著者
伊藤 操子
出版者
特定非営利活動法人 緑地雑草科学研究所
雑誌
草と緑 (ISSN:21858977)
巻号頁・発行日
vol.6, pp.32-39, 2014 (Released:2017-06-09)
参考文献数
21
被引用文献数
1

セイバンモロコシ(ジョンソングラス)は地中海原産の大型イネ科多年草で,熱帯から温帯までの広い気候範囲に分布し,世界中の農耕地,非農耕地で強害雑草となっている.日本では外来雑草として,関東以西に多く発生し,とくに九州の中・北部では河川や道路沿い等に大群落を形成しているが,東北地方での存在も報告されている.輸入飼料への種子の混入が確認されており,畜産団地あるいは上流に畜産施設があるところで発生が多く観察される.河川敷や道路沿いに大発生が目立つので,種子が水に流されたり交通の風圧で飛散して拡散することが推察される.根茎断片も繁殖体となる.本草のバイオマスは生体重で15~25t/haとクズやセイタカアワダチソウよりもかなり多く,刈草の焼却・運搬のコストや環境負荷も無視できない.花粉症の原因になることも知られており,純群落を形成するので生態系の他生物への影響も甚大と予想される.このように日本の都市・市街地における重要雑草であるにもかかわらず,日本における拡散実態や生活史等に関する情報は乏しく,環境省の「要注意外来植物」リスト44種にも入っていない(2014年現在).したがって,本稿では生育・繁殖特性や遺伝的多様性等も紹介しているが,それは主に国外の報告をもとにしたものである.
著者
浅井 元朗
出版者
特定非営利活動法人 緑地雑草科学研究所
雑誌
草と緑 (ISSN:21858977)
巻号頁・発行日
vol.10, pp.16-30, 2018 (Released:2019-02-01)
参考文献数
4

農耕地および緑地雑草の管理者に必要な素養とは,現場においてさまざまな生育段階にある雑草のすがたかたちを識別し,その生活様式―いきざま―を見きわめ,その地(地域と立地環境)での生態が頭に入っている状態,あるいは初見の草種についても同様のことが識別,類推できることである.雑草は生育環境や季節,生育段階などによってそのみかけが変化するため,種ごとの変化や変異の幅を含めて理解する必要がある.また,管理法(耕起,刈取,除草剤処理等)の種類やその時期・頻度の違いによってその場に生育できる種類が大きく異なる.それらを念頭において,出現草種を識別し,管理に対する反応を予測することが重要である.身近な雑草を識別し,その特性を調べるための基本的な技法として,1)採集・標本の作成,栽培およびデジタル画像の収集の利点と留意点,2)学名および分類体系の理解に基づいた科,属の単位での特徴把握,3)幼植物が掲載されている等,有用な雑草図鑑類の特長と目的に応じた活用法,4)Web資料の特長と利用などについて具体的に解説した.
著者
伊藤 操子
出版者
特定非営利活動法人 緑地雑草科学研究所
雑誌
草と緑 (ISSN:21858977)
巻号頁・発行日
vol.4, pp.35-43, 2012 (Released:2017-06-30)
参考文献数
18

ワルナスビは分布の温度域が広く,北海道から沖縄本島まで分布し,牧草地から飼料畑,非農耕地の随所に発生している.輸入乾草・飼料として畜産地帯(牧草地・飼料畑)に侵入し,種子が堆肥.牛糞に混入して苗木・作物生産地に拡散し,さらに緑化樹の植栽・客土等の土の移動により都市域にも広がった.地下部に長大な横走根と垂直根からなる根系(creeping root system)を発達させ,刈取り後の再生や春季のシュート発生は,ここに形成される不定芽による.繁殖体は種子と根の断片である.種子には休眠性があるが,根断片は通年,不定芽形成・萌芽力をもっている.本草の雑草害は①茎葉の鋭い棘による傷害,②ツツジ等有用植物の強い生育阻害,③ナス科特有の有毒物質ソラニンが家畜に有毒なこと,④同じナス科作物の病気(トマトモザイクウイルス等)や害虫の中間宿主になることなど多様である.防除は困難だが,化学的手段が最も効果的で茎葉処理ならホルモン系の剤が土壌処理ならクロロプロファムが有効と考えられる.米国では,繁茂地からの拡散防止,輸送防止,有用種子への混入防止および防除法の指針が多くの州および国レベルで出されているが,日本にはこれに該当するものはない.
著者
伊藤 操子
出版者
特定非営利活動法人 緑地雑草科学研究所
雑誌
草と緑 (ISSN:21858977)
巻号頁・発行日
vol.10, pp.2-15, 2018 (Released:2019-02-01)
参考文献数
32
被引用文献数
1

