著者
加藤 和暢
出版者
経済地理学会
雑誌
経済地理学年報 (ISSN:00045683)
巻号頁・発行日
vol.40, no.4, pp.319-328, 1994-12-31

経済活動の「グローバル化」と「サービス化」を軸とした社会経済環境のドラスティックな変貌は, 地域構造論にも重大な反省をせまっている. その場合の論点として指摘すべきは以下の2点であろう. まず第1は「グローバル化」の進展にともなって, これまで地域構造論が自明の前提としてきた国民経済の「全体性」を再検討する必要がでてきたことである. つぎに第2として「サービス化」の進展により, 貯蔵も輸送も可能であった「モノ」づくりの特性を反映したこれまでの地域構造の編成論理が変化しつつある点があげられよう. これらの問題をかんがえるうえでの手がかりとなるのが, 地域構造論においても重視されている「経済循環の地域的完結性」という議論にほかならない. 経済循環の「完結性」を基準に地域(経済)を把握することにたいしては, かねてから批判があった. また, 地域構造論の全体的な論理構成とも, それは矛盾しているようにおもわれる. 小稿では, 経済地理学にたいする地域構造論の重要な貢献を「経済循環」という経済学の基本的な議論との接点を明確にした点にもとめ, それを発展させることで「グローバル化」や「サービス化」のながれに対応した枠組が構想可能な点をしめした. それが小稿にいう経済循環の「空間的分岐」として地域(経済)を把握する視点である.
著者
山崎 朗
出版者
経済地理学会
雑誌
経済地理学年報 (ISSN:00045683)
巻号頁・発行日
vol.55, no.4, pp.317-326, 2009-12-30

首都圏においても,人口はまもなく減少に転じる.人口減少,高齢化に対して,どの範囲の地域単位で,いかなる政策主体によって,どのような対応策を検討,実施するのかが問われている.1人当たり県民所得格差を是正する意義は,乏しくなっている.人口減少下において,豊かな生活を維持するための「生活圏」の構築,国際競争力を高めるための広域的な地域での戦略という二面的な対応が求められている.サービス化時代の地域政策への転換が必要である.地域政策の手段をこれまでのように,企業誘致と社会資本整備に限定してはいけない.科学技術政策,大学政策,産業政策,環境政策,医療政策,通信政策,交通政策,税制などを含めて,多様な手段を地域政策として意識的に活用する時代に入ったのである.どの政策を柱とするかは,地域の範囲,地域特性と地域の戦略によって異なる.地域政策の政策主体を地方自治体や国に限定する必要性もない.NPO,NGO,住民組織,あるいは,社会的企業や大企業も地域政策の担い手となる.逆に,廃屋,廃店舗,廃工場などの解体,跡地利用については,行政がより積極的に関与しなければならない.人口密度がきわめて低くなる「低密度居住地域」では,物流機能を地域政策の柱としつつ,インターネットを活用した新しいライフスタイルへとシフトさせることが求められている.長期的な観点からいえば,生活コストの高いエリアから撤退することも選択肢の一つとなる.広域的なエリア(メガ・シティ)における,それぞれの都市,地域,社会資本の機能分担と有機的な連携による,地域全体の競争力強化という視点も,国際化時代の地域政策としてきわめて重要になっている.
著者
木幡 伸二 木村 温人 堀内 隆治
出版者
経済地理学会
雑誌
経済地理学年報 (ISSN:00045683)
巻号頁・発行日
vol.45, no.2, pp.156-162, 1999-06-30

1998年11月28日午後, 山口県下関市の海峡メッセ下関を会場として, 下関市立大学の吉津直樹・平岡昭利の両氏をはじめとした地元の方々の協力によって, 有益なシンポジウムを開催することができた.以下には, 木幡・木村・堀内の3氏の報告要旨, 横手敏夫(山九株式会社)・北村不二夫(運輸省第四港湾建設局)の両氏からのコメントを中心に討論の概要を掲げる.なお, コーディネーターは, 山崎 朗(九州大学)が務めた.
著者
山縣 宏之
出版者
経済地理学会
雑誌
経済地理学年報 (ISSN:00045683)
巻号頁・発行日
vol.53, no.3, pp.282-297, 2007-09-30

