著者
村田 義一 高橋 儀昭 洞平 勝男
出版者
北海道立林業試験場
雑誌
北海道林業試験場研究報告 (ISSN:09103945)
巻号頁・発行日
no.38, pp.1-22, 2001-03

北海道東北部の西興部村のトドマツ天然林で1987年から2000年にかけてマツタケの発生現況を調査したところ,試験地には123個/haに及ぶ多くのマツタケのシロが分布するが,シロ当たりのマツタケ発生本数は少なく,年平均1.5本にすぐないことがわかった。シロ当たりの発生本数が少ない原因として,シロの成長がよくない(8.3~11.6cm/年にすぎない)ことや,シロの活力の低下,老齢化があげられる。比較的齢の若いシロでも,部分的に菌糸層の成長が抑制され,それがマツタケの発生量を低下させているように思われた。 本林分のマツタケの発生促進を図るため,シロの活性化と更新を目的に,総合処理区では,1993年に,混みすぎた立木,特に広葉樹の除間伐,腐植層の除去,害菌のシロの除去と心土による埋め戻し,立木の地際に生じた段階状の段差解消のための客土などを行った。除間伐区では,除間伐以外の施業は行わなかった。これらの施業の効果は次のとおりであった。 1 シロ当たりおよびha当たりのマツタケ発生量が増加した。総合処理区では施業の効果が特に顕著で,年平均で,シロ当たり発生本数は3.5本に増加し,ha当たり発生量は約51kgに達した。 2 総合処理区と除間伐では,マツタケの発生するシロの数が無処理区より増加した。この効果は施業後ほぼ3年以内に現れた。 3 総合処理区では,茎が太く,大きいマツタケが発生するようになった。 4 総合処理区と除間伐区では,マツタケの集中発生時期が早期化あるいは長期化した。 5 活力の著しく低下したシロを除き,害菌のシロの除去や段差解消のための客土によって,その部分の菌糸層の成長抑制が解消した。 6 総合処理区で,施業後に新たに形成されたと考えられるシロが確認された。 以上の結果から,本稿で実施した施業は,マツタケ未発生のシロでマツタケの発生を促進する効果があり,既発生のシロでは,活力の著しく低下したシロを除いて,菌糸層の部分的な成長抑制の解消とマツタケ発生量の増加のために有効であることがわかった。老齢で活力が著しく低下したシロの場合,本稿の施業ではその活力を回復させることはできなかったが,それらのシロは,活力の高いシロによって更新が可能と思われた。
著者
徳田 佐和子
出版者
北海道立林業試験場
巻号頁・発行日
no.49, pp.35-88, 2012 (Released:2013-10-08)

ミヤマトンビマイ科マツノネクチタケ属に属する木材腐朽菌マツノネクチタケの種複合体:Heterobasidion annosum s. l. (広義)は,北半球広域に分布し,針葉樹を中心とした林木に著しい根株腐朽被害および枯死被害をもたらすもっとも重要な樹木病原菌のひとつである。そのため,海外では古くから本菌の生態や防除に関する集中的な研究がすすめられてきた。しかし,日本産のものについては分類学的検討や被害実態の把握すら十分になされず,知見が不足した状態にある。本研究は日本産マツノネクチタケの特徴を包括的に把握することを目的とし,標本収集と野外調査,屋内実験により,国内に分布するマツノネクチタケ属3種の分類学的位置づけ,トドマツ人工林でみつかったマツノネクチタケ被害の特徴,被害地における同菌個体群のジェネット分布と伝播法,および北海道で推奨されるマツノネクチタケ被害の軽減法を明らかにした。日本および東アジアに産するマツノネクチタケ属菌3種(マツノネクチタケ,レンガタケ,南方系未同定種)について,分子系統解析と形態比較により分類学的位置づけを明らかにした。日本産マツノネクチタケは,マツノネクチタケ(広義)のうち比較的病原性が弱いとされるH. parviporumであったが,ヨーロッパのものとはやや異なる形態的特徴を有し,系統樹上では異なるサブクレードに属していた。従来H. insuraleとみなされてきたレンガタケは形態的特徴がH. insuraleタイプ標本と異なっており,形態および塩基配列が既知の種のいずれとも一致しなかったことから,新種Heterobasidion orientaleとして記載した。