著者
西村 綾夏
出版者
京都大学大学院人間・環境学研究科言語科学講座
雑誌
言語科学論集
巻号頁・発行日
vol.23, pp.19-38, 2017-12

本稿では、文体パロディにおける絵文字の分析を通し、これまでの文体研究においてあまり議論がなされてこなかった視覚的文体素の重要性を指摘する。なお本稿における文体とは、小池 (2005) の定義する「メッセージの効率的伝達を考え て採用される、視覚的文体素 (文字・表記) 」と意味的文体素 (用語・表現) とによる言語作品の装い、または、装い方」をさす。小池の定義によれば「視覚的文体素」とは「漢字 (正字・略字・俗字) 、ひらがな (変体がな) 、カタカナ、アルファベット、ギリシア文字、キリル文字、ハングル、アラビア数字、ローマ数字、振り仮名・送り仮名・仮名遣い、それに疑問符、感嘆符、句読点などの各種記号や改行・空角・余白、文字の大小等」をいい、「意味的文体素」とは「言表態度 (モダリティ) 、話し言葉・書き言葉、共通語・方言、漢語・和語・外来語・外国語、古語・新語、完全語形語・省略語、雅語・俗語・隠語・流行語、男言葉・女言葉、老人語・幼児語、慣用句、引用句、文長、表現技法 (レトリック・視点等) 、ジャンル (物語・小説・実録・記録・日記等) 」をいう。文体を分析する手段としては、著名な作家を対象とし、その人物史や時代的背景をヒントとして紐解く方法 (小池 2005) 、計量的な観点から文体の特徴を捉えようとする方法 (工藤ら 2011, 佐藤ら 2009, 村上 2004) などがある。しかしこれらは主に意味的文体素の検討に留まり、視覚的文体素について分析した研究はほとんど見られない。本稿で扱う絵文字は、書き言葉において欠落するパラ言語的情報 (表情、声のトーン、ジェスチャー等) を補い、メッセージに対する話し手の態度を表明する (Evans 2017) 点で意味的文体素の一種であるが、漢字・ひらがな・カタカナ等と並べて使用される視覚的文体素の一種でもある。本稿では文体パロディ中に現れる絵文字の分析を通して、文体研究においては意味的文体素だけでなく視覚的文体素を分析することの重要性について論じる。本稿の構成は次の通りである。2 節ではまず、文学的観点からの文体研究、および計量的観点からの文体研究の手法について確認し、その問題点を指摘する。さらに、構文文法の枠組みから文体 (スタイル) を扱ったÖstman (2005) とAntonopoulou and Nikiforidou (2011) の主張を踏まえ、文体研究においてパロディを扱うことの重要性について述べる。加えて、絵文字を含んだ文体パロディの具体例を挙げ、絵文字の性質とその利用目的、文体パロディにおける絵文字の役割について整理する。3 節では実際に文体パロディ中で用いられる絵文字を分析し、パロディにおいては絵文字の選定・使用規則が模倣対象となっている点、ただしその使用ストラテジーに関しては、パロディ特有の誇張が見られる点を指摘する。4 節ではこれらの点を踏まえ、文体パロディにおいて絵文字の模倣が意味することについて論じる。最後に5 節では、今後の文体研究の展望を述べて議論をまとめる。
著者
黒木 和人
出版者
東北大学
雑誌
言語科学論集 (ISSN:13434586)
巻号頁・発行日
vol.2, pp.13-24, 1998-11-20

山本有三の「ふりがな廢止論」によって、近代の振仮名は「廢止」の方向にむかった。しかし、その理念のみで「ふりがな廢止」となったのではない。その陰には、やさしくわかりやすい文章を目指そうという有三の努力があった。その努力は、振仮名の機能に頼らない新しいかたちの口語文として結実していった。
著者
大橋 純一 Jun'ichi OHASHI
出版者
東北大学文学部日本語学科
雑誌
言語科学論集 (ISSN:13434586)
巻号頁・発行日
no.1, pp.15-26, 1997

