著者
吉松 誠芳 大西 弘恵 岸本 曜 大森 孝一
出版者
一般社団法人 日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会
雑誌
日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会会報 (ISSN:24365793)
巻号頁・発行日
vol.125, no.8, pp.1281-1287, 2022-08-20 (Released:2022-09-01)
参考文献数
43

気管喉頭は硝子軟骨により枠組みを保持されており, 呼吸, 発声, 嚥下機能を担う重要な臓器である. しかし, 外傷や炎症性疾患・悪性腫瘍に対する手術などで軟骨が欠損した場合, 枠組みが維持できなくなり, その機能は大きく損なわれる. 硝子軟骨はそれ自体に再生能が乏しいため, 気管喉頭軟骨欠損に対して, これまで組織工学を応用したさまざまな軟骨再生方法の開発, 研究が行われてきた. 足場としては非吸収性足場素材や脱細胞組織が臨床応用されたが, 前者は枠組みの安定性は得られるものの, 大きさが不変であるため小児への適応が困難であり, 後者はドナーの確保や長期的な内腔保持困難が課題であった. 一方, 細胞移植 (+足場素材) による軟骨組織再生では, 軟骨細胞や間葉系幹細胞 (MSC) を用いた移植法が, 治験の段階ではあるが, 一部で臨床応用されている. しかし, 初代培養の軟骨細胞や MSC では培養時に生じる細胞の脱分化や増殖能の低下が課題として残っている. また, 近年, 無限増殖能・多分化能を有する iPS 細胞から軟骨細胞や MSC への分化誘導法が開発され, 特に膝関節領域においては臨床研究も実施されている. しかし, 気管喉頭領域における iPS 細胞由来細胞を用いた軟骨再生研究はいまだ少なく, 確立された方法はない. 今後, 細胞移植が確立されるためには, 必要な細胞を効率よく誘導したり, 必要な数だけ確保したりする, 細胞の動態をコントロールする技術が必要となる. 医工学分野の新しい技術を適切に応用し, 気管喉頭の安全かつ確実な軟骨再生方法が確立されることが期待される.
著者
都築 建三
出版者
一般社団法人 日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会
雑誌
日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会会報 (ISSN:24365793)
巻号頁・発行日
vol.125, no.2, pp.112-120, 2022-02-20 (Released:2022-03-10)
参考文献数
100
被引用文献数
1

超高齢社会の日本において, 加齢に伴う五感の低下は身体的および精神的に悪影響を及ぼすため, その対策は耳鼻咽喉科医に求められる大きな課題である. 五感の一つである嗅覚も加齢や基礎疾患の影響を受けて低下するが, それに気づかずに過ごしている高齢者は多い. 嗅覚障害のリスクファクターとして, 加齢, 男性, 鼻副鼻腔疾患, 動脈硬化, 飲酒, 喫煙などが挙げられる. 嗅覚系組織の基礎研究からも, 嗅上皮の再生能低下, 嗅上皮の面積の減少, 嗅覚中枢路組織の体積減少, 一次嗅覚野のにおいに対する活動性の低下など, 加齢に伴い嗅覚機能が低下することが示唆される. 2017年, 嗅覚障害診療ガイドラインが発刊され, 嗅覚障害患者の増加とともに, その診療の重要性は高まってきている. 嗅覚障害の診断は重症度と原因疾患が重要で, 詳細な問診, 鼻内視鏡を用いた嗅裂部の視診, 画像検査 (CT・MRI), 嗅覚検査から総合的に行う. 加齢性嗅覚障害は, 原因疾患を除外して十分な臨床経過を観察した上で診断する. この時, 嗅覚障害がアルツハイマー病, パーキンソン病, レビー小体型認知症に代表される神経変性疾患の前駆症状である可能性に留意する. いずれも嗅覚中枢路に神経病変が先行するために早期に嗅覚障害を呈する. 嗅覚機能評価は, 神経変性疾患の早期診断, パーキンソニズムの鑑別, 認知症発症の予知に高いエビデンスがある. 高齢者の嗅覚障害への対策には, 病態の把握, 危険の察知, 予防が重要である. 嗅覚障害のリスクファクターの回避と原因疾患の治療を行う. 適度な運動や生活習慣の改善は, 嗅覚低下への予防効果が期待できる. 現在, 加齢性嗅覚障害や中枢性嗅覚障害に奏功する治療法はないが, 意識してにおいを嗅ぐ行為である嗅覚刺激療法の効果が期待できる.
著者
宇佐美 真一
出版者
一般社団法人 日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会
雑誌
日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会会報 (ISSN:24365793)
巻号頁・発行日
vol.125, no.1, pp.12-17, 2022-01-20 (Released:2022-02-01)
参考文献数
18

