kasasu2004 (@kasasu2004)

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東洲斎写楽の別人説は1950年代から始まるんですが、過熱してブームになるのは1980年代に入ってからなんですね。 なんでかと考えるとこの頃から学界では斎藤十郎兵衛が有力視されるようになったので、逆張りしたいマスコミと(自称)知識人と一般消費者がわっと湧いてきたの。 https://t.co/r50Y5I3LcI
@genzosha 三浦さんじゃない方のその本、ちょうど話題になってます。 トンデモ本として・・・ https://t.co/juF9jz9A0u
自分が知る限り、最初に写楽は途中で変わったといって、描き方が変わったのはそのせいだと真相を見破った(自称)のは東洲斎写楽=円山応挙説の田口泖太郎先生で昭和30年代。 いいですか、70年前からつかいまわしてきたネタだからな、写楽が途中で交替したという新発見。 https://t.co/xwx9xLgwwQ
@hasse_y 指揮官の少佐以下、中小隊長8人が戦犯裁判で処刑されていますが……? 手記を残した方が死刑を免れたという意味でしたら、命令されただけの平の兵士だったからでは。 https://t.co/QMp4qJ0Wpm
@geass_kallen @shiro_10ban BC級戦犯裁判で責任者が有罪死刑となっていますし、戦史関係者の間では昔から知られていました。 リンク先は昭和62年の講演記録。 「太平洋戦史研究部会報告(6)太平洋戦史研究部会第6回セッション われらポツダム戦争を戦えり : オーシャン島の日本海軍」 https://t.co/QMp4qJ0Wpm
@1970er こちらの講演が参考になるかと。 手記を書いたのはどうやら命令されただけの平の兵士のようですが(ちゃんと階級も記しておいてほしいものです)、こちらの証言は士官クラス。 ただ、これも指揮官本人の証言ではなく、すぐ下にいた人から見た経緯だという限界はあるんですが。 https://t.co/QMp4qJ0Wpm
例のオーシャン島の島民虐殺の件、ネットで検索をかけるだけでも既存の文献がけっこうヒットするのに、自分が知らなかっただけでデマだと即認定してしまう連中が多くて、その自信がどこからくるのかすごく気にかかる。 「ナウル、オーシャンの日本海軍」 https://t.co/4tI2pPh4uf
@tokyonewsroom 「太平洋戦史研究部会報告(6)太平洋戦史研究部会第6回セッション われらポツダム戦争を戦えり : オーシャン島の日本海軍」こっちの講演の詳しいですね。講演者の奈良賀男氏は当時の主計士官。 https://t.co/QMp4qJ0Wpm
@uf8vjtYMO6OMjXS 昭和の講演記録ですが、これもデマなの? 「太平洋戦史研究部会報告(6)太平洋戦史研究部会第6回セッション われらポツダム戦争を戦えり : オーシャン島の日本海軍」 https://t.co/QMp4qJ0Wpm
「曖昧なことしか記事には書いてないぞ!」「一人の元兵士の証言が信用できるのか?」と脊髄反射で書き込む連中が続出する一方で、戦史ガチ勢が粛々と史料出してくるから笑える……いや、笑えない。 「われらポツダム戦争を戦えり : オーシャン島の日本海軍」(昭和62年) https://t.co/QMp4qJ0Wpm
オーシャン島の虐殺事件そのものは昔から知られていた事件で、突然新事実が出てきたわけではない。 https://t.co/8dlQxXvME6

3 0 0 0 OA 写楽

@japanmystery 仲田勝之助氏の著書『写楽』(1925年)にそのあたりの経緯が紹介されています。 国立国会図書館のデジタルコレクションで公開されていました。ここのコマ番号84~88あたりを御覧ください。 https://t.co/uzm5l4zhN9
@n_Fushimi_243 偽官軍事件と年貢半減令を最初に結びつけた文献、落合直亮の養子の直文の遺稿から出てきた「白雪物語」だという話ですね。養父の事跡を顕彰する目的で書かれたもの。 「白雪物語」から広まったのか、その前から伝わっていたものを初めて記録したのかで評価の分かれるところ。 https://t.co/uQltIhd6C3
海外で評価された!ということを強調したいあまりに海外で評価されるまでは国内では研究も需要も存在しなかったという偽史が作られてしまうのですよ。 つ証拠 https://t.co/35sP9W5DMf

