著者
湯田 厚司
出版者
一般社団法人 日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会
雑誌
日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会会報 (ISSN:24365793)
巻号頁・発行日
vol.125, no.7, pp.1071-1077, 2022-07-20 (Released:2022-08-11)
参考文献数
18
被引用文献数
1

舌下免疫療法 (SLIT) は発売から7年が経過し SLIT 治療数は増加している. SLIT の小児適用は日本のみで, ダニ SLIT が世界で初めて認可された治療先進国である. 小児 SLIT は, 成人と同スケジュールで行い, 効果も安全性も成人と差がない. スギ SLIT は現在シダキュアとなり, 抗原量増加で副反応が若干増えたが, 効果も増強したと考える. 重篤な副反応はまれで, 著者の1,800例の自験例の中で, 夜間の緊急連絡例は患児の弟が誤薬した1回のみであった. 事後報告として喘息既往歴のある低年齢児が疲れた状態での服用により喘息発作を誘発した例がある. スギ花粉とダニの併用 SLIT (Dual SLIT) の報告は世界でこれまでなかったが, 筆者の自験例53例と多施設共同前向き109例の検討で安全な併用が確かめられ, 当院では200例を超える Dual SLIT を行っている. スギ花粉 SLIT でアレルゲン感作数と効果を検討し, 単独感作と多重感作例で効果に差がなかった. 自験例でスギ花粉 SLIT 終了後の10年間に効果持続した例があり, 長期成績への大規模調査が期待される. SLIT 課題もまだあり, 当院では全国医療機関と共同研究を行い, ヒノキ花粉 SLIT 実現への AMED 研究も始まった.
著者
岡本 康秀 小渕 千絵 中市 健志 森本 隆司 神崎 晶 小川 郁
出版者
一般社団法人 日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会
雑誌
日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会会報 (ISSN:24365793)
巻号頁・発行日
vol.125, no.7, pp.1092-1103, 2022-07-20 (Released:2022-08-11)
参考文献数
36
被引用文献数
2

日常生活において, 複数人数での会話, 周囲に雑音がある中での会話, 電話での会話などで聞き取りが困難である場合, 難聴の自覚をもって耳鼻咽喉科を受診する. しかし聴覚検査で正常と診断される例では, 本人の聞こえの感じ方と検査結果に解離が見られ, 特にこのような聞こえの困難を自覚する例では聴覚情報処理障害が疑われる. しかし明確な診断基準がないためその診断には苦慮する. 今回そのような聞き取り困難例に対して聴覚心理・認知的検査の側面と背景要因の側面から検討を行った. 多くの聴覚心理検査がある中で今回, 両耳分離聴検査, 早口音声聴取検査, 方向感機能検査, 雑音下音声聴取検査である HINT-J が聞き取り困難の訴えを捉える有効な検査であることが分かった. 特に方向感機能検査や HINT-J は簡便な検査でありながらカクテルパーティー効果等実際の聞き取り困難さを評価できた. 一方,認知的側面では聴覚的注意検査や聴覚的記銘検査によって,注意機能やワーキングメモリが聞き取りに極めて密接に関係することが分かった. また, 背景要因としての ASD や ADHD 傾向のチェックも重要で, 潜在的なグレーゾーンを含めて聴覚に影響のあることを認識し, ほかの業種と連携しサポートも検討していく必要がある.
著者
中澤 操
出版者
一般社団法人 日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会
雑誌
日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会会報 (ISSN:24365793)
巻号頁・発行日
vol.125, no.6, pp.975-985, 2022-06-20 (Released:2022-07-02)
参考文献数
84

