著者
[ソウ] 賢美
出版者
経済地理学会
雑誌
経済地理学年報 (ISSN:00045683)
巻号頁・発行日
vol.41, no.1, pp.57-71, 1995

本研究の目的は, 在日韓国・朝鮮人高齢者の居住の背景や生活の現状を, その就業形態を中心に把握することである. 調査地域には, 在日韓国・朝鮮人の集住地域の一つであり, 中小零細企業の集積地でもある東京都大田区を選んだ. 本稿では在日韓国・朝鮮人の居住の背景や就業の変遷を考察した上で, 55歳以上の者に対して聞き取り調査を行なった. 調査にあたっては, 民団資料にもとづき, 在日韓国人高齢者の就業の状況を明らかにした. また, 面接による聞き取り調査を行なって, その居住の背景と就業の変遷を考察した. 調査の結果, 大田区における在日韓国人高齢者のなかには, 零細工場の経営者や販売従事者が多かった. 特に販売従事者の場合, ほとんどが焼肉屋を中心とする飲食店経営者であった. また, 聞き取り調査の結果, 年金制度の不備により, かなりの高齢になるまで働いている者が多いことが明らかになった.
著者
松原 宏
出版者
The Japan Association of Economic Geography
雑誌
経済地理学年報 (ISSN:00045683)
巻号頁・発行日
vol.62, no.4, pp.346-359, 2016-12-30 (Released:2017-12-30)
参考文献数
13
被引用文献数
1

2014年9月に「まち・ひと・しごと創生本部」が設けられて以降,地方創生関連の新たな施策が次々に打ち出されてきた.本稿の目的は,そうした政策策定の経緯を明らかにするとともに,地方創生交付金や政府関係機関の移転などの政策を取り上げ,政策内容の特徴と今後の課題を検討することにある.     リーサスを活用し先駆的な事業計画を提案した地方自治体に対して,優先的に地方創生交付金が配分されることになったが,グローバル化と人口減少の下で,地域経済の自立化と国際競争力の強化が,重視されてきている.東京一極集中の是正に関しては,民間企業や国の研究機能の地方移転により,現地の大学や試験研究機関との連携が強まることで,新たな産業や雇用の創出につながることが期待される.     2014年10月には「基本政策検討チーム」が設けられていたが,過去の政策や海外の政策を十分に検証する時間的な余裕がなく,また省庁の連携も十分ではなかった.今後は,地方創生を一過性のブームに終わらせず,地域政策として高めるとともに,体系的に再構築していくことが求められる.
著者
阿部 和俊
出版者
経済地理学会
雑誌
経済地理学年報 (ISSN:00045683)
巻号頁・発行日
vol.50, no.2, pp.139-161, 2004
被引用文献数
2

