著者
前原 直子
出版者
中央大学経済研究所
雑誌
中央大学経済研究所年報 (ISSN:02859718)
巻号頁・発行日
vol.46, pp.723-754, 2015-09-30

『国富論』のアダム・スミスによれば,教育の役割は,《相対的幸福》の実現に寄与することにある。人間各人が,人生の目標を富の増大=物質的利益の増大に見定め,「利己心」を発揮し「勤勉」に自己「努力」を図り自己の境遇を改善すれば,物質的に豊かな経済生活を実現できる。こうして《相対的幸福》の実現を目指し,「勤勉」に自己「努力」する人間が増えてゆくならば,イギリスは生活水準の高い経済社会を形成するのみならず,国家の税収を増やし,道路の整備や港湾の建設などの公共事業を通じて,一国の資本蓄積を進展せしめ,豊かな経済社会を実現できる。 『国富論』においてスミスは,資本蓄積論と分業論を展開することによって,社会における「教育」の重要性を主張した。その意味でスミスは,経済的利益の増大と教育とが密接に関連していることを主張する教育経済論を展開しているといえる。具体的には,スミスの主張は国民教育の導入と大学教育の改革に向けられた。 これに対し,『道徳感情論』における教育の役割は,《絶対的幸福》の実現に寄与することにあった。人間各人は,他者との比較による物質的利益の増大,すなわち《相対的幸福》を実現したのちは,「生活必需品」と「便益品」を獲得すること以上の利己心の作用を「自己抑制」し,「心の平穏」を保持しなければならない。『道徳感情論』における教育の役割は,人間各人に高い「共感」能力を育成し,「心の平穏」を保持することの重要性,すなわち《絶対的幸福》の重要性を認識させることにあった。 総じていえば,スミスにおいて教育の役割は,「共感」能力の向上によって人生の目標を発見し,「利己心」の発揮によって自分の理想とする自分を創造する力の涵養,そして必要以上の「利己心」を「自己抑制」する「徳」を培い,自分の「才能」=自己「能力」に見合った仕事を通じて社会に貢献してゆく力の涵養,という点にあった。
著者
前原 正美
出版者
中央大学経済研究所
雑誌
中央大学経済研究所年報 (ISSN:02859718)
巻号頁・発行日
vol.44, pp.545-575, 2013-09-20

「人聞の幸福」=《相対的幸福》とは,他者や社会からより高い社会的賞賛=社会的是認を獲得するということであり,つまりは自分自身の存在価値の社会における他者と比較しての相対的優位性--富の大きさ,社会的地位や名声,能力や才能など--を獲得するプ ロセスのなかに自らの幸福を見いだす.という幸福のことである。「入聞の幸福」=《絶対的幸福》とは,現実の不完全な自分自身 =「良心」に従えない現実の自分自身から. 「良心」に従える完全な自分自身へと自分自身を創造してゆくことのなかに自らの幸福を見いだす.という幸福である。まさにそれは,スミスにとって真の意味での幸福であり,「良心」に従って自己を改善し.より完全なる自分を創造する.という意味で《絶対的幸福》 なのである。『道徳感情論』におけるスミスは. 「人間の幸福」 =《相対的幸福》論に加えて「人聞の幸福」論=《絶対的幸福》論を展開している。スミスの考えでは,最終的には「人間の幸福」は《絶対的幸福》を実現してゆ〈プロセスのなかにある。スミスは. 『国富論』において.資本蓄積の増進→富裕の全般化→高利潤・高賃金の実現→富の増大=物質的利益の増大→より高い社会的賞賛=社会的是認の獲得というプロセスのなかでの社会の全構成員の相対的地位の向上の実現可能性を資本蓄積論に基礎づけて論証したのだが,そうして万人が「人間の幸福」=《相対的幸福》の実現を目指し努力してゆけば.おのずと「見えざる手」を通じて万人が「人聞の幸福」=《絶対的幸福》の認識へと到達し 幸福の価値転換=意識転換を果たしてゆける機会を与えられてゆくであろう,と予想したのである。
著者
松原 宏
出版者
中央大学経済研究所
雑誌
中央大学経済研究所年報 (ISSN:02859718)
巻号頁・発行日
no.43, pp.737-756, 2012

