著者
竹端 寛
出版者
国際ボランティア学会
雑誌
ボランティア学研究 (ISSN:13459511)
巻号頁・発行日
vol.10, pp.15-38, 2010

本稿ではボランタリー・アクションの未来を検討する為に、障害福祉政策における一人の社会起業家の足跡を振り返った。ベンクト・ニィリエはノーマライゼーションの原理を成文化し、当時の世界中の障害者福祉政策にパラダイムシフトをもたらした実践家である。当時、入所施設での処遇が「ノーマル」と言われ、それ以外の支援方策が考えられていなかった<制度の未成熟>状態であった。その実態を変える為に、彼は現場に何度も足を運び、その中で問題の本質を洞察し、一般市民の「ノーマル」な生活と対比するというノーマライゼーション原理の本質を思いつき、それを人々の前で語る中で結晶化し、やがて8つの原理というプロトタイプを作り、世界中に広めていった。このプロセスを複雑系モデルやU理論で再解釈することにより、社会変革をもたらした社会起業家の実践として捉えることが出来る。彼の実践の再解釈を通じて、今日の<制度の未成熟>に立ち向かうボランタリー・アクションの未来とはどのようなものであるべきか、のヒントを掴む事が出来た。
著者
小島 祥美
出版者
国際ボランティア学会
雑誌
ボランティア学研究 (ISSN:13459511)
巻号頁・発行日
no.11, pp.21-33, 2011-12-28

本稿は、日本社会の水面下で深刻化しつつある学齢超過者の学習権というグローバルな課題について、就学支援という形で支えるローカルの実践事例から、ボランティアの意義を考察したものである。未だ日本に居住する外国人の初等教育が保障される仕組みは構築されていない。そのため、学齢(日本の義務教育年限)期であるにもかからず、学校に通ってない不就学の子どもが実在する。こうした背景により、学齢期に不就学であった外国人住民は学齢を超過した時には義務教育未修了者となるものの、社会から「見えない」存在であるがために、日本社会では学齢を超過した外国人の学習権という課題が置き去りにされてきた。そのなかで、外国人が多く暮らす地域では、ボランティアが中心となり、学齢を超過した義務教育未修了の外国人住民の就学支援を行っている。画一的な思考ではなくグローバルとローカルの複眼的思考を持ったボランティアの尽力は、学齢超過者の「日本で生活していく中で高校進学して学力を向上したい」「美容師になりたい」などの夢の具現化に大きく寄与している。
著者
宗田 勝也 山口 洋典
出版者
国際ボランティア学会
雑誌
ボランティア学研究 (ISSN:13459511)
巻号頁・発行日
vol.19, pp.75-86, 2019 (Released:2020-07-01)

本研究は難民情報をコミュニティFM放送の番組を通じて「天気予報のように」伝える活動が、難民問題に対する新たな活動主体を形成する契機となった背景とその経過を、社会心理学的観点から整理し、考察したものである。活動は4つの段階で発展した。まず、2004年の番組開始以来、第一筆者は番組制作者としてUNHCRの協力を得て、リスナーに対して難民問題への関心を喚起してきた。その後、2010年にコミュニティラジオの世界的なネットワークAMARCの会議に参加したことが契機となり、難民問題に関心を抱き理解を深めた人々に対してラジオ番組の制作と並行して多彩な活動が展開されるようになった。そして、世界のコミュニティラジオ関係者らの協力を得て、日本で暮らす人々に難民に対する認識が肥えるような番組制作が進められることになった。さらに、10年以上にわたって番組制作を継続することにより、難民問題をテーマに活動する大学生らとの協働もなされるようになり、インターネットを活用して直接当事者とのコミュニケーションの機会が生まれ、結果としてシリア国内の支援者を支援する活動が展開されることになった。そこには、活動の担い手と受け手とを媒介するつなぎ手の立ち居振るまいが鍵となり、その関係性の変容が、実践のコミュニティにまつわるルール、ロール、ツールを変化させていることを確認した。一方、フェイクニュースやヘイトスピーチ等が問題とされる中で、いかにしてメディアにおける過剰な演出を避け、遠くの問題に対する精神的な距離を近づけていくことができるかが実践的かつ理論的な課題であることを示した。
著者
竹端 寛
出版者
国際ボランティア学会
雑誌
ボランティア学研究 (ISSN:13459511)
巻号頁・発行日
vol.3, pp.67-83, 2002-11-01