本論は民間大企業の本社と支所を用いて日本の主要都市を検討し,都市システムを提示したものである.研究対象期間は1950〜2000年である.最初に分析対象企業の内容と本社機能からみた主要都市の状況について検討した.1950〜2000年を通して本社の最多都市は東京であり,第2位は大阪である.東京の本社数(登記上)比率は最近になるほどやや低下傾向にある.しかし,複数本社制を考慮すると,東京と大阪との差は依然として大きなものがある.続いて支所機能から主要都市の,とくに支所数,支所の上下関係,従業者数による本社と支所の規模,テリトリーについて検討した.主要な結果として,支所数からみると,近年の大阪と札幌の地位低下,福岡と仙台の上昇などが明らかになったことなどがあげられる.大阪は支所数からみると,1960〜1975年の間第1位の都市であったが,1980年に東京に抜かれる.以後,2000年まで東京との差は開く一方である.それどころか,最近では名古屋との差が縮小傾向にある.福岡と仙台の上昇,札幌の低下も重要である.この3市に広島を加えて広域中心都市と呼ぶが,この4市が最も横並びの状態にあったのは1970年である.しかし,それ以後2000年まで,上記のような変化が生じ,広域中心都市としての横並び状態は消滅した.同時に,都市間の階層という点では1970年が最も明確であったが,それ以後2000年まで,都市間の階層は崩れる傾向にある(表2,図2).この変化を業種面からみると,「鉄鋼諸機械」(こういう業種名は主資料として使用した『会社年鑑』(日本経済新聞社刊)や『会社職員録』(ダイヤモンド社刊)には無い.この分野の企業は,これら資料の中では「鉄鋼」「金属」「諸機械」「非鉄金属]「電機・電線」などさまざまな呼称が使用されていて時系列的にみても統一されていない.そのために,筆者が統一的な呼称として,この表記を使用したものである)の支所数の多寡が重要である.たとえば,大阪と東京を比べると1980年まで大阪の方が多いが,1985では逆転している.大阪と名古屋を比べると1985年まで大阪の方が多いが,1990年では逆転している.支所数からみた大阪の地位が低下傾向にある要因は,この業種において東京と名古屋を下回るようになったことが大きい(表5).札幌と仙台の地位の逆転も同様のことが指摘できる.1970年までは札幌の方がこの業種の支所数が多かったが,1980年に逆転し,2000年までその差は開く一方である(表5).各都市の支所のレベルは一様ではない.ある都市の支所の管轄下の支所という事例がある.それを2000年について調査したものが表6である.東京・大阪・名古屋・福岡・仙台・広島・札幌の支所のレベルは高いが,静岡や北九州の支所の多くは名古屋支所,福岡支所の管轄下にある.このように表6は企業の支所の格付けから各都市の格付けをみることを可能にする.東京・大阪・名古屋・福岡・仙台・広島・札幌の支所のレベルが高いということは,これら7都市が広いテリトリーをもっているということでもある.その状況は図4に示されている.これら7都市の現在(2000年)のテリトリーは1970年に明確になったことも指摘できた.これらをふまえて東京・大阪・名古屋に本社をおく企業の主要都市への支所配置率を用いて,都市間の結合状況を検討し,都市システムとして提示した(図6, 7, 8).その結果,日本の主要都市は東京を頂点に相互に強い結合関係を示していることが明らかにされた.
著者
小林 茂
出版者
経済地理学会
雑誌
経済地理学年報 (ISSN:00045683)
巻号頁・発行日
vol.23, no.2, pp.33-44, 1977-09-30 (Released:2017-05-19)
著者
菊池 慶之
出版者
The Japan Association of Economic Geography
雑誌
経済地理学年報 (ISSN:00045683)
巻号頁・発行日
vol.62, no.2, pp.151-159, 2016-06-30 (Released:2017-09-07)
参考文献数
28
被引用文献数
1

本稿では地方中小都市の低未利用空間の利活用方法として,不動産の所有と利用の分離手法の一つである不動産証券化に着目し,全国での普及状況の把握と普及に向けての課題について検討した.この結果,日本における不動産証券化は極めて大都市圏に集中した状況にあるものの,2010年頃から対象となる不動産の用途の拡大とともに,地方圏においても増加しつつあることが分かる.また米子市における事例からは,公的ファンドのような必ずしも収益性を第一義としないプレイヤーの参加が事業成立の重要な要素となっている.民間ベースの開発である不動産証券化に公的ファンドの出資が入ることは,①困難な財政状況の中で中心市街地活性化に係わるハード事業を可能にする点,②民間ベースの開発を自治体等の策定する地域政策に誘導できる可能性がある点で今後のまちづくりにおいて重要な論点となり得ると言えよう.
著者
長谷川 達也
出版者
経済地理学会
雑誌
経済地理学年報 (ISSN:00045683)
巻号頁・発行日
vol.48, no.3, pp.238-252, 2002

本稿では,日本勤労者住宅協会(勤住協)と地域住宅生協の設立過程,住宅供給および住宅地開発の展開とその特徴を全国,地域レベルから明らかにした.1961年のILO勧告を受け,労働者住宅自主建設運動は協同組合によるサード・アーム方式による住宅供給主体の確立を目指したが,結局特殊法人である勤住協が公的機関として設立されるにとどまったことで,勤住協と地域住宅生協という異なった組織形態が併存したなか,住宅供給が行われることになった.動注協による住宅供給システムは,住宅金融公庫をはじめとする融資を得て地域住宅生協等に住宅地開発を委託するもので,これまで全国各地に100,000戸を超える住宅を供給した。近年,勤住協による住宅供給は減少傾向にあり,地域住宅生協等でもその経営体力の格差が拡大しつつある.大阪労働者住宅生活協同組合を事例とした,地域住宅生協による住宅地開発の特徴は,生協が独自に資金を調達した事業が少なく,ほとんどが勤住協の委託事業であり,また小規模開発で供給量も少ないことがあげられる.地域住宅生協による住宅供給システムは,一般公募が原則となる勤住協事業が大半をしめることから,協同組合としての機能が発揮できないこと,住宅購入時に加入した組合員の継続性の問題などを抱えている.1990年代以降本格化した特殊法人見直しにおいて,勤住協は住宅供給主体としての在り方について議論されてきたが,2001年12月に民営化が決定したことで,今後新たな方向性が模索されていくことになる.
著者
塚原 啓史
出版者
経済地理学会
雑誌
経済地理学年報 (ISSN:00045683)
巻号頁・発行日
vol.40, no.3, pp.220-228, 1994-09-30 (Released:2017-05-19)