本稿の目的は,米国シアトルにおけるソフトウェア企業の立地要因と市場地域に関する独自調査データを分析し,ソフトウェア企業集積地としての特徴の一端を浮き彫りにすることである.シアトルはマイクロソフト社の主要拠点であり,巨大企業中心の産業地域として注目されてきた.分析結果は下記の通りである.(1)重要な立地要因は創業者・CEOの個人的選好(地元志向)と技術者・エンジニアの確保であり,とくに個人的選好(地元志向)が強く影響している.なお技術者の賃金水準は日本の地方都市のように重視されてはいない.これは業種特性(パッケージソフト業種が多い)および企業の業務(自社ソフト開発企業が多い)による可能性がある.(2)多数のソフトウェア企業がビジネスを開始した1990年代,ベンチャーキャピタル・エンジェル投資などより多様な要因が立地に影響しているが,影響は限定的である.(3)サンプルの多数を占めるパッケージソフト業種は収入のほとんどを州外からえている.(4)主要顧客所在地域の80%/は米国であり,カリフォルニア,テキサス,ニューヨークが主要3州である.残りは海外であり先進国が主要市場である.(5)立地要因・取引面でマイクロソフト社と密接な関係にある企業は限られている.以上の分析を通して,シアトルには多くの独立したソフトウェア企業が存在し,米国の広域あるいはグローバルに存在する顧客にサービスを提供していることを確認した.
著者
伊藤 喜栄
出版者
経済地理学会
雑誌
経済地理学年報 (ISSN:00045683)
巻号頁・発行日
vol.55, no.4, pp.327-337, 2009-12-30

小稿は21世紀初頭の世界史的エポックの中で.日本の地域政策が今後どのような内容のものとなるかについて,若干の見通しを述べたものである.このエポックは,2008年9月,リーマン・ブラザーズの破綻に端を発するアメリカ中心の金融資本主義,グローバルエコノミーの崩壊の危機である.このことが日本に及ぼした影響は大きい.アメリカ型の市場原理主義をモデルとして国民経済の構造改革を行ってきた小泉首相が退陣し,その流れにブレーキがかかっただけでなく,さらに自民党から民主党へと政権が交代するという事態をひきおこした.このような世界及び日本の歴史のエポックにより,日本の地域政策は,地域格差の拡大を是認する,ないしは改革の成果とする「地域間競争」(構造改革特区)の時代から,「地域の均衡発展」の時代への移行が予想される.この課題に対して地理学・経済地理学が独自に寄与するとするならば,「地域で政策する」のではなく,「地域を政策する」という立場を貫くことであろう.このことは,地域を所与とし,その内部の個別具体的な施策を地域政策とするのではなく,地域それ自体のあり方(形成のメカニズムとそれを前提とした政策)を問題とするということを意味する.そしてその成果を踏まえて,現代日本の課題である「地域の均衡発展」を考えることが望ましい.その際,地理学の共有財産である機能地域ないしは結節地域と,それらの階層構造,換言すれば地域システムの合理化・適正化を図ることが中心課題となると判断される.
著者
近藤 暁夫
出版者
経済地理学会
雑誌
経済地理学年報 (ISSN:00045683)
巻号頁・発行日
vol.55, no.3, pp.234-252, 2009-09-30