日本の南部と中国に分布する未同定種については新種Heterobasidion ecrustosumとして記載し,和名をカラナシレンガタケとした。分子系統解析からは,本菌が国内産の他の2種よりもオーストラリア周辺に分布するH. araucariaeと近縁であることが明らかとなった。北海道東部にある68年生トドマツ人工林において激しい根株腐朽被害が発生したため,病原菌分離菌株のDNA解析と菌叢の形態観察を行い、腐朽被害の原因がマツノネクチタケであることを明らかにした。国内で発生した同菌の被害をDNA解析により確認したのは本研究が初めてである。30×35mのプロット内にあったトドマツ伐根57本のうち27本(47%)に根株腐朽被害が確認され,マツノネクチタケ被害はこれら27本のうち14本(52%)に発生していた。本菌によるトドマツの腐朽は,心材が黄色味を帯びた淡オレンジ色~淡褐色に腐朽し,材に菌糸が詰まった細長い空隙が発達して繊維状を呈するもので,腐朽部は根株だけにとどまらず樹幹上方へむかって拡大していた。被害が著しいトドマツでは樹幹内部が空洞となり,辺材部にまで腐朽が及んでいた。一方,被害地のトドマツは衰退せず,順調な肥大成長を続けていたことから,日本のマツノネクチタケはトドマツ生立木に対して強い腐朽力を持つ一方,枯死をもたらすような強い病原性は持たないことが示唆された。3種類の手法(体細胞不和合性試験,RAPD解析,マイクロサテライト解析)を併用して、被害地におけるマツノネクチタケのジェネット分布とその遺伝的多様性を調査した。国内における同菌のジェネット分布調査は本研究が初めてである。68年生トドマツ入工林被害地に設定した60×100mのプロット内にあった被害木伐根33本各々から分離されたマツノネクチタケ33菌株は,それぞれ1~15本の被害木に感染した8個のジェネットに識別された。特定の1菌株からなる1ジェネットだけは遺伝的に他のものと大きく異なっており,3手法すべてで一致して識別された。しかし,残り32菌株は非常に近縁であり,手法により異なった識別結果が得られた。マツノネクチタケ(広義)でこれほど近縁なジェネット群が被害地から識別された事例はこれまで報告されていない。また,径が51mおよび50mに達した2個のジェネットは同菌のジェネットとしては世界最大であり,成長速度から推定した齢は100年以上とみなされた。ジェネットの特徴と観察された同菌の生態から,被害地のマツノネクチタケは主に根系の接触部を通じて栄養繁殖(菌糸成長)による感染拡大を行っていることが示唆された。被害地のマツノネクチタケは,もともと1個もしくは数個の子実体でつくられた担子胞子に由来しており,入工林が造成される以前の天然林だった頃にこの場所に定着した後、残された被害木伐根もしくは感染した生残木から人工林に引き継がれ,主に菌糸成長によって隣接木間を広がったものと考えられた。マツノネクチタケによる宿主の衰退や枯死が起こらない日本では,同菌の被害を初期段階で見つけることが難しい。しかし,トドマツ被害木は特徴的な腐朽型を呈するので,トドマツ人工林が高齢級化し収穫が行われつつある現在が被害地を見つけるよい機会であると考えられる。被害がみつかった場合,海外で行われている胞子分散を対象とした防除は基本的に不必要で,そのかわり,栄養繁殖による伝播を断つことを目的とした施業が推奨される。例えば、徹底した皆伐,被害木伐根の除去,抵抗性樹種への樹種転換,広葉樹を交えた混交林化,低密度植栽などが適当であろう。日本のマツノネクチタケは子実体形成を行うことがまれで栄養繁殖に強く依存しているので,いったん林地から感染源をなくし,トドマツ同士の根系の接触機会を減らせば,その林分におけるマツノネクチタケ被害は確実に軽減されるものと考えられる。一方,現在の北海道では,森林資源の平準化や森林の持つ多面的な機能の発揮を目的として,長伐期化,択伐や小面積の孔状皆伐,複層林化などが広くすすめられている。しかし,これらの施業は,マツノネクチタケに感染した生立木を林内に長く残すこととなり、罹病木と健全木の接触機会が増えて次世代林への被害の引継ぎや林分内での感染拡大につながるおそれがあるので,同菌の被害地では避けるべきである。
著者
南野 一博 雲野 明 明石 信廣
出版者
北海道立林業試験場
巻号頁・発行日
no.54, pp.1-8, 2017 (Released:2017-10-02)