約440万年前, ヒトの祖先は樹上と地上の両方で生活していたとみられ, このころに出現した大菱形中手関節 (鞍状関節) は母指対立を可能とし, 手で道具を使う生活が発展していった. 大脳に言語中枢のブローカ野が出現したのは約250万年前といわれる. 音声言語が使われるようになるためには喉頭下降や舌の運動性向上などの解剖学的・神経学的条件が整うことが必要で, それは約40万~約20万年前になって初めて出現した. 今世紀の脳 fMRI 研究から, 音声言語と手話言語の脳内表出中枢はほぼ同部位であることが証明されている. これらの事柄をつなぎ合わせると, われわれの祖先は先に音声言語以外の何かを言語として使っていたはずで, それは手話であったと推測される. その後喉頭下降が起きて徐々に音声言語に置き換わっていったのであろう. 20世紀末, 小児難聴に関しては診断機器や補聴器・人工内耳が大きく進歩し, 難聴児の音声言語獲得において多くの恩恵が与えられてきた. 一方, 21世紀に入り WHO の ICF (国際生活機能分類) や国連の障害者権利条約に見られるように, 音声言語も手話言語も同等に扱うこと, 難聴児や養育者に選択肢を与えられること, 療育・教育の専門家を育成することなどが社会に求められるようになった. 本稿では, 難聴児やその家庭が日本手話を第一言語 (コミュニケーション言語) として選択する場合に, どうやって日本手話から日本語の読み書きにつなげたらよいのか, 言語聴覚士や教師の人材育成をも視野に入れつつ歴史的背景を振り返りながら考察する.
著者
野田 哲平
出版者
一般社団法人 日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会
雑誌
日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会会報 (ISSN:24365793)
巻号頁・発行日
vol.126, no.12, pp.1273-1276, 2023-12-20 (Released:2024-01-01)
参考文献数
9

聴覚障害はコミュニケーションの障害を続発させ, 社会参加を阻害する因子となる. 2001年5月, 障害の医学モデルと社会モデルを統合し得る枠組みとして WHO 総会において国際生活機能分類 (International Classification of Functioning, Disability and Health: ICF) が採択された. 生活機能として心身機能・身体構造, 活動, 参加があり, 生活機能に影響を及ぼす要素として背景因子である個人因子と環境因子がある. この ICF を聴覚に当てはめると, 聴覚障害が学習やコミュニケーションなどの機能に影響を与えて活動制限を来し, さらに就学や就労に影響が出現する. これらは学業や仕事など社会活動への参加制約となる. この生活機能の問題と, その背景因子としての環境因子や個人因子それぞれに介入し, 制約や制限を軽減していくことが求められる. 社会モデルの考え方ではさまざまな角度から障壁を低減することを目指すが, 一方で聴覚障害者側も, 自分がどのように困っていてどうすれば解決・改善するのかといった建設的な意見を, 環境や社会に対して提示することが重要である. この能力や技術は「セルフアドボカシー」と呼ばれる. 一朝一夕に身に付くものではなく, 幼少期からの指導が重要である. 本稿では, ICF から見た聴覚障害と, セルフアドボカシー指導の試みについて述べる.
著者
渡嘉敷 亮二
出版者
一般社団法人 日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会
雑誌
日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会会報 (ISSN:24365793)
巻号頁・発行日
vol.125, no.2, pp.185-190, 2022-02-20 (Released:2022-03-10)
参考文献数
6

音声障害は耳鼻咽喉科の中でも極めてなじみの薄い分野であり, 音声障害に関する十分な知識を持ち合わせている医師は少ない. しかしながら音声言語障害はコミュニケーションの障害であり, 潜在患者数や治療の需要は極めて多い. 例えば吃音の有病率は幼少期で8%, 成人でも1%であるが耳鼻咽喉科医はその治療にほとんど関与していない. 言語聴覚士と協働し音声障害の治療に積極的に参加することはコロナ後の耳鼻咽喉科の在り方としても極めて意味のあることと思われる. 一方でこれを推進していくためにはいくつかの問題がある. 一つは医師・言語聴覚士ともにこの領域に関する知識が浅いこと. もう一つは言語聴覚士の雇用に伴う支出に見合うだけの収益が得られるかということで, これが成り立たなければ言語聴覚士の雇用促進も患者の需要に応えることもできない. 前者に関しては, 声帯結節や加齢性の声の機能低下に対するリハビリテーションは診療所レベルでも容易に行える. 吃音や構音障害については病態や治療法に対する理解と学習が必要だが, 上述のように極めて多くの患者が存在するため治療の需要が多い. 本来耳鼻咽喉科医と言語聴覚士が協働して治療や研究に当たるべき疾患であり, 今後積極的に取り組むべき分野である. 後者に関しては同じリハビリテーションを行っても施設基準により診療報酬が倍以上違う, あるいは, 非常に時間のかかる言語機能に関する諸検査に対して診療報酬が設定されていないなどの問題があり, 学会レベルで改善に取り組む必要がある.
著者
深浦 順一
出版者
一般社団法人 日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会
雑誌
日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会会報 (ISSN:24365793)
巻号頁・発行日
vol.125, no.3, pp.252-257, 2022-03-20 (Released:2022-04-06)
参考文献数
10

