著者
矢島 伸男
出版者
日本笑い学会
雑誌
笑い学研究 (ISSN:21894132)
巻号頁・発行日
vol.20, pp.83-95, 2013-08-31 (Released:2017-07-21)

本稿は、学校教育における笑いの導入に確かな正当性を持たせ、かつ、導入に関しての注意点を明らかにする思いから、笑いが持つ同義性を中心に考察した.笑いがもつあらゆる両義性のうち、学校教育から疎まれる性質を持つものは、【協調⇔対立】、【創造⇔破壊】、【更生⇔堕落】の3つであると考えられる。望ましくない笑いが持つ【対立】【破壊】【堕落】の属性に陥る危険性を冒してもなお、望ましい笑いが持つ【協調】【創造】【更生】の属性の教育的可能性は捨てきれない。笑いの可能性を支持する教育者にとっては、笑いの同義性について深く理解をしてもらった上で、「笑いは決して万能ではない」との自覚を持ってもらいたい。ともあれ、「教育者の温かい人間的な善意]があればこそ、学校教育にとって笑いは望ましいものであり続ける。笑いを安易に用いることなく、適切な用法を持って子どもと接することが、教育者にとって大切なのではないだろうか。
著者
小向 敦子
出版者
日本笑い学会
雑誌
笑い学研究 (ISSN:21894132)
巻号頁・発行日
vol.22, pp.103-115, 2015-08-01 (Released:2017-07-21)

「16歳未満者(の鑑賞)は制限されるべき」という意味で、映画のタイトルの横などに“R-16”(restricted under 16)と、表記されているのをご覧になったことがあるだろう。「未満」があるなら「以上」もあるのか。あるいは英語の16(six-teen)と60(sixty)は発音が似ていることから、R-60(還暦未満お断り)もありそうだが、その場合は、どのような内容を指すのだろう、と近頃考えていた。しかしこうして、要旨の文字の半数近くを、今回“R-65(シニア未満お断り)のユーモア”を取り上げた経緯を説明するためだけに、費やしてしまった。このまま終わっては「要旨」の覧に、いやらしく「告知」をしたことにもなりかねない。そうならないために、どうか皆様には、この続きを読み進めて頂きたい。本編では、シニアに特有の笑い(従来の定番)として、容姿・病症・物忘れ。笑うに笑えない笑い(危険ユーモア)として、駄洒落・下ネタ・皮肉。そして注目すべき上昇株として、言い間違い・聞き間違い・書き間違いの笑いについて、紹介しつつ探究している。
著者
瀬沼 文彰
出版者
日本笑い学会
雑誌
笑い学研究 (ISSN:21894132)
巻号頁・発行日
vol.22, pp.75-92, 2015-08-01 (Released:2017-07-21)

2015年1月に、206名の大学生を対象に「笑いに関する意識調査」を関西と関東で行った。その結果をもとに、本稿は、彼/彼女たちの笑いの実態を記述し、そこに見え隠れする問題についての考察を行った。今回調査した大学生はよく笑い、笑わせる意識を持っていた。また、地域差を問わずボケやツッコミが浸透しているし、自分の失敗談を話すし、バラエティ番組もよく見ていて、それを真似することもある。こうした側面からは調査対象とした若者たちは笑いに積極的であることが分かった。しかし、その一方で、愛想笑いをする人が多かった。さらに、仲間内で発生した笑いで傷ついたり、悲しい思いをしたりする人もいたし、なかには、怒りたくても怒れずに無理して笑う人もいた。それでも、彼/彼女たちは、笑いに疲れず、友だちには満足していて楽しいと言う。本稿では、調査結果をもとにこうした実態を詳細に記述し、そこから読み取れることを考察した。
著者
脇本 忍
出版者
日本笑い学会
雑誌
笑い学研究 (ISSN:21894132)
巻号頁・発行日
vol.23, pp.83-93, 2016 (Released:2016-12-20)

本研究は、落語に登場する女性が男性に対してつく嘘の動機と構造について検討した。落語はフィクションであり、そこに登場する人物の嘘の是非を問うものではなく、嘘が物語を成立させるための重要な言動になることもある。Ford(1996)の報告では、嘘の動機には、罰回避・自意識維持・攻撃的行動・支配感獲得・騙す喜び・願望充足・自己欺瞞強化・他者行動コントロール・他者援助・他者の自己欺瞞援助・役割葛藤解決・自負心保全・アイデンティティ獲得の13種類があるとされてきた。本研究では、女性が嘘をつく落語作品から、「紙入れ」「星野屋」「芝浜」の3作品に注目し、それらの作品の嘘の動機と照合しながら、各作品に登場する女性たちの嘘について分析を試みた。その結果、「紙入れ」では罰回避と他者支援、「星野屋」では願望充足と他者行動コントロール、「芝浜」では他者援助と罰回避、さらに自負心保全の動機があることが考えられた。男性目線で創作され演じられてきた落語における女性の嘘には、心理的性であるジェンダーの視点から、嘘をついても許せる女性像と、理想の女性像に連関する要因が含まれていることが推察できた。
著者
佐藤 建
出版者
日本笑い学会
雑誌
笑い学研究 (ISSN:21894132)
巻号頁・発行日
vol.18, pp.74-81, 2011-07-23 (Released:2017-07-21)

