著者
光永 総子 中村 伸
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement 第22回日本霊長類学会大会
巻号頁・発行日
pp.38, 2006 (Released:2007-02-14)

【目的】 マカクザルを自然宿主とするサルBウイルス(BV、バイオセーフティレベル4、アルファ-ヘルペスウイルス)は、ヒトに感染すると高致死率の中枢神経系障害を引き起こす。国内ではニホンザルを利用した基礎・応用研究が展開されているが、そうした研究にはBVフリーニホンザルが求められている。BV関連研究の一環として、今回ニホンザル野外群におけるBV自然感染について、抗BV抗体を指標にした網羅的検査を実施した。【方法】 各地野猿公苑や餌付け群(11群)、さらに参考として京大・霊長類研放飼場群(3群)のニホンザル成体より血漿/血清サンプルを採取した。Herpesvirus papio2(HVP2)を代替抗原とする改良HVP2-ELISA法(Comparative Medicine, in press)を用い、血漿/血清サンプル中の抗BV-IgGを測定した。比較のためにヒトサイトメガロウイルス(CMV、ベータ-ヘルペスウイルス)抗原を捕捉抗原とするELISA法をサル用に改良し、同じサンプル中の抗CMV-IgGを測定した。【結果および考察】 成体における抗BV抗体陽性率はニホンザルの群によって大きな相違が見られた。放飼場群の抗BV抗体陽性率は80%以上であったが、野外群では80%に達しない群があった。大変興味深い結果として、抗BV抗体が全く認められない野外群が4群あった。これに対し、抗CMV抗体はほぼ全個体に認められた。 これらの結果より、自然状態でBV感染していないニホンザル野生・餌付け群の存在が見出され、これらはBVフリーニホンザルのリソースとして注目される。 なお、人で抗体産生のない単純ヘルペスウイルス感染が報告されていることから、抗BV抗体が認められなかったニホンザル群で、感染はしているが抗体産生がないという可能性も有り得るであろう。
著者
井上 英治
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement 第22回日本霊長類学会大会
巻号頁・発行日
pp.81, 2006 (Released:2007-02-14)

複雄群を形成する霊長類で、第一位オス(αオス)は、雌へ近接する優先権があり、繁殖に有利であるとされる。しかし、オスの順位は一時的な状態であり、雄の一生を通じて、高順位になったオスが高い繁殖成功が得られているかはわからない。本研究では、αから陥落した雄の一年間の動向から、αオスのリスクについて検討した。タンザニア、マハレ山塊国立公園にて、2004年10月から2005年9月までMグループを観察した。2004年10月時点で、FNはαオスから陥落しており、Mグループの遊動域内を遊動していた。調査中、調査助手や他の研究者を含め、FNを観察できた日は、たったの45日であった。個体追跡した日は23日で、そのうち19日で他の個体と出会った。雌とのみ出会った日は一日のみで、多くの場合で雄と出会った。このうち、MAという同年代のオスと最もよく出会い、2頭だけでいる日もあった。一方、現αオスのALとはあまり出会わなく、ALと出会った日は、合計して5頭以上のオスと出会った日であった。また、発情メスと出会いその発情メスが他のオスと交尾した日は2日のみで、いずれの日もFNは交尾をしなかった。このように、FNは群れの他個体と過ごす日数は少ないが、群れの遊動域内に留まっているようであった。これは、成熟したオスが移籍できないためであろう。仲のよいオスを中心に多くの個体と一緒にいることはできるが、現αオスといることは難しいようであった。このために、他個体と常に行動をともにできないのであろう。また、発情メスがいると騒動が起こる可能性があるので、発情メスがいるときには、群れのメンバーと会わないようにしているのかもしれない。このような状態が長く続くようであれば、生涯繁殖成功を考えたときに必ずしもαを経験したオスが有利とはならないのかもしれない。
著者
落合-大平 知美 倉島 治 長谷川 寿一 平井 百樹 松沢 哲郎 吉川 泰弘
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement 第22回日本霊長類学会大会
巻号頁・発行日
pp.85, 2006 (Released:2007-02-14)

