著者
舩橋 瑞貴 Mizuki FUNAHASHI
出版者
国立国語研究所
雑誌
国立国語研究所論集 (ISSN:2186134X)
巻号頁・発行日
no.12, pp.13-27, 2017-01

日本語と韓国語の口頭発表における修復(注釈挿入と言い直し)を取り上げ,修復を実現する際の言語的手段が異なることをみる。助詞の言い直しにおいては,選択される言語的手段が助詞と名詞の膠着度の異なりとかかわっている可能性を示す。さらに,助詞と名詞の膠着度が低い日本語に関しては,言い直しの開始位置と関係があることを示す。従来の対照研究では,言語体系内の要素を対照単位とするアプローチが多くとられるが,日本語教育のための対照研究においては,ある言語行為を行う際の言語的手段の選択というアプローチも必要であることを主張する。This paper examines the language in repair (annotation insertion and self-repair) in Japanese and Korean oral presentations and confirms different verbal measures used to realize these repairs. The self-repair of particles, which is one of the representative self-repairs, implies the possibility that the selected verbal measures are associated with differences in the agglutination degree of the particles and nouns. Further, it is shown that in Japanese, in which the agglutination degree of the particles and nouns is low, these are connected with the start position of the self-repair. In most approaches used in conventional contrastive analysis, the elements in the language system are assumed as units for comparison; however, I believe that approaches involving the selection of verbal measures for specific language actions are also needed in contrastive analysis for Japanese language education.
著者
儀利古 幹雄
出版者
国立国語研究
雑誌
国立国語研究所論集 (ISSN:2186134X)
巻号頁・発行日
no.1, pp.1-19, 2011-05
被引用文献数
1

国立国語研究所 理論・構造研究系 プロジェクト研究員本研究では,現在の東京方言における外来語複合名詞のアクセントを記述し,そこに観察されるアクセントの平板化現象に関わる言語内的要因を考察する。本研究で実施した,2世代の東京方言話者に対するアクセント調査の結果,(i)従来の記述と異なり,若年グループにおいて平板型複合名詞アクセントが観察されること,(ii)話者が若年グループであっても,アクセントの平板化は,後部要素が重音節(1音節2モーラ)であり語末特殊拍が撥音である場合においてのみ観察されること,以上の2点が主に明らかになった。
著者
島田 泰子 芝原 暁彦 Yasuko SHIMADA Akihiko SHIBAHARA
出版者
国立国語研究所
雑誌
国立国語研究所論集 (ISSN:2186134X)
巻号頁・発行日
no.12, pp.111-124, 2017-01

二松学舎大学国立研究開発法人 産業技術総合研究所 地質標本館室/産総研技術移転ベンチャー 地球科学可視化技術研究所方言分布形成の解明にとって重要な参照事項である地形情報ならびに各種地理情報を,正確かつ直感的に参照できる方法として,精密立体投影(HiRP = Highly Realistic Projection Mapping)という手法の導入を提言する。DEM(数値標高モデル)に基づく三次元造形物である精密立体地形模型を作成し,その表面に,プロジェクターによる光学投影(プロジェクションマッピング)を行い各種の地理情報を重ね合わせることで,地形・河川の流路・交通網などといった複数の地理情報を,同時に照合することが可能となる。言語地図における言語外地理情報の照合作業は,従来,特殊な鍛錬なしには困難を伴うものであったが,この精密立体投影(HiRP)により,その精度が飛躍的に向上する。本稿では,精密立体投影(HiRP)の技術や装置の詳細を紹介するとともに,具体的な分析事例として,長野県伊那諏訪地方における「ぬすびとはぎ(ひっつき虫)」の分布データにおける経年変化を取り上げ,これを検証する。
著者
上野 善道
出版者
国立国語研究所
雑誌
国立国語研究所論集 (ISSN:2186134X)
巻号頁・発行日
no.2, pp.135-164, 2011-11

琉球与那国方言の動詞活用形のアクセントを調査し,150項目について26の活用形の資料を提示した。体言と同様,動詞も3つのアクセント型に分かれるが,そのパターンは大きく6つに分類される。終止形がA型の動詞はすべての活用形がA型のまま一貫する。今のところ1例しか見つかっていない終止形C型もC型でほぼ一貫するが,一部にB型が主に併用で出る。それに対してB型は,すべてB型で一貫するタイプの他に,その中で段階的にC型の数が増える3つのタイプに分かれる。
著者
上野 善道 Zendo UWANO
出版者
国立国語研究所
雑誌
国立国語研究所論集 (ISSN:2186134X)
巻号頁・発行日
no.12, pp.139-161, 2017-01