1983年にテクノポリス法が成立し, 現在までに26の「テクノポリス」地域が誕生している. このうち, 1990年を第1期開発計画の目標年とした先発地域を中心に, その実績を開発指標から評価すると, 通商産業省が評価するほど「順調」に進展してはおらず, 次のような大きな問題がある. (1)計画目標の達成状況からみると, 計画目標を達成した地域が非常に少なく, しかもその達成率がかなり低かった. (2) 「最低クリアすべきハ一ドル」としての全国平均値との比較からみると, 全国平均値を上回っている地域は各指標とも約6割程度であった. (3)高付加価値化の推進からみると, 高付加価値化を進展させた地域はほとんどなかった. また, 期待した先端技術産業の多くは, 高付加価値化の推進に寄与しなかった. (4)定住化の観点からは, 定住化が進展している地域もあるが, 人口の停滞や減少を起こした地域が多い. 今後は, 第1期開発計画の適切な評価と反省に立って, 不十分な支援施策の改善や真に地域が自主的に活動できる体制の確立などの大きな変革が必要である.
著者
石川 雄一
出版者
経済地理学会
雑誌
経済地理学年報 (ISSN:00045683)
巻号頁・発行日
vol.37, no.3, pp.277-292, 1991-09-30 (Released:2017-05-19)
被引用文献数
2

大都市圏内部で生じた中心市からの人口・産業の分散現象については, 「郊外化」ということで近年, 研究が進んでいる. しかし, 大都市圏に隣接する周辺地帯においても, 「郊外化」と同じ現象, もしくはそれに類似する現象が生じてきた. そこで本稿では, 京阪神大都市圏をとりまく周辺地帯における1965〜85年にかけての通勤流動の変化とこの地帯の社会・経済的構造を検討し, 中心市から同一距離帯で設定したこれら地帯において生じている現象を考察した. その結果, 大都市圏内部に隣接する地帯では, 通勤流・動や社会経済構造の点で大都市圏内部と類似した現象が生じ, 外延的な「郊外化」の進展がみられた. つぎに外縁部のうち交通条件のよい地区では, 社会経済構造上, 初期の「郊外化」と類似した動きがみられたが, 通勤流動の点で大都市圏内部との関係が弱く, また外縁部のうち山間地区は, 人口・産業の点において成長を示さなかった.
著者
北村 嘉行
出版者
経済地理学会
雑誌
経済地理学年報 (ISSN:00045683)
巻号頁・発行日
vol.32, no.4, pp.313-326, 1986-12-28 (Released:2017-05-19)
被引用文献数
1
著者
上野 淳子
出版者
The Japan Association of Economic Geography
雑誌
経済地理学年報 (ISSN:00045683)
巻号頁・発行日
vol.63, no.4, pp.275-291, 2017-12-30 (Released:2018-12-30)
参考文献数
54

21世紀に入って東京では建築物の高層化と超高層建築の都心集中が進行したが,その背景として都市計画の規制緩和がある.本論文では「ネオリベラル化する都市」論をふまえながら,東京都中央区を事例として①都市計画の規制緩和の進展と都心自治体の対応,②規制緩和された空間が孕む問題について考察した.    1980年代から2000年代までの約30年間は,中曽根「民活」と小泉「都市再生」という新自由主義的な政策のもとで国家が都市空間への介入を強めた時期であった.これまでの研究では国の役割に焦点が置かれてきたが,自治体は単に国に従属するだけの主体ではない.本論文で取り上げた中央区は,戦略的に国や都との関係を取り結び,規制緩和路線に加担していった.規制緩和は,国から一方的に押し付けられたものと言うより,部分的には自治体が選び取った結果である.ただし,都市計画等における自治体の権限が制限されていたことを考慮するならば,規制緩和は,追い詰められた自治体の前に用意された「構造化された選択肢」(船橋,1995)であったと言えよう.こうした規制緩和によって生み出された東京の空間は,社会公正および開発の持続可能性の点で問題を孕む.
著者
松原 宏
出版者
経済地理学会
雑誌
経済地理学年報 (ISSN:00045683)
巻号頁・発行日
vol.52, no.4, pp.219-235, 2006-12-30 (Released:2017-05-19)