本稿では、日本の精神科ソーシャルワーカー(PSW)の現状と課題について、援助を受ける精神障害者(当事者)の視点に立った分析を行った。分析の際、PSWの関わりの強い精神病院からの退院支援に限定して、その中でも、日本独特の支援形態ともいえる「アパート退院」支援に着目し、この支援についてのPSWの関わりについて調べる中で、次の3つの事が明らかになった。1つ目は、PSWが家族機能の「代行」だけでなく、家族関係の再生のための「仕切り直し」の役割を果たしている、という事である。2つ目は、PSWは「制度的福祉」を利用するが、時としてその枠内では満足な当事者支援が出来ない場合がある、ということである。3つ目は、上述の2つの結果として、PSWが援助を主体的に行えば行うほど、自身の専門領域を越えて「自発的福祉」の担い手として「ボランティアとは言わないボランティア」になっている、ということである。次に本稿では、「家族」「制度的福祉」「ボランティア」をPSWと共に精神障害者支援に不可欠な「福祉資源」と捉え、「即興性」・「定常性」軸、「素人性」・「専門性」軸の2つの軸を使って4つの「福祉資源」を分類した。本来この4つは役割分担しあう関係であるはずが、現状ではPSWが全てを「代行」していることも明らかになった。そして、以上の分析の結果として現状では、個々のPSWや当事者のパーソナリティー如何に関わりなく、当事者は4つの福祉資源全てを一手に引き受けるPSWに対して「お伺いをたて」ざるを得ない状況に構造的に追い込まれてしまう事がはっきりとした。
著者
日下部 尚徳
出版者
国際ボランティア学会
雑誌
ボランティア学研究 (ISSN:13459511)
巻号頁・発行日
no.15, pp.57-60, 2015-02-24

本研究の目的は、大型の熱帯低気圧(サイクロン)による被害が甚大なバングラデシュ南部沿岸地域において、地域の災害脆弱性と貧困課題の関連性を明らかにすることにある。調査対象地域は、サイクロンの上陸頻度が高く、過去に甚大な人的被害が発生しているノアカリ県ノアカリ郡ハティア島とし、同地において貧困層を対象とした質問紙調査を実施した。調査は、現地行政機関において対象地域の世帯リストを保有していないことが明らかとなったため、リストを作成した上で355世帯を訪れ、ベンガル語を用いた訪問面接法によっておこなった。これらの調査から、2007年のサイクロンの際に避難警報に従って事前にシェルターに避難したのは全体の12%に過ぎないことが明らかになった。避難しない要因としては、米や豆などの食糧や仕事道具などの家財の散逸や盗難の心配、資産的価値の高い牛やヤギなどの家畜被害に対する不安、人づてで伝えられる警報への不信、などが影響していることが明らかとなった。
著者
加藤 謙介
出版者
国際ボランティア学会
雑誌
ボランティア学研究 (ISSN:13459511)
巻号頁・発行日
vol.6, pp.49-69, 2006-02-28

本研究では、コミュニティにおけるコンフリクトを解消するための「対話」の特徴について、横浜市磯子区において実施されている『地域猫』活動を事例として取り上げ、検討を行った。磯子区では、地域の野良猫問題への対策として、住民が話し合いを通して猫の飼育方法に関するガイドラインを作成・遵守し、地域住民と猫との共生を果たしている。本稿では、これらの取り組みを、猫をめぐる社会問題の構築過程として捉え、検討を行った。具体的には、ガイドライン制定のための住民集会の議事録、ガイドライン制定前後に推進団体が発行したニューズレターを分析した。分析の結果、ガイドライン制定前の住民集会の議事録には、「『地域の問題』としての野良猫問題」という社会問題が構築される過程が見出された。一方、ガイドライン制定後は、『地域猫』活動を行うボランティアの紹介等を通して、周辺住民の視点が示され、『地域猫』をめぐる「問題」の再構築が行われたことが示された。
著者
堀場 明子
出版者
国際ボランティア学会
雑誌
ボランティア学研究 (ISSN:13459511)
巻号頁・発行日
vol.16, pp.59-68, 2016 (Released:2019-08-01)

