著者
立見 淳哉
出版者
一般社団法人 人文地理学会
雑誌
人文地理 (ISSN:00187216)
巻号頁・発行日
vol.70, no.1, pp.25-48, 2018 (Released:2018-04-02)
参考文献数
69

本稿では,パリのファッション産業を事例に,価値づけの仕組みと大都市集積の役割を明らかにした。パリのファッション産業は,知識創造など非物質的労働と衣服の製造に伴う物質的労働,ネットワークと結合が典型的に見出される事例であり,またパリという空間の中で複雑な価値づけの仕組みを有している。すなわち,フォーマル/インフォーマルな制度・慣行・媒介者の存在,膨大なコモン,出会いとネットワーク構築を通じた知識・情報の相互移転,買い手とのマッチングを媒介するショー・展示会・小売店舗,そしてそれらが立地する場所といったものである。これらの雑多な諸要素が,パリの中で分散しつつも,それぞれの市場の価値づけ活動の中で結合し配置されることで,価値づけの装置として機能しているのである。ミリュー論をはじめとして,これまでの集積研究が,コーディネーション問題の解決と集団学習の基盤となる「領域化された制度・慣行」として産業集積地域を捉えてきたのに対して,産業集積あるいはミリューは「領域化されたコーディネーションと価値づけの装置」として捉えられることを示した。
著者
立見 淳哉
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:13479555)
巻号頁・発行日
vol.77, no.4, pp.159-182, 2004-04-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
24
被引用文献数
6 2

近年の集積研究では,地域経済の発展におけるローカルな関係性の重要性が強調される.しかし,ローカルな関係性が地域経済の発展に寄与するための諸条件については,必ずしも明示的に扱われていない.本稿は,この問題に取り掛かる上で,関係性資産の概念とストーパー・サレの「生産の世界」論に注目する.「生産の世界」論は,経済活動の調整装置であるコンヴァンシオンの重要性を提起するだけではなく,「生産の可能世界」概念によって,構築されたコンヴァンシオンが一定期間にわたって安定し,経済発展の資産として機能するための条件を提示する.「生産の世界」論を用いて,実際に児島アパレル産地の分析を行った.児島産地では明示的な協力関係が存在せず企業間関係は競争的であるが,特定の製品部門において,ダイナミックな活動が展開されていた.それらの製品部門では,「可能世界」の経済論理と実際のコンヴァンシオンとの間に,論理的な整合性が認められた.集積地の発展にとって,「可能世界」の経済論理と構造的に両立するようなコンヴァンシオンが構築できるか否かが鍵となる.これらの分析道具を用いることで,関係性資産の条件にアプローチする道が拓ける.
著者
立見 淳哉 筒井 一伸
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2017, 2017

都市から農山村への移住に注目が寄せられ,この現象をどのように理解するかをめぐって,様々な議論が行なわれている。とりわけ大きな影響力を持ったのが,2014年5月のいわゆる増田レポートにはじまる自治体消滅論と「地方創生」をめぐる政策動向である。これに対応するように,移住を行政の人口減少対策として位置付け,地方における「人口」増加に期待する議論が活発に行われてきた。 しかしながら全国の人口推計の結果などを考慮すると,移住による「人口」増加効果は限定的であるのも事実である。報告者の一人である筒井は,人口増加という数的な効果よりもむしろ,新たな人材の流入が既存の農山村コミュニティに,考え・年齢構成・技術・技能等の多様性をもたらし,新たな地域づくりにつながる効果を強調してきた。人口を重視する議論を「人口移動論的田園回帰」とするならば,後者の観点は「地域づくり論的田園回帰」と呼ぶことができる。この「地域づくり論的田園回帰」論は,地域の社会関係や資源との関わりの中で,移住者が自身の「なりわい」とそれを支える関係性(ネットワーク)を新たに形成していく過程に着目するものである。農山村における地域づくりという文脈における,移住者の「なりわい」づくりの「質」的な意義と言い換えても良い。 本報告では,この議論の延長として,筒井らが「なりわい」や「継業」という概念提起を通じて示そうとしてきたような,「田園回帰」のなかで少しづつ形を現しかけているように見える,社会・経済の特質を,私的利益の極大化を目指す通常の「経済」とは異なる「もう一つの経済」という視点から理論的な検討を試みるものである。 参照軸となるのは,フランスを中心とした諸国で,2000年代に入って急速に影響力を増しつつある「連帯経済Solidality Economy」の実践と理論的内容である。そして,連帯経済のガヴァナンスのあり方に関しては,イギリスで提唱され,日本では小田切らを中心に紹介されてきたネオ内発的発展論Neo-endogenous developmentとも親和性があり,この概念を媒介させることで,連帯経済と田園回帰をめぐる議論を架橋することを目指す。 理論的には,連帯経済に関する概念化を担ってきた(一部の,しかし影響力のある)研究者たちが参照し,あるいは近い関係にある,アクターネットワーク理論ANTやコンヴァンシオン理論を本報告でも上記の作業を行う上での導きの糸としたい。<br>
著者
ベッシー C. ショーヴァン P.-M. 立見 淳哉 須田 文明
出版者
大阪市立大学経済研究会
雑誌
季刊経済研究 = The quarterly journal of economic studies (ISSN:03871789)
巻号頁・発行日
vol.38, no.1, pp.19-50, 2018-02