五十嵐陽介(2016)が提案した「日琉語類別語彙リスト」にある2拍名詞641語について,アクセント比較研究の推進を目的として,奄美徳之島浅間方言のアクセント資料を提示する。With a view to promoting comparative study of Japanese and Ryukyuan, this paper presents the accent data from the Asama dialect in Ryukyuan Tokunoshima with particular reference to 641 two-mora nouns in the accent-class list of Proto-Japanese-Ryukyuan proposed by Igarashi (2016).
著者
フォキル レザウル・カリム
出版者
国立国語研究所
雑誌
国立国語研究所論集 (ISSN:2186134X)
巻号頁・発行日
vol.8, pp.15-31, 2014-11

本研究の目的は,四つのパラメータ,即ちi)関係節における名詞化の作用,ii)主節と関係節の連携性,iii)参照的一貫性,iv)名詞句の接近可能性階層,に沿って,関係節における日本語対ベンガル語の対照分析を行い,日本語の関係節に見られる言語固有の特性を明らかにすることである。関係節における日本語固有の特性は,名詞句形成に必要な二つの条件:i)過程的条件として行われる名詞化の処理基準と,ii)実質的条件として満たし得る形態統語論的基準に基づくものである。そのためこの二つの条件は,名詞句の関係節としての解釈を導くものである。また,この条件を軸にした分析から,定形節から二段階の過程を経て名詞化され,定形節の何れかの項からなる名詞句が形成される,そのような名詞句のみが,関係節としての形態統語論的基準を満たすことを示す。つまり,このプロセスを経て形成された名詞句は,関係節としての解釈を受ける。なぜなら関係節の述語動詞が示すギャップの位置に生じ得る要素と主要部名詞が参照的一貫性を共有するからである。
著者
松井 真雪 ホワン ヒョンギョン Mayuki MATSUI Hyun Kyung HWANG
出版者
国立国語研究所
雑誌
国立国語研究所論集 (ISSN:2186134X)
巻号頁・発行日
no.14, pp.89-97, 2018-01

置換反復発話とは,直前の発話の分節音を別の分節音に置き換えてプロソディー特徴を反復する発話である。置換反復発話はプロソディー研究の方法論として注目されているが,その性質については未解明の問題が多い。この小論では,疑問文の文脈(句末境界音調の1つである上昇音調がアクセントと共起する条件)で,通常発話と置換反復発話の音声特徴を比較した結果を報告する。とりわけ,アクセントの弁別にとって主要であると考えられる基本周波数(F0)特徴は,上昇音調が共起する場合でも,置換反復発話に遜色なく反映されることを示す。この結果から,置換反復発話は,アクセントパタン,即ち,語のプロソディーの研究において有用であるという先行研究の見解が支持・補強される。その一方で,イントネーション,即ち,文のプロソディーに関わるF0特徴の一部は置換反復発話に正確に反映されないことが明らかになった。"Reiterant speech" (Larkey 1983) refers to a particular kind of speech, in which the prosody of the preceding utterance is reiterated but segments are substituted with others to minimize micro prosody. The current paper reports on a complementary study designed to examine the replicability of lexical and post-lexical pitch patterns in the reiterant speech. Acoustic patterns of the reiterant speech were compared with those of the normal speech in an interrogative context with rising boundary tone. The results demonstrate that the F0 height and fall timing attested in normal speech, which are related to the lexical pitch contrast, were replicated in the reiterant speech even in the interrogative context, extending the finding of the previous study. On the other hand, the results suggest that some post-lexical F0 properties, such as the degree of the rise of the boundary rising tone, were not completely replicated in the reiterant speech.
著者
上野 善道 Zendo UWANO
出版者
国立国語研究所
雑誌
国立国語研究所論集 (ISSN:2186134X)
巻号頁・発行日
no.14, pp.293-322, 2018-01