消費者が持つ事業所の位置や事業内容についての知識は多くの場合断片的である.そのため,企業・事業所は,消費者に対して位置や事業内容の情報伝達活動を行う.本稿では,その活動にみられる空間的な特徴について,中京大都市圏における事業所の屋外広告活動を事例に検討した.中京大都市圏北西部の主要道路沿いに屋外広告を出している事業所を調査し,屋外広告を約18,000件,広告主を約7,000件抽出した.屋外広告は,主に小売・卸売業の事業所と,対個人サービス業の事業所が掲出する.屋外広告は事業所からの距離を変数とする対数正規分布に類似したパターンをもって展開され,広告圏(広告の90%が含まれる範囲)は,事業所から半径約5.5kmの範囲である.業種別では,レジャー施設や宿泊施設の広告圏が広く,歯科医院や飲食店,理容・美容院などで広告圏が狭い.また,広告圏は市街地内に立地している事業所の方が市街地外の事業所より狭い.個々の事業所の広告展開は,基本的に「有限性」「広範性」「誘導性」の3つの原則に従う,それゆえ,事業所の広告展開には,事業所を中心として,近傍よりも一定距離が離れた岩地点に最大の広告掲出地点があるという共通の傾向が確認できる.屋外広告の空間展開が,全体として正確な対数正規分布パターンをなしているかどうかはともあれ,事業所からの距離に規定された分布パターンをなすのはこのためと考えられる.
著者
荒木 一視
出版者
経済地理学会
雑誌
経済地理学年報 (ISSN:00045683)
巻号頁・発行日
vol.52, no.3, pp.138-157, 2006-09-30

近年食料の安全性や食料の質に対する関心が高まっている.本研究もそのような立場から,現代のわが国の食料供給体系を論じるものである.その際,2004年1月に山口県阿東町で発生した鳥インフルエンザを取り上げ,実際に食料の安全性が脅かされるという事態において,食料供給の現場を担うスーパーがどのような対応をとったか,さらにそのような状況を理解するにはどのような観点が有効であるかに焦点を当てた.スーパーの対応としては,調達量や価格の調整は一般的ではなく,短期的には安全性のアピールが中心で,それに伴って阿東町や山口県内の調達先を他所に変更する事例も認められた.それはスーパーサイドにとっては商品の安全性を訴える上で意味のある対策でもあった.しかし,1年を経て,調達先は山口県内に回帰するとともに,調達先の多元化も認められた.このような一連の対策を講じた背景には,リスクへの対応という側面に加えて,安全というイメージをどのようにして構築するのかという点が重要になっていることを指摘できる.実際の安全性よりもイメージとしての安全性がスーパーの調達戦略に大きく関与している側面が浮かび上がった.このように今日の食料供給体系を稼働させていく上で,食品のイメージが大きな役割を果たしていることが明らかになり,時にそれは食料供給体系そのものを再編成するほどの影響力を有している.
著者
松原 宏 加藤 和暢 鈴木 洋太郎 富樫 幸一
出版者
経済地理学会
雑誌
経済地理学年報 (ISSN:00045683)
巻号頁・発行日
vol.46, no.4, pp.443-450, 2000-12-31
被引用文献数
1

経済地理学会大会シンポジウムの前日(2000年6月3日)午後, 駒澤大学にて「グローバリゼーションと産業集積の理論」と題したラウンドテーブルを企画した.以下には, ラウンドテーブルの主旨, 加藤・鈴木・富樫の3氏の報告要旨, 討論の概要を掲げる.なお, オーガナイザーは, 松原が務めた.
著者
竹内 淳彦 森 秀雄 佐藤 滋 大橋 正義 北嶋 一甫 山田 伸顕 本木 弘悌
出版者
経済地理学会
雑誌
経済地理学年報 (ISSN:00045683)
巻号頁・発行日
vol.46, no.1, pp.55-59, 2000-03-31

1999年の地域大会として11月27日に上記のフォーラムを開催した.午前は「工業のまちを歩く」と題して東京都大田区内の住工混在地域を巡検し, 午後は大田区産業プラザにおいて会議が行われた.はじめに小関智弘氏の特別講演「工場に生きる人々とそのまち」が行われ, 続いて竹内淳彦の基調報告, 5名のパネラーの報告の後, 討論が行われた.なお, 巡検参加者は66名, フォーラム参加者は203名であった.座長は上野和彦(東京学芸大学)と松橋公治(明治大学)が務めた.以下には各報告の要旨, 討論と巡検の記録を掲げる.
著者
石原 照敏
出版者
経済地理学会
雑誌
経済地理学年報 (ISSN:00045683)
巻号頁・発行日
vol.38, no.4, pp.245-261, 1992-12-31