社会学および経済学, 政治学はますます, 経済関係や政治関係, 社会関係に関与する「媒介者intermediaries」に関心を持つようになっている. これらは組織やサービス供給者, 専門家, 鑑定人, 技術的, 行政的メカニズムの形態をとっている. こうした傾向はますます構造的に複雑となっている現実に影響を及ぼす変化への回答であり, そこでは伝統的なカテゴリーと区別(国家と市場, 個人と社会, 生産者と消費者など)のヒューリスティックな価値が低下しているのである. ……
著者
立見 淳哉
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.88, no.1, pp.1-24, 2015-01-01 (Released:2019-10-05)
参考文献数
54
被引用文献数
1

本稿は,フランスのショレ・アパレル縫製産地が,1990年代以降のアパレル製造業の劇的衰退の中で高級品ブランドの下請生産へとシフトして生き残りを図ることができた要因を,制度・慣行概念を手掛かりに明らかにした.市場と高級品ブランド企業の戦略変化に適応する産地企業の能力は,以下の3点から理解することができる.第1に,高級ブランド企業とショレ産地の生産者の「生産の世界」が相互に接近し,「品質の慣行」の共有によって取引の調整がなされた(「可能世界」の親和性).第2に,パリとの地理的近接性や賃金水準などの諸条件に加えて,地域主義的なメンタリティや協調的な労使関係などの地域的な諸慣行が,産地企業の技術力と産地内協力を可能にした(諸慣行の構築).第3に,それらの諸慣行はそれぞれ単独で機能するのではなく,相互に補完し合い,一つのシステムとしてショレ産地の発展を維持していたといえる(制度補完性).
著者
立見 淳哉
出版者
The Human Geographical Society of Japan
雑誌
人文地理 (ISSN:00187216)
巻号頁・発行日
vol.52, no.6, pp.552-574, 2000-12-28 (Released:2009-04-28)
参考文献数
37
被引用文献数
2 1