近年の医療・介護・福祉の領域では, 患者・利用者中心のサービス提供が求められ, その実現のために多職種連携が重要視されている. 現在, 言語聴覚療法は医療機関中心から介護保険事業所での提供へ, 入院から地域での提供へと拡大している. このような変化の中における多職種連携の現状と課題について述べる. 言語聴覚士は, 言語聴覚障害と摂食嚥下障害に対して評価, 訓練・指導等を実施している. 医療施設においては,医師, 歯科医師との緊密な連携のもと, 障害によって連携する職種は多岐にわたる. 院外の関係職種との連携も必要となることが多く, 聴覚障害では補聴器・人工内耳関係者, 小児の言語聴覚障害では保育・教育関係者との連携も重要となる. 近年の超高齢社会においては, 言語聴覚療法の提供は地域で介護保険によって提供されることが多くなった. この際には介護支援専門員, 介護福祉士, 訪問介護員との連携が必須である. この地域における多職種連携において, 日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会で進められている診療所における言語聴覚士の雇用促進の取り組みは重要である. この取り組みは, 急性期・回復期病棟の言語聴覚士との連携で病院から地域への流れを支えるだけでなく, 教育や福祉を含む多職種連携という横の繋がりを進め, 地域包括ケアシステムを支える大きな力になると考えている. 新型コロナ感染症の拡大は, 外来患者と摂食嚥下障害患者に対する言語聴覚療法の提供に大きな影響を与えた. 本協会では, 多職種連携の質を高めるためには言語聴覚士としての専門性の向上が必要であると考え, 生涯学習事業の推進・充実に努めている. 関連する医学会, 団体の協力も得て, 今後も事業を進めていきたい.
著者
上羽 瑠美
出版者
一般社団法人 日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会
雑誌
日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会会報 (ISSN:24365793)
巻号頁・発行日
vol.125, no.10, pp.1440-1445, 2022-10-20 (Released:2022-11-05)
参考文献数
45

新型コロナウイルス (SARS-CoV-2) による新型コロナウイルス感染症 (COVID-19) は, 2019年末に始まり, 世界中で大流行となった. COVID-19 の臨床症状はさまざまだが, 特にほかのウイルス感染症と比較して感覚器障害 (嗅覚障害・味覚障害) の頻度が高いことが特徴である. 新型コロナウイルス感染のためにはホスト側の ACE2 や NRP1 といった受容体の存在や, TMPRSS2 や Furin といったプロテアーゼの存在が重要である. COVID-19 による嗅覚障害では, 気導性嗅覚障害, 嗅神経性嗅覚障害, 中枢性嗅覚障害の全てが生じ得る.多くの場合, 発症から2週間以内に改善するが, 半年以上経過しても症状が改善せず遷延する場合がある. 治療法はまだ確立されていないが, 症状が数週間続く場合には, ステロイド鼻噴霧や嗅覚刺激療法が適応となる. 本稿ではまず新型コロナウイルス感染の機序について説明し, 次いで COVID-19 による嗅覚障害の機序について解説する. 最後に, COVID-19 による嗅覚障害の臨床像や治療法について述べる.
著者
高野 賢一
出版者
一般社団法人 日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会
雑誌
日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会会報 (ISSN:24365793)
巻号頁・発行日
vol.126, no.11, pp.1205-1210, 2023-11-20 (Released:2023-12-02)
参考文献数
22

