著者
佐々木 一郎
出版者
公益財団法人 損害保険事業総合研究所
雑誌
損害保険研究 (ISSN:02876337)
巻号頁・発行日
vol.78, no.1, pp.113-134, 2016 (Released:2019-04-05)
参考文献数
13
被引用文献数
1

家計が直面する様々な危険を処理するうえで,民間損害保険会社等の任意保険は重要なリスクマネジメント手段の1つである。だが,現在のわが国の学校教育現場では,リスクや損害保険について学ぶ機会はほぼ皆無である。損害保険の知識不足のために,損害保険商品の価値が過小評価され,本来であれば加入しておいたほうがよいと思われるケースにおいても未加入のまま,損害保険が有効活用されないことも考えられる。 本研究では,民間の任意自動車保険に焦点を当て,自動車保険の主観的知識量と未加入行動との関係をロジットモデルにもとづき分析をした。分析の結果,自動車保険の知識量が多いケースと比較して,保険知識量が少ない場合,未加入率が約2.5倍高くなることが示された。実証分析結果より知識不足のために未加入が誘発されている可能があることを踏まえると,中学・高校等における学校教育現場での保険教育のよりいっそうの充実が重要である。
著者
永井 治郎
出版者
公益財団法人 損害保険事業総合研究所
雑誌
損害保険研究 (ISSN:02876337)
巻号頁・発行日
vol.78, no.2, pp.139-172, 2016 (Released:2019-04-05)
参考文献数
49

17世紀のイギリスに活躍したニコラス・バーボン(N. Barbon)は,今日,「The Fire officeの創設者」と「重商主義思想の代表者」という2つの側面をもつ。本稿はこの両側面を統一的に把握するものである。そのとき,特に2つの点に注目する。 1つは,バーボンがThe Fire Officeの設立過程で,火災の発生にある法則性を感知し,これを「事故の不変の成り行き」(the constant course of accidents)と呼んだことである。ヤコブ・ベルヌーイ(J. Bernoulli)に先立つこの「大数の法則」の感知は,その後のバーボンの経済思想に対し,方法論的・経済論的に重大な影響を及ぼした。 もう1つは,バーボンがThe Fire OfficeとFriendly Societyとの対立をとおして,「基金なければ保険なし」(There can be no Insurance, unless there be a Fund Setled)という結論に至ったことである。The Fire Officeは,自らの保険基金(支払準備金)を利子生み資本(Zinstragendes Kapital)(=広義の貸付資本)に転化することで,保険の近代化を達成するが,このことは,晩年のバーボン銀行(The Land-Bank established, Anno Dom. 1695)の信用形成にも多大な影響を与えた。 バーボンの人物像は,この2点に注目するとき,全体的に把握される。
著者
永井 治郎
出版者
公益財団法人 損害保険事業総合研究所
雑誌
損害保険研究 (ISSN:02876337)
巻号頁・発行日
vol.76, no.3, pp.103-133, 2014-11-25 (Released:2019-07-21)
参考文献数
32

この小論はイギリス名誉革命期より18世紀前半に至る火災保険近代化の歩みを辿るものである。そのとき保険をなによりも信用制度として把握し,その中核となる保険信用つまり保険金支払いに対する信認の変遷に焦点が絞られる。最初にThe Fire officeが土地保障に基づく信用の創設を行った後,The Friendly Society等が追徴金と預託金に基づく信用を形成するが,やがてその中心は追徴金から預託金へと移行する。そしてThe Sun Fire Officeでは常設基金が登場し,最終的に二大特許会社が資本金と前払確定保険料をもつに至って,保険信用の近代化は完成する。この歩みは同時に,それぞれの時期に保険を構成した人々の利害関係を反映している。これを大きく地主階層(OWNER)のものと商人階層(TRADER)のものとに分けると,前者には土地所有が,後者には商品流通に伴う抵当制度と手形流通が深く関わっていることが判る。近代保険はこれら2つの要素の統合の下に誕生したのである。
著者
大塚 忠義 藤澤 陽介 佐藤 政洋
出版者
公益財団法人 損害保険事業総合研究所
雑誌
損害保険研究 (ISSN:02876337)
巻号頁・発行日
vol.77, no.4, pp.33-56, 2016-02-25 (Released:2019-05-17)
参考文献数
8