国際競争下, 日本農業は高品質の農産物を生産するのでなければ究極的には生き残れない. そのために, 地力維持が必要になり, とりわけ畑地的土地利用では輪作が不可欠となる. 日本の輪作の一般的な発展傾向を模索しようとすれば, 少なくとも広域的な範囲での輪作の態様を環境との関連で把握する必要があるが, 従来, このような研究はなされていない. そこで, 本稿では西欧型の一年一作の形をとる北海道の輪作のドミナントな態様を筆者の「土地利用調査」に基づいて把握したもので, 次のことが明らかとなった. 1) 北海道では牧草栽培期間の長い輸作(牧草を7年ほど連作するとよい牧草が生えなくなるので, 牧草地を掘り起こして施肥し, 土壌中に有機物を残すイネ科作物や, 土壌を柔らかにする根菜類を栽培した後, 再び牧草に帰る)がドミナントな形で行われている. 2) このタイプの輪作は雨量の多いイングランド西部や, フランス西部で行われている輪作と同じタイプの一時的草地輸作(Long-ley Rotation)と規定できる. 3) 北海道における一時的草地輪作の成立基盤は, (1)穀作やバレイショ作が冷害を被って行詰まり, (2)農協が気候環境に適応した経営方式(酪農・混合農業)へ転換する農業振興計画を策定した. (3)この計画に基づいて, 農業経営がそのような経営方式への転換を志向した, (4)この転換を促進したのは集約酪農地域の指定などの公共的な助成策であった. (5)新しい経営方式(酪農・混合農業)の導入とともに進展した一時的草地輪作の技術的基盤(泥炭土, 重粘土を排水施設や客土によって改良した)を準備し, 夏冷涼・湿潤な気候環境に適した作付方式(一時的草地輪作)への転換を促進したのは, 土地改良事業, 寒冷畑作振興地域の指定などの公共的な助成策であった.
著者
和田 崇
出版者
The Japan Association of Economic Geography
雑誌
経済地理学年報 (ISSN:00045683)
巻号頁・発行日
vol.67, no.1, pp.43-57, 2021-03-30 (Released:2022-03-30)
参考文献数
34
被引用文献数
1

本研究は,徳島県阿南市における野球のまち推進事業を例に,スポーツまちづくりがもたらす社会経済効果を明らかにし,スポーツが地域活性化に果たす役割を検討した.その結果,野球のまち推進事業は,観光振興効果や経済波及効果については規模や範囲は限定的であるものの,新たなまちづくり手法の定着や知名度向上効果,イベント参加者数の増加などでは,阿南市に一定の社会経済効果をもたらしていることが確認された.また,アクターごとの事業に対する認識と事業への関与をみると,阿南市では野球関係者や市民,企業が自治体からの働きかけにより,あるいは自ら申し出て事業に関与しており,それぞれが楽しさや満足感を感じたり,社会的ネットワークを広げたりするなどの効果を得ている.事業への主体的な関与が一部の者に限られたり,野球という特定競技をまちづくりの手段とすることへの疑問やトップレベルの試合を観戦する機会が乏しいことへの不満をもつ者も散見されたりするが,野球というこれまで着目しなかった地域資源を核に活動の環を広げてきたことは評価できる.今後,より多くの住民が野球を阿南市の地域資源と認め,全市的な参加・協働体制を構築することが期待される.
著者
葉 倩璋
出版者
経済地理学会
雑誌
経済地理学年報 (ISSN:00045683)
巻号頁・発行日
vol.40, no.3, pp.202-219, 1994-09-30 (Released:2017-05-19)
被引用文献数
3

