著者
和泉 徹彦 イズミ テツヒコ
雑誌
嘉悦大学研究論集 = KAETSU UNIVERSITY RESEARCH REVIEW
巻号頁・発行日
vol.57, no.2, pp.23-41, 2015-03-19

保育所の待機児童解消は、安倍政権における経済成長戦略の中で女性の活躍する社会づくりの前提とされ、いわば国策として全国市区町村が待機児童ゼロを目標とするように迫られている。特に都市部では、待機児童を解消するために保育所整備を精力的に進めているが、保育所の新設が周辺住民の潜在的な保育サービス需要を掘り起こしてしまい、定員は増えているのに待機児童が減らない状況が起こっている。今回、政令指定都市を対象に調査を実施し、待機児童、隠れ待機児童、保育所入所率などを確認した。調査からは、公表している待機児童から除外されている隠れ待機児童が多い実態が明らかになった。待機児童ゼロを宣言している政令指定都市のうち、新潟市は就学前児童に対する保育所入所児が過半数を超えており、潜在的需要を掘り尽くした結果であることが分かった。一方で、隠れ待機児童が多く保育サービス需要の存在を隠している自治体もあった。この調査結果を受けて、保育所整備を続けて待機児童や潜在的需要を解消するためにはどれくらいの財政支出が必要なのかを試算した。100人定員の保育所を新たに建設する場合、当初2年間に1億9千万円の補助金が投入され、3年目以降は毎年1億3千万円の運営費がかかり、待機児童は最大で40人解消できる。待機児童や潜在的需要に対してこの条件を各市に当てはめて試算している。
著者
髙野 秀之
出版者
嘉悦大学
雑誌
嘉悦大学研究論集 = Kaetsu University research review (ISSN:02883376)
巻号頁・発行日
vol.56, no.1, pp.87-106, 2013-10

本稿は機能主義言語学の入門研究である。ここで言う「機能主義」とは、Saussureが築き上げたヨーロッパ構造主義言語学の伝統における「一つの研究動向」のことを意味している。彼の後継者の業績の中から、特に、言語使用の目的、その目的が果たされる場面、言語使用の場面や状況において発現する意味(即ち、機能)に関心を寄せるものを選び、それらが言語体系の構造を記述するという目的を果たすために、どのような手段(方法)を講じているのかを概観する。 言語学という特定領域の歴史において、対立しているかのようにも見える二つの研究動向(即ち、構造主義と機能主義)がどのように扱われてきたのかを見直すことは、言語学史の研究のみならず、最新の言語理論を理解するうえでも有意義なことである。 本研究が扱う業績は、「コミュニケーション理論」、「場の脈絡という概念」、そして、言語学の主たる目的を意味の研究として定め、「意味はコンテクストの中で機能するという言語観」に限られる。それらはみな、行き過ぎた客観主義への反省に基づいて、「目的-手段」というモデルを共有している。
著者
王 欣
雑誌
嘉悦大学研究論集 = KAETSU UNIVERSITY RESEARCH REVIEW
巻号頁・発行日
vol.62, no.2, pp.35-49, 2020-03-16

従来、「不老不死の丹薬」、「八月十五日の家出」、「月宮殿へ行く」、挿絵という要素から上田秋成の作品『諸道聴耳世間狙』(以下、『世間狙』と略称する)四之巻三は、『竹取物語』、「嫦娥」の故事と関連付けられたが、詳細な分析が行われなかった。その他、唐土太夫の唐風好みの役割もまだ検討されていない。 本稿では、まず、『世間狙』四之巻三の住屋吉介と唐土太夫の恋愛譚を、『竹取物語』の帝の求婚譚と比較し、両作品の高い関連性を明らかにする。その次に、人物造型の変更、趣向の置換という視点から両作品の相違点を考察し、唐土太夫と住屋吉介の詩と和歌の贈答と、浄瑠璃『新うすゆき物語』の和歌、『江談抄』第四の都在中の詩と女房の和歌、謡曲『白楽天』の白楽天の詩と漁翁の和歌との関連性を明確にする。さらに、女性が詩を作り、男性が和歌を作るという設定から、人々の通念及び遊廓の規則に反しながらも、恋愛を展開していく唐土太夫と住屋吉介の滑稽さを読み解く。このことから、筋立てとして『竹取物語』の帝の求婚譚が受け継がれた『世間狙』四之巻三の恋愛譚が、遊廓の規定を無視する唐風好みの唐土太夫の滑稽譚として構想されていると結論付ける。
著者
小野 展克
出版者
嘉悦大学研究支援・論集編集委員会
雑誌
嘉悦大学研究論集 = Kaetsu University research review
巻号頁・発行日
vol.57, no.1, pp.1-17, 2014-10