本稿は、2004年から再燃化したタイ深南部の紛争について、その歴史的、政治的要因を整理し、長引く紛争の現状を紹介するものである。また、タイ政府とマレー系武装勢力の間で2013年から始まったトラック1レベルの和平対話について、また現軍政権下において行われている和平対話に向けた取り組みついても考察している。それにより、報道されない紛争の一つといえるタイ深南部紛争について包括的な理解を促したい。また、和平対話の成功に重要な役割を担っている市民社会の現状と課題について、特に市民社会の脆弱性がどのように和平対話に影響するか、現地調査を基に検討している。紛争下で最も弱い立場にある人々の声を集約しトラック1の和平対話に届け、政策に盛り込ませる提案をすることが重要であるが、タイ深南部の市民社会団体の多くは分断し対立している状態であり、彼らの能力強化と意識改革が必要といえる。ボトムアップの平和構築活動が何よりも重要であり、市民社会への支援が、時間がかかるけれども持続可能な和平につながるからである。また、同地域における、国際社会が果たしうる役割について、特に信頼醸成活動の重要性についても論じている。
著者
深尾 幸市
出版者
国際ボランティア学会
雑誌
ボランティア学研究 (ISSN:13459511)
巻号頁・発行日
no.11, pp.69-84, 2011-12-28

筆者は1980年代ナイジェリアに3年間駐在し、それを契機にアフリカ生活に関心を持つようになった。また、この15年間大阪市内にある草の根NGOの一員としてアフリカの子ども支援に携わってきた。本論はコンゴ民主共和国(旧ザイール)の首都キンシャサのストリートチルドレンの生まれる要因を明らかにし、また、子どもへの支援の活動を行っているNGOの役割と課題を検討することを研究の目的としている。2007年6月に現地インタビュー調査を実施した。現地で最大のNGOプラットフォームREEJERは傘下のNGO180と連携をとりストリートチルドレンに関するアドボカシー、保護と観察、宿泊の提供、医療ケアー、職業訓練、家族捜し等に取り組んでいる。最も大きな課題は資金不足であった。インタビューした子どもたちは、男子31人、女子24人で年齢は8歳から17歳までである。家を離れた(捨てられた)要因は「悪魔つき」(悪魔がついて家族を不幸にする)(27.3%)であり、キンシャサにおけるストリートチルドレン発生の大きな特徴である。子どもたちの将来の夢は男子がサッカー選手やミュージシャン、一方女子は修道女、医師、が上位であった。今回の調査を通して感じたストリートチルドレンに関して最優先すべき課題は、子どもの救済、すなわち孤児を保護し、教育および職業訓練を施して、社会参加を可能にすることの重要性である。
著者
大江 浩
出版者
国際ボランティア学会
雑誌
ボランティア学研究 (ISSN:13459511)
巻号頁・発行日
no.12, pp.27-40, 2012-07-31

3.11。大地震・大津波そして原発事故。死者・行方不明は約2万人。私たちは、東日本大震災という悲劇に遭遇し、今も忘れえぬ生々しい記憶と共に生きている。本稿は、阪神・淡路大震災(1995)の復興支援、そしてその後の国内外の災害支援の現場、そして今3.11の支援に関わる体験者からの「現場の声」である。テーマは、「災害と惨事ストレス」、そして「支援者のケア」である。災害は、悲痛な体験と共に死別・喪失をもたらす。明日の見えない絶望のトンネルの只中にあって、Survivor's Guiltを生きる被災者。しかしその「深く傷ついた人々の想い」に寄り添う支援者も「傷ついている」。支援者は共感すると同時に負いきれぬ想いにつぶれそうになる。限界を感じ、時に挫折し燃え尽きそして孤立化する。 日本では危機介入従事者や支援者のトラウマに対する認識が高くなく、ケアの取り組みが遅れている。筆者が受けた米国での研修と米国での取り組みからの学び、災害支援の現場での様々な事例、そして精神保健・心理支援の専門家の至言を交えながら、「支援者の必要性」について考察していきたい。
著者
清末 愛砂
出版者
国際ボランティア学会
雑誌
ボランティア学研究 (ISSN:13459511)
巻号頁・発行日
vol.6, pp.27-46, 2006-02-28