生活圏において草本植生で被覆されている領域は鉄道,道路等のインフラ緑地,公園,河川敷,空地・耕作放棄地など多岐・広面積に及ぶが,その大半を構成する大型多年雑草(とくに地下拡張型)群は刈り取り管理下でますます勢力を増している.この深刻な事態に対応する雑草管理を策定するなかで,化学的手段の適材適所的採用は不可欠である.とくにセイタカアワダチソウ,イタドリ,セイバンモロコシ等に代表される地下拡張型多年生雑草の的確な制御には,除草剤の特定の機能を活用する以外にない.なぜ,そういえるのか.本稿では,まず,対象であるこの種の多年草の生理・生態,構造上の特徴を紹介し,その生存戦略の中心が地下部の芽からの萌芽・再生にあることを明確にしている.そのうえで,長期にわたってピンポイント的にこの生育反応を阻害することで,最終的に個体全体を死亡させうる一群の除草剤の存在と特性を,さまざまな研究成果をもとに実証している.共通の特性とは地下部への優れた移行性と芽への集積およびその生長点での形態形成・細胞分裂阻害機能である.単なる ‘刈り取り代用’という誤った認識のもとにある化学的手段を,地下拡張型雑草も的確に制御することで植生の質的調節ができる手段と認識し,他手段との時間的・空間的integrationによって緑地植生の改善に活用することの重要性が強調される.
著者
吉岡 俊人 青山 のぞみ
出版者
特定非営利活動法人 緑地雑草科学研究所
雑誌
草と緑 (ISSN:21858977)
巻号頁・発行日
vol.7, pp.38-47, 2015 (Released:2017-06-09)
参考文献数
18

約200種ある水田雑草のおよそ2割は,山地や湿地の希少植物に比べても,とりわけ絶滅の危険度率が高いことが報告されている.この衝撃的な事実に接しても,身近なはずのある雑草が地球上から失われてしまうというような,切迫した危機感は持ちにくいかもしれない.アゼオトギリ(Hypericum oliganthum)は,その名のとおり,関東以西の水田畔に生えるオトギリソウ科の雑草である.この植物は,以前は,やや少ないながらも普通に見られたが,2000年の環境省調査では全国で約800個体のみの生存とされ,絶滅危惧IB類に指定された.福井県では,2008年に日本最大規模の個体群が発見されたが,用水パイプライン化工事の影響で,2010年には当時の2割弱の自生株数となった.ヒトが引き起こす生きものの危機ならば,人に生きもののことを知ってもらう他は,それを守る手立てはないだろう.ここでは,これまでまとまった知見がなかったアゼオトギリの植物像が初めて詳述される.本稿によって,アゼオトギリやその生育環境の保全に対する理解が進むことが期待される.
著者
伊藤 幹二
出版者
特定非営利活動法人 緑地雑草科学研究所
雑誌
草と緑 (ISSN:21858977)
巻号頁・発行日
vol.10, pp.54-65, 2018 (Released:2019-02-01)
参考文献数
19

