著者
大貫 隆
出版者
日本宗教学会
雑誌
宗教研究 (ISSN:03873293)
巻号頁・発行日
vol.84, no.2, pp.205-226, 2010-09-30 (Released:2017-07-14)

グノーシス主義研究において、神話論的思考から哲学的・神秘主義的思考への変容は避けて通ることのできない重要な問題である。ナグ・ハマディ文書第八写本の『ゾーストリアノス』では、この変容が明瞭に起きている。他方、プロティノスが『グノーシス派に対して』で対峙している論敵も同名の書物を持っていた。プロティノスはその中に、魔術文書の「呪文」と同類の発語を見出して批難している。事実、『ゾーストリアノス』を初めとする後期グノーシス文書は魔術文書から多くの「呪文」を受容した。しかし、それは魔術文書の場合のように、神々やさまざまな霊力を強制的に人間の思惑に従わせるためではない。それは地上から至高の究極的存在へ向かって上昇した神秘主義者が、究極的存在に関する認識と自分自身の存在を合一させた瞬間に発する呻き、つまり「異言」(グロッソラリア)である。
著者
宮家 準
出版者
日本宗教学会
雑誌
宗教研究 (ISSN:03873293)
巻号頁・発行日
vol.78, no.4, pp.1083-1107,viii, 2005-03-30 (Released:2017-07-14)

日本の宗教的伝統はこれまで神道、仏教、道教など成立宗教の側から論じられることが多かった。けれども日本人は自己の宗教生活の必要に応じて、これらの諸宗教を適宜にあるいは習合した形でとり入れてきた。民俗宗教はこうした常民の宗教生活を通して日本の宗教的伝統を解明する為に設定した操作概念である。この民俗宗教は自然宗教に淵源をもつ神道と、創唱宗教である仏教、中国の道教、儒教、これらが混淆した習合宗教、さらに日本で成立した修験道、陰陽道、萌芽期の新宗教などが民間宗教者によって常民の宗教生活の要望に応じるような形で唱導され、彼らに受容されたものである。けれどもこれまでの研究では民俗宗教は単に形骸化した残存物と見られがちであった。本論文ではこの民俗宗教の成立と展開に関する先学の研究を特に民間宗教者の活動に関するものを中心に検討した。そして常民の民俗宗教史の中に日本の宗教的伝統の解明の鍵があることを指摘した。
著者
星川 啓慈
出版者
日本宗教学会
雑誌
宗教研究 (ISSN:03873293)
巻号頁・発行日
vol.80, no.1, pp.1-24, 2006-06-30 (Released:2017-07-14)

宗教学・宗教哲学の分野では、これまで「宗教の真理・奥義・核心などと呼ばれるもの-以下では<宗教の真理>として一括する-は言語でかたることができるか否か」という問題が頻繁に議論されてきた。本論文では、否定神学者としてのウィトゲンシュタイン(W)とナーガールジュナ(N)の思索をとりあげ、二人がいかにこの問題と格闘したかを跡づける。「語りうるもの」と「語りえないもの」を鋭く対置させ、自分の宗教体験をその区別に絡めながら思索した前期W。世俗諦と勝義諦からなる二諦説に立ち、勝義をかたる言語の可能性を見捨てることはなかったが、そうした言語の限界をふかく認識したN。宗教の真理をかたる言語をめぐる二人の見解には、驚くほどの共通点と根源的な相違点とが見られる。本論文は、二人の相違点ではなく共通点に焦点をあわせて、議論を展開する。二人の思索からいえることは、言語によっては宗教の真理について直接に「語る」ことはできないけれども、間接にそれを「示す」ことはできる、ということである。いわば、言語は宗教の真理を「示す」という目的のための「作用能力」をもつのである。
著者
出村 みや子
出版者
日本宗教学会
雑誌
宗教研究 (ISSN:03873293)
巻号頁・発行日
vol.93, no.2, pp.135-161, 2019-09-30 (Released:2020-01-07)