日本のクラスター政策としては、 経済産業省による産業クラスター計画と文部科学省による知的クラスター創成事業が、21世紀初頭から始動してきたが、「事業仕分け」等により頓挫した状況にある。クラスター政策の再構築にあたって、政策の空間構造の検討が重要と考え、本稿では、東北・仙台地域と九州・福岡地域を事例に、政策展開の歴史的経緯や政策評価にかかわる空間構造特性について検討することを試みた。産業クラスター計画では、各地方経済産業局の管轄区域内での産業立地の状況や重点地域の選定が重要な要素を構成する一方で、知的クラスター創成事業では、地域内の研究開発基盤の歴史的蓄積や海外も含めた地域外との主体間関係の進展、中核機関の経路依存性や大学を中心とした知識フローの空間特性などが、地域イノベーションの成果にかかわっていることが明らかになった。
著者
柴田 徹平
出版者
中央大学経済研究所
雑誌
中央大学経済研究所年報 (ISSN:02859718)
巻号頁・発行日
vol.49, pp.253-275, 2017-10-10

2000年代半ば以降,大手製造業の現場で行われていた偽装請負が大きな社会問題になった。一方で建設産業においても同時期に偽装請負が行われていた。本稿では,建設産業における個人請負化の新たな段階として,2000年代以降に増加した偽装請負の問題を取り上げる。明らかになった点は以下のとおりである。 第1 に,一人親方の働き方の1 つである常用型の70.2%が偽装請負の下で働かされていることを明らかにした。第2 に,下請の重層化と90年代後半以降の零細企業を取り巻く厳しい経営状況の下で,下請零細企業に雇用されていた労働者が就業実態は変わらずに,契約形態のみ請負に切り替えられる(常用型化する)という偽装請負の状態に直面していたことを明らかにした。第3 に,零細企業が偽装請負を行っている背景には,元請ないし上位の下請などの大企業が現場労働者を直接雇用しない中で,零細企業が現場労働者の雇用を担い,その雇用の負担がのしかかる中で,やむにやまれず偽装請負が生じていること,の3 点を明らかにした。
著者
柴田 徹平
出版者
中央大学経済研究所
雑誌
中央大学経済研究所年報 (ISSN:02859718)
巻号頁・発行日
no.49, pp.253-275, 2017

2000年代半ば以降,大手製造業の現場で行われていた偽装請負が大きな社会問題になった。一方で建設産業においても同時期に偽装請負が行われていた。本稿では,建設産業における個人請負化の新たな段階として,2000年代以降に増加した偽装請負の問題を取り上げる。明らかになった点は以下のとおりである。 第1 に,一人親方の働き方の1 つである常用型の70.2%が偽装請負の下で働かされていることを明らかにした。第2 に,下請の重層化と90年代後半以降の零細企業を取り巻く厳しい経営状況の下で,下請零細企業に雇用されていた労働者が就業実態は変わらずに,契約形態のみ請負に切り替えられる(常用型化する)という偽装請負の状態に直面していたことを明らかにした。第3 に,零細企業が偽装請負を行っている背景には,元請ないし上位の下請などの大企業が現場労働者を直接雇用しない中で,零細企業が現場労働者の雇用を担い,その雇用の負担がのしかかる中で,やむにやまれず偽装請負が生じていること,の3 点を明らかにした。
著者
程 天敏
出版者
中央大学経済研究所
雑誌
中央大学経済研究所年報 (ISSN:02859718)
巻号頁・発行日
vol.50, pp.315-340, 2018-10-10

近年,中国企業の海外進出が顕著になってきている。海外市場を獲得する一方,現地社会に対する責任への増加も一途を辿っている。そこで,中国企業の社会的責任の特徴とは何かについて社会的関心が寄せられている。さらに,海外進出が進む中,労働や環境などの社会的責任に関連する様々な問題がリスクとして顕在化しており,企業にも影響をもたらすようになってきている。従って,企業が海外進出を通じて,持続可能な発展を実現するためにも,企業の社会的責任の課題やリスクに的確に対応することが求められる。本論文は,海外進出を展開する大きな資本を有する企業に注目して,中国74社大手企業を対象に,彼らの企業の社会的責任への取組について分析を行い,企業の社会的責任を実施するために必要とされること,推進における課題を模索する。海外における中国企業が社会的責任への取組を取りまとめることおよび,各種課題にどのように対応すべきかを検討するための一助とする目的として研究を行った。
著者
陳 波
出版者
中央大学経済研究所
雑誌
中央大学経済研究所年報 (ISSN:02859718)
巻号頁・発行日
no.43, pp.123-160, 2012