私たち日本人の多くは,生活圏に蔓延する雑草とその景観に馴らされ,雑草の脅威を肌で感じることはありません.今回の報告は雑草に起因する広義の人身障害について,雑草ウオッチャーならびに雑草インストラクターからの情報を衛生害虫の定義になぞらえ‘ヒトの健康または生活環境を害する雑草類’の視点でまとめました.雑草が関わる公衆衛生学的問題として,1.雑草の構成成分によって発症するアレルギー性炎症,接触性皮膚炎,誤食中毒.2.雑草管理作業によって発生する多様な作業傷害.3.雑草が毀損させた造営・工作物機能によって起きる人身事故.4.雑草地が引き起こしている生活環境被害.5.ヒト感染症に係わる昆虫類・鳥類・哺乳類と雑草との相互関係,および病原菌の生態と雑草の役割,以上五つに類型化して事例を紹介しました.これらの雑草リスク情報から,日本における雑草害の現状と大きさ,そして,なぜ世界貿易機関の加盟国(WTO)が雑草を害虫や病害と同じpest(有害生物)として取り扱い(SPS協定)法規制を行っているかが分かります.地球環境の変動と変貌する雑草のリスクに対して私たちは,平常性バイアス(正しく恐れる)を持ち,‘清潔で健康な植生環境形成’を社会の目標に,科学に裏付けされた知識と多種多様な技術を駆使し対応していくことが求められています.
著者
芝池 博幸
出版者
特定非営利活動法人 緑地雑草科学研究所
雑誌
草と緑 (ISSN:21858977)
巻号頁・発行日
vol.8, pp.64-72, 2016 (Released:2017-05-31)
参考文献数
36

「セイヨウタンポポ」の学名は「Taraxacum officinale Weber ex F.H. Wigg.」と表記されることが一般的である。しかし、「外来性タンポポ種群」として「Taraxacum officinale agg.」が用いられる場合もある。この場合、命名者の位置にあるagg.は何を意味しているのだろうか。agg.はセイヨウタンポポが倍数性や無融合生殖によって、形態的に識別が困難な種の複合体(species aggregate)であることを意味している。学名を見ているだけでも、セイヨウタンポポが興味深い特性を持っていることがうかがえる。本稿では、日本列島におけるセイヨウタンポポの侵入・定着・交雑の過程を理解するために、タンポポ属植物の分類や生活史、生殖様式等について解説する。そして、重点的に対策すべき外来種という観点から、外来性タンポポ種群による遺伝的攪乱の問題を指摘する。 <引用文献の差し替え> 「渡邉弘晴 2013. タンポポ 風でたねをとばす植物. あかね書房, 東京.」として引用した文献は、「小田英智・久保秀一 2009. 自然の観察辞典② タンポポ観察辞典. 偕成社, 東京.」と差し替えをお願いします(著者)。
著者
吉岡 俊人 日下部 智香
出版者
特定非営利活動法人 緑地雑草科学研究所
雑誌
草と緑 (ISSN:21858977)
巻号頁・発行日
vol.10, pp.44-53, 2018 (Released:2019-02-01)
参考文献数
20

ヒメムカシヨモギは明治初期、オオアレチノギクは大正末期に帰化が確認されたキク科Erigeron属の外来雑草である。ヒメムカシヨモギにはゴイシング,デンシングサ,テツドーグサなどの方言があって、開発に伴って分布拡大した様相が呼称から読み取れる。よく似た両種の識別点は、舌状花が明瞭か否かあるいは茎葉の毛が粗か密かである。どちらも自殖性,多産性,長距離風散布性,易発芽性,短生活期間など放浪種としての性質を有するが、オオアレチノギクに比べてヒメムカシヨモギではいずれの性質もより顕著だと言える。また、オオアレチノギクが越年草であるのに対してヒメムカシヨモギは一越年草である。これらの生存戦略上の差異は、両種の地理的分布や雑草特性、あるいは優占化する植生遷移段階の違いとなって現われている。
著者
伊藤 幹二
出版者
特定非営利活動法人 緑地雑草科学研究所
雑誌
草と緑 (ISSN:21858977)
巻号頁・発行日
vol.8, pp.12-27, 2016 (Released:2017-05-31)
参考文献数
11