奄美徳之島浅間方言のアクセント資料の続きを提示する。今回は,上野(1983, 1985)の5~8モーラ語,および上野(1987b)の4モーラ語の2種類の語彙リストを用いて調査をした結果を掲げる。本稿で扱う調査項目は1400語あまりとなる。In this paper, accent data from the Asama dialect in Tokunoshima are presented. The data are based on two word lists: (1) the list of nouns of five to eight morae (Uwano 1983, 1985), and (2) the list of four-mora nouns (Uwano 1987b). The total inventory includes more than 1,400 words.
著者
加藤 祥 Sachi KATO
出版者
国立国語研究所
雑誌
国立国語研究所論集 (ISSN:2186134X)
巻号頁・発行日
no.14, pp.55-72, 2018-01

コーパスの頻度情報は有用なデータであり,COBUILDやウィズダム英和辞典などの辞書に語や意味の重要度の指標として活用されている。ある対象物に関する様々な要素のうち重要なものは,テキストにおいて高頻度で言及されている可能性が高い。動物の身体部位語の頻度を調査したところ,ある動物において特徴的と考えられる角のような要素の頻度が高い傾向が見られた。また,対象物の有する要素とその頻度分布情報から,対象物を認識することも可能という実験結果も得られた。我々は対照する他物との差異となり得る特徴的な要素に着目し,それらが高頻度であることを期待する。しかし,高頻度であると期待される要素が,必ずしも高頻度で言及されていない場合がある。たとえば,それぞれ馬と人との差異として角を有するユニコーンと鬼を見ると,ユニコーンの角は期待通りの高頻度で言及されるが,鬼の角は頻度が低い。期待される頻度と実頻度に差の生じる一因は,用例において比喩表現に現れていた。外観上特徴的な要素は,形状を表す喩辞として用いられる傾向がある。ゆえに,固定的なイメージがない場合には比喩表現として用いられにくい。また,対照されやすい他動物が被喩辞となる比喩表現では,差異となる要素こそあえて言及する必要がない。このように,特徴的な要素と用例頻度の関係には,比喩表現のような表現形式が関わるため,頻度情報を用いる際には考慮が必要である。Many dictionaries, such as the Collins COBUILD English language dictionary and WISDOM English-Japanese Dictionary, use corpus frequency data as the basis for determining the importance of words or word meanings. Based on the corpus frequency data, we assume that the most characteristic elements of an object tend to be mentioned frequently in corpora. In this study, we investigated the use of words that describe animal body parts and their frequencies. If the characteristic attribute of a target animal has a high frequency in the corpora, we would be able to guess the target animal. For example, we expected tsuno 'horn,' a word that distinguishes one animal type from another, to be used frequently. In the case of unicorns, we found that its horn was mentioned frequently, as it distinguishes a unicorn from a horse. However, the horns of oni 'devil' were mentioned less frequently, even though it is a feature that distinguishes oni from human beings. Upon analysis of the corpora, it was revealed that oni are often used as metaphors for human beings. By contrast, unicorns are not used as metaphors for horses. Moreover, oni horns do not have the fixed image that unicorn horns do as a metaphor for its form. Our results lead to the conclusion that the tendency for the most characteristic feature of an object not to be mentioned is the effect of metaphors.
著者
竹田 晃子 三井 はるみ
出版者
国立国語研究所
雑誌
国立国語研究所論集 (ISSN:2186134X)
巻号頁・発行日
vol.4, pp.77-108, 2012-11

国立国語研究所における「全国方言文法の対比的研究」に関わる調査資料群のうち,調査I・調査IIIという未発表の調査資料について,調査の概要をまとめ,具体的な言語分析を行った。調査I・調査IIIは,統一的な方法で方言文法の全国調査を行うことによって,方言および標準語の文法研究に必要な基礎的資料を得ることを目的とし,1966-1973(昭和41-48)年度に地方研究員53名・所員4名によって行われ,全国94地点の整理票が現存する。具体的なデータとして原因・理由表現を取り上げ,データ分析を試みることによって資料の特徴を明らかにした。3節では,異なり語数の比較や形式の重複数から,『方言文法全国地図』が対象としなかった意味・用法を含む幅広い形式が報告された可能性があることを指摘し,意味・用法については主節の文のタイプ,推量形への接続の可否,終助詞的用法の観点から回答結果を概観した。4節では,調査時期の異なる他の調査資料との比較によって,ハンテ類の衰退とサカイ類の語形変化を指摘した。「対比的研究」の調査結果は興味深く,現代では得がたい資料である。今後,この調査報告の活用が期待される。
著者
窪田 悠介 Yusuke KUBOTA
出版者
国立国語研究所
雑誌
国立国語研究所論集 (ISSN:2186134X)
巻号頁・発行日
no.13, pp.107-125, 2017-07

