著者
杉田 穏子
出版者
一般社団法人 日本社会福祉学会
雑誌
社会福祉学 (ISSN:09110232)
巻号頁・発行日
vol.52, no.2, pp.54-66, 2011-08-31 (Released:2018-07-20)

本論文は,障害の個人的経験をもディスアビリティに組み込もうとする社会モデルに立脚し,知的障害のある人の人生の語りを通して,ディスアビリティ経験(社会の側の態度や対応)が彼らの自己評価に与える影響について,共通するパターンを見いだし社会福祉実践への示唆を得ようとするものである。6人の女性の語りからは,学齢期のいじめや本人意思の無視,就労期のつらい仕事や失職といった社会の否定的な態度や対応が否定的な自己評価の積み重ねを招き,閉じこもりにも至るが,福祉サービス選択時に自己選択・決定できる機会の提供という社会の肯定的な態度や対応がなされると肯定的な自己評価に一転し,さらにひとり暮らし支援やアドボカシー役の提供でいっそう自己評価を高めるというパターンが見いだせた.これは,社会福祉実践面では,教育や福祉サービスの場の選択時,事前体験やていねいな聞き取りによる本人意思の関与が最重要であることを示唆している.
著者
中村 剛
出版者
一般社団法人日本社会福祉学会
雑誌
社会福祉学 (ISSN:09110232)
巻号頁・発行日
vol.49, no.2, pp.3-16, 2008-08-31

「仕方ない」とみなされていることが,実は不正義なのではないか.このような問題意識の下,本稿では,「仕方ない」と思われ見放されている人がいる現実と,すべての"ひとり"の福祉を保障しようとする理念とのギャップを埋めるために要請されるものとして社会福祉における正義をとらえ,その内容を明らかにしている.最初に,正義の概念と社会福祉の理念を確認したうえで,社会福祉研究において正義を論じる理由を確認する.次に「仕方ない」という現実了解に抗するために,他の可能性へと思考を開こうとするデリダの哲学と,不正義の経験という観点から正義論を展開するシュクラーの正義論を取り上げる.そして,この2つの観点から導かれる倫理的正義と政治的正義を提示する・結論として,社会福祉における正義を倫理的正義と政治的正義から構成される倫理的政治的正義と位置づけ,その内容を(1)意味,(2)構想,(3)合意される理由という観点から記述している.
著者
廣野 俊輔
出版者
一般社団法人 日本社会福祉学会
雑誌
社会福祉学 (ISSN:09110232)
巻号頁・発行日
vol.50, no.3, pp.18-28, 2009-11-30 (Released:2018-07-20)

本稿の目的は,「青い芝の会」における知的障害者観の変容を記述しその背景を示すことである.先行研究においては「青い芝の会」が1970年に転換したとされているが,知的障害者観に関する言及はほとんどない.分析の結果,次のことが明らかとなった.会においては,発足当初から知的障害者と脳性マヒ者が混同されることに強い危機感を覚えていた.そしてそのような混同に対しては抗議を行っていた.1960年代後半ごろから知的障害者が同じ人間として尊重されるべきであり,過度に区別を要求することが差別につながるという認識をされるようになった.また,差別をされている自分たちが,差別をする側に立ち得るのではないかという認識もみられた.また,この変容の背景を分析した結果として次の要因を指摘した.第1に会における福祉サービスに対する権利意識の高まりであり,第2に学生運動における議論の影響である.
著者
西岡 弥生
出版者
一般社団法人 日本社会福祉学会
雑誌
社会福祉学 (ISSN:09110232)
巻号頁・発行日
vol.60, no.1, pp.17-32, 2019