大型類人猿情報ネットワーク(GAIN)および旧ナショナルバイオリソースプロジェクト・チンパンジーフィージビリティスタディでは、国内で飼育されている大型類人猿の基本情報を収集および公開するとともに、廃棄される遺体の有効利用など、非侵襲的な方法での研究利用の推進をおこない、飼育動物の生活の質(QOL)の向上などにつながる研究の促進と、その研究成果のフィードバックに取り組んできた。本発表では、大型類人猿を飼育する36施設を実際に訪問しておこなわれたヒアリングと、社団法人日本動物園水族館協会(2004年6月2日現在、国内の91の動物園と69の水族館が加盟)によりまとめられた血統登録書や過去の文献などから、大型類人猿の日本での飼育の歴史についてまとめたので報告する。 日本の大型類人猿の飼育の歴史は、江戸時代である1792年にオランウータン(Pongo pygmaeusもしくはPongo abelii)が長崎の出島に輸入されたのが最初である。1898年には上野動物園でオランウータンが、1927年には天王寺動物園でチンパンジー(Pan troglodytes)が展示されている。ゴリラ(Gorilla gorilla)がやってきたのは、戦後の1954年であり、移動動物園で展示された。1950年以降は日本各地に動物園が設立され、1980年に日本がCITESを批准するまで、ボノボ(Pan paniscus)を含むたくさんの大型類人猿が輸入されている。近年は、チンパンジーが56施設352個体(2005年12月31日現在)、ゴリラが11施設29個体(2005年9月30日現在)、オランウータンが24施設53個体(2004年12月31日現在)飼育されているが、亜種問題や血縁関係の偏りなどが明らかになっており、遺伝的多様性を確保したままの個体数の維持が課題となっている。
著者
宮川 友博
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement 第22回日本霊長類学会大会
巻号頁・発行日
pp.87, 2006 (Released:2007-02-14)

雌の配偶戦略という面から群れの成り立ちを見ると、1、発情期が一時期に集中する雌の集団において、雄は発情期のみ必要である。(雌のみの集団)2、発情期が個体毎に違う雌の集団においては、一匹の優位な雄が常時群れに入ればよい。(一夫多妻の集団)3、2において、雌が群れの外の雄と時々浮気をすると、重層社会ができる。単雄複雌群れにおいて雌が群れの外の雄と浮気を行う社会でこそ重層社会が成立し、ヒトは進化のかなり初期からこの浮気性を持ち、重層社会を作っていたと考えられる。 また、テナガザル、オランウータン、ゴリラ、チンパンジー、ビーリアを順に見ると、雌の浮気性(同一繁殖期内において 複数雄を誘う性質)がチンパンジーにおいて著しく増大し、ヒトはゴリラとチンパンジーの中間に位置している。すなはち、 テナガザル、オランウータン、ゴリラ、ヒト、チンパンジー、ビーリアの順となり、進化の過程において雌の浮気性(同一繁殖期内において複数雄のを誘う性質)が順に増大してきた可能性をうかがわせる。
著者
山本 真也 田中 正之
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement 第22回日本霊長類学会大会
巻号頁・発行日
pp.13, 2006 (Released:2007-02-14)

社会的な場面では、働き手と利益の受け手が必ずしも同一個体であるとは限らない。このような場面でヒトは互恵的に協力しあうことができるが、ヒト以外の動物種でこのような行動を実証的に調べた研究は少ない。本研究では、実験的に操作した社会的場面におけるチンパンジー2個体の利己行動・利他行動を調べた。群れで生活する飼育下のチンパンジー、母子3組とおとなのペア2組を対象とした。隣接する2つのブースに自動販売機を1台ずつ設置した。この自動販売機にコインを投入すると隣のブースにリンゴ片が出た。ブースに1組のチンパンジーを入れ、2つのブースにコインを1枚ずつ実験者が交互に供給した。間仕切りが開いていてブース間を行き来できる条件(母子のみ)と閉まっていて各ブースに1個体ずつ入っている条件でおこなった。間仕切りを開けた条件では、母子は利他的なコイン投入行動を交互に継続させず、最終的にコイン投入も報酬も子どもが独占した。その過程で、相手のいる側のブースでコインを投入し、素早く移動して報酬を獲得する行動や、相手にコインを渡して投入させ、自分が報酬を得るといった利己的な行動がみられた。間仕切りを閉じた条件でも、母子では利他的なコイン投入行動は交互に継続しなかった。子どもが先にコインを投入しなくなった。一方おとなのペアは、1個体統制場面に比べて投入までの潜時が伸びたり投入拒否がみられたりしたが、利他的なコイン投入行動を交互に継続させた。働き手と利益の受け手が異なる場面で、互恵的な協力関係が母子間では成立せず、おとな2個体間では成立した。自分が働いて相手が利益を得るという一時的に不公平な状況への寛容さが個体間関係や発達段階で異なることが示唆された。おとな2個体での結果は、チンパンジーもヒト同様、自分の行為が相手の利益になることを理解したうえで互恵的に協力しあう可能性を示している。
著者
保坂 和彦 井上 英治 藤本 麻里子
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement 第22回日本霊長類学会大会
巻号頁・発行日
pp.15, 2006 (Released:2007-02-14)