寄席に行って笑う場合、面白いネタで笑うのは、そのネタは笑いの十分条件である。一方、寄席に行く事自身が必要条件となる。即ち第3者的立場に自身を置く事が笑いの必要条件である。スポーツは一見笑いとは無関係に思えるが、笑いの必要十分条件を見て取り易い観察対象である事が知れる。選手が懸命に生を生きている瞬間は、即ちイン・プレー時には笑いは見られないが、自分を客感的に見ている瞬間のオフ・プレー時に笑いが見られる事が観察できる。これら両瞬間の時間的推移も考慮して、スポーツを例にして笑いの一般的な必要十分条件を整理して論じた。
著者
浦 和男
出版者
日本笑い学会
雑誌
笑い学研究 (ISSN:21894132)
巻号頁・発行日
vol.23, pp.59-70, 2016 (Released:2016-12-20)

地域と笑いについて考える場合、江戸・東京、上方・大阪については、これまでに多くの議論がなされてきた。この二都以外でも、京都、名古屋、福岡は、地域の笑いの歴史を比較的容易に遡ることができ、その地域の笑いの文化や伝統が明らかになっている。残念ながら、これらの地域を除けば、地域の笑いについて、とりわけ史的側面が論じられることは極めて少ないのが現状である。日本の笑い=東京の笑いではない。各地域に独自の笑いの歴史がある。笑いが画一化、均質化する現在、地域の笑いの歴史を論じ、「笑いの風土」を明らかにすることは、自己アイデンティティーを再確認するきっかけにもなるはずである。本稿では、比較的史料が発見されている三重を事例に、文字史料を一瞥しながら笑いの歴史を探り、三重の「笑いの風土」の背景を論じる。古くは庶民層のみならず武士層でも笑いが珍重され、「笑門」の土地柄であることが明らかとなる。
著者
香取 久三子
出版者
日本笑い学会
雑誌
笑い学研究 (ISSN:21894132)
巻号頁・発行日
vol.9, pp.133-140, 2002-07-27 (Released:2017-07-21)

私はこの論文で、江戸東京落語の主人公「八五郎・熊五郎」の名の由来や、キャラクターとしての系譜について考察した。「八五郎・熊五郎」の名が落語の人物の名として定着したのは明治後期だった。ではなぜ、それらの名が落語の人物の名に抜擢されたのか。名に使われる語に注目すると、「八」も「熊」も「五郎」も皆神性を帯びているとされる語である。そういった「神霊に近い」ことを示す名が笑話の主人公につけられるのは、日本宗教が笑いと密接な関係にあり、人々が神仏に親しみを感じていたことが大きな理由であろう。又、「八五郎」という名を持つ実在の人物の中には、身分の高い武士もいた。明治期の庶民は、彼らに対する皮肉の意味で、「八五郎」という名の人物の滑稽な言動を笑ったという説もある。何れにせよ、「八つぁん熊さん」は一般的イメージとは裏腹に複雑な背景を持っており、その「成り立ちの複雑さ」は彼らを息の長いキャラクターにした要因であると思う。
著者
浦 和男
出版者
日本笑い学会
雑誌
笑い学研究 (ISSN:21894132)
巻号頁・発行日
vol.21, pp.60-73, 2014

明治時代に、科学的な「笑い学」が本格的に始まる。文明開化は、「笑い」の研究にも影響した。最初に「滑稽」を扱うのは、自由民権運動の雄弁書の訳者黒岩大と、その影響を受けた真宗の加藤恵証であった。本格的な「笑い学」は、土子金四郎に始まる。実業家の土子は「洒落」を日常言語として分析し、哲学者の井上円了は詩的言語として分析する。発笑理論の嚆矢は、哲学者大西祝による。英文学者で女子教育の先駆者の松浦政泰は、「滑稽」と「笑い」を区別して扱った。哲学者桑木厳翼は、「滑稽」の要素を「詭弁」にあるとして「滑稽の論理」を考えた。二番目の発笑理論は、大西祝の弟子と思われる、哲学者川田繁太郎による。作家夏目漱石は、文学者、作家の立場から「滑稽」の本性を論じた。それぞれ、欧米の理論を利用せず、日本的な「笑い」を踏まえた独自の説を構築している。本稿では、以上の「笑い」論を通時的に考察し、研究黎明期を考証する。