<p>本研究の目的は,「心中による虐待死」事例の家族危機形成プロセスを検証することによって,加害者とされた母親の「喪失体験」を明らかにすることである.具体的には,自治体報告書で報告された9事例を対象に,心中が企図されるまでの家族の生活状況を二重ABC-X理論を援用し検討した.家族は【前危機段階】で,すでに不安定な生活基盤と脆弱な家族機能の状態にあった.【危機発生段階】で母親は既存の役割を失い,【後危機段階】では母親を支える重要な家族成員や日常生活の安全感,さらに関与のあった支援機関等の間での社会関係を失うという複数の「喪失体験」にみまわれていたことが示された.喪失の累積によって母親は「悲哀の病理」に陥り,認知が閉塞した状況で「心中」を企図したものと推察された.母親の精神の危機は虐待の定義では捉えきれず,社会生活が困難な母親の状況と支援者側の認識との間に齟齬が生じ見過ごされた可能性が高いと考えられる.</p>
著者
國重 智宏
出版者
一般社団法人 日本社会福祉学会
雑誌
社会福祉学 (ISSN:09110232)
巻号頁・発行日
vol.59, no.4, pp.30-40, 2019

<p>本研究は,長期入院精神障害者の退院支援場面における相談支援事業所の精神保健福祉士(PSW)の「かかわり」のプロセスについて明らかにすることを目的とする.A圏域の7名のPSWに対するインタビュー調査を実施し,修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチによる分析を行った.分析の結果,三つのカテゴリーからなる「かかわり」のプロセスを明らかにした.まずPSWは,退院支援という自らの業務をいったん横におき,長期入院精神障害者との〈お互いを知るための「つきあい」〉を通して,彼らに「人」として信用してもらう.次に彼らと〈パートナーとして認めあう関係〉を築き,退院という共通の目標に向けて協働する.最後に退院という目標がなくなり,援助関係が終結した後も,彼らと「人」として〈つながり続ける「かかわり」〉を築くに至っていた.</p>
著者
鈴木 良
出版者
一般社団法人 日本社会福祉学会
雑誌
社会福祉学 (ISSN:09110232)
巻号頁・発行日
vol.60, no.1, pp.33-46, 2019

<p>本研究は,知的障害者入所施設によるグループホームへの移行を前提とした施設解体を受け入れた家族がこれをどのように捉えたのかを自立規範に焦点を当てた質的調査によって明らかにした.第一に,移行前は,家族は施設からの移行は生活・就労面の自立を意味するものと認識し,ここには障害者自立支援法に関わる施設側の説明も影響していた.この結果,家族は子の自立困難性に伴う不安感や自宅復帰への懸念を抱えた.しかし,家族は職員への信頼や遠慮ゆえに施設側の決定に委ねるという受動的態度が見られ,これは家族が自立規範に基づき養育すべきだという家族規範が影響していた.第二に,移行後はまず,グループホームは生活・就労面の自立を前提とする場と認識されていた.次に,自立困難になる将来の予測不可能性に伴う不安ゆえに施設入所を容認/肯定する状況が見られた.本研究は自立規範の相対化と家族支援による脱施設化政策の必要性を示唆する.</p>
著者
後藤 広史
出版者
一般社団法人 日本社会福祉学会
雑誌
社会福祉学 (ISSN:09110232)
巻号頁・発行日
vol.47, no.4, pp.31-42, 2007

本研究の目的は,前路上生活者が施設から「自己退所」する要因を探索的に明らかにし,路上生活者に対して,施設での援助活動を展開する際の指針をうることである.そのために,施設を「自己退所」した経験をもつ路上生活者15人に対して,(1)施設入所前の路上生活をどのように営み,それをどう意味づけていたのか,(2)そのような路上生活者が施策を利用するにあたっての目的は何だったのか,(3)そして,施設での生活はいかなるものであり,なにが「自己退所」のきっかけとなったのかという3点に着目し,インタビュー調査を行った.研究の結果,「自己退所」に関わる要因として,「路上生活への適応」「利用目的のずれ」「施設で直面する諸困難」という3つの要因が抽出された.このことから,「路上生活を尊重した援助」「ていねいなアセスメントの必要性」「住環境および処遇の改善」という援助の指針が得られた.
著者
田川 佳代子
出版者
一般社団法人 日本社会福祉学会
雑誌
社会福祉学 (ISSN:09110232)
巻号頁・発行日
vol.56, no.2, pp.1-12, 2018-07-20

