- 著者
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栗原 武美子
- 出版者
- 経済地理学会
- 雑誌
- 経済地理学年報 (ISSN:00045683)
- 巻号頁・発行日
- vol.37, no.2, pp.147-165, 1991-06-30
日加貿易をとり巻く政治的経済的環境の過去10年間における変化のうち, 最も重要な出来事は, 1984年のカナダにおける自由党から進歩保守党への政権交代, 1985年になされた5大先進工業国によるプラザ合意, さらには1988年に調印された加米自由貿易協定であった. カナダ経済は貿易・投資両面にわたって米国経済に大きく依存しており, 自由党トルドー政権時代には, 対米経済関係の比重を減らして, ECおよび日本とのあいだの貿易・投資の拡充を図ろうとする「第3の選択」政策が試みられた. その後の政権交代で誕生したマルロー二政府は, 北米大陸における単一の自由市場の形成を利用してカナダ経済の活性化を図りつつ,「ゴーイング・グローバル」で新たな展開を求めている. 日加貿易はこうした変化に対応しつつ, 過去10年間に順調に拡大してきた。但し, その内容を見ると, カナダから日本へは, 農産物や鉱物資源などの一次産品の輸出が中心であるのに対し, 日本からカナダへの輸出の8割以上は機械や部品が占めており, プラザ合意以降の円高もこの貿易構造を大きく変えるほどの効果を持ってはいない. このような貿易構造をカナダは「アンバランス」な関係と捉え, 一方日本はこれを「相互補完的」関係と捉えている. ここに今日の日加貿易の構造的特徴が現われている. そこには将来の両国間における貿易摩擦の可能性も潜在している. カナダは日本と異なり, きわめて地域分権的色彩の強い連邦国家であり, 各州ごとに特色のある経済圏を構成している. 本稿では, 主要4州を取り上げて, 地域ごとに日本との貿易の特徴を明らかにする. 大別すると資源州と工業州の二つの貿易パターンに類型化され, 前者はおおむね現在の日加貿易に満足しつつも, さらにハイテク産業等の誘致を図ることで, 資源州からの脱却を目指している. 他方, 後者は対日貿易の入超を克服するために, 日本への工業製品の輸出拡大を図ろうとしており, 連邦政府もこうした工業州の要請に応えて, 日本に対しカナダ製品の輸入拡大を働きかけているのである. 日加貿易の展開において, 重要な位置を占めてきたのが9大総合商社であるが, その役割は多岐にわたっている。商社は単なる商品売買の媒介役たるにとどまらず, 情報の収集および資金融通面で重要な役割を果たし, メイン・バンクと共に各系列グループの中核をなしており, 依然としてその独自の地位を保ち続けている. 総合商社は自社のカナダ子会社や合弁会社を通して日加貿易に大きく関与してきた. 前述の日加貿易のパターンは総合商社がその強みを発揮できるものであり, カナダの主要4都市に子会社の本店・支店を設置し, 活発な経済活動を行なってきた。総合商社の役割はカナダ政府も認めるところで, カナダ政府は4社と産業協力等の覚書を結んでいる. 商社は連邦・州政府の期待に応えると同時に自らの利益を追求するため, 金額的には僅かであるが日本へ付加価値の高い工業製品を輸出している。商社を通しての輸出のメリットとしては, 1) 世界中に張り巡らされた総合商社の市場網, 2) 系列企業を使った新市場の開拓能力, 3) 政策担当者とのコネクション, 4) 東京などの大都市における事務所の代理機能, 5) 情報・資金の提供能力が挙げられる. 逆に, デメリットとしては, 1) 商社側のカナダの中小企業に対する関心の低さ, 2) 商品に対する専門知識・人材の欠如, 3) 価格面での不利, 4) 顧客からのフィード・バックの弱さ, 5) 系列企業の製品との競合がある. カナダ企業はこれらの長短を比較秤量しつつ総合商社を利用してきた. 今後の日加貿易の推進には, 双方にとって満足のいく貿易構造が新たに構築されなければならないであろう. そしてそのためには, 政治的経済的環境そのものの更なる変化が必要とされ, 直接投資のあり方が改めて問われることになるであろう.