潼南県は2004年に農業観光発展戦略を定め、戦略の1つとして蔬菜基地にすることやお茶の大量生産を目指した。2006年にはこの緑色戦略を広げ、「菜の花経済」を追求するようになった。崇龕鎮は2007年に菜の花を用いて観光地づくりの準備期に入り、菜の花祭りが2008年3月から毎年1回開催され、2011年3月に第4回が開催された。開催ごとに総合収入・観光人数が増大し、第4回の総合収入は第1回の2.5倍、観光客数も36万人から120万人へと増大した。2010年の菜の花祭りの総合収入は全県GDPの2.3%に相当する。中国内陸部の貧困県の鎮において観光客数が120万人に上るのは、観光開発や観光客誘致の成功と言って良い。加えて、地元農民のマナー向上だけでなく、農民の視野が広がり、地域資源の価値を確認でき、郷土愛を深める等の効果も見られた。 潼南県の菜の花祭りという観光地づくりはなぜ成功を収めたのか。菜の花祭りの開催によって、観光スポットづくりを始め、広報・宣伝・イベント活動や組織運営等において、イノベーションが行われたのである。同時に、これらのイノベーション的な活動は飲食・交通・道路インフラ整備・メディア等の多くの産業部門の発展を促進した。菜の花祭り開催の事前準備・開催・事後処理に伴って、工業・農業・サービス業に関わる多数の事業が発生し、産業の興隆をもたらしている。菜の花祭りによるスピルオーバー効果が発生し、3次産業の発展を促進している。本稿は主にその成功要因としての具体的なイノベーションを考察する。
著者
浅田 統一郎
出版者
中央大学経済研究所
雑誌
中央大学経済研究所年報 (ISSN:02859718)
巻号頁・発行日
vol.46, pp.591-634, 2015-09-30

In this paper, we compare two dynamic theories of monetary policy with nonnegative constraint of nominal interest rate. The first approach is the mainstream nonlinear ‘New Keynesian’ (NK) dynamic model, and the second approach is the alternative nonlinear ‘Old Keynesian’ (OK) dynamic model. Both models are formulated by means of nonlinear twodimensional differential equations. We show that the nonlinear NK dynamic model produces several anomalous results that are inconsistent with the empirical facts, while the nonlinear OK dynamic model is able to resolve such anomalies.
著者
鳴子 博子
出版者
中央大学経済研究所
雑誌
中央大学経済研究所年報 (ISSN:02859718)
巻号頁・発行日
vol.50, pp.385-405, 2018-10-10

人民の歴史家ミシュレは1789年のバスチーユ攻撃とヴェルサイユ行進を「男の革命・女の革命」と呼んだ。本稿は,ルソーの革命概念と性的差異論という独自の視座からこれら2つの民衆の直接行動,暴力行使を対比的に分析することを通して,フランス革命最初期における暴力とジェンダーの関係を新しい形で浮かび上がらせようとする試みである。ヴェルサイユ行進では,6-7000人からなる武器を携えた女性集団が,家族の生活領域を飛び出して公的空間に現れ出てパンを要求し国王をパリに連れ戻した。バスチーユ攻撃に見られる男性集団の暴力とヴェルサイユ行進の女性集団の暴力との差異はどこにあるのか。ヴェルサイユ行進は,フランス革命の進展にいかなる貢献をなしたのか。18世紀末に行われた,能動化した女性たちによるこの稀有な直接行動は,人類史上どのように位置づけられるだろうか。本稿は,フランス革命における暴力および暴力と道徳の関係を追究する論考の最初の論文である。
著者
渡邉 浩司
出版者
中央大学経済研究所
雑誌
中央大学経済研究所年報 (ISSN:02859718)
巻号頁・発行日
no.47, pp.495-508, 2015

