著者
小林 佳美
出版者
一般社団法人 日本保育学会
雑誌
保育学研究 (ISSN:13409808)
巻号頁・発行日
vol.57, no.2, pp.6-17, 2019 (Released:2020-06-05)
参考文献数
28

本稿では,私立保育所の保育士賃金が1990 年代後半以降の保育制度改革を機に,一般的に低いと認識される状況に陥った背景と,その要因を,1980 ~ 2015 年の都道府県別時系列集計データを活用して分析した。分析対象期間の保育士賃金の動向は,2000 年すぎから低下し,2005 年にはいずれの人口規模においても女性労働者の平均を下まわるレベルとなったことが確認された。この低下の要因を検討するため,保育制度改革期を機に減少した公立/私立割合,及び女性の就労環境の変化に着目してプールド重回帰分析を行った。集計データによる分析は留保を要する結果ではあるものの,2000年以降,平均勤続年数の増加にともなう賃金上昇が抑制されたこと,主に人口密度の低い地方部で公立割合の減少と共に賃金水準が低下したことが確認され,専門職としての経験を積み上げられる賃金体系を,ナショナルミニマムとして回復することの必要性が示唆された。
著者
劉 郷英
出版者
一般社団法人 日本保育学会
雑誌
保育学研究 (ISSN:13409808)
巻号頁・発行日
vol.57, no.2, pp.150-166, 2019 (Released:2020-06-05)
参考文献数
41

本稿では,筆者による近年の研究と調査を踏まえて,乳幼児教育・保育システム(システムの変化,幼児園の教育・保育活動),保育者養成改革(養成システム,養成課程開発),教育・保育の質向上の取り組み(教育・保育研究活動による質向上の歩み,新しい教育実践の創出)に焦点を当てて,1978 年~ 2018年までの40 年間の改革の歩みを振り返り,中国における乳幼児教育・保育改革の全体像を明らかにした。その上に,今後の課題としては,3 歳以上の幼児の就学前教育の普及,保育者養成の質と量の保障,3 歳未満児の保育・教育システム作りと3 歳未満児担任保育者の養成が指摘された。
著者
川嶋 健太郎
出版者
一般社団法人 日本保育学会
雑誌
保育学研究 (ISSN:13409808)
巻号頁・発行日
vol.55, no.2, pp.18-28, 2017 (Released:2018-03-16)
参考文献数
13

本研究では子どもの選択・意思決定を支援するプロセスの全体像を理解するために,幼稚園教諭9名を対象に幼稚園における選択場面での支援について半構造化面接によるインタビューを実施し,修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチ(M-GTA)によって意思決定の発達への幼稚園教諭の支援について質的に検討した。この結果,24の概念と5つのカテゴリーが生成された。子どもの選択・意思決定場面において幼稚園教諭の行う支援のプロセスは次のようなものであった。「支援の準備」では幼稚園教諭は日常の保育で子どもを理解し,選択肢について教育する。次に個々の選択場面で「子どもが選べる選択肢を設定」する。「迷いへの支援」では迷う子どもを見守り,選択を促す。「拒否への支援」では選択を拒否する子どもを見守り,必要ならば説得をする。「こだわりへの支援」では適切な選択をするよう誘導する。
著者
益山 未奈子
出版者
一般社団法人 日本保育学会
雑誌
保育学研究 (ISSN:13409808)
巻号頁・発行日
vol.56, no.3, pp.45-55, 2018 (Released:2019-03-11)
参考文献数
38

本稿の目的は,日本の保育士不足に対する賃金の影響を,近年の保育を取り巻く日本の政策動向や保育士の賃金に関する欧米の研究成果を踏まえて検討することである。近年,日本では,幼保一体化が進められており,保育士資格と幼稚園教諭免許の相互互換的性質が強まっている。分析結果から,保育士と幼稚園教諭の間に賃金格差があり,幼保一体化により保育人材が幼稚園に流れる可能性を指摘した。さらに,保育士の有資格者の学歴は,過去30年で大幅に上昇しているが,他の専門職種と比較すると賃金水準は低いことも明らかとなった。現在,保育士の処遇改善が進められているが,他職種との賃金格差や資格取得にかかる機会費用を十分に考慮して議論を進める必要がある。保育師の相対的な賃金の低さが保育の質に及ぼす影響についての研究蓄積も今後の課題である。
著者
大倉 得史
出版者
一般社団法人 日本保育学会
雑誌
保育学研究 (ISSN:13409808)
巻号頁・発行日
vol.56, no.3, pp.33-44, 2018 (Released:2019-03-11)
参考文献数
24

