著者
玉木 千賀子 たまき ちかこ Tamaki Chikako 沖縄大学人文学部
出版者
沖縄大学人文学部
雑誌
沖縄大学人文学部紀要 = Journal of the Faculty of Humanities and Social Sciences (ISSN:13458523)
巻号頁・発行日
no.19, pp.81-92, 2017-03-24

本研究の目的は,ヴァルネラビリティに対する意向確認のとらえ方を社会福祉制度の動向に沿って考察することである.生活保護法をはじめとする戦後の社会福祉に導入された申請・措置方式,社会福祉基礎構造改革以降,福祉サービスの提供方式として用いられている契約方式の下では,自らの社会生活課題に対する認識の乏しい人や申請・契約の能力が十分に備わっていない人が支援から取り残されるという課題が生じた.そのようなヴァルネラビリティに対する支援上の課題は,申請・措置方式の時から指摘されていたが,生活困窮者自立支援法の施行によって漸くヴァルネラビリティに対する支援システムが制度化され,意向確認とそれに基づく支援の取り組みがはじめられたところである.また,障害者福祉の領域では,障害者権利条約の批准,障害者差別解消法の施行等を契機に,障害の状態にある人の意思決定支援のあり方の検討が進められている.社会福祉はヴァルネラビリティに対する支援に本格的に取り組みはじめており,そのような状態にある人に対する意向確認のあり方の検討は,個人を尊厳するというソーシャルワークの価値の具現という意味においてとりわけ重要な検討課題である.
著者
玉木 千賀子 たまき ちかこ 沖縄大学人文学部
出版者
沖縄大学人文学部
雑誌
沖縄大学人文学部紀要 = Journal of the Faculty of Humanities and Social Sciences (ISSN:13458523)
巻号頁・発行日
no.18, pp.91-98, 2016-03-07

本論は,個人を固有の存在として捉えるというソーシャルワークの価値(個人の尊厳)に依拠したケアマネジメントのありかたを検討するための予備的研究である。ソーシャルワークのアプローチにおいて人を中心としたアプローチとして位置づけられるPerlman の問題解決アプローチの構造と支援過程を整理し,個人の尊厳に関係するソーシャルワークの概念に関連づけて考察をした。その結果,その人の成長を一義的な目標に位置づける,問題解決力を涵養するための問題の部分化,リハーサル体験の反復,情緒的・知的・身体的側面からの対処能力向上等,支援を必要とする人の尊厳に結びつくと考えられる視点を見い出すことができた。一方で,自己決定の考え方,日本の文化的特徴の自己決定への影響,言語的コミュニケーションを用いることによる対象の限定,問題解決の認識が乏しい場合等の本アプローチの適用上の検討課題が示唆された。
著者
見城 育夫 けんじょう いくお Kenjo Ikuo 沖縄大学人文学部福祉文化学科
出版者
沖縄大学人文学部
雑誌
沖縄大学人文学部紀要 (ISSN:13458523)
巻号頁・発行日
no.22, pp.51-59, 2019-03

2018 年度介護保険制度改正に伴う自立支援・重度化防止に向けた取り組みについては,ここに至る過程において様々な議論が行われてきた。今改正のこれまでの議論の整理及び改正の論点と今後の課題について文献分析を基に考察することにしたい。
著者
吉川 麻衣子 よしかわ まいこ Yoshikawa Maiko 人文学部福祉文化学科准教授
出版者
沖縄大学人文学部
雑誌
沖縄大学人文学部紀要 (ISSN:13458523)
巻号頁・発行日
no.20, pp.1-16, 2018-01

本研究では,トランスジェンダー青年が,思春期・青年期の発達過程においてどのような行為や心情を経験し,自らの生き方をどのように模索するのかを複線径路・等至性モデル(TEM)を用い質的に分析した。4 名の研究参加者がサポート・グループで語った内容から作成したTEM 図を基に分析したところ,①「自分らしさ」を模索する過程で自己を過剰抑制して自傷行為等に及び,②「性同一性障害(性別違和)」という用語を知って自らの性別違和感を理解し,③サポート・グループに参加することで他者と類似した経験を語り合えることの安心感を得て,④高校に進学することを選択し,⑤ジェンダークリニックを受診し,⑥大学・専門学校に進学することを選択していた。それらの経験に至る径路は多様であり,親や教師の理解が得られるかどうか,診断を受けて治療を開始できるかどうかが,トランスジェンダー青年が思春期・青年期を生きる上で重要な岐路となることが示唆された。Using the Trajectory Equifinality Model (TEM), this study has conducted that transmen youth experienced what kind of act and feelings in adolescence and groped for how I should live. The TEM was created based on the narratives of four transmen who participates in the support group. As the results, six important points were clear: for example, knowing the word"Gender Identity Disorder / Gender Dysphoria," finding the support group that can talk about oneself in peace, and having parents and teachers understand oneself. Their aspects were the complex and diversity of life.
著者
吉井 美知子 よしい みちこ Yoshii Michiko 沖縄大学人文学部
出版者
沖縄大学人文学部
雑誌
沖縄大学人文学部紀要 = Journal of the Faculty of Humanities and Social Sciences (ISSN:13458523)
巻号頁・発行日
no.18, pp.11-24, 2016-03-07