キリスト教の聖人の祝日が記載されている中世の暦は,キリスト教世界の記憶と異教世界の記憶がぶつかり合う場であり,ヨーロッパの文化を理解するための重要な鍵となっている。本稿は,暦上でそれぞれ6月24日と12月27日に祝日を持つ,洗礼者ヨハネと福音史家ヨハネという2 人の聖ヨハネをめぐる神話学的考察である。2人の聖ヨハネの祝日がほぼ「夏至」と「冬至」に対応するのは偶然ではない。西洋の占星術伝承によれば,「夏至」と「冬至」はそれぞれ「蟹座」と「山羊座」に対応するため,2人の聖ヨハネは「至点の扉」の門番の役割を果たしているのである。門番の雛形は,2つの顔を持つ古代ローマの神ヤヌスであり,中世のキリスト教世界はヤヌスを 人の聖ヨハネとして再解釈した。一方で「蟹座」と「山羊座」の守護星がそれぞれ「月」と「土星」であることは,2人の聖ヨハネが「メランコリー」の影響下にあったことも示唆している。
著者
金子 貞吉
出版者
中央大学経済研究所
雑誌
中央大学経済研究所年報 (ISSN:02859718)
巻号頁・発行日
no.48, pp.183-206, 2016

アベノミクスは異次元の金融緩和策を軸にしているが,その理論的根拠も間違っている。円安・株価上昇では金融的効果をあげたが,目標の消費者物価上昇率2%は達成せず,実体経済での成長戦略は失速し,肝心の国民生活を低下させた。 日銀政策を追跡すると,日銀の保有資産のなかで増加しているのは国債であり,その対価である準備預金だけが当座預金のなかに過大に積み増されている。それに対して,現金や貸出金の増加率は微増で,市中に通貨は流れていない。異次元的金融緩和策は,大量の国債を日銀が引き取る「財政ファイナンス」になっているといっても過言ではない。この供給通貨は,旧来の不況対策を復活させ,公共事業の資金に回り,民間投資には貢献していない。それは金融取引だけを増やし,実体経済には向かっていないことが明らかである。 もともと貨幣は実体経済の活動から発生するが,今日の銀行の信用創造は,企業の投資活動の資金需要に応ずる性格ではなくなっている。日銀も公信用をもって通貨を膨張させたが,国債は証券化して,マネー経済の核にすらなっている。
著者
後藤 弘樹
出版者
中央大学経済研究所
雑誌
中央大学経済研究所年報 (ISSN:02859718)
巻号頁・発行日
no.49, pp.515-548, 2017

現在でもアメリカの口語,俗語,方言の中にはイギリスの古い時代の英語語法が多数残存しているのが見うけられる。本稿で取り上げた動詞の活用変化の中には地域によって,例えば,アメリカの南部諸地域では古い時代(主に17世紀,18世紀)のイギリス英語の姿が垣間見られることがよくある。それも当時,極めて交通の便が悪く,文化の流入も滞りがちな人里遠く離れた南部の奥深い山間部では,特にそうである。現在も尚,イギリスのかつては正用法として用いられていた古い時代の英語語法が,急激な社会情勢の大変革から時代にそぐわなくなり,本国イギリスでは既に廃語廃用となった所謂古語がアメリカに多数残存していて,それが日常庶民の発話の中で今も尚用いられている。本稿では特に言葉の根幹をなす古い時代の動詞の活用変化(現在,過去,過去分詞)を英米の文学作品を通して検証することにする。
著者
福住 多一
出版者
中央大学経済研究所
雑誌
中央大学経済研究所年報 (ISSN:02859718)
巻号頁・発行日
vol.45, pp.193-216, 2014-09-25

最後通牒ゲームの実験で被験者達にステロイドホルモンの1 つであるテストステロンを投与すると,公平な配分提案が増えることを,Eisenegger et al.(2010)は見出した。彼らは,応答者が拒否を選ぶことによって提案者に与えられた資源配分の権限が台無しになることを提案者が恐れ,その結果,公平な提案が増えるというステイタス仮説を提唱している。本論文は,この実験結果を説明するステイタス仮説の理論モデルを提示する。我々は,各プレイヤーは他のプレイヤーの効用を考慮に入れないとする。これが利他主義や公平性という最近の行動ゲーム理論における社会的選好の理論と,我々のモデルの大きな違いである。本論分はプロスペクト理論を応用し,損失回避の傾向と参照点を持つプレイヤーを想定する。そこで,テストステロンの増加がプレイヤーの参照点の上昇をもたらすと考えることで,Eisenegger et al.(2010)の実験結果をモデルは首尾よく説明することができる。提示したこのモデルは,信頼ゲームの実験でオキシトシンを投与したKosfeld et al.(2005)の実験結果も,うまく説明することができる。高い水準のテストステロン,すなわち我々の仮定のもとで高い水準の参照点を持つとされるプレイヤーは,自らの資源を相手に与える傾向が強まる。よって,その性質が世代を超えて安定的に保持されていくのかどうかは定かではない。本論文は,高い水準の参照点を選好として持つプレイヤーが,適応度に基づく進化動学によって内生的に出現することを,進化的安定性の概念を用いて説明する。
著者
建部 正義
出版者
中央大学経済研究所
雑誌
中央大学経済研究所年報 (ISSN:02859718)
巻号頁・発行日
no.48, pp.207-231, 2016