近年,我が国では保育の量的拡大を目指して幼児教育・保育分野の市場化を促すような施策が相次いでおり,いくつかの自治体では公立保育所を民営化する動きが加速している。こうした中,より低コストで保育を行う事業者に保育所の運営が委託されるケースが増えつつある。こうした事業者の変更は,保育の質,あるいは慣れ親しんだ保育者から引き離される子どもたちに,どのような影響をもたらすのだろうか。本研究では,株式会社に運営を委託されたある院内保育所の事例を取り上げ,そこで生じた保育の質の低下が子どもたちの情緒的安定を脅かすまでに至った経緯を明らかにする。その上で,保育の質を保つためには,委託契約期間の延長,最低委託額の取り決め,新旧事業者の義務などの明確化,保育士の給与の改善などが必要であるという結論を導いた。
著者
鏡原 崇史
出版者
一般社団法人 日本保育学会
雑誌
保育学研究 (ISSN:13409808)
巻号頁・発行日
vol.55, no.2, pp.109-119, 2017 (Released:2018-03-16)
参考文献数
44
被引用文献数
1

本研究の目的は,幼児にとって理解しやすい表情素材(線画・イラスト・大人写真・幼児写真)とはどのようなものであるか,さらに,大人から見て幼児の意図表情は表情としてどの程度適切であり、理解しやすいものであるのかという点について明らかにすることである。実験の結果,表情理解に関しては,年少児頃には表情素材の種類を問わず基本的な表情の理解が可能であることが示された。表情表出に関しては,喜び表情では大人が理解しやすい表情を表出することができるものの,悲しみや怒り表情は大人から見て理解しにくい表情であることが明らかとなった。
著者
立本 千寿子
出版者
一般社団法人 日本保育学会
雑誌
保育学研究 (ISSN:13409808)
巻号頁・発行日
vol.56, no.3, pp.115-125, 2018 (Released:2019-03-11)
参考文献数
32

本研究の目的は,母体心拍音聴取時において,幼児がどのように反応するかに関し,安心感に着目した心拍数の変化により明らかにすることであった。38.0~74.0か月の幼児33名を対象とし,無音・母体心拍音・オルゴール音を聴取する実践を通して,心拍数を測定した。その結果,音の聴取において,母体心拍音は,他の聴取音(無音・オルゴール音)よりも,心拍数を減少させる傾向にあることが明らかになった。またその際,特に,何も聴かない無音で過ごすよりも母体心拍音の聴取をする方が,心拍数が減少することが顕著であった。以上の結果をふまえ,幼児が育つ場における母体心拍音の有効性を考察し,保育実践の可能性を示した。
著者
利根川 彰博
出版者
一般社団法人 日本保育学会
雑誌
保育学研究 (ISSN:13409808)
巻号頁・発行日
vol.51, no.1, pp.61-72, 2013-08-31 (Released:2017-08-04)

本研究では,1人の対象児を中心に4歳児クラスの1年間を分析し,幼児の自己調整能力の発達の過程を描き出し,検討することを目的とした。エピソードの分析の結果,1人の幼児が他者視点の理解を進め,自己調整能力をより発達させていく具体的な過程が描き出された。そして,その過程には"対立しつつ支えてくれる他者"のかかわりがあることが示された。また,「かかわりの歴史」「クラス規範の創出と共有」「集団の一員としての理解」を特徴とする4歳児クラスの集団化過程が影響している可能性が示唆された。
著者
中嶋 一恵
出版者
一般社団法人 日本保育学会
雑誌
保育学研究 (ISSN:13409808)
巻号頁・発行日
vol.54, no.1, pp.18-29, 2016 (Released:2016-10-24)
参考文献数
38