現在、アクチュアリー科目を設けている大学・大学院は増加している。しかしながら、我が国のアクチュアリー専門職団体と大学の関係は限られた大学への教員の派遣にとどまっており、欧米では資格試験に際し大学になんらかのクレジットを与えていることと比較すると著しく希薄である。 一方、アクチュアリー志望者のアクチュアリー教育を行う機関に対する評価には大きな差はないものの、大学が最も高い。今後大学で教育を受けたアクチュアリー志望者は増加していき、大学がアクチュアリー教育に関する主要な教育機関になっていくと予想される。 アクチュアリー志望者が得られる教育機会は限られており、アクチュアリー職への就職を希望する学生にとって、大学でのアクチュアリー関連講座は重要である。また、大学での質の高い講座は、学生のアクチュアリー学への興味の喚起につながり、アクチュアリー志望者の増加に寄与する。 今後、若年人口が減少していくなかで、会計士など他の専門職と競合しながら、アクチュアリーの増加ひいてはアクチュアリー学の発展のために、大学における教育機会の拡大は必要条件といえる。
著者
新開 由香理
出版者
公益財団法人 損害保険事業総合研究所
雑誌
損害保険研究 (ISSN:02876337)
巻号頁・発行日
vol.79, no.2, pp.171-193, 2017-08-25 (Released:2019-04-10)
参考文献数
42

高次脳機能障害者の就労支援や自動車運転技能の判定に神経心理学的検査を用いた国内論文を収集し,高次脳機能障害者の社会適応能力を推測するにあたって神経心理学的検査をどのように捉えるべきかについて専門諸家の意見をまとめた。 高次脳機能障害者の就労群と非就労群の比較や自動車運転再開判定に用いられる神経心理学的検査は,Trail Making Test Part A(TMT-A),Trail Making Test Part B(TMT-B)を有意とする報告が共通して多かった。自動車運転再開判定においては,机上の神経心理学的検査を用いた評価から実車評価へ進む際の明確な基準は未だないが目安となる値を示す報告が散見された。 高次脳機能障害者の社会生活適応にあたり,その障害度を評価するには,運動機能障害や発語に関する問題,基本的な生活習慣の確立や対人技能,自分の障害を認知することなどが重要で,神経心理学的検査だけで障害度を推定することはできないが,神経心理学的検査は,認知機能障害を数値化する点が有用であると考える。そして自動車運転再開判定における実車前のスクリーニングとしての目安値は,自動車運転が高度な認知機能を必要とすることや社会復帰をする上で重要な移動手段となる点などから,高次脳機能障害者の社会生活の適応を推定するための一つの参考になるものと考える。しかし,神経心理学的検査だけでは,高次脳機能障害の全体像を捉えることはできないことに留意する必要がある。
著者
亀井 克之 八木 良太 大塚 寛樹
出版者
公益財団法人 損害保険事業総合研究所
雑誌
損害保険研究 (ISSN:02876337)
巻号頁・発行日
vol.78, no.4, pp.189-219, 2017

<p> リスク多発の現代においては,リスクマネジメント・危機管理がますます社会的に要請されるに至っている。これは,1916年に発表されたファヨールの論考から100年を経て,練り上げられてきたリスクマネジメントの考え方(フレームワーク)をさまざまな経済主体や事象にあてはめて,リスク・コントロールとリスク・ファイナンスを展開することを意味する。近年,筆者らは日本で急成長している音楽ライブ市場にリスクマネジメントのフレームワークをあてはめて研究を展開している。これは,①2020年の東京五輪開催を見据えたイベントのリスクマネジメントや②さまざまなエンタテインメント・ビジネスのリスクマネジメントを考える上で示唆を与えるものと考える。こうした研究の一環として,本稿では,まず,既存研究で試みてきたように,リスクマネジメントのフレームワークを音楽ライブ・ビジネスに適用して提示することを試みる。次に事例によって「音楽ライブ・ビジネスのリスクマネジメント」を考察する,具体的には,⒜日本の音楽ライブ市場で依然として大きな存在感を示す韓国ポップ(K-Pop)アーティストの事例分析と⒝2015年11月13日にフランス・パリの音楽ライブ劇場バタクランで発生した銃の乱射テロに関連してフランステロ犯罪被害者補償制度の事例分析を行なう。</p>
著者
二木 雄策
出版者
公益財団法人 損害保険事業総合研究所
雑誌
損害保険研究 (ISSN:02876337)
巻号頁・発行日
vol.77, no.4, pp.117-147, 2016-02-25 (Released:2019-05-17)
参考文献数
5