ベン・バーナンキの『危機と決断―前FRB議長ベン・バーナンキ回顧録―』(小此木潔訳、角川書店、2015年)が出版された。 筆者は,拙稿「バーナンキは変節したのか―『連邦準備制度と金融危機』を読む―」(『東京経済大学会誌―経済学―』第277号,2013年2月,に所収,後に,拙著『21世紀型世界経済危機と金融政策』新日本出版社,2013年,に収録)のなかで、バーナンキの『連邦準備制度と金融危機―バーナンキFRB理事会議長による大学生向け講義録―』(小谷野俊夫訳,一灯舎,2012年)を参照しつつ,以下のように結論づけた。 はたして,バーナンキは,FRB議長に就任し,その経験を積むことによって,マネタリスト的見地から変節するにいたったのであろうか。まさに,そのとおりである。筆者は,理論的にはともかくとして,実践的には疑いもなくかれは変節したと考えている。 本稿の課題は,以上の結論を,バーナンキの新著『危機と決断』を読み解きつつ,再確認することにあったが,その課題を完全に果たすことができた。 要するに,バーナンキは,FRB議長に就任し,金融危機に対処するなかで,理論的にはともかく,実践的には,否,理論的にさえ,疑いもなくマネタリストの立場から伝統的なセントラル・バンカーの立場に変節するにいたったというわけである。
著者
前原 正美
出版者
中央大学経済研究所
雑誌
中央大学経済研究所年報 (ISSN:02859718)
巻号頁・発行日
no.47, pp.601-620, 2015

本論文では,①豊臣「政権」が公武合体思想に基礎づけられていること,②ゆるぎない豊臣「政権」の構築のために,石田三成は豊臣「家」の構築が不可欠である,と考えたが,秀吉は,秀頼の誕生後,豊臣「家」の一元化を企図したため,かえって豊臣「家」の瓦解の原因をつくってしまったこと,③豊臣「政権」の特質である公武合体思想において,「公」の主たる意味内容は預治思想にもとづく諸大名に対する土地所有権=土地使用権の強化を目指す内容となっていること,したがって豊臣「政権」の主たる政策もまた,土地所有権の改革に主たる比重が占められていること,さらに「武」の主たる意味内容もまた土地問題=領地問題の内容となっていること,そのために秀吉は朝鮮出兵を余儀なくされたこと,④豊臣「政権」は天下人豊臣秀吉と「政権」中枢の石田三成らによって構成されていたが,このことが武力拡大路線(土地=領地の拡大路線)を目指す秀吉派と国内の政治安定を優先する平和路線の石田三成派との政治的対立構図を生みだし,その結果,豊臣「政権」の 分裂の原因を生みだしてしまったこと,⑤全体としていえば,石田三成にとっては,何よりも「大一」の政治思想としての天の視点=「公」の視点に立脚した人生の絶対的視点に立脚した政治を司ることが重要視されていること,を明らかにした。
著者
前原 正美
出版者
中央大学経済研究所
雑誌
中央大学経済研究所年報 (ISSN:02859718)
巻号頁・発行日
no.49, pp.567-616, 2017

