著者
櫻井 義秀
巻号頁・発行日
2007-05-18

日本近代学会大会. 平成19年5月18日. 韓国
著者
櫻井 義秀
出版者
日本宗教学会
雑誌
宗教研究 (ISSN:03873293)
巻号頁・発行日
vol.83, no.2, pp.453-478, 2009

本稿では、宗教と倫理が緊張関係にある事例としてカルト問題を取り上げ、教勢拡大中のキリスト教教会や宗教団体にはカルトにも共通する特徴があることを指摘した。宣教体制に機能特化した教団は、教化力・組織力・指導力を高めるべく<指導-被指導>関係を軸とした権威主義的体制を構築する。そこにおいて、「教会のカルト化」「宗教団体のカルト化」として批判される信徒への抑圧・搾取的行為や反社会的行動が見られることがある。宗教組織や宗教運動に固有の逸脱を批判してきたものは、現実の宗教団体に対して外郭的秩序として機能する倫理や法ではなく、カルトに巻き込まれた当事者や支援者が特定教団の活動を社会問題として批判・告発してきた活動であった。具体的な問題を解決する過程において構築される社会倫理こそが、宗教とカルトを分かつものが何であるか、そして、宗教と倫理をめぐる緊張とはいかなるものであるかを明らかにしてくれるだろう。
著者
櫻井 義秀
出版者
北海道社会学会
雑誌
現代社会学研究 (ISSN:09151214)
巻号頁・発行日
vol.17, pp.1-19, 2004-06-18 (Released:2009-11-16)
参考文献数
33
被引用文献数
1

1995年のオウム真理教事件以降,カルト問題が初めて日本の主要な社会問題になったが,新世紀に入り,アフガン戦争,2002年の北朝鮮による拉致問題,2003年のイラク戦争という大事件が相次ぎ,カルト問題はメディア報道から消えた。しかし,カルト問題の当事者(加害者としての教団,被害者としての信者や一般市民)や研究者にとってこの問題は終わっていない。カルト問題の多面性・複雑性は,まだ理論的にも十分検討されていない。本稿では,カルトという用語の由来と用法を歴史的に概観し,次いで,ミクロ,メゾ,マクロの社会領域ごとのカルト論を批判的に検討した上で,新たな課題を発見したい。ミクロレベルでは,1)宗教社会学の入信・回心・脱会論と,2)反カルト運動が展開する洗脳,マインド・コントロール論の論争を分析する。メゾレベルでは,1)世俗社会と激しく葛藤するカルト運動がどのように組織論として位置づけられるかをみたうえで,2)反カルト運動によりカルトの実体化が進められたという構築主義的な分析を検討する。マクロレベルでは,1)異文化の流入を阻止するために自文化を再活性化しようとしたカーゴ・カルト運動と,2)グローバリズムの中で文化が相対化・多元化してくることに抗う一つの文化ナショナリズムとして反カルト運動があるという議論を批判的に検討する。今後の課題としては,カルト問題を通して明確化される社会秩序や公共性の構築という議論を提示したい。
著者
櫻井 義秀
出版者
日本脱カルト協会
雑誌
日本脱カルト協会会報
巻号頁・発行日
vol.14, pp.16-26, 2009
著者
櫻井 義秀
出版者
消費者法ニュース発行会議
雑誌
消費者法ニュース
巻号頁・発行日
vol.77, pp.246-248, 2008-10

3 0 0 0 OA 家と祖先崇拝

著者
櫻井 義秀
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.39, no.2, pp.119-136,227, 1988-09-30 (Released:2009-11-11)
参考文献数
34

祖先崇拝は直系家族における家長-跡取りの権威主義的な互恵関係を正当化する「孝」を儀礼化したものであり、家父長的家族結合を維持・強化する機能を果す。本稿の目的は、フォーテスらにより提唱されたこの理論を以下の二点に関して考察することにある。 (一) 家長-跡取りの世代間の構造的結合を死者供養の儀礼の中に確認すること、 (二) 祖先崇拝と家の構造連関を測定すること、である。この問題を農業村落である山形県村山郡黒澤のムカサリ絵馬習俗と祖先崇拝の実態調査から分析し、次の結論を得た。(一) 婚姻の絵馬習俗に認められた家長-長子のダイアッドは、祖先崇拝における世代間関係の主・客を逆転させたものである。未婚の死者が先祖になれないというのは、家を創設、又は継承させるための前提条件である子孫を残さなかったからである。婚姻が、家格維持・嫡子獲得の制度であった地域において、天逝者に対する婚姻儀礼は、家の象徴的実体である祖霊に彼らを加えることを意味した。家長は、とりわけ長子に対しこの儀礼を行った。(二) 祖先崇拝の祭儀の実施は、生業形態・家族類型・家格・家父長的父子関係・世代深度の、家の構造を示す諸変数と関連を持つ。黒澤のような農村部で行なわれる現在の祖先崇拝は家と密接な関係を維持していると考えられる。
著者
櫻井 義秀
出版者
「宗教と社会」学会
雑誌
宗教と社会 (ISSN:13424726)
巻号頁・発行日
no.9, pp.43-65, 2003-06-14