ベトナムでは初の原発建設計画が進められている。南部のニントゥアン第一原発をロシアが、第二原発を日本が受注し、着工は2022 年以降とっている。原発に関する世論調査等は一切行われていない。外国人による現地取材や調査も非常に難しい。そこで本研究では立地地元ではなく、国内外の離れた場所で暮らす地元出身者への聴き取り調査を実施した。これにより現地出身者の意見を明らかにする。調査の結果、学歴が中卒以下の人々の多くは、フクシマ事故や故郷に建つ原発の計画を知らず、意見も持たないことがわかった。また高卒以上の人々は放射能への不安、人材不足の懸念からの反対が多く、日本には原発ではなく再生可能エネルギーへの支援をという声が集まった。立地地元に情報が行き渡らず、高学歴者の間で計画への反対意見が多いなか誰ひとり意見発信ができない。言論の自由のない国を狙って原発を輸出する日本の、道義的責任が問われている。Vietnam prepares to build its first nuclear power plants (NPP) in Ninh Thuan Province, Russia andJapan as the suppliers.This study conducted interviews with the locals of Ninh Thuan and nearby areas who temporarily stayand work in major Vietnamese cities or overseas to acquire their opinions on the NPP.Results showed that those with low-level education lack knowledge of and opinions about nuclearproject. Those with higher-level education oppose the project and have concerns about nuclear disaster, butlack the ability to express their opinions.Japan's targeting of countries without freedom of expression for NPP project places its moralresponsibility in question.
著者
桜井 国俊 Sakurai Kunitoshi 沖縄大学人文学部
出版者
沖縄大学人文学部
雑誌
沖縄大学人文学部紀要 = Journal of the Faculty of Humanities and Social Sciences (ISSN:13458523)
巻号頁・発行日
no.16, pp.29-39, 2014-03-05

沖縄では嘉手納以南の米軍基地が返還されることとなっているが、返還基地の円滑な環境回復をいかに実現するかは極めて重要な地域課題である。日米地位協定第4条第1項は汚染者の米国政府に対し環境回復の責任を免除しているとされる。しかし韓米地位協定は同様の条項を含むにも関わらず韓米両国政府は米国に環境回復の責任が一定程度あると解釈している。この日米・韓米地位協定の解釈における差異を検討しつつ、今後予定される返還米軍基地においていかに円滑に環境回復を実現するかについて、韓国での先行事例を踏まえた提言を行う。Although the schedule is not fixed yet, US military bases south of Kadena are planned to be returned to Okinawa, and their smooth environmental restoration is a very important local issue. Article IV, paragraph 1, of US-Japan SOFA (Status of Forces Agreement)is said to exempt the polluter, namely the US Government, from the responsibility of environmental restoration. Although US-ROK SOFA has the same article, both the US and the Republic of Korea (ROK) Governments understand that the US Government has the responsibility of environmental restoration to some extent. This paper examines thisdifference between Japan and Korea in the interpretation of SOFA and tries to make some recommendations for smooth environmental restoration of US military bases in Okinawa based on the preceding experiences in Korea.
著者
竹沢 昌子
出版者
沖縄大学人文学部
雑誌
沖縄大学人文学部紀要 (ISSN:13458523)
巻号頁・発行日
no.2, pp.67-82, 2001-03