The author analyzes the historical change of agar's production area via a framework of study based on 'regional regulation (régulation régionale)'. This study deals with the development of Gifu and Shinshu agar's production areas by paying attention to the outbreak and collapse of local regulation mechanisms. The mode of regulation of the production areas that adheres to a structure of 'nestedness' in space is determined while mingling together with the coordination in spatial scale (global/national/regional/local and so on). However, the greatest impact on sustaining stable regimes of economic management (régimes économiques de fonctionnement) in production areas operates at the local level, since competition among industrial areas is coordinated by local institutional devices (dispositifs institutionnels).The competition in Gifu agar's production area is coordinated by 'domestic industrial coordination (coordination domestique)'. This is a mechanism coordinated by negotiation among firms and wholesale dealers concerning decisions on quality and prices. In Shinshu agar's area, in terms of price, it is coordinated by 'civil coordination (coordination civique)', which is characterized by a 'convention' determined by the enterprise union. In addition, this form is understood as coordination beyond the pursuit of individual profits through the sharing of common interests. On the other hand, in terms of quality, competition was coordinated by 'industrial coordination (coordination dite industrielle)', which is accomplished by the coordination of national standards. In this mechanism, competition was coordinated and stimulates the development of the production area by the induction of local industrial devices.In the meantime, there was great concern that agar's production area would decline because of an overseas production shift, competition, changes in the norms of consumption, decline in agricultural production, and the reluctance of agriculture to maintain business among young farmers.These global and national changes made the mode of local regulation extremely unstable. Strictly speaking, the most significant component of this decline was destined to be in the form of the coordination of each production area, so that the crisis arose in the face of environmental change at the global and national levels.In the case of the 'domestic coordination' of Gifu agar's production area, it was possible for the firms to keep their production stable. However, these firms have many problems such as the subordination to wholesale dealers, a lower rate of profit and the temporary business of the farmers. The existing crisis in this form was revealed in terms of decreases in income and the depletion of successors caused by the national decline of agriculture.Considering Shinshu agar's production area, the quality of agar was controlled by 'industrial coordination', but its demand diminished. This change was brought about by the lack of a concern and convention for quality. Therefore, each firm was unable to cope with changes in the norms of consumption, or competition in production.However, the coordination forms in this critical period began to change by struggling to grope for a new form of coordination, especially in the case of innovative firms.In Gifu agar's production area, the firms have changed their production term into a year, and have specialized agar's production to enlarge business. In Shinshu agar's area, firms have successfully coped with the crisis by setting up more innovative operations and by making use of the large customer network. Thus, the agar's production areas are coordinated by each local institution. Faced with losing the validity of existing coordinations, they transformed their system to revive their production.
著者
酒井 扶美 立見 淳哉 筒井 一伸
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
E-journal GEO (ISSN:18808107)
巻号頁・発行日
vol.15, no.1, pp.14-28, 2020 (Released:2020-01-01)
参考文献数
13
被引用文献数
5

「田園回帰」という言葉で,都市から農山村への移住に注目が寄せられている.しかし,農山村への移住者の増加による新たな「なりわい」の創造と,自治体をはじめ多様な主体が行う起業支援とは密接にかかわっていると考えられる一方,その実態についての調査研究は十分には行われていない.これに対し,本稿では,兵庫県丹波市を事例に,特に制度的な起業支援のみならず,移住者と地域住民との起業を介した新しい関係性の上で,どのようなサポートが生み出されているのか,その詳細な実態を明らかにした.移住起業のサポート実態を理解する上で,単に制度的なサポートだけではなく,地域における様々な主体が行なっている支援の総体を把握する重要性を改めて示すことができた.
著者
立見 淳哉
出版者
経済地理学会
雑誌
経済地理学年報 (ISSN:00045683)
巻号頁・発行日
vol.53, no.4, pp.369-393, 2007

イノベーティブ・ミリュー論と「生産の世界」論という代表的な2つの集積理論が,どのような点で共通し,どのような点で異なっているのか,コンヴァンシオン経済学(EC)を中心とする制度経済学の潮流との関連で考察した.これらの集積理論はいずれも,より現実的な人間像に近いといえる手続合理性の仮定を前提し,不確実性をはじめとする「純粋な市場論理」の不完全性を乗り越えるような効果を有している.これらの効果は,アクターの認知プロセスと深くかかわるものである.「生産の世界」論では,近年の認知科学の発展が取り入れられており,経済調整に果たす物質的事物の役割が考慮されている.2つの集積理論のこうした基本的な共通性にもかかわらず,当然ながら異なる点も存在する.集団学習にかかわるような産業集積の動態分析にとっては,「生産の世界」論のほうがより周到な構成をとっている.可能世界,テスト,事物の導入,等々といった概念の導入によって,評価モデルと呼びうるような慣行(コンヴアンシオン)のもとで,製品品質を含む慣行的規則の生成・変容が論じられている.とはいえ,評価モデルの変容や,集団学習過程における空間的近接性の役割は自明ではない.今後,近年の認知科学やECの展開をふまえて,空間的近接性と集団学習の論理を理論的・実証的に明らかにしていくことが求められる.