難聴者の絶対数を鑑みれば, 聴覚リハビリテーション診療の需要は大きく, われわれ耳鼻咽喉科医が中心となり, その需要に応えていかなければならない. 成人に対する聴覚リハビリテーションは, 主に補聴器によるリハビリテーションが重要となる. ハーフゲイン法など補聴器導入時のリハビリテーション治療は各施設で工夫されている. 生活期においては, 地域活動を含めた社会活動の改善・維持が重要となってくる. 小児に対する聴覚(リ)ハビリテーションでは, 難聴を早期に発見し, 適切な補聴を行い, 早期療育を開始することで, コミュニケーションの基礎を形成して言語力を習得することが大きな目標となる. 新生児・乳児期では, 補聴器の装用環境整備や家庭での補聴器の装用練習を進め, 児にかかわる医療・療育・教育の各機関で情報共有していくことが重要である. 幼児期は言語表出が爆発的に伸びる時期であり, 語彙を伸ばし学習言語に繋げていく. 学童期になると, 障害を理解・受容しながら, 聞こえの状態や聞こえないときの対処法などを身に付けていくことになる. 本人や家族が相談できる環境を作ることも重要である. 近年, 聴覚リハビリテーションの新機軸として遠隔医療が注目されている. 装用者や家族の負担軽減, リハビリテーションの頻度確保のため, 遠隔人工内耳プログラミングや遠隔言語訓練の試みが進められている.
著者
鈴木 伸嘉 工 穣
出版者
一般社団法人 日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会
雑誌
日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会会報 (ISSN:24365793)
巻号頁・発行日
vol.126, no.6, pp.777-785, 2023-06-20 (Released:2023-07-01)
参考文献数
24

昨今, インフルエンザや COVID-19 などの感染症の流行予測に Social Networking Service (SNS) からのビッグデータを用いる手法が注目を集めている. 感染症の流行と同様に, 花粉の飛散はリアルタイムな気象条件や複雑な外的要因に左右され,それに伴う症状の出現も即時性が高い. そこで, SNS の一つである Twitter に投稿されている花粉症にまつわるツイートは花粉飛散数との関連があるのではないかと考えた. 2022年 2 月 3 日から 5 月22日の間に316,505ツイートを得ることができた. 東京都と松本市のスギ花粉およびヒノキ花粉の飛散数とツイート数との関連を検討したところ, 東京都のスギ花粉飛散数が増えるにつれ花粉症に関連したツイート数が増加し, 両者の相関関係は0.85と強い相関が認められた. 一方地方都市である松本市の花粉の飛散数とスギ花粉症に関連するツイート数との間にもかなりの相関があった. 次に, 花粉症に関連するツイートの内容について形態素解析を行った. 「くしゃみ」, 「鼻水」 といった単語が多く使われているのに対し 「鼻づまり」 の使用数が少ないことが特徴的であった. 一方, 「かゆみ」 や 「かゆい」 といった掻痒感を表す単語が多く使われていることが分かった. 代表的な SNS である Twitter を用いることで, 医学的な現象である花粉症のリアルタイムな動向を把握することができた.
著者
大崎 康宏 土井 勝美
出版者
一般社団法人 日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会
雑誌
日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会会報 (ISSN:24365793)
巻号頁・発行日
vol.126, no.1, pp.7-11, 2023-01-20 (Released:2023-02-01)
参考文献数
11

半埋め込み式人工中耳である Vibrant Soundbridge® (VSB) は電磁式の振動子を持ち, 高音域の増幅を得意とする. 補聴器と比較して歪みの少ない音の伝達が可能となり, 外耳道を閉塞して生じる諸問題がなく, 審美面でも優れている. またほかの人工聴覚器と比較して明瞭度がよいこと, ハウリングが少ないことも利点と考えられる. 本邦では Colletti らが2006年に発表した術式を元に伝音・混合性難聴を適応疾患として導入された. 人工内耳と同様に全身麻酔下で手術が行われるが, 振動子を中耳のどこに設置すると効果的かを判断する必要があり, 振動子を正円窓窩に設置する round window vibroplasty, 卵円窓に設置する oval window vibroplasty, また残存耳小骨に設置する vibrating ossicular prosthesis を適切に使い分ける. 音入れは通常術後8週目以降に行い, 近年は vibrogram の結果を活用して調整が行われる. 海外では感音難聴も適応疾患となっており, 高音域では 85dB と高度難聴の領域もカバーされている.
著者
愛場 庸雅 森 淳子 小島 道子 梶本 康幸
出版者
一般社団法人 日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会
雑誌
日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会会報 (ISSN:24365793)
巻号頁・発行日
vol.125, no.1, pp.43-49, 2022-01-20 (Released:2022-02-01)
参考文献数
14