32 0 0 0 OA 北斎漫画

北斎漫画をマンガの起源とする言説はいろんなところでよく見かけるんですが、本当に北斎漫画を読んだ(眺めた)ことがあって主張しているの? https://t.co/bkUuCRK7EC
『SHARAKU』を著したドイツのクルトが考証ミスで写楽の活動の時系列を逆に捉えていたことは知られているんですが、細々と根拠を挙げているおかげで考証ミスが発生した道筋は辿り易いのですよ。 一方、日本のTV局は根拠を示さずに断定的にデマを流した。 https://t.co/xQsrNjPuZy
@SagamiNoriaki 斎藤十郎兵衛が浮世絵師として起用された経緯ですが、少々考えていることがあって、写楽の出版と同じ寛政六年に蔦屋重三郎は『小謡百二十番』という謡曲本を出版しているんですね。 監修に誰が入ったかは分かんないですが、案外、この辺りに繋がりがあったのではないかと。 https://t.co/KDwAlcFsYn
@NFt0LnabR2IDH7C 徳島にある写楽のお墓は徳島市内の東光寺のものですね。 話はややこしくなるのですが『阿波名家墓所記続篇』に「春藤写楽」という人物の記事があって、この人が写楽に比定されていたようです。ここの18コマを御覧ください。 https://t.co/FICRhPK7yz

4 0 0 0 OA 掃墓史料

国立国会図書館デジタルコレクションの『掃墓史料・画家之部』。 ここの4コマ目に「斎藤十郎兵衛」ならぬ俗称「藤十郎」の「斎藤写楽」という謎の人物が記載されているのです。 「斎藤十郎兵衛」の墓が発見されたために忘却された形ですが、「斎藤写楽」は何者だったの……? https://t.co/LxrUIiZazX
番組では蔦屋重三郎は出版弾圧で財産を半分没収されたとあっさり説明していましたが、一説によるとこの説は宮武外骨の著作『筆禍史』で当時の資料を誤読して書いちゃったせいで広まったもので同時代史料の裏づけはないんだって。 歴史学者の間でここの考証はどうなってんの? https://t.co/KEjQtS5npK
「外国人であるユリウス・クルトは、江戸の文化にも日本の歴史にも詳しくなく、日本に一度も訪れることなくSharakuを書き上げました。それゆえ説が的外れになってしまったとしてもやむを得ません。」 クルトの前に日本の林忠正や狩野寿信が主張したことはどう説明つけるの? https://t.co/uQ9Ay5Rj36
RT @QmHSxpgqThzrxfk: 波多野氏といえば、友人から教えてもらったこの論文が大変分かりやすくて勉強になりました。 ネットで閲覧できるのがありがたい 渡邊大門「波多野氏の丹波国支配をめぐって」(『鷹陵史学』37号 2011年) https://t.co/E08s…
RT @itaru_ohyama: 『震災美談』 https://t.co/Y4oPumficS 朝鮮人を虐殺から守った"美談"を集めたもの。たしかに美談なんだけど、裏返せば虐殺が行われていた事実をも伝えている。
RT @E0104N46: 言葉足らずで感情的にツイートしたことを反省しています。 詳しくはこちらの論文を読んでいただきたいです。https://t.co/9aYBsTXChq また私はフォロー外で申し訳ないのですが、この論文の著者の@matsusakat さんのツイートを見…
RT @hayakawa2600: 塚田穂高先生に教えてもらったこの論文、哲学研究者で大学の名誉教授といえども、アレなものにハマるとこんな悲惨な状態になることがよくわかります。ここに挙げられている日本語参考文献、梅原猛とかをのぞけば、だいたい持ってる……:https://t.c…

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