- 著者
-
中川 紗智
- 出版者
- 公益社団法人 日本地理学会
- 雑誌
- 日本地理学会発表要旨集 2022年度日本地理学会秋季学術大会
- 巻号頁・発行日
- pp.26, 2022 (Released:2022-10-05)
Ⅰ.研究の背景と目的 地理学において動物と人の関係を考える研究の蓄積が見られる.しかしながら多くの場合,対象とされる動物は野生動物であり,最終的な目標とみなされるのは,共生あるいは動物の数の増加である.これに対して保護犬・保護猫活動は半野生化した動物を捕獲し,ペットとして新たな飼い主の元へ譲渡することが目標となる点で,他の動物保護とは大きく異なる. 現在我が国では多くの人々が家庭で犬や猫などの動物を飼育しており,こうした動物は我々の社会に深い関わりを持つようになっている.一方で,飼育放棄や殺処分の問題などが継続的な課題として議論されている.これらのことから,保護犬・保護猫に注目した,動物と人の関係性についての新たな研究の枠組みの構築が急がれる.特に猫については,野良猫が多く繁殖しており,それによって地域でトラブルが起きたりと,多くの課題が山積している. そこで本研究では,近年増加している譲渡型猫カフェが保護猫活動に果たす役割について,地域との関わりを軸に検討する.対象地域として,特に譲渡型猫カフェの集積が見られる神奈川県横浜市をとりあげる.研究の手法としては,横浜市の譲渡型猫カフェ及び実際に猫の譲渡を受けた里親への聞き取り調査をおこなった.Ⅱ.分析の結果1)横浜市の譲渡型猫カフェの特徴 横浜市に譲渡型猫カフェは11軒あり,経営者1名従業員なしの個人事業主から系列店を持つ株式会社まで幅広い形態がみられた.保護と譲渡の空間的範囲について分析すると,横浜市内での保護が多い店舗と,全国からの保護が多い店舗に分かれることがわかった.譲渡先はいずれも横浜市内が多かった.また開業以来の譲渡数は店舗ごとに大きく異なっていた.本研究では地域との関わりを考察するため,横浜市内での保護の割合が高い2店舗を詳細に検討し,特に譲渡数が多い店舗Aと少ない店舗Bを比較した.2)譲渡型猫カフェの果たす役割 主体間関係を検討すると,事例店舗Aでは横浜市内在住の不特定多数の個人からの保護依頼に応じて野良猫の保護をし,避妊去勢手術を含む医療を施しつつ,猫の展示を行っていた.猫の習性に合わせた行動展示が行われ,それを見たり触れ合ったりした客の中から里親希望者が現れ,マッチングがなされる.人馴れは譲渡後に徐々に進んでいくことが多い. 事例店舗Bでは,横浜市内在住の個人保護活動家1名及び動物病院との連携により保護が行われている.個人保護活動家はT N R活動もしているため,店舗Bに来る猫はすでに避妊去勢手術が完了し,地域で餌やりなどがなされている猫が多くなっている.特に人馴れしていない猫を選んで受け入れており,店舗では日々,人馴れトレーニングがなされている.人馴れがほぼ完了した猫から譲渡されていく. 「人馴れ」は動物と人の関係性を考える上で重要である.半野生動物である野良猫が人馴れを経てペットになっていくと考えられるためである.両店舗の大きな相違点として,人馴れを里親に委ねるのか店舗で完了するのかという点が挙げられる.また両店舗に共通するのは,避妊去勢手術の実施や譲渡後の完全室内飼育の誓約により,譲渡した猫がペットから再び半野生化することを防いでいる点である.これにより地域の野良猫の減少が目指される.Ⅲ.考察 保護猫の譲渡を受けた里親のなかには,当初は保護猫への関心がほとんどなく譲渡も考えずに来店していた者も少なくない.譲渡型猫カフェは,同じ横浜市内という地域に存在しながらお互い認知することのなかった野良猫と人が出会い,触れ合うことで結びついていく空間であることが指摘できる.