雑草を化学薬剤で防除するという技術は,明治政府の近代化施策の一つとして欧米から「雑草と戦う学問」として導入された,しかし,日本においては,有害生物を化学的に制御するという考えが定着することはなかった.戦後,連合国軍総司令部(GHQ)の日本における占領政策によって初めて雑草や害虫を化学的に防除するという技術が紹介された.雑草防除を科学として扱い発展してきた欧米の先端除草剤の紹介は,それまでの労力を媒体とする除草法によって制約されていた日本の小農業栽培を大きく転換する技術として捉えられた.除草剤による雑草防除技術は,模倣、改良,国産化と変化しながら発展し,除草労力の軽減と労働生産性(一人当たりの作付面積の拡大)の著しい改善をもたらすことになる.一方,現在の除草剤の利用は,今日の農業就業人口の減少と高齢化のもとでの農園芸栽培を可能にしているものの,本来の使用目的である生産コストの削減,言い換えれば栽培技術の向上や経済的利益追求のための資材として機能していない現状がある.今私たちに必要なことは,生活圏における雑草害と環境的・経済的損失を認識し,除草剤をはじめ機械やマルチなど雑草防除技術を適切に利用した雑草の最良管理慣行を策定することである.
著者
伊藤 操子
出版者
特定非営利活動法人 緑地雑草科学研究所
雑誌
草と緑 (ISSN:21858977)
巻号頁・発行日
vol.8, pp.3-11, 2016 (Released:2017-05-31)
参考文献数
16
被引用文献数
1

除草剤の存在は世界の食糧生産を支える上で不可欠だが,生活圏の雑草問題である衛生被害の回避,環境保全,インフラ保護にとっても重要である.しかし,未だに除草剤への拒否反応がはびこる日本の現状に鑑み,今日あるような除草剤がなぜ生まれ,科学・技術としてどう発達し,現在どういう段階にあるのか,世界の流れを振り返る.化学物質で雑草を撲滅するという発想は19世紀中頃から始まり,手取りや機械で防除できない多年草に大量の無機物質の投与が試みられた.一方,本格的な除草剤の発展は,1940年代初頭の選択的有機除草剤2,4-Dから始まった.これは世界の雑草防除自体のありようを一変させた画期的出来事である.その後1080年代にかけて,作物―雑草間の選択性の追求,新規作用点の開発,低処理薬量・低残留性,新規剤型の開発等が世界的に進展し,効果,作物や環境に対する安全性において優れた多くの除草剤が生まれた.しかし,その後徐々に縮小されて今日に至っている.理由は,除草剤のマーケットが成熟し,既剤を上回るものを開発しにくい,安全性試験へのコストの増大,グルホサート抵抗性遺伝子組換え作物の普及で,対抗できるインセンテイブが低下したなどである.化学的防除の著しい発展は,他方で,雑草防除実施者が創意工夫の意思の喪失,簡単に成果が期待できるという思い込みを生んだ.その最も顕著なしっぺ返しは,未だに止むことのない世界的な除草剤抵抗性雑草の増加である.
著者
伊藤 操子
出版者
特定非営利活動法人 緑地雑草科学研究所
雑誌
草と緑 (ISSN:21858977)
巻号頁・発行日
vol.3, pp.45-52, 2011 (Released:2017-06-30)
参考文献数
12

トクサ属(Equisetum)はシダ植物トクサ綱に属しているが(1綱1属),雑草とみなされているにはスギナとイヌスギナのみである.作物への雑草害だけでなく,家畜への障害もある.スギナの最大の生物的特徴は,他の雑草類に例を見ない地下器官系の大きさであり,発達した集団では現存量の70~90%を占める.地上部については早春に胞子茎(つくし)が発生し,続いて栄養茎(すぎな)が秋季まで(本州中部以西では4月~11月)次々発生・生長する.地下部は横走根茎とその一部の節に付着する塊茎ならびに地上茎につながる垂直根茎からなる.根茎分布はむしろ30 cm以下に多く,1 mに及ぶことも稀ではない.根茎には地上茎と同様に5~9本程度の稜と溝があり,これらと同数の維管束とともに通気孔がよく発達しており,地下深くまでの生存に適応している.シダ植物であることから,繁殖は本来有性生殖(胞子の発芽により形成された前葉体につくられた精子と卵子の受精で栄養茎ができる)もあるはずだが,野外ではめったに起こらず,栄養繁殖が主体である.繁殖体は根茎断片と塊茎であり,10℃前後の比較的低温でもよく萌芽する.定着した集団の一般的防除法は除草剤による以外になく,比較試験からはアシュラムの6月処理が最も有効であった.
著者
伊藤 操子
出版者
特定非営利活動法人 緑地雑草科学研究所
雑誌
草と緑 (ISSN:21858977)
巻号頁・発行日
vol.9, pp.2-12, 2017 (Released:2018-02-15)
参考文献数
12
被引用文献数
2