新型コロナウイルス感染症 (COVID-19) では, 嗅覚障害, 味覚障害がよく見られる. その現状と病態を探るために, 2020年3月~2021年2月末までに大阪市立十三市民病院に入院した COVID-19 の中等症・軽症患者を対象として, 嗅覚味覚障害の頻度と転帰, およびその性別, 年齢による差について診療録に基づいて調査した. 嗅覚味覚障害の有無の評価が可能であった患者750名のうち, 嗅覚障害は208名 (27.7%), 味覚障害は216名 (28.8%) に見られ, うち181名 (24.1%) は嗅覚味覚両方の障害が見られた. 有症率に男女差はなかったが, 若年者では高く, 加齢とともに低くなっていた. 嗅覚障害患者の83%, 味覚障害患者の86%は, 退院までに治癒または軽快していた. 治癒に至るまでの平均日数は嗅覚障害9.4日, 味覚障害9.2日であった. 女性の改善率は男性よりやや低かった. COVID-19 の嗅覚障害は, 感冒後嗅覚障害と比較して, 年齢性別の頻度や改善までの期間が明らかに異なっているので, 両者の病態には違いがあることが推測された.
著者
藤田 岳 上原 奈津美 山下 俊彦 西川 敦 河合 俊和 鈴木 寿 横井 純 柿木 章伸 丹生 健一
出版者
一般社団法人 日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会
雑誌
日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会会報 (ISSN:24365793)
巻号頁・発行日
vol.126, no.3, pp.181-184, 2023-03-20 (Released:2023-04-01)
参考文献数
12

頭頸部外科領域にロボット手術が保険適応となり, 耳鼻咽喉科医にとってもロボット手術は身近な存在となってきた. しかし泌尿器・消化器領域で発展してきた手術ロボットを, そのまま耳や鼻の手術に応用することはまだ難しい. 私達は経外耳道的内視鏡下耳科手術 (Trans-canal Endoscopic Ear Surgery : TEES) を支援するロボットの研究・開発を複数の大学の工学部と共同で行っている. 手術ロボットの研究を通して, 自分たちの手術の特徴や問題点を改めて見直す機会が得られている. 本稿では, これまでの耳科手術用ロボットや内視鏡保持ロボットについて概略を述べ, 現在研究中の TEES 支援ロボットのコンセプトと試作機について述べる. また, 将来ロボット自身が自律的に手術を行うことを目標とした, ロボットの自律レベル向上に向けた研究についても紹介する.
著者
伊藤 真人
出版者
一般社団法人 日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会
雑誌
日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会会報 (ISSN:24365793)
巻号頁・発行日
vol.125, no.9, pp.1353-1357, 2022-09-20 (Released:2022-10-01)
参考文献数
3

新生児聴覚スクリーニング (新スク) は全国で87.6%の新生児に実施されているが, 新スクでの難聴疑い (Refer) 後の確定診断時期や, 確定診断後の言語獲得, 特に音声言語獲得のための最適な療育体制の整備は立ち遅れていると言わざるを得ない. これは, 本法では医療, 療育, 政策など全般にわたる難聴児への介入の体制整備が不十分であることが原因である. 難聴幼少児の療育の問題点は次第に行政にも知られるところとなり, 国会議員有志や難聴診療・療育関係者, 文部省・厚生労働省を交えた検討が2017年から行われ, その提言を経て, 2018年度に長崎県主導で厚生労働省平成30年度障害者総合福祉推進事業「人工内耳 (CI) 装用難聴児に対する多職種による介入方法の実態調査」が行われた1). さらに2019年4月10日に設立された国会議員による難聴対策推進議員連盟における検討により, Japan Hearing Vision が策定され, 難聴児対策の提言がなされた. これを受けて, 厚生労働省は難聴児の療育に関する科学研究費補助金研究を公募し, GC-16 公募研究課題「聴覚障害児に対する人工内耳植込術施行前後の効果的な療育手法の開発等に資する研究」の一環として, CI 後の適切な療育手法にかかるガイドラインの作成が行われた. ガイドラインの対象者は, 耳鼻咽喉科医, 小児科医, 言語聴覚士, 聴覚特別支援学校教員, および児童発達支援センターや児童発達支援事業などの指導員を含めた, 全ての難聴児および青年の診療・療育に携わる従事者である. ガイドラインでは, Ⅰ. 新生児聴覚スクリーニング, Ⅱ. 先天性サイトメガロウイルス感染症, Ⅲ. 難聴診断後の療育, Ⅳ. 人工内耳植込後の療育, Ⅴ. 先天性高度難聴青年の療育について, エビデンスに基づく推奨を記載した. 聴覚障害児の療育がガイドライン等により最適な方法で行われれば, CI 装用後の言語獲得効果もさらに向上することが期待される. その結果, 厚生労働行政における「障碍者の社会参加の機会の確保」にとって大きな利益をもたらすものと考えられる.
著者
神前 英明
出版者
一般社団法人 日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会
雑誌
日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会会報 (ISSN:24365793)
巻号頁・発行日
vol.125, no.5, pp.853-860, 2022-05-20 (Released:2022-06-01)
参考文献数
66