1895年, 台湾は日本の植民地となった. 本稿では, 日本植民地下における台北の都市計画がその統治政策によっていかに規定され, また台北の都市空間構造がどのように形成されていったかを分析する. 台湾の植民地統治政策は, 大きく三つの時期に区分される. すなわち, 1895〜1919年の, 治安平定を目指した撫民政策期, 1919〜1936年の同化政策期, そして1936〜1945年の皇民化政策期である. 都市計画は, 撫民政策期には植民地統治の象徴的建造物の建設などにみられる植民地都市空間の創出を目的とし, 同化政策期には, 都市の機能性, 快適性を追求する, 内地より先進的な都市計画事業が実行に移された. そして1936年には台湾都市計画令が公布される. 皇民化政策期には, 台湾都市計画令に基づく最新の都市計画事業により, 日本人の居住空間や宗教空間の充実と拡張化が図られた. 台北の社会空間においては, 日本人と台湾人との居住分化の構造が顕著にあらわれた. それは,「同化」を促す統治政策の下での都市計画の限界を示すものである. 居住分化は, 植民地という固有の社会状況を示すものであり, 植民地都市計画は, 「植民地」という枠組みのなかで自ら限界を有していたのである.
著者
荒又 美陽
出版者
The Japan Association of Economic Geography
雑誌
経済地理学年報 (ISSN:00045683)
巻号頁・発行日
vol.66, no.1, pp.29-48, 2020-03-30 (Released:2021-03-30)
参考文献数
55
被引用文献数
1

本論は,東京,パリ,ロンドンが19世紀以降に実施してきたメガ・イベントとその開催地を手掛かりに,21世紀にこれらのグローバル・シティがオリンピックを招致した都市計画的な意味を検討する.19世紀中葉にはじまる万博は,国民意識の形成と労働者の教化を目的としており,都市においてはその近代化を内外に示すものであった.世紀転換期には植民地支配の正当性を示す展示も行われ,帝国主義的な意味合いを強めた.オリンピックは,当初は万博ほどの影響力をもたなかったが,スタジアムの建設などを通じて次第に都市におけるインパクトを強めた.第二次大戦前のオリンピックは,特に都市の郊外開発と軌を一にしており,戦後には郊外がさらに広がる巨大都市化との関係を読み取ることもできる.そこから近年の事例をみると,脱工業化の局面において,特に1990年代からの都市再生プログラムに連動する形でメガ・イベントの会場設定がなされていることを見て取れる.三都市は中心から半径10キロ程度の領域の再価値づけを共通して行っており,その範囲におけるジェントリフィケーションも進んでいる.それは,都市が投資を集中する範囲を定めたという意味でのリスケーリングであり,都市計画においてはグローバル企業を引き付けるための基盤づくりや観光化といった特徴を持っている.メガ・イベント招致は,三都市において,こうした政策の促進剤の役割を担っている.
著者
市川 康夫
出版者
The Japan Association of Economic Geography
雑誌
経済地理学年報 (ISSN:00045683)
巻号頁・発行日
vol.67, no.4, pp.235-254, 2021-12-30 (Released:2022-12-30)
参考文献数
35
被引用文献数
1

本研究は,先進国農村で1960年代末より広く展開した「大地に帰れ運動( Back to the Land Movement)」において,農村がいかなる役割や機能を果たしてきたのかを,当事者の生活や意識,運動の展開過程の分析から明らかにすることを目的とした.「大地に帰れ運動」は,1968年の社会運動を契機として,都市や資本主義社会への批判や決別を目標に,1970年代と2000年代以降という「2つの波」を形成してきた.この2つの波の比較から,次のようなことが明らかとなった.まず,「大地に帰れ運動」において,農村という空間は,価値の再定義を行う「実験の場」として機能していた.それは,貨幣や労働,家族観や自然環境の価値を,共同体という社会実験から問い直す過程でもあった.そのなかで,農村は個人を解放する「逃避の場」から,エコロジーの実践とその社会共有の場へと役割を変化させてきた.カウンターカルチャーとしてのコミューン・共同体の背景には,常に批判対象としての主流社会の存在があった.また,「都市」というアンチテーゼに対する「農村」は重要な命題であり,「都市の否定的イメージ」と「理想郷としての農村」の対比が強く意識されていた.「大地に帰れ運動」は,社会への批判とエコロジーの実践をエネルギーに今日まで存続し,そのプロセスのなかから常に新たな価値が生み出され,消費されてきたと結論づけられる.