本研究では、昭和金融恐慌を当時の新聞が、どのようなキーワード、キーセンテンスを使用して報じたのかを分析した。具体的には、片岡直温蔵相の失言に端を発した東京渡辺銀行の取り付け騒ぎを東京朝日新聞、読売新聞、中外商業新報がどのようなキーワードを使って記事化したのかを分析した。昭和金融恐慌は、この東京渡辺銀行の取り付け騒ぎ、鈴木商店の経営不振による台湾銀行の信用不安、台湾銀行の休業という3つの波があり、片岡直温蔵相の失言は、その幕開けとなった事件として注目される。また、先行研究として金解禁をめぐる新聞論調の変化を追った中村宗悦や経済報道のゆらぎ現象の増幅効果を指摘した駒橋恵子らの考察を踏まえ、報道が昭和初期の政策決定に与えた影響も考察した。
著者
宇田川 拓雄
雑誌
嘉悦大学研究論集 = KAETSU UNIVERSITY RESEARCH REVIEW
巻号頁・発行日
vol.64, no.1, pp.43-59, 2021-10-28

日本の大学進学率は1950年代の10%台から増加し続け、2009年に50.2%に達した後は50%前後で安定している。大学は大衆化し、大学教育は質が問題となる時代となった。そこで、教育の質を示すと考えられる大学中退率が注目されている。学生が新しく見つけた進路に方向転換する場合の中退はポジティブな中退であるが、ほとんどの中退は学生本人、その家族、大学、社会にネガティブな影響をもたらすため、防止対策が必要である。中退率の高い大学は卒業できないリスクが大きいため、受験生にとって中退率は重要な情報である。しかし従来、中退率はほとんど公表されていなかった。2018年に中教審が中退率公表義務化を提言したが、読売新聞社はそれ以前の2008年から2018年まで毎年、全国調査を行い、中退率を含む結果を新聞に掲載し、『大学の実力』を出版してきた。本論文では2008年と2018年のデータを用いて10年間の中退率の変化をもとに、大学を「順調」「悪化」「改善」「低迷」の4つのタイプに分け、各大学の出欠管理やFD実施に関する自己評価の度合いとの関係を調べ、高い自己評価が必ずしも「順調」「改善」グループの大学に多いわけではないことを見いだした。
著者
小菅 成一
出版者
嘉悦大学研究論集編集委員会
雑誌
嘉悦大学研究論集 = Kaetsu University research review (ISSN:24322946)
巻号頁・発行日
vol.63, no.2, pp.79-88, 2021-03

本稿で取り扱う事案は、「鎌倉ハム」のブランドを用いて食肉販売や食肉加工品等の製造販売業を営む会社(被告)の商号に「東京営業所長」を付加し、その名称を使用して鮪の取引を行っていた者の行為について、被告の責任が問題とされたものである。原告側は、被告の東京営業所長と称する者に鮪の取引に係る代理権を授与していたことに対する被告の責任のほか、その者が被告の商号に「東京営業所長」が付加された名称を使用して取引していたことにつき、被告は会社法9条に係る責任(名板貸責任)を負うべきであると主張した。これに対し裁判所は、代理権の成立については否定したものの、会社法9条に係る被告の責任は肯定した。本稿では、会社法9条(①商号使用許諾の有無、②商号の使用許諾者と被許諾者との営業の同種性、③取引の相手方(第三者)の重過失の有無、などの同条に係る問題)を中心に、本判決につき検討する。
著者
古閑 博美
雑誌
嘉悦大学研究論集 = KAETSU UNIVERSITY RESEARCH REVIEW
巻号頁・発行日
vol.58, no.1, pp.107-121, 2015-10-26

毎年、担当する講座に外部講師を招いている。学生の学修意識と態度能力向上に資する教育的機会として位置づけている。外部講師は実業界、教育界から芸能界まで多岐に渡り、学内からも招いている。初めての試みとして、「魅力的な行動・表現」(選択科目)で「エグゼクティブ・セミナー」を企画した。講師の植村裕之氏は、三井住友海上火災保険株式会社元社長で、現在は同社のシニアアドバイザーである。植村氏は、「魅力的な行動・表現」をテーマに、50年に渡る実業界での経験を踏まえ、学生時代の過ごし方、社会で必要な心構えや取り組み、出会った素晴らしい人びとに共通する事項など丁寧かつ率直な態度で学生に語ってくださった。学生の傾聴の態度は真摯であって講師に好感を与えた。外部講師を招聘するにあたり事前教育が不可欠である。筆者が教壇に立って以来行ってきた教育実践に、「礼に始まり礼に終わる」がある。魅力行動研究から、学生の態度能力の向上に資するものとして「さささ親切」「三立:立腰立額立身」「正心静座」を提唱し実践している。こうした実践の有効性について考察した。教育研究職にとってもこのような講演は貴重と考え、植村氏の了解を得て内容を掲載する。
著者
古閑 博美 牛山 佳菜代 高橋 保雄 池之上 美奈緒
雑誌
嘉悦大学研究論集 = KAETSU UNIVERSITY RESEARCH REVIEW
巻号頁・発行日
vol.58, no.2, pp.37-51, 2016-03-17