道有林空知管理区イルムケップ山の東側に位置する保残伐実験地周辺において,ライントランセクト法を用いてエゾシカの生息密度を推定するとともに,調査ライン沿いに自動撮影カメラを設置し,100カメラ稼働日あたりのエゾシカの撮影枚数を撮影頻度指標(RAI)として算出した。ライントランセクト法は,調査地内に約42kmの調査ラインを設置し,2014年6月と10月にそれぞれ4日間実施した。6月の調査では,4日間で計4頭のエゾシカが観察され,10km走行あたりの観察数は0.24頭であった。10月の調査では,4日間で21頭,10km走行あたり1.35頭が観察された。10月の観察結果を用いて距離標本法による生息密度を推定した結果,調査地内のエゾシカの生息密度は3.5頭/km2(95%信頼区間:2.3~4.5頭/km2),生息数は206頭(132~321頭)と推定された。一方,カメラトラップによる全期間を通したRAIは14.7であり,月別RAIは,0.0~31.7と大きく変動し,1月~3月までの期間はエゾシカが撮影されなかった。また,地点別RAIでは,86.2と高い地点がある一方,エゾシカが撮影されなかった地点もみられた。これらのことから,カメラトラップは,生息状況の季節変化を把握する有効な手法となるが,低密度地域では設置地点によりRAIが大きくばらつくと考えられた。
著者
明石 信廣 南野 一博
出版者
北海道立林業試験場
巻号頁・発行日
no.46, pp.117-126, 2009 (Released:2011-02-03)

北海道立林業試験場光珠内実験林において、自動撮影カメラを用いて哺乳類相を調査した。2006年及び2007年の5月から11月の間に、2台のカメラを4箇所の調査地に交互に設置し、総撮影日数は536日であった。今回の調査方法では、エゾリス、エゾシマリス、キタキツネ、タヌキ、エゾヒグマ、クロテン、エゾシカの在来種7種及び外来種としてアライグマ1種の生息が確認された。ネズミ科及び翼手目も撮影されたが、写真による種の同定が困難であった。食痕や糞から、実験林内におけるエゾユキウサギの生息は確認されたが、撮影はされなかった。文献を基に北海道に生息するとされる哺乳類のリストを作成し、2006〜2007年に実験林において確認された種を示した。
著者
八坂 通泰
出版者
北海道立林業試験場
巻号頁・発行日
pp.1-44, 2007 (Released:2011-03-05)

森林植物の多様性を保全するためには、各種の繁殖特性の解明は重要である。開花結実、種子分散などの植物の繁殖ステージは、植物個体群を増殖させるステージであるだけでなく、花や種子は、昆虫、鳥、動物の重要な食物源となっている。さらに、樹木の種子生産の年変動についての情報は、多様な森林の再生を植栽や天然更新により図る場合においても欠かせない。そこで本研究は、森林植物の開花結実特性、特に種子生産における時空間的変動パターンや花粉媒介昆虫の重要性などについて解明し、林冠構成種の多様性の再生や森林植物の多様性の維持など森林植物の保全管理に貢献することを目的とした。種子生産の変動パターンの生物学的な理解や、種子採取・天然更新作業の効率的な実施のためには、種子生産の個体レベルでの分析が必要である。北海道に生育する落葉広葉樹11種を対象に個体単位で結実調査を行い、種子生産の年度間および個体間の変動パターンについて解明した。花や種子の年変動パターンが、長期の間隔をおいて個体間で同調する場合をマスティングといい、その適応的な有利性を説明する仮説の1つが捕食者飽食仮説である。マスティングを示す代表種であるブナについて、開花雌花数の年変動を変動係数で評価するとともに、捕食者飽食が生じる開花パターンについて検討した。さらに、捕食者飽食戦略を応用したブナ林再生のための結実予測技術を開発した。虫媒植物と花粉媒介昆虫との相互作用は、生育環境の破壊や分断化、農薬など化学物質による汚染、外来種の侵入などにより危機的な状態にある。北海道に自生する樹木16種、草本16種について、花粉媒介昆虫の不足が起きたときの種子生産低下の可能性を明らかにするため、花粉媒介昆虫を排除する袋掛け実験を行い、各種がどの程度その種子生産を花粉媒介昆虫に依存しているかについて明らかにした。生息地の分断化は、森林生物の生息を脅かすだけでなく、様々な生物間相互作用を崩壊させる恐れがある。花粉媒介昆虫の減少をもたらす要因として森林の分断化に焦点を当て、住宅地や農地によって分断化された森林で、花粉媒介昆虫への依存度が高い林床植物3種の結実率を調べ、種子生産に及ぼす生息地の分断化の影響を評価した。
