- 著者
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煎本 孝
- 出版者
- 北海道大学
- 雑誌
- 北海道大学文学研究科紀要 (ISSN:13460277)
- 巻号頁・発行日
- vol.113, pp.左31-左64, 2004-07-30
北海道西南部のある小さな町で,2002年3月に,アイヌ文化伝承者として多くの人々から尊敬されていた一人のアイヌの長老が享年91歳で死去した。葬儀には長年とだえていたアイヌの伝統的儀式がとり入れられ,葬儀は仏式とアイヌ式の併用でとり行われた。 4日間に渡る葬儀は,1日目の自宅における小屋がけ,死装束・墓標・副葬品の製作,湯灌,アイヌ語によるカムイノミ(神々への祈り),2日目のカムイノミと死者への告辞,遺体の包装,町の生活センターへの移動,そこでの仏式葬儀と通夜,3日目の生活センターにおける僧侶による読経,弔辞,出棺,そして墓地におけるアイヌ式葬儀による埋葬,再び生活センターでの僧侶による法要,そして自宅近くの河原でのアイヌ式葬儀にもとづく小屋の焼却,自宅でのカムイノミ,そして4日目の自宅におけるカムイノミにより構成されていた。アイヌ式葬儀ではアイヌ語・アイヌ文化の研究者であり,かつそれらの数少ない伝承者となっている一人の和人が祭主となった。アイヌ語によるカムイノミ,葬儀の式次第が彼の指導のもとにアイヌと一緒にとり行われた。 この論文では,アイヌの死の儀礼の復興を広い意味での民族間の紛争とその解決の過程として捉え,人類学的視点から葬儀とそれをめぐるさまざまな語りの分析を行った。その結果,(1)アイヌ式葬儀の復興が民族的帰属性の実践として行われたこと,(2)紛争の解決に共生という理念が働いたこと,そして(3)民族的共生の形成のとって行為主体の役割りが重要であったこと,が明らかにされた。