著者
竹内 一将
出版者
一般社団法人日本物理学会
雑誌
日本物理學會誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.70, no.8, pp.599-607, 2015-08-05

To be, or not to be, that is the question. -ハムレットに登場するこの有名な台詞は,父の仇討という後戻りできない選択に葛藤するハムレットの苦悩を描いたものである.ここまで複雑な状況は珍しいかもしれないが,後戻りができない変化というものは,自然現象においても様々な場面で起こりうる.例えば,近年よく耳にする生物種の絶滅危惧問題は,ひとたび絶滅してしまえば,その種はもう二度と現れないからこそ,大きな問題になる.物理学においても,低温の量子流体における量子渦や,連鎖的超新星爆発による銀河の星形成のモデルなど,一旦なくなったり止まったりするとなかなか元の状態に戻らなくなる現象は珍しくない.一般に,「一度入ったら二度と出られない状態」は吸収状態と呼ばれる.先程の生物種の例では,個体が一匹もいなくなった状態が吸収状態である.こうしてみると,環境などのパラメータが変わることで引き起こされる,絶滅するか否かという命運の変化は,吸収状態に落ちるか落ちないかという,一種の相転移だと考えられる.このような吸収状態転移は,統計力学,特に非平衡の統計力学の対象として長らく研究が続けられてきた.そして,少なくとも単純な理論的設定の下では,様々なモデルが普遍的な非平衡臨界現象を示すことが明らかになった.Directed Percolation(DP,異方的浸透現象)普遍クラスと呼ばれるこの臨界現象は,最も基本的な非平衡相転移として理論的に深く理解されており,高エネルギー物理におけるRegge極の場の理論とも直接の対応関係を持つ.一方,実験的には,DP臨界現象の十分な証拠は長らく見つからなかったのだが,著者らは2007年,液晶の乱流状態において,DPクラスの臨界現象が明瞭に現れることを発見した.DP臨界現象が実験的に確認されたという事実が意味するのは,それが理想的な条件下のみで現れる理論的産物ではなく,現実の非平衡現象を記述する力を持っているということである.現に,近年になって,流体における層流-乱流転移や,コロイド,超伝導渦の運動の可逆性に関する相転移など,いくつかの具体的な現象と吸収状態転移との関わりが実験的にも明らかになってきた.本解説記事では,液晶乱流における実験事実の紹介を軸として,吸収状態転移,特にDPクラスがどのようなものかを概観する.非平衡臨界現象の理論の一般的枠組みや,DPとRegge極の場の理論との関わりについても簡単に触れ,それがどのような実験事実で検証されたかを述べる.そのうえで,流体系やコロイド,超伝導渦などで吸収状態転移がいかに現れるか,近年の実験的進展も紹介する.非平衡系を構成する多数の自由度が「生きるか,死ぬか」.その狭間には,非平衡臨界現象の興味深い物理学があるということを感じて頂ければ幸いである.
著者
藤 博之
出版者
一般社団法人日本物理学会
雑誌
日本物理學會誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.68, no.12, pp.801-809, 2013-12-05

結び目のJones多項式とChern-Simonsゲージ理論との関係が明らかとなって以来,量子場の理論は結び目不変量の研究にしばしば影響をもたらしてきた.特にここ10年の進展では,結び目不変量の研究においては「圏化」と呼ばれる概念が導入され,新たなクラスの結び目不変量が発見されており,一方理論物理学では弦理論において「D-ブレーン」の概念が導入され,結び目不変量に対する物理的理解がより深まっている.近年ではこれらの観点を融合し,結び目不変量の圏化によって得られた結び目不変量を統一的に取り扱う枠組みの研究が進展を遂げ,興味深い結果が得られてきた.本稿では,これらの研究に関する進展の概要を紹介する.
著者
青木 慎也 初田 哲男 石井 理修 根村 英克
出版者
一般社団法人日本物理学会
雑誌
日本物理學會誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.67, no.11, pp.745-753, 2012-11-05

最近提案され成功をおさめている格子QCDによる核力研究を紹介する.核力研究の科学的な重要性とその現状を述べた後で,なぜQCDを使って核力を研究するのが難しいか,そして我々はその困難をどのように解決していったか,などを紹介する.格子QCDによる核力ポテンシャルの世界初の結果を示し,その意義を議論する.また,この結果や我々の方法への様々な疑問や誤解に関しての理論的な考察も述べる.そして,核力ポテンシャルの計算法の拡張とそれを用いた最近の発展に関してもできる限り紹介していく.
著者
外村 彰
出版者
一般社団法人日本物理学会
雑誌
日本物理學會誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.42, no.7, pp.616-624, 1987-07-05

アハラノフ-ボーム (Aharonov-Bohm) 効果は, ベクトル・ポテンシャルの実在性, 物理法則の局所性, 多重連結空間での波動関数の一価性といった量子力学における基本的な問題を内包しているため, 30年にもわたってさまざまな議論が展開されてきた. 最近のゲージ理論の登場によって, ベクトル・ポテンシャルがゲージ場として理解されるようになり, その重要性が増したこともあって, 議論は効果そのものの存否にまで及んだ. 検証実験も既にいくつか報告されているが, 電子線と磁場が重畳している可能性があるとして疑問が投げかけられていた. しかし, 最近の筆者らの実験によって, 論争は新たな局面をむかえた.
著者
臼田 知史 田中 雅臣
出版者
一般社団法人日本物理学会
雑誌
日本物理學會誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.65, no.4, pp.226-231, 2010-04-05

我々の銀河系では超新星の頻度が約50〜100年に一度と推定されているが,人類がこの約400年間に銀河系内の超新星を肉眼で確認した例はない.その間に望遠鏡や分光器が発明され,系外の超新星について詳細な観測研究が進んだが,系内の超新星に対してはこれら高度化した装置での観測機会はなかった.我々は日米独共同で,系内の超新星残骸ティコ(超新星爆発記録は1572年)とカシオペヤA(推定爆発年は1680年)の爆発当時の放射光の「こだま」(light echo)-光源の周囲にある塵やガスによって反射された光が遅れて届く現象-をすばる望遠鏡で分光観測し,新たな知見を得た.
著者
松井 浩明 高橋 隆
出版者
一般社団法人日本物理学会
雑誌
日本物理學會誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.59, no.6, pp.362-365, 2004-06-05
参考文献数
9

角度分解光電子分光(ARPES)の分解能はここ数年で大幅に向上し,強相関電子物理等の分野で多くの成果を上げている.しかし,フェルミ準位近傍(結合エネルギーE_B<数十meV)のARPESスペクトルを,理論的な一電子スペクトルとの比較から定量的に議論した例はまだ少ない.本稿では,高温超伝導体の高分解能ARPES実験から,BCS理論の予測するボゴリューボフ準粒子の直接観測に成功したので紹介する.
著者
駒宮 幸男
出版者
一般社団法人日本物理学会
雑誌
日本物理學會誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.56, no.2, pp.128-129, 2001-02-05