著者
辰巳 晃司 奈良 貴史
出版者
一般社団法人 日本人類学会
雑誌
Anthropological Science (Japanese Series) (ISSN:13443992)
巻号頁・発行日
vol.129, no.2, pp.53-74, 2021

<p>本研究では,2017年に東京都港区湖雲寺跡遺跡から出土した幕府旗本永井家の歴代当主・正室の頭骨に貴族的特徴が認められるか,形態学的に検討した。貴族的特徴は江戸時代の身分制社会の頂点に位置する徳川将軍家や大名家の頭骨にみられる,極端に幅狭い顔面部,高く大きな眼窩,狭く高い鼻根部,華奢な下顎,微かな歯冠咬耗など,庶民とは異なる特有の特徴を表す。永井家の人骨は,当主10体・正室7体を含む約200年の系譜にわたる,これまで報告例のなかった旗本家の貴重な家系人骨資料である。本研究の結果,旗本永井家には当主・正室ともに貴族的特徴の傾向が認められ,当主は大名に近く,正室は将軍正室と大名正室に近い傾向がみられた。ただし,当主の下顎は庶民に近い頑丈性がみられ,貴族的特徴も世代を経るごとに強くなる傾向はみられなかった。また,顔面頭蓋形態と武家階層の高低との関連を調べた結果,特に男性において明瞭な対応関係が認められ,武家の家格や石高が高いほど典型的な貴族的特徴を呈し,低いほど庶民的特徴に近付くという階層性が示された。永井家に貴族的特徴が認められる要因としては,元々大名を出自とし,旗本の中でも7000石という高い階層にあることが考えられる。永井家当主の歯の咬耗は軽微であることから,下顎が頑丈な要因については,今後食生活以外の可能性も検討する必要がある。</p>
著者
古賀 英也
出版者
一般社団法人 日本人類学会
雑誌
Anthropological Science (Japanese Series) (ISSN:13443992)
巻号頁・発行日
vol.110, no.2, pp.71-87, 2002 (Released:2008-02-26)
参考文献数
64
被引用文献数
4 5

西南日本出土の縄文時代から現代に至る人骨683体について, ハリス線の出現状況を調査した。現代人の上•下肢骨で出現部位を検討した結果, ハリス線は下肢の大腿骨遠位端や脛骨近位端で最も高頻度に出現すること, また, 未成人骨で多く見られ, 成人期では加齢と共に出現頻度が減少する傾向が確認された。時代変化については, 縄文人骨でのハリス線出現率は30.8%であったが, 弥生時代以降は, 時代, 地域により多少の高低はあるものの, ほぼ50%の高い出現率を示し, 経年代的低下傾向は認められなかった。ただ, 同じ弥生時代でも地域差が大きく, 土井ヶ浜遺跡 (海岸区), 広田遺跡 (離島) 出土人骨では, それぞれ20%, 7.4%と低かった。また, 古墳人骨では, 墳丘墓よりも, 横穴墓の人骨で重症例が多く観察された。
著者
斎藤 成也
出版者
一般社団法人 日本人類学会
雑誌
Anthropological Science (Japanese Series) (ISSN:13443992)
巻号頁・発行日
vol.117, no.1, pp.1-9, 2009 (Released:2009-06-20)
参考文献数
31

20世紀末にはじまったゲノム研究は,ヒトゲノム解読をひとつの到達点とした。しかしそれは終わりではなく,始まりだった。ヒトゲノム配列をもとにして膨大なSNPやマイクロサテライト多型の研究が急激に進み,小数の古典多型マーカーを用いた従来の研究成果を追認しつつ,日本列島人の遺伝的多様性についても新しい光が当てられつつある。また個々人のゲノム配列を決定する研究も進展している。これらヒトゲノム研究の新しい地平を紹介した。
著者
百々 幸雄 川久保 善智 澤田 純明 石田 肇
出版者
一般社団法人 日本人類学会
雑誌
Anthropological Science (Japanese Series) (ISSN:13443992)
巻号頁・発行日
vol.120, no.1, pp.1-13, 2012 (Released:2012-08-22)
参考文献数
67
被引用文献数
5 3

