著者
井関 竜也
出版者
日本比較政治学会
雑誌
比較政治研究 (ISSN:21890552)
巻号頁・発行日
vol.9, pp.1-29, 2023 (Released:2023-09-05)
参考文献数
43

近年、政治過程において、選挙を通じて選出されていない非党派的な専門家(テクノクラート)の果たす役割が拡大している。専門家の関与は専門知に基づき複雑な政策課題に対処することを可能にすることが期待されている。一方、選挙によって解任することのできない専門家による政策決定は、政府の有権者に対する選挙を通じたアカウンタビリティを棄損するとの懸念も示されている。そこで本研究は、ヨーロッパ21か国の選挙結果を対象に、テクノクラートである財務大臣が経済投票に与える影響を分析することを通じて、このような懸念が経験的に支持されるのかを検証する。分析の結果、通常の財務大臣のもとでは失業率の悪化が与党の得票減少につながる一方、テクノクラート財務大臣のもとでは失業率と選挙結果との関係が観察されないことが分かった。このことは、専門家の任用によって選挙を通じた責任追及が行われなくなり、アカウンタビリティが機能しない可能性があることを示唆している。
著者
門屋 寿 谷口 友季子
出版者
日本比較政治学会
雑誌
比較政治研究 (ISSN:21890552)
巻号頁・発行日
vol.5, pp.1-18, 2019 (Released:2020-01-29)
参考文献数
65

冷戦の終結以降、競争的な選挙を実施する権威主義体制が増加した。このような現実を受け、選挙が権威主義体制の命運に与える効果についての実証研究が積み重ねられてきた。しかし、選挙がどのような政治現象に影響し、体制転換をもたらすのかはいまだ不透明である。本稿では、体制転換をもたらす重要なメカニズムである大衆蜂起に焦点を当て、権威主義体制下での選挙が蜂起の発生に与える効果を検証する。本稿の分析結果より、選挙の実施年に蜂起が促進される一方で、自由公正度の高い選挙の実施経験を積むほど、蜂起が抑制されることが明らかになった。この結果は、選挙が短期的に権威主義体制を不安定化させる一方で、長期的にはむしろ安定化させるという、権威主義体制の命運に与える効果を検討した研究と整合的であり、不透明であった選挙の効果のメカニズム解明に貢献している。また、本稿は、大衆蜂起という体制外アクターからの脅威に着目することで、権威主義体制下での選挙の効果についてのさらなる知見を積み上げるものである。
著者
安中 進
出版者
日本比較政治学会
雑誌
比較政治研究 (ISSN:21890552)
巻号頁・発行日
vol.5, pp.19-39, 2019 (Released:2020-01-29)
参考文献数
59

本研究は政治体制と栄養不足の関係を考察する。本研究は飢饉と異なり学問的蓄積の乏しい栄養不足を対象に、状況が最も深刻だと考えられているサブサハラ・アフリカにおいて、1991年から2014年にいたるTime-Series-Cross-Section(TSCS)データを用いた統計的分析によって、民主主義国家が他の変数を統制した上で民主主義自体の効果で栄養不足の改善に好ましい影響を与えているという分析結果を報告した。これは民主主義の好ましい影響が特に貧しい国々において見られることを意味し、これまで民主主義は貧しい国々では、うまく機能しないとした先行研究とは異なる結果である。また、貧困国のマラウイを対象にした事例分析によって、民主化後の農業を中心とする政策が栄養不足減少に寄与したメカニズムを説明した。
著者
井元 拓斗
出版者
日本比較政治学会
雑誌
比較政治研究 (ISSN:21890552)
巻号頁・発行日
vol.7, pp.83-105, 2021 (Released:2021-10-28)
参考文献数
61

連立政権に参加する政党は、連立パートナーをどのようにして統制するのだろうか。近年の研究では、委員会制や副大臣などの手段を用いることで、連立相手の大臣に対する監視が行われていることが指摘されてきた。本研究はアイルランドを対象とし、書面での議会質問という手段が連立相手への監視に用いられているという仮説を検証する。2011~2016年のフィネ・ゲール/労働党政権を対象とした計量分析の結果、連立相手の大臣に対しては議会質問の提出件数が増加していることが明らかになった。また、財務大臣への質問を対象とした量的テキスト分析からは、連立相手の大臣に対しては選挙区へのアピールを目的とした質問ではなく、対立争点について情報を引き出す内容の質問が多く提出されていることが分かった。以上の結果は、議会質問という監視手段によって、大臣が連立内の合意から逸脱することを防ぎ、連立政権での協調的な政策形成が可能となっていることを示唆する。
著者
今井 真士
出版者
日本比較政治学会
雑誌
比較政治研究 (ISSN:21890552)
巻号頁・発行日
vol.7, pp.57-82, 2021 (Released:2021-09-10)
参考文献数
37