東北方言の/ki/の発音実相を、音響学的手法により、客観的に明らかにする。と同時に、その地理的・年代的状況に基づき、発音実相の通時的展開を追究する。なお、それに際しては、/k/子音の二重調音的発音と/i/母音の中舌的発音との関連性に着目し、展開上、両者が密接に関わっていると考えられることを述べる。介入摩擦音二重調音的発音中舌的発音
著者
黒木 和人
出版者
東北大学文学部日本語学科
雑誌
言語科学論集 (ISSN:13434586)
巻号頁・発行日
vol.2, pp.13-24, 1998-11-20

山本有三の「ふりがな廢止論」によって、近代の振仮名は「廢止」の方向にむかった。しかし、その理念のみで「ふりがな廢止」となったのではない。その陰には、やさしくわかりやすい文章を目指そうという有三の努力があった。その努力は、振仮名の機能に頼らない新しいかたちの口語文として結実していった。
著者
Collazo Anja
出版者
京都大学大学院人間・環境学研究科言語科学講座
雑誌
言語科学論集
巻号頁・発行日
no.20, pp.49-61, 2014

Several studies have been undertaken to understand the functioning of naming practices in Japan. Characteristic customs are polyonymy, i.e. a single person using several names throughout his lifetime, as well as the "custom of avoidance of the true name". Nonetheless quantitative case studies on the topic still remain rare. In this article we examine Japanese naming customs during the 18th and 19th century, on the basis of a case study of two regions, which are located in present day Fukushima and Hyogo Prefectures. In particular we examine the characteristics of male and female first names in terms of length and composition, as well as the differences between childhood and adulthood names. We also investigate the general frequency with which a name is used. Our main findings are that male and female names have very different structures, insofar that female names are much shorter while male names employ a variety of suffixes. Moreover, there are noticeable regional contrasts in the categorization of childhood and adulthood names. In the case of male names in Hyogo Prefecture, childhood and adulthood names differ strongly, while such distinctions could not be observed clearly in the sample from Fukushima Prefecture. Furthermore, we observe regional differences concerning the age at which individual name changes take place. Lastly, within our full dataset, a majority of names are used only once or twice.
著者
曹 再京 JAE-KYUNG CHO
出版者
東北大学文学部日本語学科
雑誌
言語科学論集 (ISSN:13434586)
巻号頁・発行日
no.4, pp.1-12, 2000

本論では、終助詞「よ」の機能を明らかにするために文レベルと談話レベルにおいて考察を行った。文において終助詞「よ」は、「話し手の聞き手への呼びかけ」という本質的な機能と表現効果が重なって表れる。談話においては、文レベルの本質的な機能から談話を展開していく上で、会話促進やポライトネス等のストラテジーとしての機能が二次的に派生する。終助詞「よ」本質的な機能談話機能ストラテジー
著者
曺 再京
出版者
東北大学文学部日本語学科
雑誌
言語科学論集 (ISSN:13434586)
巻号頁・発行日
vol.5, pp.37-48, 2001-11-15

順接と逆接の論理を盛り込むことによって、「妥当な推論の結果としての話し手の判断」と「話し手の認識の確認や再確認」という二つの機能が「やっぱり」には認められる。さらに談話においても、複文より複雑な構造をなすものの、順接と逆接の論理が適用される。その結果、順接の論理からは、応答表現としての「やっぱり」の機能が認められ、逆接の論理からは、発話を修正する (repair) 機能が認められる。そして、話者交替 (Turn-taking) のシステムにおける発話の順番取りの機能、話題導入のシグナルとしての機能が両論理から認めれる。
著者
飯田 寿子
出版者
東北大学文学部日本語学科
雑誌
言語科学論集 (ISSN:13434586)
巻号頁・発行日
vol.6, pp.25-36, 2002-11-20

並立関係をもつ合成語は、構成要素間の関係を文法的な側面からも解釈できるのかどうか検討するために、特に二構成要素 (「男女」「上り下り」等) からなる並立合成語内に助辞を挿入させ、合成語が成立するか調査した。その結果、九種類の類型があることを確認した。これら結合類型が存在する理由のひとつとして、結合力と特定度の相関程度で差異が発生し、種マの結合類型を形成させたと結論づける。
著者
佐藤 直人 Naoto SATO
出版者
東北大学文学部日本語学科
雑誌
言語科学論集 (ISSN:13434586)
巻号頁・発行日
no.1, pp.63-74, 1997

