著者
松浦 優
出版者
西日本社会学会
雑誌
西日本社会学会年報 (ISSN:1348155X)
巻号頁・発行日
vol.18, pp.89-101, 2020 (Released:2021-03-31)
参考文献数
41

近年の英語圏におけるアセクシュアル研究では、正常な人間ならば他者へ性的に惹かれるのが当然だという思い込みを批判する概念として、「セクシュアルノーマティヴィティ(sexualnormativity)」という概念が提起されている。しかし現在の日本ではアセクシュアルに関する研究はまだ少ないため、はじめにセクシュアルノーマティヴィティに関する英語圏の先行研究を整理する。次にセクシュアルノーマティヴィティ概念の導入によって、セクシュアリティに関する理論的枠組みの改訂を試みる。具体的には、性をめぐる近代的な力学を「権力関係を含んだ性別二元制」と「セクシュアルノーマティヴィティ」を両輪として構成されているものとして捉え、ヘテロノーマティヴィティをこの力学の内部で析出される現象と位置づける。また、セクシュアリティという概念装置が、女性の経験だけでなく、性交渉へと結びつかないセクシュアリティをも「抹消」してきたことを指摘し、後者の「抹消」を「性欲の性交欲化」と名付ける。これによって、セクシュアリティと親密性との間の癒着をより適切に理論化できると考えられる。最後に、セクシュアルノーマティヴィティ概念が新たな研究領域を切り開く可能性について、〈オタク〉研究を事例に検討する。
著者
松浦 雄介
出版者
西日本社会学会
雑誌
西日本社会学会年報 (ISSN:1348155X)
巻号頁・発行日
vol.17, pp.21-32, 2019 (Released:2020-03-27)
参考文献数
26

近年、文化遺産が観光やまちづくりなどの目的に活用されることが多い。この傾向は、社会学および関連領域で「文化の資源化」として論じられてきた。文化遺産を資源として活用するとき、1つのジレンマが発生しうる。一方で、文化遺産を活用して観光やまちづくりを推進することは、文化の道具化・商品化につながりかねない。他方で、文化の自律性という大義のもとに文化遺産の積極的活用を否定することは、「文化遺産は誰のものか?」という批判を招くことになりかねない。本稿の目的は、このジレンマについて考察することである。最初に文化と経済の関係の構造的変化を概観し、次に文化の資源化がもっとも劇的に起こった事例としてイギリスおよび日本の産炭地を取り上げる。さらにイギリスにおける「遺産論争」やL・スミスなどの議論を検討し、文化遺産の保存と活用について新たな捉え方を提示する。最後に文化遺産の活用に商品化とコモン化の2つの面があることを明らかにし、文化遺産を活用した観光まちづくりが、これら2つの効果を及ぼしうることを論じる。
著者
越智 正樹
出版者
西日本社会学会
雑誌
西日本社会学会年報 (ISSN:1348155X)
巻号頁・発行日
vol.17, pp.33-46, 2019 (Released:2020-03-27)
参考文献数
14

今日、全国の様々な観光現象において、非観光業者である住民が参画して個性的な魅力を発揮することが奨励されている。一方で、素人による個性の発揮はトラブルの発生にも繋がりやすく、平準化に向けた規制等が発動される例もある。このような平準化の流れの中で、非観光業者ならではの個性発揮はどのように維持あるいは変質されるものなのだろうか。本論はこの問いについて、沖縄県の教育旅行民泊を対象とし、民泊受入団体と旅行社とがその個性的価値をどのように認識しているか、またその価値がいかに(非)伝達・共有されているか、さらに受入団体側の自己規範化がいかに行われているか、の分析を通じて考察した。結果として、個性的価値が不明瞭なまま措かれている事柄は、価値仲介者(旅行社)との意思疎通の不足が拍車をかけて、その価値を担う主体(受入団体)自らによって平準化が優先され、その価値は矮小化の恐れに晒されていると言わざるを得なかった。これを避けるためには、受入団体側と旅行社側との協働による価値の言語化が必要であり、これを実現するためには第3者がリーダーシップを発揮するしかないことが指摘される。
著者
室井 研二
出版者
西日本社会学会
雑誌
西日本社会学会年報 (ISSN:1348155X)
巻号頁・発行日
vol.18, pp.7-19, 2020 (Released:2021-03-31)
参考文献数
46

災害研究の理論的課題とは何なのか。本稿では英語圏の災害研究の理論的系譜を検討し、以下のことを主張した。(1)災害社会学の源流は発災直後の緊急対応に照準した機能主義的アプローチであるが、今日的にはむしろ災害の発生を自然環境適応の所産として捉える地理学(生態学)的アプローチから学ぶべき点が多い。(2)研究の方法論に関しては、脆弱性理論とレジリエンス論を接合する「中範囲のハザード理論」という視角が有効である。(3)日本の災害研究は欧米の災害研究の影響をあまり受けず、もっぱら都市・地域社会学の応用的研究として展開してきた。しかし、阪神大震災では脆弱性論、東日本大震災では人間生態学と通底する研究成果が生みだされ、研究の方法論に関しても欧米の災害研究に示唆を与える面がある。国産の実証的研究成果を欧米の災害理論との関連を視野に入れて意味づけ、国際的共有を図るとともに、災害を社会分析の方法論的観点として位置づけ、災害研究と既存の連字符社会学の統合や相互啓発を図ることが重要である。
著者
田中 重好
出版者
西日本社会学会
雑誌
西日本社会学会年報 (ISSN:1348155X)
巻号頁・発行日
vol.18, pp.21-37, 2020 (Released:2021-03-31)
参考文献数
41