執政制度の形式的側面(執政府・立法府関係)は民主主義体制だけでなく権威主義体制においても重要である。しかし、これまで権威主義体制を分類するときには実態的側面(支配エリートの組織的基盤)のみが重視される傾向にあった。本稿では、体制横断的に形式的側面を捉えるためのデータセットとして「憲法の明示的規定に基づく執政府・立法府関係」(CELR)を提示する。まず、各データの趣旨として、政治制度の設計と運用に基づく政治体制、実効性の有無と執政府の二元性に基づく執政府・立法府関係の分類枠組み、権限行使の経路の違いに基づく各アクターの憲法的権限を順次説明する。次に、CELRの応用方法を主に3つ提案する。すなわち、複数の類型の統合に伴う事例群の拡大、特定の権限の追加に伴う事例群の絞り込み、CELRの憲法的権限とV-Demの慣例的権力のデータの併用に伴う権限行使の形式と実態の乖離の識別、である。最後に、CELRの対象範囲の拡張可能性を指摘して議論を締め括る。
著者
奥 健太郎
出版者
日本比較政治学会
雑誌
比較政治研究 (ISSN:21890552)
巻号頁・発行日
vol.6, pp.1-22, 2020 (Released:2020-03-25)
参考文献数
48

近年の日本では、日本の自民党政権では政策決定が内閣と与党に「二元化」されているのに対し、イギリスでは内閣に「一元化」されているとの見方が広く受容されている。本稿はこのような典型的なイギリス理解に修正を加えることを目的としたものである。そのために本稿が光を当てるのがイギリスの二大政党に設置された党内委員会である。本稿は第一に党内委員会が設置された歴史的経緯を検証し、第二に保守党と労働党の党内委員会の影響力に差が生じた要因を考察した。第三に保守党の農業委員会を事例として、党内委員会の影響力とその機能を明らかにした。本稿は、以上のイギリス政治の検証を通じ、イギリスの政策決定が内閣に「一元化」されていると表現することは、ミスリーディングであることを指摘した。また保守党と労働党の党内委員会の比較からは、日本の自民党政権における事前審査制の形成に、首相(党首)の持つ資源の少なさが影響していることが示唆された。
著者
久保田 徳仁
出版者
日本比較政治学会
雑誌
比較政治研究 (ISSN:21890552)
巻号頁・発行日
vol.3, pp.19-40, 2017 (Released:2020-01-29)
参考文献数
55

国連などが実施する平和維持活動(PKO)は、PKOを受け入れる紛争当事国だけでなく、要員を提供する国(要員提供国)にも影響を及ぼすことが知られてきた。近年様々な議論が行われているが、計量分析を用いて理論の一般的妥当性を検証する研究は始まったばかりである。本稿の目的はクーデタに関する先行研究とPKO要員提供国に関する先行研究を組み合わせ、計量分析を通じてPKOの要員提供がクーデタに及ぼす影響を検証することにある。理論的な分析を通じ、PKOがもたらす4つの効果である、軍への資源配分の増大、国内任務能力向上、部隊の分散、シビリアンコントロール規範の受容、を取り上げ、クーデタの発生、成否との関係を整理する。そしてPKOの要員提供の4つの効果は政治体制ごとに異なることを示す。計量分析を通じて「国連PKOへの要員提供はクーデタの『成否』に影響を及ぼすが、政治体制ごとにその効果は異なり、特に民主主義国では要員提供に伴いクーデタの成功率が下がり、非民主主義国では要員提供に伴いクーデタの成功率が高まる」ことを示す。
著者
新川 匠郎
出版者
日本比較政治学会
雑誌
比較政治研究 (ISSN:21890552)
巻号頁・発行日
vol.2, pp.1-22, 2016 (Released:2020-01-29)
参考文献数
59