〔目的〕 野生チンパンジーがツチブタの死体に遭遇した事例を報告する。他の動物(チンパンジーを含む)の死体に遭遇したときの反応については、先行研究ないし未発表資料がある。これらと比較しつつ、本事例が「チンパンジーにおける異種・同種死体に対する反応」「狩猟における獲物認識」「初期人類における屍肉食仮説」といった話題に投げかける意味を論じたい。 〔資料と方法〕 調査地マハレ(タンザニア)の約40年の調査史において、チンパンジーがツチブタの死体に遭遇した事例は観察されていない。今回報告するのは、2005年8月17日(事例1)と9月3日(事例2)の2例である。前者は爪痕等からヒョウが殺したと推定される新鮮な死体、後者は死後4、5日の腐乱死体との遭遇であった。いずれも、野帳記録またはビデオ録画によるアドリブサンプリング資料である。〔結果〕(1)「恐れ」の情動表出と解釈される音声が聞かれた。とくに事例1においては遭遇直後にwraaが高頻度で聞かれ、たちまち多くの個体が集まった。(2)死体を覗き込んだり臭いをかいだり触ろうとしたりする好奇行動の一方で、忌避/威嚇をするというアンビヴァレントな反応が見られた。事例2については、未成熟個体のみが強い関心を示した。(3)屍肉食はいっさい起きなかった。〔考察〕(1)チンパンジーが死体に対して示す「恐怖」と「好奇心」が入り混じった反応の基本的なパターンには、死体の種による本質的な違いは見出されない。(2)チンパンジーに恐怖を喚起したものの実体としては、1.近傍にいると推測できる潜在的捕食者(ヒョウ)、あるいは死因としてのヒョウの殺戮行為、2.死因とは無関係に、「死体」あるいは「死体現象」、3.死体とは限らず、未知のもの、生得的に不安を呼び起こすもの一般、の三通りが挙げられる。(3)チンパンジーは狩猟対象ではない動物は屍肉食の対象としても認知しないらしい。
著者
三上 章允 西村 剛 三輪 隆子 松井 三枝 田中 正之 友永 雅己 松沢 哲郎 鈴木 樹里 加藤 朗野 松林 清明 後藤 俊二 橋本 ちひろ
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement 第22回日本霊長類学会大会
巻号頁・発行日
pp.90, 2006 (Released:2007-02-14)

大人のチンパンジーの脳容量はヒトの3分の1に達しないが、300万年前の人類とほぼ同じサイズである。また、脳形態とその基本構造もチンパンジーとヒトで良く似ている。そこでチンパンジー脳の発達変化をMRI計測し検討した。[方法] 霊長類研究所において2000年に出生したアユム、クレオ、パルの3頭と2003年に出生したピコ、計4頭のチンパンジーを用いた。測定装置はGE製 Profile 0.2Tを用い、3Dグラディエントエコー法で計測した。データ解析にはDr_View(旭化成情報システム製)を用いた。[結果] (1)脳容量の増加は生後1年以内に急速に進行し、その後増加のスピードは鈍化した。(2)大脳を前頭葉、頭頂葉、側頭葉、後頭葉に分けて容量変化を見ると前頭葉の増加が最も著明であった。(3)MRIで高輝度の領域の大脳全体に占める比率は年齢とともにゆっくりと増加した。[考察] チンパンジーとヒトの大人の脳容量の差を用いてチンパンジーのデータを補正して比較すると、5歳までのチンパンジーの脳容量の増加曲線、高輝度領域に相当すると考えられる白質の増加曲線は、ヒトと良く似ていた。今回の計測結果はチンパンジーの大脳における髄鞘形成がゆっくりと進行することを示しており、大脳のゆっくりとした発達はチンパンジーの高次脳機能の発達に対応するものと考えられる。