著者
高橋 正雄
出版者
医学書院
雑誌
総合リハビリテーション (ISSN:03869822)
巻号頁・発行日
vol.42, no.3, pp.274, 2014-03-10

昭和35年に三島由紀夫が『近代能楽集』(新潮社)の一編として発表した『弱法師』は,俊徳という盲目の青年を主人公とする戯曲である.俊徳は5歳の時に空襲の炎で両眼を焼かれて失明し,実の両親とはぐれてしまったために,その後15年間他家で養育されたのだが,養父母は,俊徳のことを,「あの子は一種の狂人です」として,その奇妙な性格を次のように語っている.「あの子の性質には,私どもにどうにも理解できない妙なところ,固い殻のようなものがあるのです」,「あの子には感動というものがないのです.実の御両親が現われたときいても,あの子はまるで感動を示しもせず,ここへ来るあいだも至極つまらなそうな顔をしていました.そうかと思うと些細なことに,急に激して手に負えなくなったり……」. 養父母は,このように俊徳の不可解な性格を語り,それを聞いた実の親は,「すっかりひねくれて育ってしまった」と慨嘆するのだが,実は俊徳には,空襲時の光景がありありと蘇るというフラッシュ・バックを思わせる症状も記されている.
著者
安藤 徳彦 上田 敏 石崎 朝世 小野 浩 大井 通正 緒方 甫 後藤 浩 佐藤 久夫 調 一興 菅井 真 鈴木 清覚 蜂須賀 研二 山口 明
出版者
医学書院
雑誌
総合リハビリテーション (ISSN:03869822)
巻号頁・発行日
vol.19, no.10, pp.979-983, 1991-10-10

はじめに 障害者が健常者と同様に働く権利を持っていることは現在は当然のこととされている.国連の「障害者の権利に関する宣言」(1975年12月9日)第7条には「障害者は,その能力に従い,保障を受け,雇用され,また有益で生産的かつ十分な報酬を受け取る職業に従事し,労働組合に参加する権利を有する」と述べられている.また国際障害者年(1981年),国連障害者の10年(1983~1992年)などの「完全参加と平等」の目標を実現するための行動綱領などにも常に働く権利が一つ重要なポイントとして掲げられている. また現実にも,障害者,特に重度の障害者の働く場はかなり拡大してきている.障害者の働く場は大きく分けて①一般雇用,②福祉工場,授産施設など,身体障害者福祉法,精神薄弱者福祉法,精神保健法などの法的裏づけのある施設での就労(福祉工場では雇用),③法的裏づけを欠くが,地域の必要から生まれた小規模作業所での就労,の3種となる.このうち小規模作業所は,共同作業所全国連絡会(以下,共作連)の調査によれば,全国に約3,000か所,対象障害者約3万人以上に及んでおり,この数は現在の授産施設数およびそこに働く障害者数のいずれをも上回っている.小規模作業所で働いている障害者は,一般雇用はもとより,授産施設に働く障害者よりも障害が重度であったり,重複障害を持っている場合が多い.その多くは養護学校高等部を卒業しても,その後に進路が開けなかった人々であり,彼らの就労の場として小規模作業所が開設されたわけであるが,それは親たちや養護学校の教師たちの運動で自主的につくられてきた施設が多い.また最近まで就労の道が開かれていなかった精神障害者に対し,以前から広く門戸を開いてきたのも小規模作業所であり,その社会的役割は非常に大きい. しかし,障害者が働くことに関しては,医学的側面から見て種々の未解決の問題が存在している.現在もっとも重要視されていることの一つは,重度の身体障害者,特に脳性麻痺者における障害の二次的増悪である.すなわち,以前から存在する運動障害が,ある時期を境として一層悪化し始める場合もあれば,感覚障害(しびれ,痛みなど)が新たに加わる場合も多い.そして,その結果,労働能力が一層低下するだけでなく,日常生活の自立度まで低下し,日常生活に著しい介助を必要とする状態に陥る者も少なくない. すでに成人脳性麻痺者,特にアテトーゼ型には二次的な頸椎症が起こり,頸髄そのものの圧迫または頸髄神経根の圧迫により種々の症状を生ずることが知られている.しかし,二次的な障害増悪がすべてこの頸椎症で説明できるものではないようであり,さらに詳細な研究が必要である. また逆に,働くことがこのような二次障害の発生を助長しているのかどうかという問題も検討する必要がある.廃用症候群の重要性が再認識されつつある現在,たとえ重度障害者であっても働くことには心身にプラスの意味があるに違いない.しかし一方,働きすぎ(過用,過労)がいけないことも当然である.問題は重度障害者における労働が心身の健康を増進するものであって,わずかなりともそれにマイナスとなるものでないように,作業の種類,作業姿勢,労働時間,労働密度,休憩時間,休憩の在り方などを定めることであり,それには労働医学的な研究が十分なされなければならない. 以上のような問題意識をもって,1990年,共作連の調査研究事業の一部として障害者労働医療研究会が結成された.同研究会には脳性麻痺部会と精神障害部会を置き,前者においては主として上述の二次障害問題を,後者においては精神障害者にとっての共同作業所の機能・役割,また障害に視点を当てた処遇上の医療的な配慮などについての研究を進めている. そして,障害者労働医療研究会の最初の仕事として,以上のような問題意識に基づいて脳性麻痺者の二次障害の実態調査を行った.その詳細は報告書としてまとめられているが,ここではその概要を紹介する.なお,この研究では小規模作業所と授産施設との間の差を見る目的もあって,前者の全国的連合体である共作連と授産施設の全国連合体である社団法人全国コロニー協会(以下,ゼンコロ)との協力を得て行った.
著者
高橋 正雄
出版者
医学書院
雑誌
総合リハビリテーション (ISSN:03869822)
巻号頁・発行日
vol.28, no.4, pp.395, 2000-04-10

