著者
三澤 純 ミサワ ジュン Misawa Jun
出版者
熊本大学
雑誌
文学部論叢 = Kumamoto journal of culture and humanities (ISSN:03887073)
巻号頁・発行日
no.109, pp.91-112, 2018-03

This paper re-examines the reforms of the Kumamoto Domain in the third year of the Meiji Restoration period (hereafter: the year-three reforms), which are well known as an archetypal example of domain reforms that occurred from the Meiji Restoration period to the mid-1950s. The paper begins with a thorough review of previous studies; this literature review confirms that the research perspectives on the year-three reforms have broadened since the 1980s. At that time, social and regional histories became mainstream. Furthermore, this paper argues that it is necessary to conduct a political reexamination of the year-three reforms while using the results of previous research. Accordingly, this paper verifies that another plan existed in the civil administration at the beginning of the year-three reforms in addition to the plan created by Tokutomi Kazutaka and Takezaki Ritsujiro who are already well known in part for having actually executed the plan and analyzing the newly released Doukeke Monjo. This is the first paper to clarify that Kinoshita Sukeyuki drafted the other plan and that Tokutomi and Takezaki's plan was chosen as a result of a policy competition that included both the plans. Additionally, this paper emphasizes that is possible to connect Kinoshita's plan with the results of regional and social research in the field of Kumamoto Domain, which has been gathering attention in recent years, and also indicates the future importance of a perspective that directly ties political history and regional and social history together.
著者
三澤 純 ミサワ ジュン Misawa Jun
出版者
熊本大学
雑誌
文学部論叢 (ISSN:03887073)
巻号頁・発行日
vol.82, pp.147-164, 2004-03-20

本稿において、筆者は、「安場男爵家文書」(熊本大学附属図書館寄託「永青文庫細川家文書」)と題された写本から、安場保和宛元田永孚書翰四点、下津休也宛元田永孚書翰一点、元田永孚意見書一点、合計六点の史料紹介を行った。これらの史料は、全て未発表のものであり、特に元田と安場とが日本近代史上に果たした巨大な足跡からして、大きな研究価値を有していると考えられる。本稿作成過程における厳密な年代比定の結果、下津宛書翰が一八八〇(明治十三)年である以外、全ての史料が一八七四(明治七)年に書かれたものであることが判明したが、この年は、佐賀の乱、台湾出兵等の大事件が起こっている年である。今回、紹介した書翰からは、これらの事件に対して、元田と安場とが、二人の郷里・熊本の政治情勢に大きな関心を持ちつつ、自らが属するいわゆる実学連の今後の動きを模索していることを読みとることができて興味深い。紙数の都合上、最小限の書誌的知見を整理したほかは、解題の類を一切省略したが、これについては今後の課題とする。
著者
吉村 豊雄 三澤 純 稲葉 継陽 足立 啓二 山田 雅彦 松本 寿三郎
出版者
熊本大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2004

本研究の中心をなす日本史研究班は、16・17年度に引き続いて、熊本大学が収蔵する日本最大の前近代組織体文書たる永青文書所蔵の細川家文書(細川家の大名家文書)のなかで、藩制の基幹文書となっている「覚帳」「町在」の系統解析に全力をあげつつ、前近代日本社会・日本行政の到達形態について実態的な成果を出すことに努めた。その結果、「覚帳」の系統的解析を通して驚くべき成果を得た。すなわち、本研究で明らかになってきたのは、日本近世の領主制が農村社会の自律的運営能力の立脚する方向で、次第に農村社会からの上申事案・上申文書の処理を業務とする割合を強め、ついには農村社会からの上申文書を中央行政機構における稟議制の起案書として、地方行政に関わる政策形成を行うに至るという、従来、想像もされてこなかった19世紀、幕末の行政段階である。熊本藩では、18世紀以降、こうした傾向を強め、中央行政機構では、こうした状況に対応した行政処理・文書処理のシステムを整備し、19世紀段階には農村社会からの上申文書を起案書とし、中央行政機構の稟議制に基づく地方行政を展開している。本研究において主対象とした熊本藩の中央官庁帳簿たる「覚帳」は、こうした歴史的推移をたどる。同時に、中央行政機構の稟議にかかった上伸事案は、農村社会で無数に生成される要望・嘆願の類いのごく一部であり、その多くは中央行政機構に上申されることなく、農村社会の段階で処理・解決されている。18世紀後半以降の地方行政は、農村社会の政策提案能力に依存しつつ、領主支配の根幹に関わる事案について上申させ、これを稟議処理し、執行することで成り立っていたと言える。
著者
猪飼 隆明 森藤 一史 沖田 行司 吉村 豊雄 三澤 純 野口 宗親 八木 清治 北野 雄士
出版者
大阪大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2004