生物は外部からの化学物質に対して様々な生体反応を示し,これは医薬と人間・病原菌等と同様に除草剤と雑草にも当てはまる.除草剤の最終的に効果である雑草の死亡に至るまでには,薬剤の植物体(茎葉,根,種子)へ吸収,体内の作用部位への移行,作用点での特定の生化学反応の阻害,これらの過程中での薬剤の代謝・分解といった,様々なプロセスが関わっている.そして,この各プロセスは植物の種類,生育段階等による差異が大きく,このことが望む効果を決定づけたり,ときには薬害の原因になったりしている.“雑草がなぜ枯れるか”については,緑地雑草管理の関係者も日頃あまり気にかけないか,その必要を感じていないのではないかと思われる.しかし,実際は望ましい結果を得るためには,枯れるまでの各プロセスへの正確な知識は非常に重要であり,少なくとも米国の雑草管理事業者はこれらを身に着けているようだ.そこで本稿では,1)除草剤はどのようにして植物体内に入るか,2)どのようにして作用部位にたどりつくのか,3)どのような作用によって雑草を枯死させるのか,および4)除草剤の精緻な作用機構が生んだ深刻な問題である除草剤抵抗性変異について,現場関係者の理解を目標に,できるだけ分かりやすく解説することを試みた.
著者
伊藤 幹二
出版者
特定非営利活動法人 緑地雑草科学研究所
雑誌
草と緑 (ISSN:21858977)
巻号頁・発行日
vol.5, pp.16-27, 2013 (Released:2017-06-30)
参考文献数
13

現代社会は,技術がほとんどの問題を解決するという観念を育んできた.しかし,自然の資源が生成されるよりも早く消耗されてしまうという問題は,技術では決して解決することができない.現在,資源の根源と云うべき‘表土と植生’を持続可能に管理していくことが国際的規範となっている.さて,表土とは何か? 表土の機能,表土喪失のリスク,表土資源管理の諸問題を再検討することから,表土保全育成の在り方を考えてみた.
著者
伊藤 幹二
出版者
特定非営利活動法人 緑地雑草科学研究所
雑誌
草と緑 (ISSN:21858977)
巻号頁・発行日
vol.13, pp.38-49, 2021 (Released:2021-12-31)
参考文献数
26