本稿では、統一教会信者の入信・教化過程をジェンダー論の視点から考察する。ジェンダー秩序の形成が女性信者の宗教実践、教団戦略とどのように関連しているのかを明らかにすることで、従来「マインド・コントロール」として告発されている心理的・社会的影響力行使の中身と意味が明らかになるのではないかと考えている。以下の知見を得た。未婚・既婚を問わず、女性信者の入信・教化の過程において、統一教会は自己啓発・運勢鑑定の装いの下に、統一教会独特の家族観を問題解決の方法として提示する。信者はこのようなイデオロギーを宗教実践において内面化し、最終的な救済財である祝福を目指す。信者が活動に熱心になればなるほど、現実の家族と教団が提示する「真の家庭」という理想の家族像に乖離、葛藤が生じる。教団はその克服を信者に促し、信者はそこに信仰の意義を見いだした。なお、本稿では世界基督教統一神霊協会の略称「統一教会」を用いる。
著者
櫻井 義秀
出版者
北海道大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
1995 (Released:1995-04-01)

本研究では、第一に、現代の情報化社会で言説がいかに生成されるか、その過程をオウム真理教事件に関わる言説に則して見ていき、現在流通している様々な言説を共通の概念枠組みで記述した。第二に、オウム真理教がなぜかくも急速に信者を獲得・動員して犯罪を行い得たのかという疑問への説明として最も流布し、しかも社会的影響力を持ったマインド・コントロール論を取り上げ、オウム真理教現象の構成のされ方、論者の視点の問題点を社会学的に吟味した。また、川瀬カヨ氏によって設立された天地正教が、1995年に十勝清水町御影地区において教団の宿泊施設を建設しようとしたが、地域住民の反対運動が起き、町議会も建設中止の陳情を採択するに至った。天地正教は1988年の宗教法人化以来、霊感商法との関係が弁護士会等で問題にされていたが、1996年の弥勒祭、浄火祈願祭において二代目教母が下生した弥勒として統一教会の創始者文鮮明夫妻を迎えると宣言した。本事例は、新宗教教団が地域社会にいかに定着していくかという問題を示していたが、天地正教はこれに失敗した。本論文集には、上記の2論文以外に、新宗教教団の形成過程と地域社会変動の当初の研究対象教団であった、天照教調査の経過報告と、猪瀬優理「宗教とジェンダー -創価学会を事例に-」、大倉大介「情報受容に関する一考察-オカルトに関する情報を中心に-」、蔭山茂樹「新宗教教団における入信・回心・献身-統一教会・原理研究会を事例に-」の4論文を加えて、現代宗教を考察する視角を多方面から検討してある。

2 1 1 0 IR 傾聴する仏教

著者
櫻井 義秀 サクライ ヨシヒデ Sakurai Yoshihide
出版者
「宗教と社会貢献」研究会
雑誌
宗教と社会貢献 (ISSN:21856869)
巻号頁・発行日
vol.5, no.1, pp.29-53, 2015-04

This paper considers social exclusion in modern society through the lens of child poverty, arguing that exclusion should be addressed through provision of mental support as well as livelihood security. In particular, the practice of active listening, which aims to respond to modern people's needs for recognition and self-esteem, is examined. The case studies considered here show that self-recognition and recognition by others are important elements of care. Moreover, clinical religion guided by religious scholars and Buddhist monks should not be limited to unidirectional active listening between care-givers and care receivers, but should be the basis for constructing reciprocal relations in community. This point is illustrated through the case of a Buddhist priest in Fujisato-cho, Akita prefecture, who became the key person in creating collaboration between the local administration and social welfare providers.本稿では、子どもの貧困を糸口として現代社会における社会的排除の問題と考え、社会支援には生活基盤を確保するためのアプローチと精神的支援のアプローチがあることを確認する。その上で、現代人が求める承認欲求に応えようという傾聴の実践をさまざまな角度から捉え、自己承認や他者からの承認がケアにとって重要であることを論じる。宗教者や宗教学者によって提案された臨床宗教にとって課題となることは、傾聴の実践を一方的なケアの提供者・享受者の関係にとどめることなく、互酬的なケアのコミュニティ作りに関わっていくことだろう。その点で秋田県藤里町の事例は、僧侶がキーパーソンとなり、行政や社会福祉協議会と連携して地域福祉を実現する格好のケースとして参照されるものとなる。
著者
櫻井 義秀
出版者
平凡社
巻号頁・発行日
2007-03