著者
明石 信廣 南野 一博 中田 圭亮
出版者
北海道立林業試験場
雑誌
北海道林業試験場研究報告 (ISSN:09103945)
巻号頁・発行日
no.44, pp.97-108, 2007-03

1985-2005年の一般民有林及び道有林における野ネズミ発生予察調査資料に基づき、市町村を単位として各年の10月のエゾヤチネズミ平均捕獲数をクラスター分析し、その結果をもとに、支庁などの行政界や地形を考慮して全道を20地域に区分した。その地域ごとに、10月の調査においてそれぞれのワナにエゾヤチネズミが捕獲される確率を目的変数、その調査地における6月及び8月の捕獲数のそれぞれ3次多項式、6月の捕獲数と8月の捕獲数の交互作用を説明変数とする一般化線形モデルにより、10月のエゾヤチネズミ捕獲数を予想するモデルを作成した。モデルによる1995-2005年の10月の予想捕獲数と実際の捕獲数の相関係数は0.726であった。
著者
鳥田 宏行
出版者
北海道立林業試験場
雑誌
北海道林業試験場研究報告 (ISSN:09103945)
巻号頁・発行日
no.46, pp.1-51, 2009-03

本論文では、防風林の防風防雪効果を定量的に把握し、森林の公益的機能の高度発揮と風害・雪氷害を軽減する森林整備技術の向上に資するため、森林と気象現象(風、雪氷)間の相互作用を解明することを目的とする。森林の公益的機能の高度発揮に関しては、主に防風林の防風防雪効果と林帯構造の関係を解明するため、樹林帯模型を用いたモデル風洞実験や野外観測を実施した。その結果、幹枝葉面積密度Adと林帯幅Wの積であるW・Adは、相対最小風速(防風効果による最小風速)、最小風速の風下林縁からの距離、防風範囲と相関があり、W・Adは、防風林の防風効果を予測する重要な指標となりうることが示された。また、防雪効果としては、風洞吹雪実験(モデル)と野外観測(プロトタイプ)の結果を既存の相似則を用いて比較検討した結果、風速および吹雪時間に関する適合性の高い相似則が選定された。強風害の軽減に関する研究では、防風林の気象害(風・雪氷)と森林の構造および樹形との関係を解明するため、2002年台風21号により北海道東部の十勝地方に発生した風害や2004年の北海道日高町に発生した雨氷害のデータに基づく被害要因解析(数量化I類)や力学モデルを用いたシミュレーションを実施した。風害に関する要因解析結果からは、十勝地方の防風林における耐風性の高い樹種や被害を受けやすい配置などが明らかにされた。耐風性の高い樹種としてはカシワが、逆に耐風性が低い樹種としては、シラカンバ、チョウセンゴヨウマツ、ストローブマツが挙げられる。また、林分単位の被害予測として、数量化I類(被害率)および数量化II類(被害発生の有無)による被害予測式を構築した。雪氷害に関しては、被害要因の解析(数量化I類)を行って、更に軽害林分と激害林分の林況を比較し、樹高成長段階毎に林分の限界形状比(被害が発生するか否かの境界を示す形状比(胸高直径/樹高))が求められた。力学モデルを用いたシミュレーションは、十勝地方において防風林造成面積全体の6割から7割を占めるカラマツ林を対象に実施し、樹高と形状比が耐風性に及ぼす影響が明らかとなった。また、シミュレーションの確度を検証するため、実際の被害データとシミュレーション結果を比較したところ、高い適合性が確かめられた。結論として、防風効果と耐風性の両方を考慮した防風林の姿を、樹高成長段階毎に整理し、適正な本数密度を表に示した。
著者
徳田 佐和子
出版者
北海道立林業試験場
雑誌
北海道林業試験場研究報告 (ISSN:09103945)
巻号頁・発行日
no.49, pp.35-88, 2012-03