本稿では,統語構造アノテーション支援ツールEmacsけやきモードの解説をする。けやきモードは,国立国語研究所「統語・意味解析コーパスの開発と言語研究」プロジェクトのために開発された。本ツールを開発する過程で,Emacsをテキストアノテーション作業用インターフェイス構築の土台として利用する手法の有効性と,この手法を採用する際に注意すべき点がいろいろと明らかになった。主な利点は,Emacsエディタに備わっているEmacs Lispと呼ばれるLispの方言を用いることで,強力なテキストアノテーション支援環境を素早く開発できることである。同時に,当初開発者側に盲点となっていたがツールを現場で運用する際に徐々に明らかになった落とし穴として,Emacsのデフォルトのインターフェイスの使いにくさがあることが分かった。本稿では,けやきモードの主な特徴と実装を簡単に説明したあと,Emacsをアノテーション支援ツール開発の基盤として用いることの利点と落とし穴を議論する。This paper describes an extension of the Emacs editor for the annotation of syntactic structures in parsed corpora: "Emacs Keyaki Mode." Keyaki Mode was developed for the purpose of aiding manual correction of syntactic annotation in the construction of the NINJAL Parsed Corpus of Modern Japanese. In the course of developing this software, we learned that the extensibility of Emacs via Emacs Lisp (which is a full-fledged programming language rather than an impoverished macro language for editor customization) is very useful and makes Emacs a potentially attractive environment for developing text annotation tools in general. At the same time, we encountered several challenges mainly due to the fact that the default interface of Emacs is somewhat idiosyncratic and unintuitive from a modern perspective. After explaining the main features of Keyaki Mode and sketching its implementation, the paper discusses potential advantages and pitfalls when Emacs is viewed as a platform for annotation tool development.
著者
渡辺 美知子 外山 翔平 Michiko WATANABE Shohei TOYAMA
出版者
国立国語研究所
雑誌
国立国語研究所論集 (ISSN:2186134X)
巻号頁・発行日
no.12, pp.181-203, 2017-01

筆者らは,言い淀み分布の日英語対照研究のために,『日本語話し言葉コーパス(CSJ)』中の模擬講演データに類似した『英語話し言葉コーパス(COPE)』を構築している。本稿では,まず,アメリカ英語話者20名のスピーチからなるこのコーパスの概要を紹介した。次に,その中でのフィラーの分布を日本語のフィラーの分布と比較した予備的考察について述べた。100語あたりのフィラーの頻度は,英語が4回/100語,日本語が6回/100語だった。しかし,単位時間あたりの頻度に有意差はなかった。また,日本語の方が英語よりも,頻度に男女差が大きかった。さらに,文境界と節境界におけるフィラーの出現率を両言語で比較し,それに関係する要因を調べたところ,日本語では性別の影響が最も大きいのに対し,英語では,文頭か非文頭かの要因の影響が最も大きかった。今後も,個人差を考慮して,対照研究を進める予定である。"The Corpus of Oral Presentations in English (COPE)" is under construction to conduct contrastive studies of speech disfluencies in English and Japanese. COPE is composed of 20 speeches by native speakers of American English. In the present paper, we first described the corpus followed by a report of some preliminary findings about filled pause (FP). Frequencies of FPs were 4/100 words in English and 6/100 words in Japanese. However, the frequencies per second did not significantly differ between the two languages. Gender specific difference was obvious in Japanese but hardly observed in English. Male speakers used more FPs than female speakers did in Japanese. Possible factors related with FP rates at sentence and clause boundaries were also investigated and discussed.
著者
ヴォロビヨワ ガリーナ ヴォロビヨフ ヴィクトル
出版者
国立国語研究所
雑誌
国立国語研究所論集 (ISSN:2186134X)
巻号頁・発行日
no.12, pp.163-179, 2017-01