本論文は, 20世紀初頭イギリスにおいて開設されたマクミランの保育学校の特質と意義を明らかにすることを目的とするものである。本保育学校では, 貧困家庭の子どもの健康と発達を支えるために, 養育と保護者教育を行った。その結果, 子どもの健康改善と総合的な発達, および保護者の子育てに対する責任意識の向上がみられた。この取り組みからその意義を考察すると, ①学校において養育を重視したこと, ②子育て支援を「親育て」の視点から行ったこと, ③保育学校を貧困対策に活用したことがあげられる。これらは, わが国の保育に対して, 保育者の保育力の向上と待遇改善, 保護者教育, 保育施設への財政援助などといった課題を提起している。
著者
境 愛一郎
出版者
一般社団法人 日本保育学会
雑誌
保育学研究 (ISSN:13409808)
巻号頁・発行日
vol.56, no.3, pp.92-102, 2018 (Released:2019-03-11)
参考文献数
29
被引用文献数
1

本研究では,通園バスに乗務する保育者へのインタビュー調査を通して,乗務や車内での子どもの過ごし方に対する保育者の認識を明らかにするとともに,通園バスの保育環境としての特質について考察した。インタビューデータの質的な分析によって,車内での保育者の配慮事項や乗務に対して感じるやりがい,課題などが明らかとなった。また,通園バスにおいて子どもは,互いがクラスや家庭・地域で経験したことを交流させ,「バス集団」とも呼べる異年齢間の結びつきや独自の習慣を共有した関係性を構築している可能性が示唆された。他方で,保育者は,そうした通園バスについては,保育環境として特に意識しているわけではないことも明らかとなった。
著者
諏訪 きぬ
出版者
一般社団法人 日本保育学会
雑誌
保育学研究 (ISSN:13409808)
巻号頁・発行日
vol.55, no.3, pp.46-56, 2017 (Released:2018-03-16)
参考文献数
15

子どもの生活に対する家庭の役割は押しなべて脆弱化し,社会的な支援が必要不可欠となっている。学童期の子どもの場合も例外ではない。小学校における学習・遊び・生活(学校給食)による子どもの生活権・発達権保障の役割は大きいし,放課後の学童の生活を学童保育によって守られている子どもも100万人を超えている。ここでは学童保育の運営に着手して日の浅い学童保育のフィールドワークとアンケート調査を通して,学童保育がどう家庭・学校・地域と連携しようとしているか,事例的にその実態を明らかにする。
著者
田中 沙織
出版者
一般社団法人 日本保育学会
雑誌
保育学研究 (ISSN:13409808)
巻号頁・発行日
vol.47, no.2, pp.112-120, 2009-12-25 (Released:2017-08-04)

This study intended a quantitative and qualitative examination of the relationship between motor ability acquisition and physical activities in young children, and to clarify factors affecting this acquisition. The methodology included measuring young children's motor coordination, and classifying the data into high-scoring and low-scoring children. In addition, physical activity counts, physical activity intensity and vigorous physical play were also measured by fitting the children's waists with bi-axis accelerometer for seven days. As a result, during all days on which the children were measured, the group of high-scoring children showed significantly higher scores in their moderate or vigorous physical activity counts and their physical activity counts. The results suggest that there was a close relationship among motor abilities, physical activity counts and the intensity of physical activity.
著者
河崎 道夫
出版者
一般社団法人 日本保育学会
雑誌
保育学研究 (ISSN:13409808)
巻号頁・発行日
vol.46, no.1, pp.12-21, 2008-08-30 (Released:2017-08-04)
被引用文献数
1

There have been two radical changes in the history of children's play in the past half-century in Japan. The first change began in the 1960s: the period of Japanese rapid economic growth. During this period, children began to lose the three essential factors of play: time, space, and company. Gradually, fewer and fewer children were seen playing outdoors, such as running around with their friends. Many kinds of children's play that had accumulated over time as historical constructs began to be lost. This fundamental change continued, with the second radical change occurring in the late 1980s. At that time, technological development of electronic devices and expressive media produced massive amounts of expressive cultural goods for children such as game software, video software, and picture books. These artificial, fantastical, and imaginative products created a big market targeted at children. Consequently, children's interactive play with the real world, especially nature, changed into play with expressive electronic cultural products. This tendency changed children's play radically from interactive, physical, and creative play to more passive activities. Today, children are likely to play alone indoors without physical activities. It is feared that these changes will have harmful effects on children's mental and physical development.
著者
椨 瑞希子
出版者
一般社団法人 日本保育学会
雑誌
保育学研究 (ISSN:13409808)
巻号頁・発行日
vol.55, no.2, pp.132-143, 2017 (Released:2018-03-16)
参考文献数
35