1970年代の終わりから1980年代にかけて、アジアにおける移住労働者の主要な受入国となった日本では、女性の移住労働者をターゲットとした性産業への人身売買の被害が続出してきたものの、日本政府は2004年に取り組みを開始するまで、何ら対策をとってこなかった。むしろ人身売買の被害者は、「不法滞在者」、「不法就労者」として強制送還の対象とされてきたために、被害者の保護はおろか、真相究明が困難な状態が続いてきた。国連は世界的に盛り上がる女性運動影響も受け、1960年代から1990年代にかけて、女性の人権、女性に対する暴力という視点から、主には女性の移住労働者に対して行われている深刻な人身売買の問題に取り組んできた。そのいっぽう、1990年代に入ると、人身売買が組織犯罪対策、「反テロ」対策というあらたな視点をもって位置づけられるようにもなった。現在では、女性に対する暴力という視点よりも、むしろ組織犯罪対策・「反テロ」対策の視点に立った取り組みの方が強化されつつある。2004年に着手された日本政府による人身売買政策もまた、同様な視点から行われている。国際組織犯罪禁止条約への批准を前提に行われていている一連の取り組みは、加害者処罰に重点がおかれ、被害者保護の視点は非常に弱い。5年後の見直しのときには、女性に対する暴力という視点から、被害者保護法を制定する必要がある。
著者
小川 未空
出版者
国際ボランティア学会
雑誌
ボランティア学研究 (ISSN:13459511)
巻号頁・発行日
vol.18, pp.85-97, 2018 (Released:2020-07-01)

本研究の目的は、HIV/AIDSに抗する学校の可能性と限界について、ケニア農村部の若年女性の個別事例から検討することである。近年、学校はHIV/AIDSに抗する「社会的ワクチン」として期待され、保険医療分野からも学校教育の拡充が重要だとされている。しかし、学校教育それ自体は必ずしも個人の行動変容を促すわけではなく、当事者の個別性を踏まえた検討が重要となっている。3か月の現地調査では、妊娠に至った若年女性へのインタビューと学校での参与観察を実施し、学校と性的行動に関する事例を収集した。調査の結果、妊娠とHIV感染のリスクは、いずれも守られない性行為によって生じるものであるが、そのリスクの程度は男女関係の種類によって大きく異なっていた。中等学校では、男女交際が禁止されているものの、同世代同士の恋愛はある程度黙認されており、男女ともに禁欲や避妊に関する指導を日常的に受けることでHIV感染のリスクは抑制されていた。一方で、金銭などの取得を主目的とした学校外の男女関係は、そのHIV感染リスクの高さからも生徒が従うべき規範からの大きな逸脱であり、強い否定と厳しい叱責の対象となった。しかし一部の若年女性は、金銭的事情などで、許されない関係を秘密裏に継続せざるを得ず、生徒であることが予防行動を阻む一因ともなっていた。
著者
山口 洋典
出版者
国際ボランティア学会
雑誌
ボランティア学研究 (ISSN:13459511)
巻号頁・発行日
vol.17, pp.23-30, 2017 (Released:2020-06-01)