本稿では,非漢字系日本語学習者の漢字学習を困難にさせている「膨大な学習対象漢字の量」,「漢字字体の複雑さ」,「漢字を構成する要素の多さ」という阻害要因について検討した。そして「漢字学習能力段階」という概念を定義して,上記の阻害要因を学習者に乗り越えさせるための対処法を提案した。漢字学習の効率化の手段として漢字体系の深い理解を促す漢字学習法が必要である。そのため現常用漢字をカバーする構成要素体系を作成した。漢字の意味を構成要素の意味から推測できるようにすることは重要であり,漢字構成のよりよい理解のために階層構造分解について記した。階層構造分解の際は構成要素だけではなく,構成要素の組み合わせである中間漢字も漢字の要素として扱うことにした。漢字の階層構造分解は漢字を識別する際に重大な役割を果たしている。また学習対象漢字の選択と掲出順序を自由に決められるように「世界観」の漢字意味ネットワークを紹介した。Learners of Japanese from a non-kanji background encounter inhibition factors that cause difficulty in kanji study; such factors require solutions to facilitate the study of kanji. This paper discusses the following inhibition factors that arise from the inherent characteristics of kanji: the large number of kanji to be studied, the complexity of kanji form, and the large number of kanji constituent elements. This paper defines a graded concept of kanji learning proficiency, and proposes a graded method to help learners overcome these inhibition factors. This paper applies a pattern recognition theory to the kanji forms, enabling learners to identify the characteristics of kanji by recognizing their constituent elements. In addition, this paper proposes the concept of "World View," a network of kanji meanings that allows flexibility for learners or teachers to choose the number and order of kanji to study. Finally, this paper discusses evaluation methods of kanji study proficiency, using the JF Standard for Japanese-Language Education as a foundation.
著者
鶴谷 千春 Chiharu TSURUTANI
出版者
国立国語研究所
雑誌
国立国語研究所論集 (ISSN:2186134X)
巻号頁・発行日
no.11, pp.167-180, 2016-07

日本語学習者の増加に伴い,初級以上のレベルでの円滑なコミュニケーションがより必要になってきている。学習者は,日本語の基本的な単語の高低アクセントを学んだあと,それをどうつなぐと母語話者の抑揚に近づけることができるのか,またイントネーションによってどう意図が変わるかという情報は,あまり与えられていない。初期段階のコミュニケーションでは,まず「失礼にならないように話したい」というのが優先される課題であると考え,本稿では学習者が初級段階から使っている丁寧表現「です・ます」に焦点をあてて,その韻律的特徴を考察した。まず,場面別の「です」「ます」表現を使い,東京在住の日本語母語話者に「です・ます」表現の同じ文を丁寧に話す必要がある場面とそうでない場面で発話してもらい,それを別の母語話者に聞かせ,丁寧度の評価点をつけ,音響分析の結果と照らし合わせた。丁寧であるかどうかの判断は,パラ言語情報や,状況などに左右されることから,イントネーションは重視されてこなかったが,母語話者間で丁寧だととられるイントネーションには共通のパターンがあることがわかった。The demands of teaching advanced communication at a level higher than the beginners' level have become more obvious with an increase in the number of Japanese language learners. A key concern of L2 learners of Japanese is the risk of sounding rude in their new language environment. Intonation is one factor that can completely change the interpretation of an utterance. Nevertheless, L2 learners have a limited knowledge of Japanese intonation, such as the use of a falling tone for a declarative sentence and a rising tone for an interrogative sentence.Prosody plays an important role not only in intelligibility but also in speakers' attitudes and emotions. This study focuses on politeness as a variable in investigating possible language specific requirements for Japanese speech. Using desu, masu forms, which are polite forms introduced at beginners' level, two different scenarios, polite and non-polite, were prepared for the same sentence. Ten native speakers recorded sentences for each scenario and ten other native listeners provided politeness scores on their performance.The subject of prosodic features of polite speech has not received much attention in teaching Japanese, since perceptions of politeness can be influenced by various factors and can be difficult to objectively assess. This study identified the common prosodic features used by native speakers in polite speech, which can be used to teach L2 learners the role of these features in listeners' perceptions of politeness.
著者
松森 晶子
出版者
国立国語研究所
雑誌
国立国語研究所論集 (ISSN:2186134X)
巻号頁・発行日
vol.6, pp.67-92, 2013-11

