加は必要最少量にすることなどが高力ボルトの信頼度を高めるために必要であると結論される.しかし市販鋼では高純化には限度があるから粒界炭化物が十分凝集するまで焼もどし温度を高めることが必要である.9) 一般に炭素量が多いと焼もどし軟化曲線の勾配が急になり,焼もどし温度変化の硬さへの影響が大きくなるから,炭素量の多い鋼種で高強度化するのは望ましいことではない.またバッチ型焼もどし炉のように装入方法によつては温度むらを生ずる場合には,一部に焼もどしが不十分で硬さの高い製品が混入する可能性があるので注意が必要である.