2017年に成人人工内耳の適応聴力が「平均 70dB 以上」に改定された. この適応基準の拡大に伴い, 通常の人工内耳と残存聴力活用型人工内耳 (EAS: electric acoustic stimulation) の適応基準聴力が重複することになり, 人工内耳手術の電極やプロセッサーの選択に迷う場面が多くなった. 患者の難聴は進行性であることが多いため, 実際には2つの適応基準の線引きは困難である. 本稿では適応は連続的であり, シームレス化の考えが必要になって来たことを患者から得られたエビデンスをもとに紹介する. 選択肢が豊富になった現在, 手術時の聴力のみで適応や電極を決定するのではなく, 進行性や将来的な聴力を予測した上でその患者にとって最適なデバイスや電極を選択するのが望ましい.
著者
片岡 祐子
出版者
一般社団法人 日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会
雑誌
日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会会報 (ISSN:24365793)
巻号頁・発行日
vol.124, no.12, pp.1590-1593, 2021-12-20 (Released:2022-01-01)
参考文献数
17
被引用文献数
1

難聴児の早期発見・療育, 人工内耳装用に伴い, 聴取能や言語発達は向上している. 加えて, 障害児の共生に向けた社会的体制の変化も伴い, 近年地域の学校でインクルーシブ教育を受ける児は増加している. しかし, 難聴児の聴取は補聴器や人工内耳を装用しても正常聴力児と同等ではなく, 大勢でさまざまな方向からの聴取を要する学校生活の環境において多くの場面で支障がある. また学年が上がるとともに学習面の限界や学力低下, 友人との関係性の問題などが出現する頻度が高く, 留意や配慮を要する. 加えて, 新型コロナウイルス感染症拡大予防策のマスク着用やソーシャルディスタンスにより, さらにコミュニケーションの支障は増大している. しかしながら, 担任教師であってもそれらの問題を正確には把握しにくく, 適切な配慮や支援が施されないことが多い. われわれはこれまでに実施した難聴児・者への質問紙による調査結果をもとに, 難聴児の直面している問題と支援について教師が実際に活用しやすい形式でまとめたパンフレット「難聴をもつ小・中・高校生の学校生活で大切なこと 先生編」を作成した. 難聴児の抱える問題は成長の段階で変化するため, 乳幼児期の補聴機器のフィッティングや言語訓練を中心とした指導で完結すべきではなく, 学齢に達しても専門的支援を継続する必要がある. 本冊子が難聴児の育成の一助となることに期待するとともに, 今後学齢期以降の支援を充実させるよう努めたい.
著者
柴 裕子 志水 賢一郎 藤田 彰
出版者
一般社団法人 日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会
雑誌
日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会会報 (ISSN:24365793)
巻号頁・発行日
vol.124, no.10, pp.1392-1397, 2021-10-20 (Released:2021-11-01)
参考文献数
9

地域の耳鼻咽喉科診療所は, 在宅療養中の嚥下障害患者の診療を受け持っている. 耳鼻咽喉科医がその嚥下障害診療を継続していくには, 言語聴覚士等専門職による嚥下障害のリハビリテーション (嚥下リハビリ) が必要となる. 一般に在宅での嚥下リハビリには介護保険を活用するが, 介護保険要介護認定を受けていない, あるいは要介護認定を受けていても給付枠が十分でないため, 嚥下リハビリを付加することが困難な場合も少なくない. このような場合に筆者らは介護保険主治医意見書を作成し対応してきた. 介護保険主治医意見書を作成した8症例のうち要介護認定された7症例では, 嚥下リハビリのみならず生活援助や身体介護に介護保険を活用した. 課題としては, 主治医意見書を作成したものの期待した要介護度が得られない場合があること, 誤嚥性肺炎等の全身状態悪化や胃瘻造設の場合には入院や施設入所となることが多く, 診療所耳鼻咽喉科医のかかわりが難しくなることも分かった. 今後耳鼻咽喉科医による在宅嚥下障害診療を推進していくには, 自ら介護保険主治医意見書を作成し, 積極的に介護保険を活用していくことが重要と考えた.