琉球諸語の先行研究では,宮古島の与那覇方言は「ごく区別のしにくい」2つの種類の音調から成り立っており,そのためこの方言は型の「曖昧化」の一途をたどっている,と記述されてきた。これに対し本稿では,この与那覇方言の2つの種類の型は,特定の条件を満たした文節の中で非常に明瞭に区別でき,それには「3モーラがひとつの単位となってフットを形成し,H音調はそのフットに実現する」という制約が関与していることを論じる。さらに本稿では,この方言のアクセントが,これまで記述されてきたような「2型体系」なのではなく,れっきとした「3型体系」であることを,特にその「複合語のアクセント」に焦点を当てて示す。また,その3種の音調型のすべてが明らかになるためには,少なくとも「3つ」の音調領域が並ぶ必要がある,ということも提案する。さらに,このような「フットの成立が型の区別とかかわる」ことや「3つの音調領域が並んだ場合に,はじめて3つの型の区別が出現する」といった与那覇方言の特徴は,他の宮古諸島の方言にも共通して見られる特性である可能性を示唆し,このようなことを前提とした新たな観察法や着眼点によって,今後も宮古島に3型体系が発見される可能性があることも,あわせて論じる。
著者
ザトラウスキー ポリー
出版者
国立国語研究所
雑誌
国立国語研究所論集 (ISSN:2186134X)
巻号頁・発行日
vol.5, pp.95-120, 2013-05

本研究は,食べ物を評価する際に用いられる「客観的表現」と「主観的表現」について考察する。そのために食べ物を評価する語句が,語句のみの場合(調査A),食べ物を評価する語句が,文脈なしの発話に置かれた場合(調査B),食べ物を評価する語句が,実際の会話で用いられた場合(調査C)のそれぞれにおいて,その語句/発話が肯定的/否定的な意味を持つかどうかの3種類の調査を行った。資料は試食会のコーパスから取った,20代の女性3人が3つのコースからなる食事を食べながら話している実際の試食会の会話を録音・録画したものである。調査Aでは語句のリスト,調査Bでは(調査Aの語句が含まれている)文脈から切り取った発話のリストをもとに,それぞれの語句や発話が肯定的か否定的かを5段階で被験者に判断してもらった。調査Cでは(調査Bの発話が入っている)試食会のビデオを見せながら,被験者にビデオの参加者が評価していると思う発話に対して,それらが肯定的か否定的かを会話の文字化資料に+,-で記してもらった。その結果,いわゆる客観的な語句であっても,個別の語句もその語句が含まれた文脈なしの発話も肯定的/否定的な意味を持つこと(調査A,B),それが試食会の会話の場合では一層顕著であること(調査C)が分かった。このように,いわゆる客観的な語句で主観的な好みが示される。そして試食会の相互作用の中での使用を分析した結果,参加者は食べ物に関する知識と過去の経験との比較に基づいて評価すると同時に自分のアイデンティティを見せ,ほかの人との意見・考えの異同を確認し合い連携し,親疎の人間関係を作ること,食べ物の評価は動的に作り上げられ,時間とともに展開し,変わっていく社会的な活動であることが確認された。「客観的表現」と「主観的表現」は,従来の意味論の研究においては語句中心か文脈なしの文で考察されてきたが,実際の様々な種類の談話の相互作用の中で考察する必要がある。本研究は,食べ物を評価する形容詞等の意味に関する研究,異文化間の理解,食べ物に関する研究にも貢献できるものである。
著者
鑓水 兼貴
出版者
国立国語研究所
雑誌
国立国語研究所論集 (ISSN:2186134X)
巻号頁・発行日
vol.8, pp.197-222, 2014-11