北海道アイヌの成立には,オホーツク人の遺伝的影響がかなり強く及んでいたという近年の研究成果に鑑みて,視野の中心を北海道に据えて,東アジアと北東アジアにおける北海道アイヌの人類学的位置を,頭蓋の形態小変異を指標にして,概観してみた。使用した形態小変異は観察者間誤差の少ない9項目で,日本列島の10集団とサハリンおよび大陸北東アジアの3集団を対象に分析を行った。集団間の親疎関係の推定にはスミスの距離(MMD)を用い,棒グラフとMMDマトリックスの主座標分析で集団間の相互関係を図示した。オホーツク人は北海道アイヌとサハリン・アムール・バイカルといった北東アジア集団のほぼ中間に位置したが,北海道アイヌとの形態距離はかなり近く,北海道や本州の縄文人と同程度であった。これに対して,大陸東アジアにその原郷が求められる弥生系集団は,北海道アイヌから遠く離れていた。9項目による分析結果が妥当なものであったかどうかを検証し,さらに,北海道の続縄文人の形態学的な位置づけを明らかにするために,著者のひとりが独自にデータを収集した12集団についても,20項目の形態小変異を用いて,同様の分析を行った。9項目による分析結果と20項目による分析結果はほとんど同じで,北海道アイヌの母体になった集団は,やはり従来の指摘どおり,北海道や本州の縄文人と北海道の続縄文人であると考えられたが,北海道アイヌの成立には,オホーツク人の遺伝的影響をも考慮しなければならないと思われる。
著者
大貫 静夫
出版者
一般社団法人 日本人類学会
雑誌
Anthropological Science (Japanese Series) (ISSN:13443992)
巻号頁・発行日
vol.113, no.2, pp.95-107, 2005 (Released:2005-12-22)
参考文献数
73
被引用文献数
2 3

最近,国立歴史民俗博物館の研究者が,AMSによる弥生時代の14C年代測定値をおもな根拠にして,弥生時代の年代は従来考古学者が一般に考えていた年代よりも,開始時期で約500年,前期末中期初頭で約200年古くなるだろと発表した。考古学的に年代を知るためには,年代が分かっている中国中原地域とつなぐ必要があるが,遠距離になるほど,古くなるほど精度が低くなるという問題があった。さらに文物の流れが片方向だけなので,上限年代しか定まらない。もう一つ,すでに年代が分かっている時点を起点にして,未検証の仮定をしながら過去に遡って年代を推定する方法がある。従来は,後者の方法をおもな根拠に,前者から導かれる上限年代より,だいぶ遅らせた傾斜編年を組み立てていた。しかし,今回の 14C年代は前者の上限年代に近いものであった。弥生時代研究者には従来の年代を支持する人がいまだ少なくないが,大陸研究者の多くは年代の見直しに大きく舵を切ることになった。ただし,測定数の増加や補正の仕方によってはまだ変動の余地がありそうな現状の 14C年代は,考古学的な再検討によってもやや古すぎるように思われる。今回の問題提起は考古学者に従来年代の見直しする契機を与えてくれた。そのことが重要なのである。
著者
山田 博之 近藤 信太郎 花村 肇
出版者
一般社団法人 日本人類学会
雑誌
Anthropological Science (Japanese Series) (ISSN:13443992)
巻号頁・発行日
vol.112, no.2, pp.75-84, 2004 (Released:2004-12-24)
参考文献数
87
被引用文献数
2 3

人の第3大臼歯は最も発生が遅く,形態変異も大きく,欠如率も高い。環境要因の影響を最も受けやすく,小進化を反映しやすい歯である。そこで,日本人集団の歯牙形態の小進化を考察する目的で,第3大臼歯の先天的欠如率を時代順に調べた。その結果,縄文時代人は欠如頻度が低く,ほとんどの第3大臼歯は発生していたが,弥生時代人になると急激に欠如頻度が高くなっていた。この急激な変化は,外来集団からの遺伝的影響によって生じたと考えられる。弥生時代人以降,欠如頻度はさらに高くなり,昭和初期にはピークに達した。その後,先天的欠如頻度は急激に減少し,第3大臼歯が存在する人は多くなっていた。昭和時代以降の変化は高栄養物の摂取と,それに伴う高身長化や性成熟の加速化によるものと思われる。