本稿では阪神・淡路大震災と東日本大震災の2つの震災を経た日本における宗教とボランティア活動の関係について考察した。日本では、中世におけるキリスト教への弾圧の反動として仏教が、近代においては国民国家の成立の中で家系を基軸とする精神性の維持のために神道が、それぞれ社会システムに組み込まれた。さらに、信教の自由と政教分離原則が定められた憲法のもとでは、例えば「ボランティア元年」とも呼ばれた阪神・淡路大震災の救援・支援活動が象徴するように、宗教団体による信仰に基づいた社会活動よりも、ボランティアの現場におけるリーダーの宗教性が活動を牽引する傾向が見られた。 そこで、国際的には「宗教に基盤をおく組織(faith-based organization)」と呼ばれる形態の社会活動に対し、日本では「宗教と結びつきのある組織(faith-related organization)」という視座が適切という先行研究(白波瀬 2015)をもとに、ボランティア元年から20年を経た日本のボランティア活動に根差す宗教性を検討した。その際、大規模・広域・複合型の災害である東日本大震災のボランティアの研究から、宗教者とは必ずしも聖職者に限るわけではないとした議論(稲場 2011)から提示された「無自覚の宗教性」という視点を参考にした。その結果、アジア圏においては弱いとされたボランタリズムの存在や機能を確認するとともに、秩序的ではなく遊動的な活動の萌芽を捉えることができた。
著者
金 宣吉 志岐 良子
出版者
国際ボランティア学会
雑誌
ボランティア学研究 = Journal of volunteer studies (ISSN:13459511)
巻号頁・発行日
vol.14, pp.27-42, 2014

1980年代、90年代に起きた難民条約批准によるインドシナ難民受入、身元引受人制度改善による中国残留邦人帰国者の増大、入管法改定による日系人在留資格拡大、急増した国際結婚などによって外国にルーツを持つ子どもが日本に急増した。日本のような高度産業社会では、外国にルーツを持つ子どもの進学の重要性が認識されるべきであるが、正確な状況の把握さえ十分ではない。外国にルーツを持つ子どもの高校進学率は、日本人の子どもの50%~70%程度と推察されており、その原因として移住家庭をとりまくさまざまな問題がある。子どもたちが何につまずいているかを知ることができないと「学びの保障」について本質的に考えるべき視点も生みだしをえない。本稿では、進学を阻む要因と進学を実現するための支援について、古くからの移住民多住地域である神戸市長田区における進学支援活動から考える。その上で進学支援の成果や課題を、移住家庭で育まれる母文化の継承や民族名の選択といった当事者である子どもの生き方も含めて考えたい。また子どもたちが成長するホスト社会である日本があるべき変化を遂げて受け入れているかという課題についても考察したい。
著者
佐藤 慶幸
出版者
国際ボランティア学会
雑誌
ボランティア学研究 (ISSN:13459511)
巻号頁・発行日
vol.3, pp.5-23, 2002

公共性とは、各個人が各自の社会生活を営む過程で、<私>のものとして蓄えたものを、一定のルールにもとづく他者との相互作用関係のなかで、言説と行為として表出するところの、公開的な社会空間である、と定義する。公共性の類型として、市民的公共性、公的公共性、そして共同体的公共性を提示し、これら三つの公共性の関係について論及する。市民的公共性は、多様なアソシエーション個体群から形成され、「市民社会」の基本的構成要素をなす。この市民社会は、非市場経済的(非営利的)、かつ非政府的なアソシエーションからなるという点で、それは労働・資本・商品などの市場によって方向づけられる資本主義社会としての「市民社会」とは異なる。本論で用いる市民社会概念は、資本主義社会における非資本主義的構造としての市民社会である。民主的国家においては、国家は言論の府としての国会をとおして公的公共性を形成し、官僚制機構をとおして公的公共政策を遂行し、国民生活に大きな影響を与える。しかし、日本の場合、この公的公共性と市民的公共性との関係に対して、共同体的公共性が介入し公的公共性のあり方に大きな影響を与えている。しかし、歴史の大きな流れは、公権力と結びついた共同体的公共性が、市民革命や市民運動をとおして、個人の人権と生命の尊重を基盤とする、自由で平等主義的な市民的公共性へと転換していく方向にある。この転換を可能にするのが、アソシエーション革命であり、ボランティア活動である。
著者
日下部 尚徳
出版者
国際ボランティア学会
雑誌
ボランティア学研究 (ISSN:13459511)
巻号頁・発行日
vol.11, pp.53-68, 2011