1887年,ニーチェが43歳の時に発表した『道徳の系譜』(木場深定訳,岩波書店)は,ニーチェ自身,自分の思想を知ろうとする人には最も包括的で重要なものと語っていた作品であるが,そこには,病者や障害者を蔑視するような表現が見られる. 『道徳の系譜』の第三論文の中,ニーチェは,「病人は健康者にとって最大の危険である」,「人間の大なる危険は病人である」と,病者の危険性を繰り返し強調する.病者は「俺が他の誰かであったらなあ!でも今は何の希望もない.俺はやっぱり俺である.どうすれば俺は俺自身から抜けられるのか」と思っているため,「このような自己侮蔑の地床に,いわば本当の沼地に,あらゆる雑草,あらゆる毒草は成長する」のである.「そこには怨念や執念の蛆虫どもがうようよして」おり,「最も悪性の隠謀―上出来の者や勝ち誇った者に対する受苦者の隠謀の網が張られている」.「あたかも健康や上出来や強さや誇りや権力感情がそれ自体においてすでに背徳的な事柄であり,従っていつかは贖われなければならないもの,しかも苦しい目をして贖われなければならないものででもあるかのように」―.
著者
福村 直毅 牧上 久仁子 田口 充 福村 弘子 茂木 紹良
出版者
医学書院
雑誌
総合リハビリテーション (ISSN:03869822)
巻号頁・発行日
vol.44, no.11, pp.1003-1007, 2016-11-10

はじめに 気管切開(以下,気切)は,一般に嚥下機能を低下させると考えられている1).気切孔用レティナカニューレは喉頭運動を阻害しにくいこと1,2),一方弁が誤嚥リスクを低下させることが知られている3).今回,慢性的に多量の唾液誤嚥が認められた患者に唾液誤嚥をコントロールするためにあえて気切を実施し,レティナと一方弁を用い,栄養や薬剤管理も含めた包括的なリハビリテーションを行うことで,経口のみでの栄養を獲得できたので報告する.
著者
園田 茂 椿原 彰夫 出江 紳一 高橋 守正 辻内 和人 横井 正博 斎藤 正也 千野 直一
出版者
医学書院
雑誌
総合リハビリテーション (ISSN:03869822)
巻号頁・発行日
vol.19, no.6, pp.637-639, 1991-06-10

はじめに 近年,非典型的な筋力低下を呈する症例がリハビリテーション科に依頼され,治療に当たることが少なくない.そして,患者は簡単に「心因性」と診断される傾向があり,そのような代表的疾患として重症筋無力症があげられる. 重症筋無力症はその症状の動揺性から時に転換ヒステリーと誤診されやすい1,2).また,この疾患の特徴として,発症や増悪の契機に心理的要因が大きく関与しているため3),患者や医療者に与える誤診の影響は少なくない. 我々は「心因性」歩行障害と診断され,リハビリテーション医療が必要であるとして紹介された重症筋無力症患者を経験し,安易に「心因性」,「ヒステリー」と断定することの危険性を痛感した.そしてリハビリテーション医学の分野における診断学の重要性を再確認したので,若干の考察とあわせて報告する.
著者
三宅 琢
出版者
医学書院
雑誌
総合リハビリテーション (ISSN:03869822)
巻号頁・発行日
vol.43, no.11, pp.1043-1047, 2015-11-10

はじめに 産業医は企業のなかで,労働者の職業病や健康障害の発生を防止する目的で労働衛生の3管理を中心として業務を行う.労働衛生の3管理とは,① 就労環境に関する作業環境管理,② 労働者の働き方に関する作業管理,③ 労働者の身体や精神の健康状態の保持増進に関する健康管理である.近年障害者雇用に関する合理的配慮の提供や,労働者の心の健康に関するストレスチェックの義務化など,企業が抱える課題も多様化している.また障害者の雇用に関して,法定雇用率の達成に加えて就労環境に対する具体的な配慮を負担のない範囲で実施することが求められるようになっている.こうしたことにより,産業医はこれまでの3管理に加え,障害者雇用の労働者への就労上の配慮に関する助言を求められる機会も増えると考えられる. 筆者はこれまで眼科医として,視覚障害者や学習障害者をはじめ,さまざまな障害者に対する情報技術(information technology;IT)機器を利用した情報支援を医療やリハビリテーション,就労や学習の現場で実践し指導を行ってきた1-3).また産業医として,労働者がより不調を起こしにくい快適な職場作りとIT機器を活用した新しい形の配慮を実践してきた4).本稿ではこれらの経験を踏まえ,障害者の就労や復職に関して産業医の立場としての配慮の方法と,職場における障害の捉え方を,労働衛生の3管理を中心に簡単に解説する.