交通事故による損害賠償の一環である逸失利益は,通常,被害者の平均年収(=基礎収入)に5%のライプニッツ係数を乗じて求められている。このような算定方式は果たして公正な結果をもたらすものなのだろうか。 第一に,この方式は計算を簡略にするための近似法によるものなので,得られた金額の多寡は必ずしも正確なものではない。そればかりか,この方式では逸失利益の男女間格差が実態以上に拡大されるなど,無視できない質的な誤差をも含んでいる。 第二に,この方式では逸失利益が,金銭の貸借や手形割引などと同じように,将来の「カネ」と現在の「カネ」との関係として捉えられている。しかし逸失利益というのは被害者が生産できるはずだった将来の「モノ」を現在の「カネ」で評価した金額なのだから,それを算定するためには,利子率だけではなく,「モノ」の価格(=物価)の変化をも考慮しなければならない。まして両者の値は,過去の統計が示すように,密接な関係にある。それにも拘わらず現行の算定方式では利子率だけが採り上げられ生産物の価格変化という視点は抜け落ちていて,その結果,被害者は大きな不利益を蒙ることになっている。 逸失利益は公正なものでなければならないのだから,現行の算定方式は,少なくともこれらの点については,修正されなければならない。
著者
後藤 元
出版者
公益財団法人 損害保険事業総合研究所
雑誌
損害保険研究 (ISSN:02876337)
巻号頁・発行日
vol.82, no.1, pp.1-30, 2020-05-25 (Released:2022-03-30)
参考文献数
31
被引用文献数
2

本論文では,自動車をめぐる技術革新として近年注目が集まっている自動運転車とライドシェアによる人身事故についての民事責任のあり方を検討する。まず,完全自動運転車による事故については,現行法の下では自動運転システムにエラーがあった場合であっても所有者に運行供用者責任が成立するため,自動運転車メーカーに安全な自動運転システムを開発するインセンティブをどのように与えるかが問題となる。次に,通常の自動車を用いたライドシェアサービスにおける事故については,契約上の建付けと現行法を前提とした場合には,ライドシェアサービス事業者は旅行業者としての責任を負うにとどまる可能性が高く,賠償資力や安全性をどのように確保するかが課題となる。以上を前提に,完全自動運転車を用いたライドシェアサービスにおける事故についての民事責任について,完全自動運転車が実現した際の自動車の保有形態がどのようになるかを考えつつ,検討する。
著者
山本 啓太
出版者
公益財団法人 損害保険事業総合研究所
雑誌
損害保険研究 (ISSN:02876337)
巻号頁・発行日
vol.78, no.3, pp.81-109, 2016-11-25 (Released:2019-04-09)
参考文献数
3

平成26年の保険業法改正によって意向把握義務及び乗合代理店等に対する推奨販売ルールが導入された。これは来店型保険ショップ等の増加といった保険募集チャネルの多様化や大型化など,保険募集を巡る環境の変化に対応できるようにするための見直しとのことである。確かに,適合性原則の具体化を論ずる中で導入された意向確認書面はその本来の機能を果たしておらず,また,来店型の大規模乗合代理店の中には,「公平・中立」を標榜しながら,実際には手数料の高い商品を顧客に勧めるという現状は改善の必要がある。この点,今回導入された意向把握義務及び推奨販売ルールは,いずれも顧客の意向に焦点を当てたものであるが,そこでいう意向,言い換えれば,顧客のニーズがどのようなものをいうのかについて,十分な議論がなされていないように思われる。 保険業法上,「意向」という用語は,意向確認書面において初めて使われたものであるので,まずは意向確認書面導入時に「意向」というものがどのように議論されていたのか,意向確認書面において確認すべき「意向」と意向把握義務において把握すべき「意向」が同一でよいのか,更に,意向把握義務でいう「意向」と推奨販売ルールにおける「顧客の意向に沿った商品選別・推奨」でいうところの「意向」との関係はどのように整理されるべきなのか,について分析することとしたい。 最後に,施行されたばかりではあるものの,意向把握・確認義務及び推奨販売ルールの再整理の方向性についても考えてみることとしたい。
著者
古橋 喜三郎
出版者
公益財団法人 損害保険事業総合研究所
雑誌
損害保険研究 (ISSN:02876337)
巻号頁・発行日
vol.82, no.2, pp.145-170, 2020-08-25 (Released:2022-03-30)

諸外国では保険金請求の5%~15%程度が詐欺によるものであると推定されており,保険金詐欺対策には世界中の保険業界等が多大なコストをかけているものの,巧妙化する保険金詐欺の前に撲滅には至っていない。わが国の損害保険業界も例外ではなく,保険金詐欺に関する情報交換制度や通報制度を設けるなど,業界をあげて保険金詐欺対策に取り組んでいるが,各国保険業界と同様その対策には苦慮しているのが実情である。本稿では,保険金詐欺の被害が多く,保険業界が政府や警察など官民と連携して対応を検討し,様々な対策が講じられているイギリスを事例として,わが国の損害保険業界に有効と思われる手法や考え方を考察し,具体的な提言を述べる。