1987(昭和62)年に社会福祉士が制度化されて以来、12年が経過した。この間、国民の社会福祉ニーズが変化する中で、社会福祉従事者の人材養成が緊急の課題として取り上げられるようになってきている。社会福祉士の教育課程見直しもその一つであり、なかでも実習指導の充実や実習指導者の養成が提言されている。同時期に、日本社会福祉士会は実習指導者養成研究会を発足させ、後進の育成に自ら積極的に関わる姿勢を見せている。そこで筆者は、社会福祉士(沖縄県)を対象として、実習指導における社会福祉士の役割に関する意識調査を行なった。調査結果によれば、社会福祉士として実習教育に積極的に関わりたいというグループと、社会福祉士としての意識の希薄さから実習教育への関わりに消極的なグループとに大きく分類された。本稿においては、近年の社会福祉士養成教育に関する施策と実習指導の現状を分析するとともに、上述の調査結果を紹介、考察する。It has been twelve years since a social work license became nationally certified in 1987 in Japan. This paper focuses on a discussion of who are to be leading field instructors for students who wish to be certified social workers (CSWs). The author conducted the study in Okinawa, Japan. The author surveyed CSWs, asking them how they perceive their roles in field placement education. Of the 136 questionnaires sent out, 48 were returned. The results reveal two different perspectives on field placement education. One group (approximately 60-70% of the respondents) believes they should positively become involved as field instructors since they recognize they are most qualified to teach the unique knowledge, skills, values and perspectives of social work professionals. These respondents identify teaching social work students as one of their professional roles and commitments. Another group (approximately 20-30% of the respondents) remains uncertain about their roles and uninterested in becoming involved in the education.
著者
王 志英 Wang Zhiying 沖縄大学人文学部
出版者
沖縄大学人文学部
雑誌
沖縄大学人文学部紀要 = Journal of the Faculty of Humanities and Social Sciences (ISSN:13458523)
巻号頁・発行日
no.15, pp.1-10, 2013-03-15

本稿は中国語の形容詞"漂亮"、"美丽"、"美"、"好看"という類義語の違いについて考察した。この四つの類義語はともに視覚を通して、人間、物事を描写することができる。 しかし、"美丽"、"美" の描写する対象は色彩がなくてならないのに対して、"漂亮"、 "好看"の描写する物事が色彩がなくても使える。"漂亮"、"美丽"、"美"は聴覚を通して、物事を描写することができるが、"好看"は物事を聴覚による描写ができない。 "美丽"、"美"で描写している物事が「美しい」だけでなく、人間に精神的な快感をもたらすことができる。本篇论文对汉语的4个形容词"漂亮"、"美丽"、"美"、"好看"之间的意思的区别进行了探讨。这4个同义词翻译成日语都表示「美しい」、「きれい」的意思,因此对学汉语的外国人来讲,要掌握和使用好这4个词,很不容易。"漂亮"、"美丽"、"美"、"好看"这4个同义词都可以通过人的视觉来对人、物进行描写。但是,"美丽"、"美"所描写的对象必须具有色彩,没有色彩的对象一般不用" 美丽"、"美"。" 漂亮"、"好看"描写的事物没有色彩也可以说。" 好看"不能用于听觉,用"美丽"、"美"时,不仅表示人或物的外观美,而且其事物还能给人带来精神上的快感。
著者
緒方 修
出版者
沖縄大学人文学部
雑誌
沖縄大学人文学部紀要 (ISSN:13458523)
巻号頁・発行日
no.3, pp.67-73, 2002-03

1994年以来、筆者は世界各地で開かれる客家大会に参加している。94年12月中国・広東省梅州、96年11月シンガポール、98年10月台北、99年11月マレーシア・クアラルンプール、2000年中国・福建省龍岩。毎回、世界各地の30~70を数える客家団体が、代表団を送り込んでくる。開会式は多い時で2500人を超える。参加者は想像もつかない数に膨れ上がることもある。特に中国大陸で開かれた2回の大会(94年12月広東省梅州、2000年福建省龍岩)は街をあげての歓迎だった。当局の発表で約20万人と記憶しているが、おおげさな数字ではなかろう。小中高生が動員され、歓迎行事やマスゲームに欠かさず出演する。警察も役所も全てが期間中はかかりきりになる。なにしろこの大会のために道路や競技場が新設され、文化会館やその他の施設が出来るほどだ。中国にとっては世界中から人を迎える大事な大会なのだ。今回参加した台湾・新竹の客家大会は、世界大会ほどの規模ではない。だが新竹は台湾の中でも客家人の多い地域として知られている。県知事も客家人だ。本来アメリカで開かれている大会をわざわざ今回台湾で開くことにも興味を持った。新竹の観光名所にもなっている義民廟は客家の「聖地」ともなっている。歴代の台湾総統が必ず就任後訪れる所でもある。台湾客家の心の拠り所になっている「廟」の略史の翻訳を付した。
著者
素民喜 阳子 スミンキー 陽子 沖縄大学人文学部
出版者
沖縄大学人文学部
雑誌
沖縄大学人文学部紀要 = Journal of the Faculty of Humanities and Social Sciences (ISSN:13458523)
巻号頁・発行日
no.13, pp.41-48, 2011-03-31