ミヤマトンビマイ科マツノネクチタケ属に属する木材腐朽菌マツノネクチタケの種複合体:Heterobasidion annosum s. l. (広義)は,北半球広域に分布し,針葉樹を中心とした林木に著しい根株腐朽被害および枯死被害をもたらすもっとも重要な樹木病原菌のひとつである。そのため,海外では古くから本菌の生態や防除に関する集中的な研究がすすめられてきた。しかし,日本産のものについては分類学的検討や被害実態の把握すら十分になされず,知見が不足した状態にある。本研究は日本産マツノネクチタケの特徴を包括的に把握することを目的とし,標本収集と野外調査,屋内実験により,国内に分布するマツノネクチタケ属3種の分類学的位置づけ,トドマツ人工林でみつかったマツノネクチタケ被害の特徴,被害地における同菌個体群のジェネット分布と伝播法,および北海道で推奨されるマツノネクチタケ被害の軽減法を明らかにした。日本および東アジアに産するマツノネクチタケ属菌3種(マツノネクチタケ,レンガタケ,南方系未同定種)について,分子系統解析と形態比較により分類学的位置づけを明らかにした。日本産マツノネクチタケは,マツノネクチタケ(広義)のうち比較的病原性が弱いとされるH. parviporumであったが,ヨーロッパのものとはやや異なる形態的特徴を有し,系統樹上では異なるサブクレードに属していた。従来H. insuraleとみなされてきたレンガタケは形態的特徴がH. insuraleタイプ標本と異なっており,形態および塩基配列が既知の種のいずれとも一致しなかったことから,新種Heterobasidion orientaleとして記載した。日本の南部と中国に分布する未同定種については新種Heterobasidion ecrustosumとして記載し,和名をカラナシレンガタケとした。分子系統解析からは,本菌が国内産の他の2種よりもオーストラリア周辺に分布するH. araucariaeと近縁であることが明らかとなった。北海道東部にある68年生トドマツ人工林において激しい根株腐朽被害が発生したため,病原菌分離菌株のDNA解析と菌叢の形態観察を行い、腐朽被害の原因がマツノネクチタケであることを明らかにした。国内で発生した同菌の被害をDNA解析により確認したのは本研究が初めてである。30×35mのプロット内にあったトドマツ伐根57本のうち27本(47%)に根株腐朽被害が確認され,マツノネクチタケ被害はこれら27本のうち14本(52%)に発生していた。本菌によるトドマツの腐朽は,心材が黄色味を帯びた淡オレンジ色~淡褐色に腐朽し,材に菌糸が詰まった細長い空隙が発達して繊維状を呈するもので,腐朽部は根株だけにとどまらず樹幹上方へむかって拡大していた。被害が著しいトドマツでは樹幹内部が空洞となり,辺材部にまで腐朽が及んでいた。一方,被害地のトドマツは衰退せず,順調な肥大成長を続けていたことから,日本のマツノネクチタケはトドマツ生立木に対して強い腐朽力を持つ一方,枯死をもたらすような強い病原性は持たないことが示唆された。3種類の手法(体細胞不和合性試験,RAPD解析,マイクロサテライト解析)を併用して、被害地におけるマツノネクチタケのジェネット分布とその遺伝的多様性を調査した。国内における同菌のジェネット分布調査は本研究が初めてである。68年生トドマツ入工林被害地に設定した60×100mのプロット内にあった被害木伐根33本各々から分離されたマツノネクチタケ33菌株は,それぞれ1~15本の被害木に感染した8個のジェネットに識別された。特定の1菌株からなる1ジェネットだけは遺伝的に他のものと大きく異なっており,3手法すべてで一致して識別された。しかし,残り32菌株は非常に近縁であり,手法により異なった識別結果が得られた。マツノネクチタケ(広義)でこれほど近縁なジェネット群が被害地から識別された事例はこれまで報告されていない。また,径が51mおよび50mに達した2個のジェネットは同菌のジェネットとしては世界最大であり,成長速度から推定した齢は100年以上とみなされた。ジェネットの特徴と観察された同菌の生態から,被害地のマツノネクチタケは主に根系の接触部を通じて栄養繁殖(菌糸成長)による感染拡大を行っていることが示唆された。被害地のマツノネクチタケは,もともと1個もしくは数個の子実体でつくられた担子胞子に由来しており,入工林が造成される以前の天然林だった頃にこの場所に定着した後、残された被害木伐根もしくは感染した生残木から人工林に引き継がれ,主に菌糸成長によって隣接木間を広がったものと考えられた。