教父のジェンダー理解を知る上で、教父文書が構成において高度に文学的かつ修辞学的であることを示したエリザベス・クラークの視点が有効である。本稿では正統信仰確立の過程でどのようにジェンダーバイアスが生じたかを三位一体論や反異端論争の事例を通じて考察し、次に創世記一六章の解釈に焦点を当てて考察した。教父たちは聖書解釈を様々な論争に効果的に利用したが、特に結婚と禁欲の価値をめぐる論争では、貞節な結婚は当時のローマ社会の男らしさの表明であり、厳格な性的禁欲主義はキリスト教の修道制が提示した新たな男らしさの定義であったゆえに、夫であれ、教会指導者であれ、女性が男性の指導下のもとに置かれることに変わりはない。他方でアレクサンドリアのクレメンスは、宗教教育における徳の追求には本性的に男女の差を認めておらず、こうした男女平等主義がローマ帝国におけるキリスト教の急速な拡大や女性の地位の向上につながったと考えられる。
著者
高橋 駿仁
出版者
日本宗教学会
雑誌
宗教研究 (ISSN:03873293)
巻号頁・発行日
vol.92, no.1, pp.105-129, 2018

<p>本稿の目的は、フランスの思想家ベルナール・ル・ボヴィエ・ド・フォントネルの神話論を検討し、その特異な理論が可能となった文脈を明らかにすることである。彼が自らの思想を大きく展開した十七世紀末においては、神話はただの誤謬とみられることが多く、学問の対象となることはあまりなかった。そのような時代において、彼は神話を哲学の産物だとし、積極的解釈をした。フォントネルは常に進歩し続ける「人間精神」とそれが拠り所とする「人間本性」とを想定し、既知のものから未知のものを想像するという本性を人間に想定し、神話もその原理に従って作られたと考えた。フォントネルがこのように神話を研究対象としたのは、それが人間についての理解を深めてくれると考えたからであった。フォントネルの思想からは神が追い出されており、神がすでに創造した世界における人間精神の活動を、彼は生涯一貫して追求していた。フォントネルの思想は人間のための思想であり、それは十七世紀のリベルタン的な思想と十八世紀の啓蒙思想をつなぐ重要な役割を果たしていた。</p>
著者
堀江 宗正
出版者
日本宗教学会
雑誌
宗教研究 (ISSN:03873293)
巻号頁・発行日
vol.91, no.2, pp.229-254, 2017

<p>二〇〇〇年代に入ってから主に英語圏の経営学で「職場スピリチュアリティ」をめぐって活発な議論が交わされている。本稿はその理論的展開と歴史的意義を明らかにするサーヴェイ論文である。この概念は経営者や従業員を対象とする調査から構築された多次元的概念であり、同時にコミュニタリアン的な徳倫理学の価値観のセットとしても提示される。その構成要素はコミュニティ感覚、従業員の疎外の改善、従業員の多様性の尊重、企業の不正への不寛容などである。だが批判者は企業中心主義、スピリチュアリティの道具化、従業員のコントロールの強化、カルトとの類似、訴訟の増大の危険を指摘する。一連の議論は経済活動と宗教を両立させようとする歴史的な試行錯誤のパターンを反映している。世俗化や近代化を生き延びつつ経済活動を支えてきたスピリチュアル資本の現代的な育成の形とも見られる。最後に日本で研究するべきいくつかの関連テーマについて展望を示したい。</p>
著者
大田 俊寛
出版者
日本宗教学会
雑誌
宗教研究 (ISSN:03873293)
巻号頁・発行日
vol.81, no.3, pp.603-625, 2007-12-30 (Released:2017-07-14)

ユングの思想と古代グノーシス主義の関係性は、これまで様々な仕方で論じられてきたにもかかわらず、未だ不分明なものに留まっている。その大きな原因は、グノーシス主義に関するユングの言及がきわめて曖昧であり、妥当性を欠いている一方、「自己の実現」という目的論や「善悪二元論」という世界観において、両者の思想がある種の共鳴を見せているからである。そこでこの論文では、ロマン主義の宗教論、具体的にはシュライエルマッハーとシェリングのそれを取り上げ、それがどのような点でユング思想の基礎と見なされ得るのか、また近代のロマン主義的パースペクティブを古代グノーシス主義へと適用することがどのような問題を発生させるのかについて考察してみたい。