1980年代以降,少子高齢化とグローバル化の進展が著しいが,両者は関連しあいながら日本の地域構造に大きな影響を与えてきた.バブル崩壊後の90年代の不況期には,東京一極集中が終わったかにみえたが,近年では「東京再集中」と「都心回帰」が顕著で,東日本と西日本との地域経済格差も顕在化してきている.少子高齢化問題は,地域的差異を伴って今後深刻化していくと考えられる.大都市圏では,都市型高齢者の量的増大と遠隔な郊外での高齢化の進行・住宅地の空洞化が,地方圏では高齢化率などの数値の大きさに問題の深刻さがみられ,中心市街地の空洞化が問題に拍車をかけている.こうした少子高齢化に加え,グローバル化,財政危機の下で,日本の地域政策は転機を迎えている.地域経済の自立や国際競争力の強化が政策課題として重視され,国土形成法や産業クラスター計画などの新たな政策が提起されているが,共通するのは,官民協働や産学官連携など政策主体の幅を拡げるとともに,政策の地域スケールとして地方ブロックを重視してきている点である.広域化の一方で,日常生活圏においては,「互助・共助」を強調した「コミュニティ」の役割が重視されてきている.
著者
山本 大策
出版者
経済地理学会
雑誌
経済地理学年報 (ISSN:00045683)
巻号頁・発行日
vol.58, no.3, pp.227-236, 2012-09-30 (Released:2017-05-19)

本稿では,近年英語圏で「地理的政治経済派」と呼称されつつある視角から,地域格差研究に対するいくつかの問題提起をする.とくに主流派経済学との対比において,地理的政治経済派がどのように日本の地域格差変動に関する経験や知見を整序し,独自の論点を提供しうるかを試論的に考察する.
著者
河本 大地
出版者
The Japan Association of Economic Geography
雑誌
経済地理学年報 (ISSN:00045683)
巻号頁・発行日
vol.65, no.1, pp.96-116, 2019-03-30 (Released:2020-03-30)
参考文献数
45

農山村地域での学生との度重なるフィールドワークを通じた「関係人口」づくりの実践事例から,持続可能な社会を構築していくための視点と方法の提示を試みた.筆者が大学教員として約10年間にわたり関与してきた兵庫県美方郡香美町小代(おじろ)区でのゼミ活動から,卒業生の移住および「嫁入り」までのプロセスをとりあげ,整理・省察をおこなった.その結果,持続可能な社会の構築には,地域住民にとっての「暮らしがい」と,それをベースにした関係人口にとっての「関わりがい」が重要ということがわかった.「暮らしがい」をベースにした「レジリエント」な関係性構築が,社会や地域の持続可能性を育む.
著者
豊田 哲也
出版者
経済地理学会
雑誌
経済地理学年報 (ISSN:00045683)
巻号頁・発行日
vol.59, no.1, pp.4-26, 2013

1990年代以降わが国では世帯所得格差の急速な拡大が見られるが,世帯所得の地域間格差については実証研究が進んでいない.理論面では,地域間格差は累積的因果関係によって拡大するという主張と,市場の調整メカニズムによって収束するという見解が対立している.低所得地域から高所得地域への人口移動は,1人あたり所得の均衡化をもたらしたとしても,人口の地域的偏在を助長し経済規模の格差拡大を招くというディレンマが存在する.現実には,地域の所得水準はそれぞれに固有な地理的諸条件の結果であり,その空間的分布や時間的変化が具体的な地域の構造とどう結びついているかが重要である.本研究では,1993〜2008年住宅・土地統計調査のミクロデータを使用し,世帯規模,年齢構成及び物価水準を考慮した都道府県別世帯所得(中央値)の推定をおこなった.その結果,地理的な所得分布は首都圏を頂点に国土の中央部で高く周辺部で低いこと,日本全体で地域間格差はほとんど拡大していないが,順位には東海地方の上昇と近畿地方の下降など変動が見られることが示された.また,所得水準と人口社会増加率との間には正の相関があり,その関係は強まっていることから,低所得地域から高所得地域への人口移動が活発化していることが明らかになった.すなわち,世帯所得の地域間格差は拡大していないが,人口移動が経済規模の地域間格差を拡大していると言える.
著者
鎌倉 夏来 松原 宏
出版者
経済地理学会
雑誌
経済地理学年報 (ISSN:00045683)
巻号頁・発行日
vol.58, no.2, pp.118-137, 2012-06-30 (Released:2017-05-19)
被引用文献数
1