本论文通过中国的女作家安妮宝贝的短篇小说《告别薇安》作为研究对象。这部短篇小说是这位女作家第一次出版的第一部小说集里面收集的第一部作品。小说以"人际关系中的接纳与被接纳"的关系及"生活在现代混沌中,人普遍感覚到的孤独与困惑"作为核心题材。安妮宝贝是通过网络时代塑造的新时代作家,笔者认为她作品里"日常生活中的非日常故事"等题材和其中的人际关系-接纳与被接纳、人的混沌而矛盾的心理可以值得研究。这点就是笔者关注研究她最初的出发点,也是研究动机之一.本论文根据主要人物间的人际关系以及语言運运用上的特点,探讨而试论人的心理和情感。アニーベイビーはネット作家として彗星のごとく中国の文壇に現れた,まさにIT時代が生み出したニュージェネレーションの新進気鋭の作家である。本稿でとりあげる『さよならビビアン』は,作者が初めて出版した同名小説集に収められたデビュー作である。作者は「人間関係における授受及び被授受」そして「混沌とした社会に生きる人々がもつ孤独と困感」を重要なテーマに掲げている。本稿ではアニーベイビーのデビュー作,及びその他の著作に共通して作者が描き続ける「日常生活の中にある非日常的なストーリー」に着日し,『さよならビビアン』における人間関係,言語運用の角度から登場人物の心理に焦点を当てて論を進める。
著者
陳 晋
出版者
沖縄大学人文学部
雑誌
沖縄大学人文学部紀要 (ISSN:13458523)
巻号頁・発行日
no.7, pp.17-27, 2006-03

本論文は、中国市場に進出し、且つ成功している日本のエアコンメーカーと乗用車メーカーを取り上げ、これら日本企業の中国市場での戦略策定と戦略実行を観察し、経営戦略論の観点からその成功要因を究明した。ダイキンとホンダが本格的に中国に進出したタイミングは先行組の日米欧メーカーより遅れていたが、WTO加盟に備えて市場を再開放し、洗練された商品のニーズが拡大する黎明期に当たった。両社が中国で成功した重要な要因のひとつは、先行組の外資系やローカルメーカーが持っていないオンリー・ワンの先端技術にある。また、両社は経営ノウハウを生かして、現地の市場調査や販売システムの構築に力を入れていたことも大きい。さらに、両社が共に中国市場で自社の技術や販売の優位性を活用しながら、新しい製品セグメントを開拓し、世界市場に向かって事業を拡大していることも注目すべきところである。This paper discusses the strategy formation & implementation of successful Japanese manufacturing makers in the Chinese market and traces their successful factors by the framework of management strategic theory. First of all, even though Daikin and Honda entered Chinese market much later than other early advanced foreign enterprises of Japan, Europe and America, the timing was quite fortunate since it was China's economic opening reform preparing for entering WTO and also at the dawn of expanding needs for refined commodity. Moreover, one of the most important factors of two manufactures succeed in China is their only-one-hightechnology that early comers of foreign and local manufacturers do not posses. In addition, both manufactures strived to do the local marketing research and to build their own efficient sales system should be considered. They did not use existing distribution route, instead established their unique sales channel from the very beginning. Finally, it is necessary to pay attention to the development of a new product segment and the business expansion toward the global market by two manufactures' flexible utilization of their original technology and sales superiority.
著者
清川 紘二 桜井 国俊 Kiyokawa Kouji Sakurai Kunitoshi 法政大学沖縄文化研究所 沖縄大学人文学部
出版者
沖縄大学人文学部
雑誌
沖縄大学人文学部紀要 = Journal of the Faculty of Humanities and Social Sciences (ISSN:13458523)
巻号頁・発行日
no.15, pp.61-68, 2013-03-15