「首都圏の言語」を考えるうえで,関連する概念や用語は多くあるが,類似したものが多く複雑である。そのため本論文では用語整理は志向せず,考察に必要な観点を中心にまとめた。1980年代以降,伝統方言形が衰退し,新しい方言形が注目されるようになると,単純な共通語化モデルから,修正モデルが提唱されるようになった。研究背景として社会言語学の概念の導入や,社会における人口構造の変化などが影響している。東京における言語現象を考える場合,かつての「江戸」である「東京」の中心地域は非常に狭い範囲である。従来の山の手・下町と呼ばれる地域も,隣接地域に拡大している。そのため「東京」よりも「首都圏」と考えるのが適当である。言語的特徴についても東京とその隣接地域は連続的である。移住者の多い首都圏では,人口構成上,伝統方言が継承されにくい。こうした「首都圏の言語」を理解するための観点として,「標準語・共通語」「公的・私的」「方言・俗語」「意識・無意識」「理解・使用」の5つがあげられる。これらの観点をふまえ,新しい方言形を説明する術語として提唱された「新方言」と「ネオ方言」の考えを,「首都圏の言語」に適用することにより,より深く考察することが可能になる。
著者
沖 裕子
出版者
国立国語研究所
雑誌
国立国語研究所論集 (ISSN:2186134X)
巻号頁・発行日
vol.5, pp.77-94, 2013-05

東京式アクセント言語ではアクセント,イントネーションはともにピッチ変動による超分節的単位であるが,イントネーションはアクセントより上位に位置し,語アクセントにかぶさり,語に付帯するアクセントを弱化もしくは除去する力をもっている。アクセントが語に付帯する所与の単位であるのに対して,イントネーションは,記号列の意味に随伴し,談話表現において話し手が意図的,選択的に使用しうる単位である。イントネーションの働きは,(1)句音調と(2)句末音調に大別される。(1)は記号列の意味的まとまりを表現する機能,(2)は記号列の有する知的意味に話し手の発話態度というモーダルな意味を加算する機能を有している。話し手は,句音調によって音調句を表現しつつ談話を推進させていく。この音調句末において,話し手は,句末音調による表現を記号列による表現に加算することができる。有標となる句末音調の音韻的形式には,/上げ・平ら・下げ/の3種がある。これら3種の句末音調には,それぞれA種とB種がある。A種とは,句末拍とその手前の拍との高さの関係で/上げ・平ら・下げ/が決定される形式,B種とは,句末母音の伸長による漸次的高さの方向性で,/上げ・平ら・下げ/が決定される形式である。A種はプロミネンス,B種はインテンシティの働きによる。表現的圧力がかからない無標の形式では,アクセントがそのまま顕現する。表現的圧力がかかる場合,句末音調は,(i)A種のみ,(ii)B種のみ,(iii)組み合わせ,として結節される。(iii)には,A種とB種,B種とB種の組み合わせがある。
著者
小林 雄一郎 小木曽 智信
出版者
国立国語研究所
雑誌
国立国語研究所論集 (ISSN:2186134X)
巻号頁・発行日
vol.6, pp.29-43, 2013-11

本研究の目的は,中古和文コーパスを分析対象とし,個人文体とジャンル文体の関係を明らかにすることである。具体的には,紫式部の『源氏物語』と『紫式部日記』,そして『更級日記』における助詞・助動詞の使用傾向を調査し,テクスト間の相互関係,言語項目間の相互関係,テクストと言語項目の結びつきのパターンを定量的に分析する。そして,多変量解析の手法を援用し,中古和文のテクストにおいて,書き手による文体差よりもジャンルによる文体差の影響が大きいことを示す。さらに,個々のテクストにおける語彙使用を詳細に分析するために,対数尤度比による特徴語抽出を行い,多変量解析の結果を補完する。
著者
神崎 享子
出版者
国立国語研究所
雑誌
国立国語研究所論集 (ISSN:2186134X)
巻号頁・発行日
vol.3, pp.1-18, 2012-05

「動詞+動詞」型の複合動詞は,使用頻度の面でも表現力の面でも,日本語に特徴的な語彙であるが,統語的,意味的情報を付与してデータベース化している研究はまだ少ない。そこで,本稿では,語彙的複合動詞の形態的,統語的,意味的情報にとって何が必要かを検討する。まず,研究書や辞書などから収集した約2500語の複合動詞について量的観点から構成をとらえる。次に,情報付与の検討にあたって,既存のデータベースの現状を調査し,どのような情報が不足しているかを探る。そして,現在の言語学の複合動詞研究と,既存の基本動詞辞書の両方の観点から,必要な情報をまとめ整理し,それらの情報を実際に付与するにあたり,どのような基準あるいは知見を参考にするかを述べる。最後に,第一段階で構築中のデータベースの一部を掲載する。