本論はドイツの州での大連立成立パターンを問うものである。従来の経験的分析では、異なる大連立の仕組みを捉える比較の視座が欠落しがちであった。また政党の動機と制度にフォーカスした理論的分析もドイツの州の多様性から限られた特徴を引き出すのが主であった。本論は、多元的で結合的な因果を想定した大連立分析から従来の研究にあった空白へ光を当てることを試みる。そこでは、シュレスヴィヒ・ホルシュタイン州の事例を通じて大連立に向けた制度的条件を浮き彫りにする。それが議会少数派と権力分掌する一院制という条件である。この知見を踏まえた条件組み合わせ分析を通じて本論は、「権力を分掌する一院制下では、分極化した政党間競合を伴い議会多数派の形成に行き詰った場合に大連立が選択肢になる」という仮説を提起する。この結果は政党の動機・制度のどちらかで大連立を説明しきるのは困難と想起させるが、議会権限(veto point)の議論を洗練させる機会になると提起する。
著者
李 昭衡
出版者
日本比較政治学会
雑誌
比較政治研究 (ISSN:21890552)
巻号頁・発行日
vol.8, pp.1-23, 2022 (Released:2022-02-09)
参考文献数
129

Over the last few years, Japanese prefectural assemblies have issued a considerable of resolutions concerning North Korea, but those numbers vary across the Japanese 47 prefectural assemblies. This paper attempts to explain the varied number by presence of civic groups in each prefecture. The assessment of the impact of civic groups on local assemblies is undertaken by using original panel data on the 47 prefectures from 1993 to 2018. The panel data analysis empirically shows that grassroots activism exerts significant influence on and facilitates the adoption of resolutions by local legislative bodies and supports the model’s predictions for legislative production.
著者
尹 海圓
出版者
日本比較政治学会
雑誌
比較政治研究 (ISSN:21890552)
巻号頁・発行日
vol.7, pp.1-20, 2021 (Released:2021-02-27)
参考文献数
70

本研究はテクノポリス政策の決定過程における日韓政府の対照的な方針転換、つまり、日本の地理的集中から分散への転換と、韓国の地理的集中から分散、再び集中への回帰という現象を説明するために次の仮説を提示する。経済分野において政治家と有権者がクライエンテリスティックな関係を結ぶ日本では、政策に伴う雇用保障の効果が特殊利益とみなされ、産業政策の支援対象は分散し福祉政策化する傾向が強い。一方、日本に比べ相対的にプログラマティックな関係に基づく韓国では、雇用保障が一般利益と見なされる時期を除き、産業政策の支援対象は集中する傾向が強い。テクノポリス政策は両国ともに当初は産業政策として構想されたが、日本では、本政策による雇用保障を特殊利益とみなした政治家の介入により、支援対象は分散し福祉政策的な効果が強まった。韓国でも、当時一般利益と見なされた雇用保障に対応する中で一時期支援対象が分散するが、経済成長が再び一般利益として重視されるにつれ、支援対象は集中し産業政策的な効果が強くなった。
著者
安田 英峻
出版者
日本比較政治学会
雑誌
比較政治研究 (ISSN:21890552)
巻号頁・発行日
vol.7, pp.21-36, 2021 (Released:2021-04-16)
参考文献数
66

本稿は、ポスト・サッチャー時代におけるイギリスの保守党政治がどのような展開を見せているかを分析するため、メイジャー政権(1990~1997)を取り上げる。メイジャー政権に関する先行研究では、サッチャー政権が招いた社会的・経済的格差を始めとした負の遺産に対し、新たな政策路線を提起できなかったという評価が根強い。本稿はこの理解に修正を加えることを目的にしている。本稿では、メイジャー政権下の保守党が提起した新たな政治理念に注目し、それが国内政策の展開に与えた影響を考察する。分析の結果、当時の党知識人が提起した「市民的保守主義」の理念が、公共サービスの質的改善を目的とする「市民憲章」において反映されていたことが明らかとなった。本稿は、サッチャリズムに代わる新たな政策路線として、メイジャー政権は地方自治体やその関連組織である学校、病院、行政などのコミュニティ活性化を進める理念を打ち出し、実際の国内政策において展開したことを明らかにした。
著者
新川 匠郎
出版者
日本比較政治学会
雑誌
比較政治研究 (ISSN:21890552)
巻号頁・発行日
vol.7, pp.37-56, 2021 (Released:2021-08-31)
参考文献数
55