本論文では,石田三成の旗印「大一大万大吉」のなかには老子の道教思想の影響が色濃く反映されていることを明らかにする。老子の道教思想に基礎づけられた宇宙論に従えば,宇宙=天上では「太」=北極星=「大」=「天」=「神」が不動の位置を占め,その周辺を「八」の星が動いているが,地上では,この「太」=「大」=「天」=北極星=「神」=「一」と「八」=支持者・補佐役との関係が映し鏡となって反映している。「太」=「大」と同じ意味であり,「太」=「大」は,「天」=「神」を意味する。 聖徳太子(厩戸皇子),皇極天皇(斉明天皇),天智天皇,天武天皇の後を受けた持統天皇,藤原不比等は,地上を支配する「太」=「大」=「天」は,具体的には高天原であり,唯「一」の存在である「神」は天照大神であり,そして「神」=唯「一」の存在は天皇=持統天皇である,と位置づけた。そして「八」とは天皇を支持し補佐する官僚(制度)を意味する,と位置づけた。したがって古代以後の日本では,政治思想=道教思想に基礎づけられた宇宙論,いいかえれば《「九」の政治思想》=《「一」+「八」の政治思想》が継承されてきたのである。 石田三成は,こうした古代における宇宙論=《「九」の政治思想》=《「一」+「八」の政治思想》の伝統を受け継いで,「太」=「大」を「天」=「神」と理解したうえで,①「天」=「神」の意思に命令を受ける唯「一」の存在こそ「天皇」であり,それゆえに「天皇」こそが政治の頂点に立つ存在であること,しかし現実には,「天皇」の代理人としての「為政者」である「一」=天下人が天下国家の政治を運営・指導する存在であること(《「大一」の政治思想》),②したがって「天皇」の代理人としての「一」=「為政者」=天下人=豊臣秀吉は,「公」の政治,つまり天下万民=「公」民のために「愛」の心を降り注ぐ「愛」の政治を司るために「公」家=関白太政大臣となって「天皇」を支えること,同時に「武」家の棟梁として確固たる豊臣「家」を構築し,かつまた強力な「武」力を背景として,「武」家の棟梁として「武家」=天下の諸大名に官位制度を適用し,そうして「公」「武」一体となって「公」家と「武」家との融和=調和を図ること,いいかえれば道教思想に基礎づけられた宇宙論,つまり《「九」の政治思想》=《「一」+「八」の政治思想》を適用した豊臣「政権」の構築を企図した。すなわち《唯「一」の存在=「天皇」とその代理人としての「一」なる「為政者」=天下人豊臣秀吉》+《「八」=基本的な枠組みとして石田三成を中心とした「八」人の支持者・補佐役(側近ブレーン)》から構成される「公」儀=豊臣「政権」=連合「政権」を構築し(《「大万」の政治思想》),③そうして地上のゆるぎない「万」機としての豊臣体制(政治体制)=中央集権国家体制のもとで天下万民のための天下泰平の世の構築の実現を目指したのである(《「大吉」の政治思想》)。 加えて三成は,反戦平和主義,戦争回避主義の立場に立って,日本国内における経済優先主義の主張を展開したのであった。そしてそのために三成は,《「九」の政治思想》=《「一」+「八」の政治思想》に基礎づけて,「一」=天下人豊臣秀吉のもとでの「八」=豊臣「政権」における三成を中心とした武家=諸大名の協力を得ながら,何としても天下万民のための天下泰平の世の構築を実現しようと全身全霊を傾けたのであった。 石田三成における《「大一大万大吉」の政治思想》は《「愛」の政治思想》であるが,それは古代における宇宙論=《「九」の政治思想》=《「一」+「八」の政治思想》の延長線上に位置づけられるのであった。その意味で三成の天下国家論=中央集権国家論=公武合体論は,古代国家論の再編を目指したのである。
著者
前原 正美
雑誌
中央大学経済研究所年報 (ISSN:02859718)
巻号頁・発行日
no.44, pp.545-575, 2013-09-20