マツノネクチタケによる宿主の衰退や枯死が起こらない日本では,同菌の被害を初期段階で見つけることが難しい。しかし,トドマツ被害木は特徴的な腐朽型を呈するので,トドマツ人工林が高齢級化し収穫が行われつつある現在が被害地を見つけるよい機会であると考えられる。被害がみつかった場合,海外で行われている胞子分散を対象とした防除は基本的に不必要で,そのかわり,栄養繁殖による伝播を断つことを目的とした施業が推奨される。例えば、徹底した皆伐,被害木伐根の除去,抵抗性樹種への樹種転換,広葉樹を交えた混交林化,低密度植栽などが適当であろう。日本のマツノネクチタケは子実体形成を行うことがまれで栄養繁殖に強く依存しているので,いったん林地から感染源をなくし,トドマツ同士の根系の接触機会を減らせば,その林分におけるマツノネクチタケ被害は確実に軽減されるものと考えられる。一方,現在の北海道では,森林資源の平準化や森林の持つ多面的な機能の発揮を目的として,長伐期化,択伐や小面積の孔状皆伐,複層林化などが広くすすめられている。しかし,これらの施業は,マツノネクチタケに感染した生立木を林内に長く残すこととなり、罹病木と健全木の接触機会が増えて次世代林への被害の引継ぎや林分内での感染拡大につながるおそれがあるので,同菌の被害地では避けるべきである。
著者
長坂 晶子 長坂 有 鈴木 玲
出版者
北海道立林業試験場
雑誌
北海道林業試験場研究報告 (ISSN:09103945)
巻号頁・発行日
no.45, pp.9-20, 2008-03
被引用文献数
2

生育環境が厳しい道路法面において、木本緑化の確実性を向上させ、かつより多くの道産樹種について法面緑化への適用可能性を調べることを目的として、北海道内に自生する17種の木本植栽試験を行った。3年後の生残率と相対樹高成長率(RHGR)によって法面への適応性を検討したところ、裸苗・ビニルポット苗・紙ポット苗の中では裸苗・ビニルポット苗で良い活着が得られた。3年後生残率とRHGRの関係から、生残率75%以上、RHGRが0.2以上の樹種(タニウツギ、アキグミ、ムラサキシキブ、キタゴヨウ、イボタノキ、エゾヤマハギ)は緑化材料として大いに期待できる樹種と判断された。また急斜面という立地を考えれば、多幹になりやすい樹種(タニウツギ、ムラサキシキブ、アキグミ、ヒメヤシャブシ、エゾヤマハギ)によるグランドカバーとしての機能も今後期待できるだろう。本試験により北海道南部の郷土樹種としては、ムラサキシキブ、キタゴヨウ、ワタゲカマツカが新たな緑化材料として活用できる可能性が示唆された。
著者
南野 一博 福地 稔 明石 信廣
出版者
北海道立林業試験場
雑誌
北海道林業試験場研究報告 (ISSN:09103945)
巻号頁・発行日
no.44, pp.109-117, 2007-03
被引用文献数
1

北海道美唄市にある北海道立林業試験場光珠内実験林とその周囲の森林において、2003年12月-2004年3月にラインセンサスを行い、センサスルート沿いでみられたエゾシカの痕跡を記録し、冬期間の生息状況を把握するとともに糞の内容物を分析した。さらに、1月下旬から3月下旬にかけて越冬地で発生した樹木の剥皮状況について調査した。エゾシカの痕跡は、12月中旬にはセンサスルートの全域でみられたが、1月下旬-3月中旬まではトドマツ人工林とそれに隣接する広葉樹二次林でのみ確認され、エゾシカはトドマツ人工林を利用して越冬していた。糞分析の結果、12月下旬まではクマイザサを中心としたグラミノイドが大半を占めていたが、積雪が増加するとともに減少した。一方で、積雪が100cmを超えた1月下旬以降はグラミノイドに代わり木本類が大部分を占め、2月-3月は糞内容物の90%以上が木本類で構成されていた。越冬地で発生した樹木の剥皮状況を調査した結果、剥皮木はトドマツ人工林に隣接する広葉樹二次林の約27haでみられ、3月下旬までの累積剥皮本数は310本に達した。剥皮木の発生数は、1月下句から急激に増加しており、糞分析において木本類の割合が増加した時期と一致していた。これらのことから、多雪地においてエゾシカは、常緑針葉樹人工林を利用して越冬しており、積雪のためササ類を餌として利用できない期間が寡雪地よりも長くなることや、行動を阻害されることにより樹木の剥皮が越冬地で集中的に発生することが示唆された。