イギリスの保育は,過去20年で大きな変貌を遂げた。制度整備の遅れは克服され,ほぼすべての3,4歳児が無償保育を享受する。無償枠は,2歳児の40%に拡大され,無償時間は,2017年9月から2倍になる。本稿は1990年代以降の保育政策研究と政策文書に基づいて,保育無償化の歴史的背景とその展開を明らかにし,その特質について考察する。市場主義の功罪と,親の選択権の過度な尊重が,子どもの安寧を脅かしている現状を報告し,適切な生活時間の公的保障の必要性を訴える。
著者
諏訪 きぬ
出版者
一般社団法人 日本保育学会
雑誌
保育学研究 (ISSN:13409808)
巻号頁・発行日
vol.55, no.3, pp.46-56, 2017

<p>子どもの生活に対する家庭の役割は押しなべて脆弱化し,社会的な支援が必要不可欠となっている。学童期の子どもの場合も例外ではない。小学校における学習・遊び・生活(学校給食)による子どもの生活権・発達権保障の役割は大きいし,放課後の学童の生活を学童保育によって守られている子どもも100万人を超えている。ここでは学童保育の運営に着手して日の浅い学童保育のフィールドワークとアンケート調査を通して,学童保育がどう家庭・学校・地域と連携しようとしているか,事例的にその実態を明らかにする。</p>
著者
志村 裕子
出版者
一般社団法人 日本保育学会
雑誌
保育学研究 (ISSN:13409808)
巻号頁・発行日
vol.48, no.1, pp.58-68, 2010

本稿の目的は,子どもの描いた絵の中の物語を理解する方法をみつけることである。本稿では,子どもの描いたタイプの違う絵と一人の子どもの描いた複数の絵を,物語論(ナラトロジー)の観点から分析した。その結果,絵の中に主人公をみつけることとその主人公と作者である子どもの距離関係を知ることによって,物語世界の質すなわちモードの違いをみつけ,それを子どもの絵の物語を理解するための糸口とすることができた。
著者
虫明 淑子 髙橋 敏之
出版者
一般社団法人 日本保育学会
雑誌
保育学研究 (ISSN:13409808)
巻号頁・発行日
vol.54, no.3, pp.20-31, 2016 (Released:2017-03-22)
参考文献数
21

本論では就園と同時期に子どもの発達障害の診断告知を受けた母親と教師との間で行った交換日記の記述から,1 年間の母親の障害受容の過程を明らかにした。量的分析の結果から,母親が肯定感情を高めた時期は,1 学期と 2 学期後半であると特定した。さらに質的検討を加えると,母親の障害受容が促進した要因は,①ペアレントメンターの効果,②子どもの目に見える成長,③子ども理解と問題行動への対応力,④非言語のやりとりにおける成長の確認,等が確認できた。母親が主体的に障害受容を進められるようになるためには,障害受容初期に接見した支援者の役割は最重要である。
著者
加藤 由美 安藤 美華代
出版者
一般社団法人 日本保育学会
雑誌
保育学研究 (ISSN:13409808)
巻号頁・発行日
vol.54, no.1, pp.54-66, 2016 (Released:2016-10-24)
参考文献数
77

本研究の目的は, 保育士の経験年数や勤務状況, 首尾一貫感覚, 対処スキルと抑うつの関連を検討することである。法人立保育園の保育士 292 名を対象として 2012 年に実施した自記式調査 (“CES-D Scale”, “Kiss-18”, “TAC-24”, “SOC 3-UTHS”) を分析した。その結果, 常勤か非常勤か, 1 人担任か複数担任かといった保育士の勤務状況と抑うつとの関連は見られなかった。相関の結果に基づいて, パス解析を行った結果, 経験年数と首尾一貫感覚は, 「対応のスキル」や「肯定的解釈と回避的思考」といった対処スキルを介して, 抑うつに関連することが明らかとなった。