「人聞の幸福」=《相対的幸福》とは,他者や社会からより高い社会的賞賛=社会的是認を獲得するということであり,つまりは自分自身の存在価値の社会における他者と比較しての相対的優位性--富の大きさ,社会的地位や名声,能力や才能など--を獲得するプ ロセスのなかに自らの幸福を見いだす.という幸福のことである。「入聞の幸福」=《絶対的幸福》とは,現実の不完全な自分自身 =「良心」に従えない現実の自分自身から. 「良心」に従える完全な自分自身へと自分自身を創造してゆくことのなかに自らの幸福を見いだす.という幸福である。まさにそれは,スミスにとって真の意味での幸福であり,「良心」に従って自己を改善し.より完全なる自分を創造する.という意味で《絶対的幸福》 なのである。『道徳感情論』におけるスミスは. 「人間の幸福」 =《相対的幸福》論に加えて「人聞の幸福」論=《絶対的幸福》論を展開している。スミスの考えでは,最終的には「人間の幸福」は《絶対的幸福》を実現してゆ〈プロセスのなかにある。スミスは. 『国富論』において.資本蓄積の増進→富裕の全般化→高利潤・高賃金の実現→富の増大=物質的利益の増大→より高い社会的賞賛=社会的是認の獲得というプロセスのなかでの社会の全構成員の相対的地位の向上の実現可能性を資本蓄積論に基礎づけて論証したのだが,そうして万人が「人間の幸福」=《相対的幸福》の実現を目指し努力してゆけば.おのずと「見えざる手」を通じて万人が「人聞の幸福」=《絶対的幸福》の認識へと到達し 幸福の価値転換=意識転換を果たしてゆける機会を与えられてゆくであろう,と予想したのである。
著者
下野 恵子
出版者
中央大学経済研究所
雑誌
中央大学経済研究所年報 (ISSN:02859718)
巻号頁・発行日
no.48, pp.41-68, 2016

この論文では,2008年に開始されたEPAによる外国人看護師・介護福祉士候補の受入れ政策を取りあげる。なぜ日本人の税金で,しかも日本語で,外国人の看護師・介護福祉士を育成しなくてはならないのであろうか。 この政策には2つの大きな問題点がある。第1は,政策目的が不明確なことである。政府は「将来的に外国人看護師・介護福祉士の受入れを目標とするものではない」と述べているが,外国人看護師・介護福祉士を雇用したい施設は多い。第2として,看護師・介護福祉士育成策として非効率であることである。多額の税金を投入しながら,EPA看護師・介護福祉士候補の資格試験合格率は看護師候補10%程度,介護福祉士候補40%弱にとどまる。日本人看護師・介護福祉士を育成するほうがよほど効率的である。 さらにこの受入れ政策はマクロ面からも問題である。日本人で看護師・介護福祉士資格保有者で就業していない者は多く,人材が有効活用されていない。この論文では,就業を継続できない日本の医療・介護現場の状況を説明し,その改善策を提示する。
著者
永井 保男
出版者
中央大学経済研究所
雑誌
中央大学経済研究所年報 (ISSN:02859718)
巻号頁・発行日
no.45, pp.653-687, 2014

わが国では,戦後の経済成長に伴い人口の大都市圏への集中がおこった。とくに1940年代の後半以降,若者を中心とした都市圏への大量の人口移動はその後,地方における人口減少と高齢化が大きな社会問題として取り上げられることとなった。現在の国土交通省では,1962年に始まった全国総合開発計画(全総)における「都市の過大化の防止と地域格差の是正」計画以降,「地方定住構想」が国土開発の重要テーマのひとつにかかげられた。各地方自治体でも人の移住受け入れに対する取り組みが行われてきているが,地価の低下や職住接近志向などにより,都心近郊から都心部への人口回帰現象などに動きがみられるものの,排出先であった地方圏にいたる大規模な人の移住現象はみられていない。本稿では,国による国土開発計画と人口政策にかかわる人の移動,定住促進に対する取り組みの変遷を振り返るとともに,地方自治体における定住促進事業の現状について,その内容と実績を分析することとした。
著者
栗原 由紀子
雑誌
中央大学経済研究所年報 (ISSN:02859718)
巻号頁・発行日
no.43, pp.541-567, 2012-09-28

調査データからのエビデンス獲得において、重要な変数の欠落により分析が困難な場合の1つの対処法として統計的マッチングがある。しかしながら、統計的マッチングでは異なる複数のデータセットから1つの融合データセットが作成されるため、そこから得られる推定量の精度やその有用性が問題となる。本研究は、ノンパラメトリック・マッチングにより得られる推定量(相関係数)について、実用的で精度の高い推定値を得るためのマッチング・プロセスを明らかにする。そのために、条件付き独立性の成立または条件付き従属性の程度、推定に利用する変数とキー変数との相関関係、重複率などをコントロールしたモンテカルロ・シミュレーションを実行した。その結果、重複標本でない場合には目標変数との相関が高いキー変数の選択が不可欠であり、また重複標本の場合には、条件付き従属性の強弱の計測が可能であり、実用的な精度での推定量が得られることを明らかにした。