社会正義の思想は,正義の諸概念や諸構想に依拠する.どのような正義の構想に依拠するかを曖昧にすることは,実現しようとする正義を玉虫色のものにする.ソーシャルワークが擁護すべき社会正義とは何か.ソーシャルワークにおいて実現しようとする正義は何であるか.社会正義の広範な理論の検討を踏まえ,議論の輪郭を描くことが課題である.本稿では,まず,広範囲に及ぶ社会正義の意昧について調べる.配分的正義の議論を乗り越え,現代のソーシャルワークに要請されている抑圧や文配を除去し,搾取や社会的不正義を克服するのにふさわしい,ソーシャルワークにおける社会正義の諸概念や諸構想を検討する.ポスト近代,ケアの倫理,反抑圧といった新たな社会理論からの異議申し立てを,ソーシャルワークはどう受け止めるのか.ソーシャルワークの理論的変遷を辿りつつ,考察を試みる.
著者
中村 秀郷
出版者
一般社団法人 日本社会福祉学会
雑誌
社会福祉学 (ISSN:09110232)
巻号頁・発行日
vol.58, no.4, pp.89-101, 2018

<p>本研究の目的は,更生保護施設職員が刑務所出所者等の社会復帰支援で直面する困難性(心理的ストレス)の構造・展開を明らかにし,その実態を体系的に整理することである.</p><p>更生保護施設職員19名を対象として,個別インタビューによる半構造化面接を実施し,修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチ(M-GTA)を用いて逐語データの分析を行った.</p><p>分析結果から12個の困難性概念が生成し,概念間の関係性から,〈制度的・組織的限界へのストレス〉,〈対象者の言動へのストレス〉,〈支援の行き詰まりへのストレス〉の三つのカテゴリーに収斂された.</p><p>本研究では,概念間のつながり,カテゴリー間の流れから刑務所出所者等の社会内処遇の実践現場で直面すると考えられる困難性の予測に示唆を与えた.また,ジェネラリスト・ソーシャルワーク理論だけでは収まらないスペシフィックな刑務所出所者等の社会復帰支援の特徴を提示した.</p>
著者
藤江 慎二
出版者
一般社団法人 日本社会福祉学会
雑誌
社会福祉学 (ISSN:09110232)
巻号頁・発行日
vol.60, no.4, pp.56-67, 2020

<p>本研究は,介護老人福祉施設の介護職員が利用者に対して苛立っていくプロセスを明らかにすることで,不適切な介護の予防的研究および実践に寄与することを目的とした.研究方法には,修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチを用いた.分析の結果,介護職員は〈心身状態の不調〉〈モチベーションの低下〉という苛立ちやすい状態で業務につき,そのなかで〈終わらない業務への焦り〉,〈利用者への苛立ち〉が生起していた.これらには〈他職員介護による苛立ち・負担〉という苛立ちを増加させる要因があった.そして最終的に介護職員の〈利用者への苛立ち〉は〈自分自身への苛立ち〉となり,諸種の焦りや苛立ちが悪循環していくプロセスとなっていた.このような現状を介護職員だけの問題にせず,職員,施設,行政機関などが個々の役割を果たし,不適切な介護の予防に向けた総合的な取り組みを検討していくことが必要であると考えられた.</p>
著者
日吉 真美
出版者
一般社団法人 日本社会福祉学会
雑誌
社会福祉学 (ISSN:09110232)
巻号頁・発行日
vol.60, no.3, pp.52-62, 2019

<p>本研究の目的は「ひきこもり」当事者が乗り越えてきたものを本人の視点から明らかにすることである.2017年度に全国68カ所のひきこもり地域支援センターを利用する当事者に対するアンケート調査を行った.分析方法は,anova4による分散分析を用いた.分析の結果,次の特徴が見られた.それは「人と接することに対する恐怖」,「家や部屋から出ることに対する不安」,「何かしようという気力のなさ」,「過去のつらい出来事の想起」,「人の視線に対する恐怖」,「乗り物(電車など)に乗ることに対する恐怖」,「他人の価値観の受容のできにくさ」,「自分の中で何が起こっているかの認識の低さ」,「親子関係の悪さ」,「自分の病気や障害に対するつらさ」,「不登校やひきこもり経験に対する負い目」,「自分自身の自信のなさ」であり,この12の経験が「ひきこもり」当事者が乗り越えてきたものの一部であることが示唆された.</p>
著者
髙阪 悌雄
出版者
一般社団法人 日本社会福祉学会
雑誌
社会福祉学 (ISSN:09110232)
巻号頁・発行日
vol.57, no.4, pp.28-42, 2017

