著者
葛 睿
出版者
日本宗教学会
雑誌
宗教研究 (ISSN:03873293)
巻号頁・発行日
vol.85, no.1, pp.99-123, 2011-06-30 (Released:2017-07-14)

国民道徳の確立に際して、西村茂樹(一八二八-一九〇二)は宗教否定の立場に立った。宗教の非合理性を忌避するのみならず、宗派間の争いが存在することも危惧したからである。このように宗教一般に対して強い警戒感を示していた西村であったが、神道について低評価を与えながら、公の場で日本における宗教を論じる際に、仏教・キリスト教については常に言及する一方、神道については触れること自体を明確に避けつづけていた。このような消極的態度は、国民道徳論の展開に大きく寄与した人物としての西村の従来のイメージと少なからず齟齬するものであろう。すなわち道徳の源泉の一つに「皇祖皇宗」の神話的歴史を据えた後の思想家たちによる家族国家論とは、明らかに位相を異にしているからである。このように考えた時、彼の国民道徳論における神道の不在は、彼独自の神道認識の存在を窺わせるものである。本稿は、如上の問題意識をふまえ、彼の道徳思想において、神道がいかに位置づけられていたのかを検討するものである。
著者
堀江 有里
出版者
日本宗教学会
雑誌
宗教研究 (ISSN:03873293)
巻号頁・発行日
vol.93, no.2, pp.163-189, 2019-09-30 (Released:2020-01-07)

「キリスト教は同性愛を受け入れない」としばしば表現されてきたように、性的マイノリティへの差別を牽引してきた宗教のひとつである。本稿は、キリスト教の性規範を問うクィア神学の観点から、性的マイノリティへの差別を醸成するひとつであるホモフォビア(同性愛嫌悪)を考察する。事例として、キリスト教の教義に基づいて形成される「家族の価値」尊重派の主張を批判的に検証する。かれらは異性愛の結合と生物学的なつながりのある子を「正しい家族」として措定し、終身単婚制の重要性を強調することで、同性婚への反対表明をおこなってきた。本稿では、合衆国において、「宗教右派」を中心とするかれらの主張が拡大してきた経緯を追ったうえで、聖書テクストの事例をとりあげ、そこから家族の「正しさ」を措定するのは困難なことをあきらかにする。このような作業をとおして、男性/異性愛中心主義の価値観のなかで奪われてきた性的マイノリティの「行為主体の可能性」を模索する。
著者
久松 英二
出版者
日本宗教学会
雑誌
宗教研究 (ISSN:03873293)
巻号頁・発行日
vol.84, no.2, pp.455-479, 2010-09-30 (Released:2017-07-14)

ビザンツ末期の一四世紀に正教修道霊性の中心地アトスで始まったヘシュカズムの霊性は、心身技法を伴う「イエスの祈り」の実践と、神の光の観想の意義および正統性弁護のための理論から成り立つ。体位法と呼吸法を伴った「イエスの祈り」は、ビザンツ修道制における静寂追求の伝統上に位置づけられるが、それによって得られる光の観想体験は「タボルの光」という聖書表現をもって解釈しなおされた。次に、ヘシュカズムの理論レベルにおいては、光の観想をめぐる東方キリスト教的な解釈が注目される。その特徴を端的に表現するのが、「働き」(エネルゲイア)という概念で、この概念は光の観想体験の意義および同体験の正統性の説明として機能する。よって、ヘシュカズムの理論は内在や本質の抽象論より、働きや作用のダイナミックな具体論を特徴としている。そのような理論に支えられたヘシュカズムの霊性は、「エネルゲイア・ダイナミズムの霊性」と称してもよかろう。
著者
田中 雅一
出版者
日本宗教学会
雑誌
宗教研究 (ISSN:03873293)
巻号頁・発行日
vol.93, no.2, pp.107-134, 2019

<p>本稿の目的は、セクシュアリティ・ジェンダー体制と呼ぶ社会システムと宗教との関係を考察することである。具体的な事例としてインドのデーヴァダーシーと呼ばれる女性たちと、その中核に位置するエッラッマ女神への実践と信仰を取り上げる。そこに認められる吉と不吉という女性を分断する宗教的観念が女性への差別を正当化していると同時に、宗教が既存のセクシュアリティ・ジェンダー体制を撹乱する要因にもなっていることを指摘する。差別をめぐる女性の分断は日本の文化や社会体制に馴染んでいる者にとっても他人事ではないという観点から、日本においては女性を分断する支配的な言説として貞淑な女性とふしだらな女性という対立が重要であると指摘する。そして、子宮委員長はるの著書を取り上げて、その撹乱的意義を論じる。</p>