花粉によって起こるアレルギー疾患花粉症(pollinosis)は,欧州のイネ科雑草花粉症,北米のブタクサなど広葉雑草花粉症および日本のスギ花粉症が世界三大花粉症と呼ばれている.雑草花粉症は日本にもあり,とくにヒートアイランド化と地表の不透水化による都市・市街地生態系の近年の変貌は,雑草のバイオマスとそこから放出される花粉の量や動態を通じて花粉症発症に影響していることが推察される.そこで,NPO法人緑地雑草科学研究所の市民科学集団「雑草ウオッチャー」を対象に,抗原性植物として登録のある雑草の分布,ならびにスギ花粉以外の花粉症発症例に関してデータ収集を実施した.得られ結果によると,発症の原因となる抗原(アレルゲン)を産出する抗原性雑草は,生活圏に広く見られ接触する機会も多く,報告者の半数以上がアレルギー性鼻炎の経験者であった.雑草花粉によるアレルギー性疾患は,複数の重症者の存在や家族・知人への広がりからみて,スギ花粉症に劣らず深刻な状況にあることが認められた.この目に見えない雑草花粉粒汚染の実像を理解するために,さらに文献的調査を行い,国内外の経緯とデータを基に特定された雑草アレルゲン(抗原),花粉粒の標的臓器と症状,花粉粒の移動と人体への侵入,花粉粒の大気中での挙動,花粉粒が運ぶ微生物について解説した.本稿の目的は雑草花粉症を「恐怖メッセージ」として受けとられることではなく,生活圏の雑草害の本質とそれを放置するリスクの重大さに気づいていただき,そのリスクの回避に多くの管理者と生活者の目が向けられることにある.そして,私たちの健康と生活環境の改善に係わる持続可能な開発目標(SDGs)の達成に生かされることが大切である.
著者
伊藤 操子 伊藤 幹二 小西 真衣 佐治 健介
出版者
特定非営利活動法人 緑地雑草科学研究所
雑誌
草と緑 (ISSN:21858977)
巻号頁・発行日
vol.12, pp.1-15, 2020 (Released:2021-01-31)
参考文献数
21
被引用文献数
1

都市・市街地に存在する個々の公園の緑地は,そのさまざまな機能が公園利用上だけでなく周囲の住環境保全にも重要なものとして,生活者に無くてはならない社会的資産である.しかし,近年は増大する雑草の猛威と非科学的かつ粗放な管理の横行で劣化が進行している.本稿では,まず都市公園の整備実態,公園緑地の機能等について概説し,次いで関東・関西地方を中心に77公園で実施した,雑草の繁茂状況と管理に対する現場調査の結果および調査過程で知り得た関連の事実を紹介した.そして,これを踏まえた公園緑地の雑草管理における課題について考察した.記録された発生雑草種数は333種にわたり多様であったが,広域的に多くの発生が見られた種には植栽の種類による特徴がみられた.公園緑地の主要部分を占める広場芝生(広場施設)と景観芝生(修景施設)では,共通的にスズメナカタビラ,シマスズメノヒエ,メヒシバ,オヒシバ,シロツメクサ,オオバコが主要草種であったが,単立木株元ではこれらの他多年生大型種が,低木植込みでは多年草やつる性雑草が目立った.地域による大きな差異は見られなかったが,整備時期が新しい公園で大型多年草の繁茂が多かった.管理は芝地を中心に年間2~4回の刈取りで行われていたが,調査公園の86%が管理のすべて~一部を外部委託していた.結論として,公園管理責任者の地方公共団体と現場の実施者との乖離という体制的不備と関係者の植物(植栽および雑草)への意識レベルの改善が,雑草を知って管理の適切化を図る以前の課題であることが分かった.
著者
伊藤 幹二
出版者
特定非営利活動法人 緑地雑草科学研究所
雑誌
草と緑 (ISSN:21858977)
巻号頁・発行日
vol.12, pp.37-48, 2020 (Released:2021-01-31)
参考文献数
20