本研究の目的は、横井小楠全集(小楠遺稿、関係史料-来翰や小楠に関する当代の記録、講義録など)の刊行に向けての基礎的作業を行うことにあった。横井小楠については、1938年に刊行された山崎正董編著『横井小楠』上下2巻(うち下巻は、山崎正董編『横井小楠遺稿』として1942年に刊行)があり、以後の研究は、ほとんどこの山崎本を頼りに行われてきた。しかし、横井家には、関係史料が沢山保存されていることが分かり、かついくつかの図書館・資料館等にも、未発見の史料があることが確認され、また個人の好事家の蒐集するところともなっていることが判明した。そこで、今後の横井小楠研究のみならず、明治維新研究、立憲制の研究、欧米への関心と洋学受容、開国論、また福井藩の藩政改革論などの研究の発展のためにも、これらの史料を蒐集し、先学の研究の検証を行うことこそ重要であるとして、本研究を3年間継続してきた。1 この間蒐集した史料は、横井家所蔵の資料(ここには、小楠自筆の原稿・書翰類、来翰等が含まれる)、小楠の弟子たちの家から発見された史料(柳瀬家・安場家・徳富家など)、福岡県立九州歴史資料館柳川分館・佐賀県立図書館鍋島文庫・福岡県立伝習館文庫・熊本大学寄託文書永青文庫等から、合計2000点近くの関係史料が蒐集された。2 山崎正董編『横井小楠遺稿』についての考証作業を一通り終了した。3 小楠の弟子が記録した講義録の検討を行った。以上の成果を、なるべく早い機会に、横井小楠全集として次々と刊行していくつもりであるが、現構想では、5巻程度のものになる予定である。

1 0 0 0 IR 散髪令考

著者
三澤 純
出版者
熊本大学
雑誌
文学部論叢 (ISSN:03887073)
巻号頁・発行日
vol.74, pp.154-174, 2002-03-20

神風連の乱の直接の原因とされる熊本県における散髪令は全国の散髪令と比較して特異な位置にあること、神風連の乱にのみ結び付けて理解すれば正当に評価できなくなることが明らかになった。各府県において出された独自の散髪令と士族との関係について、歴史的実情に沿った形での研究の深化が求められている。
著者
三澤 純
出版者
熊本大学
雑誌
文学部論叢 (ISSN:03887073)
巻号頁・発行日
vol.69, pp.1-20, 2000-03-20

本稿における第一の課題は、熊本県立図書館寄託藤岡家文書中の「密報」の年代比定に関する筆者のこれまでの見解の誤りを訂正しつつ、その後の知見を踏まえて水野公寿氏の批判に答え、そして新たな年代比定を行うことにある。第二の課題は「密報」の内容中、特に注目される日本における太陽暦採用とその社会的影響という問題の追究である。
著者
宓 梅珽 田野 俊一 橋山 智訓 市野 順子 岩田 満 三澤 純子 掛井 祐伸 羽木 貴昭 望月 宏史 米本 京介
雑誌
研究報告ユビキタスコンピューティングシステム(UBI)
巻号頁・発行日
vol.2013-UBI-40, no.8, pp.1-8, 2013-10-29

大型インタラクションディスプレイが普及しつつある。コラボレーションを促進することができると見られ、特に仕事場や公共空間において Wall 型と Table 型の大型ディスプレイが最も多く使われている。本論文では、情報の方向性を考慮したより一般的なタスクを設計し、今まで様々なタスクで結論付けた Wall 型と Table 型ディスプレイの強みと弱みを検証し、新たな結論を導くことで、今後の Wall 型と Table 型ディスプレイのインターフェースデザインに参考と助言を提供することを目的とした。 2 人から 6 人までのグループサイズで小規模な事前実験を行った。提案したユーザパフォーマンスの測定方法を評価し、事前実験の結果を分析した上で、今後の本実験の設計を提案した。