バングラデシュ政府は、2010年5月までに、国内14ヵ所のコミュニティラジオ局に放送認可を与えた。これまで、コミュニティラジオは開発分野における応用可能性が認識されていながらも、自らの監視下にないラジオ放送の政治利用を恐れる政府は、導入に消極的であった。本論ではまず、バングラデシュ政府がコミュニティラジオ局に放送認可を与えるに至った要因を文献レビューから明らかにした。具体的には、(1)現政権による投資・産業政策の推進をも視野にいれた積極的な情報戦略の中に、コミュニティラジオが位置づけられたこと、(2)NGOがロビー活動によって、開発政策のツールとしてコミュニティラジオが有用であることを政府に認識させたこと、が挙げられる。加えて本論では、バングラデシュ国ノアカリ県ハティア島でおこなった、住民の情報ソースへのアクセスに関する量的調査をもとに、ラジオが情報伝達手段として有効であることを示した。その上で、同様の調査で明らかになった、コミュニティラジオに対する住民のニーズを分析し、コミュニティラジオの地域開発への応用可能性について論じた。
著者
黒瀬 聖子
出版者
国際ボランティア学会
雑誌
ボランティア学研究 (ISSN:13459511)
巻号頁・発行日
vol.17, pp.89-103, 2017

ピエール・セレゾールは、1879年にスイスに生まれ、2つの大戦の時代に、スイスに於いて、真の平和を追い求め続けた「平和主義者」である。第1次大戦勃発のため、セレゾールは滞在先の神戸から急遽、帰国した。当時のスイスは「永世中立国」ではあったが、軍備も兵役も国民の義務となっていた。セレゾールの「平和運動」の原点は、第1次世界大戦中の1915年に、スイスで初めて「良心的兵役拒否者」が、投獄されたことにあった。彼は、「『良心的兵役拒否者』を罰するのではなく、彼らを代替労働としての『「国際ワークキャンプ』」に従事させよ」と、国に訴え続け、一般の人々には、「良心的軍事税支払い拒否」を訴えた。そして第1次大戦終戦直後の1920年に、セレゾールはフランスのヴェルダン近郊で、世界で初めての「国際ワークキャンプ」を行った。キャンプは成功をおさめ、その後、「SCI(市民奉仕団)」を設立し、スイス国内外で災害の復興支援などの多くのキャンプを行った。キャンプは「国際(多国籍)」を条件とし、国を守る「軍隊」ではなく、全世界の人々のための「市民奉仕団」を構成した。また彼は、キャンプを「良心的兵役拒否者の代替労働の受け皿に」と考え、スイス軍とも良好な関係を保ち、援助も受けた。しかしスイスに於いて、「代替労働」が認められたのは、1991年になってからであった。そして平和構築を目的として始まった「国際ワークキャンプ」は今日、世界中で行われている。
著者
山本 香
出版者
国際ボランティア学会
雑誌
ボランティア学研究 (ISSN:13459511)
巻号頁・発行日
no.15, pp.127-139, 2015-02-24

コミュニティ間の往来の増加や、オンライン・コミュニティの活発化により、近代コミュニティは地理的近接性に関わらず人々の連帯を拡大している。そうしたコミュニティは、とくに難民による学校経営において大きな影響力を持つ。難民には身分を保証する行政や地域社会がないため、彼らによる学校経営に公共性という保障を与えるのは、独自に形成されたコミュニティに他ならない。それはシリア難民が経営する学校の事例でも確認できる。彼らのコミュニティは構成員の営みに伴って国境を越えて広がり、インターネットを通して繋がっている。また、学校内にも独特のコミュニティが形成されている。そこでは、とくに教師と生徒がモラルを通じて連携している。子どもはそこで紛争で負った傷や憎しみを表出させ、帰属意識を獲得するとともに心理的な安定を得ている。コミュニティへの帰属は、社会関係資本を得るだけでなく、構成員としての責任を負い、他者との相互依存関係を構築することを意味している。そのなかで難民は受動的な立場に留まらず、そこに活動の主体として固有の意義を見出している。コミュニティはそのような難民の営みを支え、強化する役割を果たしている。