本稿の目的は,多国籍企業による海外研究所の立地とその地域的影響に関する研究成果を整理し,グローバル化の下での研究開発機能の経済地理学研究の方法と課題を明らかにすることにある.従来の研究では,海外研究所が基礎研究を行うのか,現地市場向けの製品開発を行うのか,子会社化しているのか否か,といった機能や組織の違いによるR&D立地の差異,国のイノベーションシステムとの関係が主に扱われてきた,しかしながら,多国籍企業は,現地市場に対応する開発拠点のみならず,ローカルな知識を吸収し,それらをグローバルに結合する研究拠点を展開してきた.また先進国から新興国へと研究開発拠点を拡大するとともに,コストを節約しながら研究開発人材の活用を図ってきている.今後の研究課題としては,国内と海外の研究所との国際分業関係の変化を把握するとともに,知識のフローや研究開発人材の育成と定着にとって,研究開発機能の地理的集積が果たす役割を明らかにしていくことがあげられる.
著者
中澤 高志
出版者
経済地理学会
雑誌
経済地理学年報 (ISSN:00045683)
巻号頁・発行日
vol.52, no.1, pp.1-18, 2006
被引用文献数
2

公営住宅,公団住宅,および住宅金融公庫は,戦後日本の住宅政策の根幹をなしてきたが,1990年代後半以降にいずれも大きな変容をとげた.本稿の目的は,一連の住宅政策改革の内容を整理し,東京大都市圏を対象地域としてその影響について予察的考察を行うことである.公営住宅では,量的不足に加えて需要と供給の地域的不均衡が発生している.公営住宅法の改正は,公営住宅用地を都市再生に利用する道を拓くものであり,需給の地域的ミスマッチを拡大させる恐れがある.遠・高・狭との揶揄はあったものの,公団は比較的良好な住宅を供給してきたといえ,その住宅経営は良績を収めてきた.公団が実質的に解体されたことにより,住宅供給は基本的に民間に委ねられることになった.しかしファミリー向けの賃貸住宅の供給は依然として不十分であり,定期借家権の導入も期待されたほどの効力を発揮していない.制度金融である住宅金融公庫の廃止により,住宅金融も民間に委ねられた.これは持家を購入できる層とできない層の二極化を招く可能性がある.また,公庫廃止後も,大都市圏では依然としてマンションの大量供給が続いており,供給過剰の懸念もある.民間による住宅供給と住宅金融を基本とする住宅政策への転換は,居住に対する経済原理の支配を強めるものであり,新たな住宅階層を発生させる可能性がある.
著者
山本 大策
出版者
The Japan Association of Economic Geography
雑誌
経済地理学年報 (ISSN:00045683)
巻号頁・発行日
vol.63, no.1, pp.60-76, 2017-03-30 (Released:2018-03-30)
参考文献数
43

本稿の目的は英語圏の経済地理学において一潮流となりつつある「多様な経済」論の紹介を行うととともに,その視点から加藤和暢氏を中心として進められてきた「サービス経済化」論を批判的かつ建設的に省察することである.とくに着目するのは,加藤氏の一連の論考からインプリケーションとして浮上してきた「サービス経済化」の市場原理主義的なグローバル経済化に対する役割の問題である.「多様な経済」論はポスト構造主義の影響を受けながら,「経済」概念の意味を問い直し,また行為主体の「主体化=服従化」のプロセスにも注目することで,グローバル経済化に対抗する実践的な知の形成を目指してきた.よって加藤氏が提起する問題と「多様な経済」論の間には通底するものがある.     検討の結果,資本主義市場社会の内部にも存在する非市場型のサービスも看過しえないこと,つまり経済地理学の正当な対象として「多様な経済」を視野に収める必要性があることを主張する.また,空間的組織化論の「地域形成」の論理的根拠として評価しつつ,理論化の過程で「地域存続」のための経済活動が言説的に周縁化される可能性を指摘する.さらに「現状分析」における「対象重視」の加藤氏の主張と,行為主体性を熟視する「多様な経済」論を重ね合わせ,その方法論的影響にも言及する.最後に,「多様な経済」論が経済地理学の願望的地域経済論への後退を示すものではないのか,という懸念に対する若干の検討を試みる.