著者
杉浦 竜夫
出版者
北海道大学
雑誌
經濟學研究 (ISSN:04516265)
巻号頁・発行日
vol.53, no.4, pp.93-112, 2004-03-09

環境被害は自然環境の破壊にとどまらず、人間の多様な価値を剥奪している。本論の目的は、アマルティア・センの経済学的方法論を抽出し、環境問題分析へ応用可能なツールとしてこれを整理することにある。彼の方法論は環境問題分析の視点から「手段と目的との峻別」、「個人の多様性への配慮」、「帰結と過程の区別と関連の重視」、「エンタイトルメント概念」、「agency 概念」の5 点に整理することができる。この方法論は環境政策上の有用な含意を導出するものであり、水俣での事例にも適用した場合、以下が指摘できる。水俣地域住民の環境被害の回避可能性にかんするエンタイトルメント状況に留意する必要性、水俣病に特有な「機能」剥奪の増加・多様化に対応する専門医療機関の拡充や精神面でのサポートを含めた通院・在宅を通じての医療ケアの必要性、患者の自由度を支えるための公共政策として水俣地域での交通対策の推進による自由な生活の基盤確立、agency を踏まえた被害者・患者が主体的に関わることができるシステム作りを進める必要。そして、総じて述べれば水俣の真の環境再生・地域発展を視野に置く人々の価値ある生活を「目的」とした政策である。以上、センの方法論を水俣病事件に適用することで、環境被害の多面的な剥奪状況を把握する場合での有効性を確認した。
著者
町野 和夫
出版者
北海道大学
雑誌
經濟學研究 (ISSN:04516265)
巻号頁・発行日
vol.58, no.4, pp.199-215, 2009-03-12

本稿では,町野(2003)を基にしながら,平等主義的倫理規範の進化的起源の動物行動学や人類学の知見を取り入れて,倫理規範形成過程のモデル化の枠組みを提示した。倫理規範の形成に影響する多様な要因を整理して,シンプルでかつ各過程の個別モデル同士の整合性の取れた,ゲーム・モデルが構築できることを示した。メンバー間の多様性を前提することでイニシアティブをとるリーダーの存在を内生化でき,その上で説得される人数と協同作業の成功確率を明示的に関連付けてモデル化した。さらに限定的記憶による慣習化と効用関数(利得構造)の変化として倫理規範の内面化をモデル化できることを示した。
著者
谷口 勇仁
出版者
北海道大学
雑誌
經濟學研究 (ISSN:04516265)
巻号頁・発行日
vol.54, no.4, pp.67-74, 2005-03-10

本稿の目的は、既存のCSR(Corporate Social Responsibility)に関する議論を検討し、「企業の論理」と「社会の論理」という2つの論理の存在を明らかにすることにある。従来、不祥事を起こした企業に対して、「CSR を果たすという当たり前のことがなぜできないのか」という意識に基づいた批判が数多くなされてきた。しかしながら、企業にとってCSR 活動を行うことは必ずしも当たり前ではない可能性もある。このような場合、批判の根底にある前提と、現実のCSR活動の根底にある前提が異なることになるため、不祥事を起こした企業に対する批判は机上の空論となる恐れがある。本稿は、このような状況を「企業の論理」と「社会の論理」のギャップとして捉えることを試みたものである。まず、既存のCSR に関する研究を「企業経営に対する提言」という観点から、「規範的アプローチ」と「手段的アプローチ」という2つのアプローチに分類して整理した。次に、この2つのアプローチを比較検討した結果、それぞれ「社会の論理」、「企業の論理」という観点からの整理であることを明らかにし、両論理の存在を導出した。さらに、2つの論理を検討した結果、「企業の論理」と「社会の論理」の間にCSR に関する解釈のギャップが存在する可能性を指摘した。
著者
森 杲 森 杲
出版者
北海道大学
雑誌
經濟學研究 (ISSN:4516265)
巻号頁・発行日
vol.58, no.1, pp.143-180, 2008-06-12

19世紀末から1929年大恐慌にいたる数十年は, 企業合同をつうじてアメリカの全産業に巨大株式会社が出現し, それらが証券市場を舞台に活動を展開したことによって, 今日のアメリカ証券市場の原型が形成された時代である。この時代, ニューヨーク証券取引所を筆頭とする全国のいくつもの取引所において, それぞれどんな産業分野の株式が上場され(上場株数)どれだけ取引されたか(取引量), 取引所相互にどのような関係があったか, 時期により株式取引の需要・供給を規定した要因が何であったかといったことにかんして, 本論文は入手しうるおよそすべての取引記録を渉猟し, 基本的な数量データに集計した, およそ初めての労作である。今後どのような問題関心でどんな側面からアメリカ証券市場の歴史を取り上げるにせよ, 本論文を無視して研究をすすめることはできないと思われる。
著者
森下 宏美
出版者
北海道大学大学院経済学研究科
雑誌
經濟學研究 (ISSN:04516265)
巻号頁・発行日
vol.56, no.2, pp.51-62, 2006-11-29

1834年の新救貧法制定に導いたとされるタウンゼンドやマルサスの思想は,救貧法の「廃止」を唱えるものであったが,古典派経済学の立場もまた事実上の「廃止論」として論ぜられる傾きがある。しかし,1820年代後半には,それまでの「改革論者」対「廃止論者」の論争は,異なったタイプの「改革論者」同士の論争にとって代わられており,古典派経済学の内部にも,「よく管理された救貧制度はどのようなものであるべきか」をめぐる多様な議論が生まれていた。シーニア,マカロク,スクロウプは,それぞれに救貧法の「改革」を論じている。彼らは,旧救貧法の原理に対する理解,貧民の被救済権を承認することの是非,救貧行政における納税者および教区の役割の評価,労働能力者への院外救済が勤勉と慎慮の形成に及ぼす影響等について異なる見解をとりながら,独自の「改革」論を展開している。古典派経済学者を「改革論者」として描くにしても,旧救貧法の諸原理を擁護する立場を農村的パターナリズムの「反改革論者」とみなしてその対極に置くような見方は退けられなければならない。
著者
吉原 直毅
出版者
北海道大学大学院経済学研究科
雑誌
經濟學研究 (ISSN:04516265)
巻号頁・発行日
vol.56, no.2, pp.63-98, 2006-11-29

アナリティカル・マルクシズムの,数理的マルクス経済学の分野における労働搾取論に関する主要な貢献について概観する。第一に,1970年代に置塩信雄や森嶋通夫等を中心に展開してきたマルクスの基本定理についての批判的総括の展開である。第二に,ジョン・E・ローマーの貢献による「搾取と階級の一般理論」に関する研究の展開である。本稿はこれら二点のトピックに関して,その主要な諸定理の紹介及び意義付け,並びにそれらを通じて明らかになった,マルクス的労働搾取概念の資本主義社会体制批判としての意義と限界について論じる。