我が国にインターンシップが導入されて以来、インターンシップは教育的関与を主たる目的とするもので採用とはかかわらないものとされてきた。しかしながら、経済を取り巻く環境が深刻化し、インターンシップの定義や捉え方は変化しつつ今日に至っている。 特に、人材確保に苦慮する小規模事業者や中小企業は、採用にかかわるコストや時間を削減する上で、インターンシップに注目するようになってきた。経済同友会は、青田買い等を避けるためインターンシップは採用と無関係と強調してきたが、近年その捉え方に変化が現れている。 本稿は、「中小企業のインターンシップを考える会」(代表 古閑博美。2014年11月17日~現在)が取り組んできた中小企業のインターンシップの実態をインタビュー調査と質問紙調査から分析した。その結果、インターンシップの活用に採用との関連が無視できない傾向が強まっていることがわかった。インターンシップは、中小企業の人材採用と定着に少しでも光が見える方策として期待される。そのためにはインターンシッププログラムの構築が課題である。
著者
曽 丹 馮 雪梅 厳 清華
出版者
嘉悦大学研究論集編集委員会
雑誌
嘉悦大学研究論集 = Kaetsu University research review (ISSN:24322946)
巻号頁・発行日
vol.59, no.1, pp.61-74, 2016-10

東アジアの近代化にとって、西洋文明の導入が大きな役割を果たしたことはよく知られているが、中国と日本は近代化の初頭、西洋文明の圧倒的軍事力の下で、富国強兵のために、西洋に対抗する手段として、内容的に極めて似通ったスローガン「中体西用」と「和魂洋才」を提唱したにもかかわらず、その結果から見れば、日本は東アジアの諸国に先駆けて近代化を遂げたのにひきかえ、中国の近代化は著しく遅れていた。そこで、その深層にある原因について改めて検討し直す必要が生じていると思われる。 本稿では、まず「中体西用」と「和魂洋才」思想形成の原因分析の上に、その思想形成の過程と発展軌跡を浮き彫りにした。そして「中体西用」と「和魂洋才」思想の生まれた背景、具体的な内容、本質など幾つかの面から、両思想を比較しながら、両者の共通点と相違点について検討を行った上、近代化の過程において「中体西用」と「和魂洋才」の実際に果たされた効果の差異が生じた原因を探求してみた。
著者
樋笠 尭士 ヒカサ タカシ
出版者
嘉悦大学研究支援・論集編集委員会
雑誌
嘉悦大学研究論集 = Kaetsu University research review
巻号頁・発行日
vol.58, no.1, pp.69-84, 2015-10

本稿は、事実の錯誤を考察するに際し、刑法と、その他特別法および行政法規における事実の錯誤の場合を比較し、行為者に必要とされる認識の内実を明らかにするものである。刑法における「事実の錯誤」の「事実」とは、「犯罪構成要件の要素たる事実」を指すものであり、そして、「犯罪構成要件の要素たる事実」とは、所得税法・道路交通法における事実の錯誤においても、刑法の故意概念、すなわち法定的符合説が用いられていると考えられる。ドイツのSchünemannの見解や、ドイツ公課法369条2項の「刑法に関する総則規定は、脱税犯罪行為においても妥当する」という文言に鑑みれば、ドイツにおいても、刑法における事実の錯誤の概念は租税法および経済刑法についてそのまま妥当すると考えられる。こうした理解を基に、学説及び判例を検討し、日本およびドイツでは、事実の錯誤の概念や、行為事情に関する錯誤は故意を阻却するという規範が、刑法以外の法規においても用いられている点、租税逋脱犯においても、両国は、故意の認識対象を「納税義務」と解している点を考察する。そして本稿は、故意が「犯罪構成要件の要素たる事実」の認識すなわち「法定構成要件に関する行為事情」の認識であり、これは刑法および他の法規においても妥当するという結論を導くものである。