本論は、なぜ西欧諸国内で異なるメディアの特徴が生じるのかという問いに対して、政権のアカウンタビリティの異なる実践に注目して考察を加えるものである。これまでのメディアシステムの国際比較では類型学的な関心が強く、メディアシステム形成については多く議論されてこなかった。アカウンタビリティ研究では政党を中心に比較分析が重ねられており、メディアとの関係については十分な検討が進められていない。こうしたメディアシステム研究とアカウンタビリティ研究の相互補完を目指し、本論は西欧諸国における政権のアカウンタビリティと社会アカウンタビリティを行使するメディアの関係について、多様性と複雑さを捉える質的比較分析(QCA)から探っていく。この分析からは、政権のアカウンタビリティを支える政治制度は国別のメディアシステム形成の各種パターンで中核的要素になることを確認する。また、その政治制度が機能不全に陥ると、それは分極的なメディアシステムの助長につながるとも提起する。この結果からは有権者を補助するメディアの特徴が浮き彫りになる一方、それは政権のアカウンタビリティ欠如により異なる役割を果たすようになることも示唆される。
著者
源島 穣
出版者
日本比較政治学会
雑誌
比較政治研究 (ISSN:21890552)
巻号頁・発行日
vol.3, pp.1-17, 2017 (Released:2020-01-29)
参考文献数
80

近年、先進諸国では社会問題が複合的に生じる「社会的排除」の解決を目指す「社会的包摂」のアプローチとして、官-民のアクターの協働に基づく「福祉ガバナンス」が重視されている。しかし参加アクターの権限やリソース、利益が本来的に異なるため、福祉ガバナンスの実施体制を構築することは容易でない。それにもかかわらず、イギリスのブレア政権は地方アクターと円滑な協働関係を構築し、社会的排除の深刻化した地域の再生を進展させた。これより本稿の課題は、「近隣地域再生政策」を事例に、ブレア政権はなぜ社会的包摂をめぐり、福祉ガバナンスの安定した実施体制を構築できたのか、その舵取りの過程を明らかにすることである。本稿は「相互作用ガバナンス論」に基づいて分析し、福祉ガバナンスの政治目標として社会的包摂が設定および共有される過程、地方アクターの意向を反映させる制度および政府のアカウンタビリティを確立する制度が策定される過程、地方アクターによる事業実施過程を明らかにした。いずれの過程においても、ブレア政権は主導的に舵取りすることで、安定した実施体制を構築することに成功したのである。
著者
上條 諒貴
出版者
日本比較政治学会
雑誌
比較政治研究 (ISSN:21890552)
巻号頁・発行日
vol.4, pp.1-30, 2018 (Released:2020-01-29)
参考文献数
31

本稿は、同一政党内での首相の交代という、内閣の終了に関する従来の理論では説明困難な現象に対して、党首選出制度の違いに着目することで接近を試みるものである。本稿ではまず、党首選出制度の開放性(一般党員の関与)の違いが、選出される新首相の政策位置・能力・人気、そして現在の首相交代の可能性にどのように影響するかを考察するための数理モデルを構築する。モデルの検討の結果、議員のみで党首を選出する閉鎖的党首選出制度の下でのほうが、一般党員が関与する開放的選出制度の下より首相交代が起こりやすいという仮説が導かれる。その後、オーストラリア、カナダ、日本、イギリスの首相データを用いた生存分析によって、数理モデルの含意を検証する。分析の結果、一般党員など議会外政党が関与する党首選出制度の下の首相より、議員のみで党首を選出する制度の下の首相の方が交代するリスクが有意に高いことが示される。
著者
浜中 新吾 白谷 望
出版者
日本比較政治学会
雑誌
比較政治研究 (ISSN:21890552)
巻号頁・発行日
vol.1, pp.1-19, 2015 (Released:2020-01-29)
参考文献数
66

2011年初頭から体制転換をもたらす変動が中東地域を覆ったにも関わらず、君主制諸国は比較的安定を維持している。なぜ中東では君主制国家が共和制以上に安定性を維持しているのだろうか。中東地域における君主制、とりわけ湾岸産油国の安定を説明するのに有用な理論として、レンティア国家論と王朝君主制論が存在する。しかしモロッコは産油国ではないため、レンティア国家論で説明できるアラブ君主制諸国のように、原油レントを使って国民から「忠誠を買う」正統性の調達手段を持たない。またモロッコは政府首脳に王族を配していないため、王朝君主制に基づく説明にも該当しない。このように君主制の安定をめぐる議論にはパズルが存在する。本稿では、国王が多党制の議会を認め、各党の政治対立を調停することで、君主が正統性を調達しているという仮説に着目した。エリート間政治と大衆意識の連関についての前提条件が満たされた上で、仮説が正しいならば、観察可能な含意として、国民は議会制度に代表される「民主主義」を評価しているはずである。本稿では計量的実証分析を行うとともに、事例研究によってモロッコが「与党・野党のローテーション制」と呼ぶべき体制安定化メカニズムを持つことを明らかにした。