本論では、災害社会学の基本的な考え方、災害社会学の理論の基礎的な考え方を提案する。ハザードとディザスターとを区別した上で、災害は、ハザードが脆弱性を媒介にディザスターに変化し、その後、復興がおこなわれる一連の社会過程として捉える。災害は、上記の社会過程に沿って、「災害の生産」と「災害の構築」の二つの側面を持っている。「生産」という視点を持つことによって、「災害は社会構造に規定されている」ことを確認できる。「構築」という視点を持つことによって、「構築された結果」(とくに、制度的に構築された結果)から出発していた災害研究を相対化し、「社会と災害との関連性」(すなわち、社会と環境との関連性)を根本から議論できるようになる。以上のような理論的な検討を深めてゆくことによって、従来の、個別の災害ごとに「閉じた」研究からも、防災の緊急課題に応えるのに急で一般化の努力を怠ってきた研究からも、さらに、行政が推進する防災対策を無批判に受け入れて進められてきた研究からも脱却し、「正しい政策科学」的な災害社会学が構築できる。
著者
牧野 厚史
出版者
西日本社会学会
雑誌
西日本社会学会年報 (ISSN:1348155X)
巻号頁・発行日
vol.18, pp.39-52, 2020 (Released:2021-03-31)
参考文献数
36

大災害が相次いだ日本では、防災行政の災害論が単純化し始めている。そうした動きのなかで、農林漁業という営みのあるコミュニティでは、災害のたびに様々な葛藤を抱えるようになった。この葛藤は、集落移転のような大きな問題になる場合もあれば、地元の小さな内部葛藤で終わる場合もあるが、自然災害の問題であるが故に、災害論としての原理的考察が必要である。本稿では、災害下の農林漁業をめぐって生じる葛藤を、「まさか」と「やはり」という対照的な言葉を用いて、災害論を分けることにより検討した。自然現象のリスクを徹底的に回避しようとする防災行政の「まさか」の災害論に対して、とくに農林業などが絡んでくる場合は、それとは異なるもうひとつの災害論、「やはり」の災害論が必要である。それは、この災害論が、農林漁業のレジリエンス発揮=災害リスクのコミュニティへの内部化と関わっており、そのことによって人々の生活の充実への可能性を開くからである。
著者
アクスト・ フローリアン
出版者
西日本社会学会
雑誌
西日本社会学会年報 (ISSN:1348155X)
巻号頁・発行日
vol.18, pp.53-71, 2020 (Released:2021-03-31)
参考文献数
26

This research explores the effects of social capital on human agency at the case of support activities by foreign residents in the wake of the Kumamoto Earthquakes in 2016. The debate about Japan’s foreign residents in times of disaster has primarily concerned the situation and needs of foreigners and subsequently addressed questions of how the host society should respond to these issues. This has developed into a perception of foreign residents as “victims” of earthquakes. The paper argues that foreign residents have the capacity to exercise their agency in times of disaster by engaging themselves in support activities contributing to Japan’s society. It shows how social networks have enabled support activities by foreign residents of Kumamoto City in the aftermath of the earthquakes. The paper concludes that social capital played significant roles in the activities by influencing the agency.
著者
金本 佑太
出版者
西日本社会学会
雑誌
西日本社会学会年報 (ISSN:1348155X)
巻号頁・発行日
vol.18, pp.73-88, 2020 (Released:2021-03-31)
参考文献数
23

本稿では、地域若者サポートステーション(以下、サポステ)事業を利用し就労を達成した若者を対象に、彼らの就労困難からサポステ利用、そして就労達成から現在に至るプロセスを検討した。無業の若者はサポステの支援を受け、徐々に支援者との信頼関係を構築した。そこから、「今後も何かあれば周りを頼っていく」という認識を獲得した。そして彼らは、就労達成後も他者を上手く頼りながら働くことで、それを実践していた。彼らの利用したサポステ岡山では、それぞれの若者の状況に適したアプローチで支援を行っており、それが若者との信頼関係の構築につながったと考えられる。こうしたプロセスは、若者が無業からサポステ利用当初に持っていた「できる限り自力で問題に対処する」という日本的な自立観とは距離をとり、主体的に他者を頼っていけるようになったプロセスとして把握できる。そして、そのプロセスにつながったサポステ岡山の支援は、就労を通じた若者の社会的包摂を促す機能を果たしていると考えられる。
著者
木下 佳人
出版者
西日本社会学会
雑誌
西日本社会学会年報 (ISSN:1348155X)
巻号頁・発行日
vol.18, pp.103-111, 2020 (Released:2021-03-31)
参考文献数
9

本稿の目的は在日朝鮮人の親族葛藤が生じる要因を示すことである。長い間、差別や貧困は在日朝鮮人が抱える問題であり、これらの問題が広くみられる時代には、親族の相互扶助は彼らが生活する上で不可欠であった。一方、親族間に葛藤が生じることもあり、同居親族間の葛藤がこれまでも指摘されてきた。しかし、非同居親族間の葛藤を扱った研究は少ない。そこで、本稿では、ある在日朝鮮人家族の家族員が先祖祭祀から離脱する過程を分析し、非同居親族間の葛藤が生じる要因を示す。調査の結果、親族葛藤が生じる背景には親族の経済格差が存在していたことが明らかとなった。また、親族葛藤によって経済格差が温存される側面もあり、親族葛藤と経済格差は相互規定関係にあることが分かった。この知見は、各親族の経済状況という着眼点が、在日朝鮮人の親族関係を分析する上で有益であることを示唆している。