はじめに、日本語のナガラ節が、付帯状況と逆接という二つの意味に対応して、それぞれVP内、NegPに付加するという観察が得られることを示す。この観察は、ナガラ節の性質を説明する理論が如何なるものであれ捉えなければならないものであるが、この妥当性を満たすという要件は可能な理論の幅を狭める。ナガラ節がもつ意味によって付加する位置が決定されるという理論より、付加する位置によって意味が決まるとする理論の方が自然な説明が与えられるため、そのような理論が望ましいことを論ずる。
著者
岡野 要
出版者
京都大学大学院人間・環境学研究科言語科学講座
雑誌
言語科学論集
巻号頁・発行日
no.23, pp.39-56, 2017

本稿では、ヴォイヴォディナ・ルシン語 (以下、単にルシン語とする) における落下を表す動詞の意味と分布について考察する。ルシン語はセルビア共和国北部に位置するヴォイヴォディナ自治州のいくつかの自治体と国境を接するクロアチア共和国ヴコヴァル・スリェム郡のいくつかの自治体で話されているスラヴ系の少数言語のひとつであり、独自の規範を持つミクロ文語として機能している。この言語の話者はセルビア領内において1万5千人程度、クロアチア領内では千人程度とされ、2009 年の調査に基づくユネスコの消滅危機言語地図において「危険(definitely endangered) 」と評価されている (Moseley 2010: 25)。この言語はヴォイヴォディナ自治州の地域公用語としての地位を保証され、ルシン語によるテレビ・ラジオ放送(Radio-Televizija Vojvodini)、新聞および文芸・文化雑誌の発行 (Ruske slovo, Rusnak, Švetlosc, MAK, Zahradka 他)、学術誌の刊行 (Studia Ruthenica, Rusinistični studiji 他)、文学作品の出版をはじめ、初等教育から大学における高等教育までがこの言語によって行われており、数ある少数言語と比べると幾分か恵まれた状況にあるが、90 年代の内戦時におけるカナダおよびアメリカ合衆国への移民、国家公用語であるセルビア語およびクロアチア語の影響など言語の維持をめぐる状況は楽観視できない。ルシン語研究の多くは、この言語を母語とする研究者によって行われているが、これまではヴォイヴォディナ自治州におけるルシン語の標準化に関わる問題、ルシン語の起源とスラヴ語群における系統の分類の問題、少数言語としての地位と地域公用語としての機能をめぐる社会言語学的問題等がその中心を占めてきた。その一方で、地域的または系統的に近い他言語との対照研究やより広い範囲での類型論的研究の数は大きく限られており、とりわけ語彙体系や個々の語の意味を扱う意味論・語彙論的研究は、ルシン語研究の中でも活性化が望まれる分野の一つである。また、ルシン語の語彙をルシン語で説明したいわゆる国語辞典は存在せず、基本的な動詞の語彙的意味を扱った研究も、まだ数えるほどしかない。本稿で考察の対象とするルシン語の落下を表す動詞について言えば、辞書学的な観点からも、語彙論的な観点からもまだまとまった記述および研究が存在しない。落下動詞の研究は、本格的な研究が始まってから日が浅いが、モスクワ語彙類型論グループ(MLexT) <http://lextyp.org/> のプロジェクトの成果を筆頭に地域・系統の異なる言語を扱った研究がいくつか発表されている (Kaškin, Plešak 2015; Kaškin et al. 2015; Kuz'menko, Mustakimova 2015; Reznikova, Vyrenkova 2015; Kulešova 2016)。本稿では、語彙類型論的研究の知見に依拠しながら、ルシン語の落下動詞の意味と分布を体系的に記述すること、またその際にルシン語の <落下> の意味野において関与的となる意味パラメータを抽出することを主な目的とする。