<p>1985年,幼い頃からの障害者に給付されていた障害福祉年金が障害基礎年金に統合され,無拠出と拠出に同額の障害年金が支給されることとなった.財政支出削減の目的で積極的な行政改革が行われていた時期,保険の原則を超えた障害福祉年金の増額が行われた背景を,東京青い芝の会の機関誌,当事者運動活動家の白石清春への聞き取り,国会議事録,年金局長山口新一郎の評伝などに基づき明らかにすることが本稿の目的である.結論として,本稿では4点のことが明らかになった.(1)当事者参加の研究会や障害者団体の要求が障害者所得保障改善の内容を含む障害者計画策定につながった.(2)障害者団体の政府・行政への柔軟な対応により,行政と共同で所得保障に関わる政策を作り上げることができた.(3)年金局長であった山口新一郎の貢献があった.(4)家と施設から離れ所得保障を求めた脳性マヒ者達の主張に強い説得力があった.保険の原則を超えた新たな所得保障制度誕生の背景には,国際障害者年という時代の下,障害者団体と行政官僚の力強い動きがあった.</p>
著者
舟木 紳介
出版者
一般社団法人日本社会福祉学会
雑誌
社会福祉学 (ISSN:09110232)
巻号頁・発行日
vol.48, no.3, pp.55-65, 2007-11-30
被引用文献数
2 2

近年国際的に注目されるようになったオーストラリアのソーシャルワーク研究者たちは,普遍的原理としての社会正義概念を基盤としながら,ポストモダニズム思想を導入し,クリティカル・ソーシャルワークとして発展させてきた・しかし,普遍的な概念を基盤とする社会正義概念とそのようなメタ概念を相対化しようとするポストモダニズムといった2つの相反する価値をひとつのソーシャルワーク理論の価値基盤として統合することが可能なのかという困難な理論的課題があった.本稿は,オーストラリアのソーシャルワーク研究者がクリティカル・ソーシャルワーク理論をどのような経緯をもって導入し,発展させてきたか,その理論的変遷を描くことを試みた.社会正義を基盤とするクリティカル・ソーシャルワーク理論がポストモダニズムの影響を受けて,その相反する価値の統合・共存の一方法として,ソーシャルワークの主体に対して反本質主義の視座を採用したことを論じた.
著者
野津 牧
出版者
一般社団法人日本社会福祉学会
雑誌
社会福祉学 (ISSN:09110232)
巻号頁・発行日
vol.44, no.2, pp.65-76, 2003-11-30

不適切な養育環境は,子どもの発達に著しい影響を及ぼす.本事例は,不適切な養育環境で育った男児・Aが児童養護施設に保護されてからの2年間の実践記録である.彼の育った環境は,ネグレクトともいえる養育環境であった.彼の両親は,出生届けを出さなかった.そのため彼は戸籍もなかった.保護されるまでの養育環境は,アパートの一室からほとんど出されることもなかった.保護されたときはよちよち歩きでことばもほとんどなかった.保護時点での発達検査では,Aの発達指数は40であり,中度の「知的障害児」と診断された.集団生活に移ったAは,半年後の発達指数が65,2年後の発達指数は77と急速な伸びをみせ,「知的障害」と診断された原因が養育環境からくるものであることを示した.本小論は,Aの2年間の成長過程を発達検査の結果を中心に紹介するとともに,不適切な養育環境に育った子どもの援助として,発達段階を考慮した援助方針の策定と子ども集団のかかわりが重要であることを示した.