宗教と現代がわかる本, 2007. 渡邊直樹 責任編集. pp.140-143
著者
櫻井 義秀
出版者
北海道大学高等教育機能開発総合センター
雑誌
高等教育ジャーナル : 高等教育と生涯学習 (ISSN:13419374)
巻号頁・発行日
vol.15, pp.1-14, 2007-12

On July 28, 2006 the Asahi Shimbun began to critically report the controversy about the Christian Gospel Mission (called “Setsuri” in Japan), and Japanese belatedly acknowledged cult problems on campus. Jung Myung Seok, the founder of this cult, was internationally arraigned by the Korean police on suspicion of rape of female disciples and he escaped overseas in 1999, finally being arrested in China on May 12, 2007. In Korea and Japan there are allegedly several hundred victims. Providence conducted controversial proselytization on campuses and got approximately two thousand members in Japan. They concealed actual information about Providence in terms of the theology, the founder, and organization and set up various sports and cultural circles camoufl aging its missionary work object. According to the investigation by Asahi News Company, former members of Providence, and the Student Affairs Division of Hokkaido University, Providence has a church in Sapporo and proselytizes on the Hokkaido University campus. Faculty members should realize the fact that students in Hokkaido University are exposed to their masked proselytization. We must also take measures to protect the students’ right to safely study on campus and their freedom of religion. So far there has been little academic research concerning Providence except for the authors’ report in the monthly Journal “Chuou Kouron,” issued in October, 2006, titled ‘How should we protect students from controversial campus missions.’ I conducted additional research into former members of Providence and herein I illustrate their beliefs and behavior not only for faculty members of Hokkaido University but also for all student affairs offi cials and professors to understand the actual nature of Providence and the risk of their free campus mission. The contents of this paper are as follows: Chapter 1 introduces the reports and investigations of Providence. Chapter 2 explains the history and theology of Providence. Chapter 3 analyzes the method of recruitment and proselytization of new members and their daily mission work. Chapter 4 discusses the controversial mission of Providence and its harmful effect on students. The last chapter proposes possible measures to confront the controversial mission on campus.
著者
櫻井 義秀
出版者
北海道社会学会
雑誌
現代社会学研究 (ISSN:09151214)
巻号頁・発行日
vol.15, pp.63-81, 2002-06-29 (Released:2009-11-16)
参考文献数
24

本稿では,人権・自己決定権という世俗的理念がどのようにして宗教制度の領域に介入するようになっていったのか,その時代背景や社会的要因を現代の『カルト』問題や,『宗教被害』をめぐる裁判を通して記述していきたい。現代の『カルト』問題は,特定宗教や宗教の暴力的側面に関わる問題に留まらない。教団の特殊な勧誘・教化行為や宗教活動一般を社会がどのように許容するのかという問題としても出現している。カルトによるマインド・コントロールというクレイムは,信者の宗教的自己決定権が侵害されているという評価的な理解であり,脱会カウンセリングにおいて,信者を教団から家族へ引き戻すための実践理論でもある。布教が『その人のために』というパターナリズムで行われているのと同様に,カルト批判もパターナリズム的立場をとる。教団・信者側,反カルト側・元信者側がそれぞれ,宗教的自己決定権を主張し,相手をその侵害者として批判するのである。統一教会元信者による『青春を返せ』訴訟は,自己決定権の回復を求めた訴訟と位置付けられる。判決では,統一教会による正体を隠すやり方,伝道されたものを欺罔・威迫する方法が違法とされ,原告勝訴となった。この判決は宗教問題に法的介入が可能であることを示した点において画期的であったし,現代宗教の社会的位置付けを司法が宣言したという意味でも,今後,宗教界・宗教研究に大きな影響を与えることになろう。