昨今目にする水害の現場には,例外なく散乱・滞積する土砂と雑草バイオマスごみが残されている.雑草と豪雨災害の一連の事象との関係について,因果関係をはっきりさせ問題点をしっかり把握・共有し,雑草管理の視点から何が提言できるのかが求められる.そこで,雑草が豪雨被害の発生要因にどのように関わっているのかを検証するために,雑草ウオッチャーによる情報収集を行った.回答総数152の53%が豪雨前に目にする雑草の繁茂状況に関するものであった.河床や堤防には必ずと言ってもよいほどに雑草の繁茂がみられ,川幅の2/3や3/4を雑草が占めている光景から.用水・排水・放水路の内側や両サイド,とくにグレーチングで守られた排水溝を埋め尽くす雑草など,それらの機能が大きく損なわれている様子がうかがわれた. 次いで回答総数の32%が豪雨後の雑草ごみに関わるものであった.ここでは掃流雑草木による橋桁崩壊や護岸工作物崩落の助長,雑草ごみによる排水・放水機能の阻害,土砂・雑草バイオマスごみ量と処理費用,雑草ごみの散乱と景観の悪化などが指摘された.この他鉄道,道路,太陽光発電施設では,斜面崩壊,土砂崩れなど斜面雑草が関わる被害が寄せられた.これらの雑草害は,河川管理,用水・排水路管理,斜面植生管理に関わることであるが,雑草問題は1)河川敷・道路敷・鉄道敷における雑草の異常繁茂,2)豪雨による土砂と雑草繁殖体の流出・拡散,3)雑草バイオマスの増加と雑草管理の欠如,4)雑草害の軽視による豪雨被害の助長,5)豪雨後の土砂・雑草ゴミの清掃に整理することができる.以上の結果から,今後,生活圏のインフラ維持の現場で豪雨災害と雑草害の負のスパイラル拡大を止めるには,雑草対策を優先して取り組む必要性が明らかになった.
著者
伊藤 幹二
出版者
特定非営利活動法人 緑地雑草科学研究所
雑誌
草と緑 (ISSN:21858977)
巻号頁・発行日
vol.9, pp.27-36, 2017 (Released:2018-02-15)

近年,雑草に起因する様々な社会・環境・経済的問題が頻発しています.そこでNPO法人緑地雑草科学研究所が中心になって,市民科学集団“雑草ウオッチャー”を立上げ,様々な問題を市民の目でウオッチしています.今回の報告は,生活圏において人々を傷つける雑草,いわゆる「傷害雑草」についてです.55件の報告内容は,傷害雑草・雑木は27種類,このうちトゲ(あるいは鉤毛)をもつ種は23種で,とくに多かったのは,ワルナスビの7件、アメリカオニアザミ,ノイバラの5件、メリケントキンソウの4件でした.全体として,分類群ではキク科,ナス科,バラ科,タデ科,ウリ科,ユリ科,ヒユ科,マメ科,イラクサ科,グミ科に,生活史では一年生草本,多年生草本,木本と多岐にわたっていましたが.挙げられたトゲ雑草の大半が近年分布を広げている外来種であることは注目すべき点です.傷害雑草の部位としては,茎が最も多く,果実,茎葉,葉,葉腋の順で,葉・茎・花・果実すべてが傷害部位であるのはアメリカオニアザミ1種でした.トゲ以外に負傷の原因になる部分は,鋭い葉縁,長く横走する蔓,硬い切断部,衣服付着果実,刈取り時の粉末(揮発性物質の吸引が原因か)が挙げられました.最もトゲの危険性(ケガの大きさ・痛さの程度)の高い種類は,アメリカオニアザミ,ニセアカシヤ,サルトリイバラ,ノイバラかと思われます.

1 0 0 0 OA イワダレソウ

著者
大出 真毅
出版者
特定非営利活動法人 緑地雑草科学研究所
雑誌
草と緑 (ISSN:21858977)
巻号頁・発行日
vol.2, pp.24-28, 2010 (Released:2017-06-30)
参考文献数
1
被引用文献数
1
著者
山田 晋
出版者
特定非営利活動法人 緑地雑草科学研究所
雑誌
草と緑 (ISSN:21858977)
巻号頁・発行日
vol.13, pp.1-12, 2021 (Released:2021-12-31)
参考文献数
5

本稿では,刈取り以外に雑草植生の形成や維持に影響を及ぼす要因のうち,種間相互作用と土壌化学性という2点を紹介した.「ある場所でより早く生育を開始した個体が,それより後からきた個体よりも残存・定着に際して有利であり,長期的に残存しやすくなる」というプライオリティ効果は,雑草植生が年月をかけて徐々に「管理」に適合した姿となるまでの「途中段階」への理解を深めるのに役立つ理論である.貧栄養土壌は,一般に,植物の種多様性の高さと深く関連することが知られるが,それに加え,土壌化学性はプライオリティ効果の強さや刈取り後の植生変化速度を変えることを通し,植生の形成に無視できない影響を及ぼす点でも重要である.