本稿はアジア・太平洋戦争下で行われた日本政府・朝鮮総督府による朝鮮人被強制連行者、徐正福氏の2度(2006 年12 月、2007 年4 月)にわたるインタビューからの抜粋である。農民であった徐さんは1944年6月に慶尚北道達城郡嘉昌面の自宅で拉致され、沖縄県宮古島に連行された。宮古に上陸後は、軍夫として艦船からの荷物の揚陸作業を行った。徐さんは3000 人の強制連行者のうち唯一の日本語のできる朝鮮人であったため、軍夫長と言う重要な役職につき、軍隊と軍夫との通訳等も行った。宮古における軍夫の使役の状況、米軍爆撃の様子、日本軍人による差別、朝鮮人慰安婦のエピソード等についての詳細な口述は、沖縄における朝鮮人軍夫の状況をよく伝えている。徐さんの語りは、2006 年6月沖縄大学で講演した被強制連行者、姜任昌氏(慶尚北道英陽郡出身)による阿嘉島からの報告とともに、朝鮮人強制連行史における宮古島の空白のページを埋める貴重な証言である。
著者
宮城 能彦 Miyagi Yoshihiko 沖縄大学人文学部
出版者
沖縄大学人文学部
雑誌
沖縄大学人文学部紀要 = Journal of the Faculty of Humanities and Social Sciences (ISSN:13458523)
巻号頁・発行日
no.16, pp.51-60, 2014-03-05

本稿は沖縄県国頭村奥集落の人々の戦争体験の聞き取り調査(第2回および第3回)の記録である。戦争体験を語ってくださった方は、国頭村奥の出身者あるいは沖縄戦当時奥に在住していた方々である。今回は、小学校3年生の時に奥で戦争を体験した方、戦前、農業指導員として奥にやってきた後沖縄で結婚し、奥の人々が米軍に投降する際に命がけの重要な交渉をした方(故人)の家族の方、護郷隊として敵へ切り込む直前に解散されて奥まで命がけで帰ってきた方の3人のお話を収録した。本稿は、奥という沖縄本島北端の集落から見た沖縄戦を、ライフヒストリーとして記録することによって、沖縄戦を様々な角度から考えようとするものである。
著者
圓田 浩二
出版者
沖縄大学人文学部
雑誌
沖縄大学人文学部紀要 (ISSN:13458523)
巻号頁・発行日
no.11, pp.1-12, 2009-01

本稿の目的は、日本におけるスクーパ・ダイビングの変容を解明することにある。スクーパ・ダイビングは、その初期にはスピア・フィッシングを行うスポーツとして認知され、人気を博していた。当時のスクーパ・ダイビングは、スピア・フィッシングを行うことを目的とするチャンピオン・スポーツの性格をもっていた。しかし、ダイバーの増加にともない、漁業法との関係で、漁業協同組合の許可なく魚を採取することができなくなり、ある時期からスピア・フィッシングが行われなくなった。日本におけるスクーパ・ダイビングは、1960年代後半から1990年代にかけて、ダイビング・スタイルの変更を余儀なくされた。そこで新しいダイビング・スタイルとして登場したのが、潜ること自体を目的とするファン・ダイブであった。ファン・ダイブは、水中の海洋生物や海底の地形を見て写真を撮ったり、水中での浮遊感覚を楽しむものであるから、水中銃で魚類を撃って捕獲するスピア・フィッシングとは性格が全く異なっていた。1990年代後半に発売されたデジタル・カメラの普及は、スクーパ・ダイビングの目的を水中の海洋生物や海底の地形などを写真に掘ることへと変えていった。日本のスクーパ・ダイビングの目的は、スピア・フィッシングによる魚を「捕る」ことから、ファン・ダイブによる海洋生物や地形などをカメラで「撮る」ことへの移行として考えれるだろう。こうして、日本のスクーパ・ダイビングは、スピア・フィッシングを行うことを目的とするチャンピオン・スポーツとしてのスクーパ・ダイビングから、ファン・ダイブを行うことを目的とするレクリエーション・スポーツとしてのスクーパ・ダイビングへと変化していったのである。This paper clarifies the transformation of SCUBA diving in Japan. In its early days, it was acknowledged as a competitive sport involving spearfishing and became popular. However, as the number of divers increased, fisheries law made it illegal to obtain fish without the permission of a fishery cooperative. In addition, spearfishing was prohibited at certain times. Consequently, the nature of SCUBA diving in Japan was forced to change between the late 1960s and 1990s. A new diving style evolved, which consisted of fun diving, in which participants observed the marine organisms and topography of the sea bottom, and enjoyed the sensation of floating in the water. The two forms of diving-usin g a speargun to shoot fish versus fun diving-are quite different in character. The spread of digital cameras in the late 1990s allowed SCUBA divers to photograph marine organisms and seascapes. Consequently, in Japan, SCUBA has been transformed from a competitive sport involving catching fish by spearfishing to a recreational sport involving taking photographs during fun diving.