アレルゲン免疫療法は, アレルギー性鼻炎に対する高い有効性が示され, 長期的な寛解や治癒が期待できる唯一の方法である. 本邦では2014年からスギ花粉の, 2015年からダニの舌下免疫療法が開始され, 皮下から舌下へ投与ルートが変わり, アナフィラキシーショックなどの重篤な副作用が減少した. 実際に, スギ花粉とダニの舌下免疫療法には比較的高い有効性があり, 患者満足度も高い. しかしながら, アレルゲン免疫療法の治療期間は長期にわたり, 全ての患者に効果をもたらすわけではない. さらに, 治療前の効果の予測や治療効果の判定に有用な普遍的なバイオマーカーはない. アレルゲン免疫療法を行うことでなぜ長期寛解が得られるか, その全貌はまだ明かされていない. しかしながら, 基礎的アプローチにより徐々にそのメカニズムの解明が進んでいる. 免疫寛容を誘導することで, アレルギー性鼻炎の症状が緩和されると想定され, 皮下免疫療法と舌下免疫療法は, おおよそ同じ作用機序であると考えられている. 口腔内の粘膜下には, 免疫寛容を誘導しやすい樹状細胞や制御性 T 細胞が多数存在する. 抗原を取り込んだ樹状細胞が, 所属リンパ節で抗原提示を行い, 制御性 T 細胞, 制御性 B 細胞が誘導され, IL-10, IL-35, TGF-β を産生し, 抗原特異的T細胞, B 細胞を抑制する. 抗原特異的 IgG4 が誘導され, 抗原特異的 IgE の阻害抗体として働く. また, 花粉症に対するアレルゲン免疫療法では, アレルゲン曝露による末梢血の2型自然リンパ球の増加も抑制される. アレルゲン免疫療法の普及に従い課題も見えてきた. 効果の増強, 治療期間の短縮, バイオマーカーの確立, ノンレスポンダーへの対応などに向けた検討が必要である. アレルゲン免疫療法は, 高濃度の抗原を反応させることで, ヒトの免疫システムを大きく動かし, 症状の改善に結び付けている. ヒトの免疫のしくみを理解する上でも興味深い治療法である.
著者
藤坂 実千郎
出版者
一般社団法人 日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会
雑誌
日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会会報 (ISSN:24365793)
巻号頁・発行日
vol.124, no.9, pp.1256-1261, 2021-09-20 (Released:2021-10-01)
参考文献数
11
被引用文献数
1

補聴器は, われわれ耳鼻咽喉科医が最も慣れ親しんだ, 触れる機会の多い人工聴覚機器である. 難聴者の日常生活の質を向上させるには欠かせないものである. 近年, 認知症の発症リスクに難聴が挙げられたことから, 厚生労働省を中心とした認知症施策推進総合戦略 (新オレンジプラン) にも, 認知症発症の危険因子に難聴が記載された. 従って, われわれ耳鼻咽喉科医が補聴器を中心とした難聴対策にかかわる重要性が増している. そこで本稿は, あらためてわれわれ耳鼻咽喉科医が補聴器の過去, 現在を知り, 難聴対策に十分な役割を果たしていく一助となるように解説を試みた. また先人達が目指したように, 技術革新によってもたらされる, まだ見ぬ未来の補聴器への展望も述べてみたい.