著者
中川 紗智
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.92, no.5, pp.283-298, 2019-09-01 (Released:2022-09-28)
参考文献数
42
被引用文献数
1

本研究は,娼婦の通時的な経歴を定量,定性の両面から検討することでその移動実態を明らかにし,彼女らが盛り場をどのように生きたのかという視点から盛り場の性格を把握した.研究対象として1950年代の横浜をとりあげた.その結果,1950年代の横浜には盛り場の重要な構成員である娼婦が大規模に集積する基盤があった.娼婦の中にはほかの盛り場を経由した者や自身の判断によって移動した者も存在した.彼女らが生きる盛り場は全国から人々を惹きつけ,横浜における娼婦のさらなる増加につながった.移動してきた女性たちは横浜での売春を開始して以降もそれぞれが多様な経歴を形成しながら盛り場を生きていた.横浜の盛り場は,多様な背景をもつ多くの女性を絶え間なく流入させ,売春をおこなう彼女らの生活を内包することによって異質性の高い空間であり続けるという性格を持っていた.
著者
池田 真利子 坂本 優紀 中川 紗智 太田 慧 杉本 興運 卯田 卓矢
出版者
地理空間学会
雑誌
地理空間 (ISSN:18829872)
巻号頁・発行日
vol.12, no.3, pp.207-226, 2019 (Released:2020-03-25)
参考文献数
74

本稿は,隣接諸領域において長らく術語となってきた景観を夜との関係から考察することで,景観論に若干の考察を加えることを目的とする。景観の原語とされるラントシャフトは,自然科学分野にて紹介され,方法論的発展の必要と相まって視覚的・静態的・形態的に捉えられた。他方の人文学領域においては,景観・風景の使い分けがなされてきたが,1970年代の景観の有するモダニティに対する批判的検討以降も視覚的題材がその考察の主体であった。夜を光の不在で定義すると,人間が視覚で地表面を捉えることのできない夜の地域の姿が浮かび上がってくる。これは,視覚を頂点とするヒエラルキ−を再考することでもある。同時に夜に可視化される光と闇に,近代以降,人間は都市・自然らしさという意味を見出してもきた。それは,光で演出する行為であり,星空を見る行為でもある。現代はその双方が自然と都市に混在するのである。
著者
中川 紗智
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2022年度日本地理学会秋季学術大会
巻号頁・発行日
pp.26, 2022 (Released:2022-10-05)

Ⅰ.研究の背景と目的 地理学において動物と人の関係を考える研究の蓄積が見られる.しかしながら多くの場合,対象とされる動物は野生動物であり,最終的な目標とみなされるのは,共生あるいは動物の数の増加である.これに対して保護犬・保護猫活動は半野生化した動物を捕獲し,ペットとして新たな飼い主の元へ譲渡することが目標となる点で,他の動物保護とは大きく異なる. 現在我が国では多くの人々が家庭で犬や猫などの動物を飼育しており,こうした動物は我々の社会に深い関わりを持つようになっている.一方で,飼育放棄や殺処分の問題などが継続的な課題として議論されている.これらのことから,保護犬・保護猫に注目した,動物と人の関係性についての新たな研究の枠組みの構築が急がれる.特に猫については,野良猫が多く繁殖しており,それによって地域でトラブルが起きたりと,多くの課題が山積している. そこで本研究では,近年増加している譲渡型猫カフェが保護猫活動に果たす役割について,地域との関わりを軸に検討する.対象地域として,特に譲渡型猫カフェの集積が見られる神奈川県横浜市をとりあげる.研究の手法としては,横浜市の譲渡型猫カフェ及び実際に猫の譲渡を受けた里親への聞き取り調査をおこなった.Ⅱ.分析の結果1)横浜市の譲渡型猫カフェの特徴 横浜市に譲渡型猫カフェは11軒あり,経営者1名従業員なしの個人事業主から系列店を持つ株式会社まで幅広い形態がみられた.保護と譲渡の空間的範囲について分析すると,横浜市内での保護が多い店舗と,全国からの保護が多い店舗に分かれることがわかった.譲渡先はいずれも横浜市内が多かった.また開業以来の譲渡数は店舗ごとに大きく異なっていた.本研究では地域との関わりを考察するため,横浜市内での保護の割合が高い2店舗を詳細に検討し,特に譲渡数が多い店舗Aと少ない店舗Bを比較した.2)譲渡型猫カフェの果たす役割 主体間関係を検討すると,事例店舗Aでは横浜市内在住の不特定多数の個人からの保護依頼に応じて野良猫の保護をし,避妊去勢手術を含む医療を施しつつ,猫の展示を行っていた.猫の習性に合わせた行動展示が行われ,それを見たり触れ合ったりした客の中から里親希望者が現れ,マッチングがなされる.人馴れは譲渡後に徐々に進んでいくことが多い. 事例店舗Bでは,横浜市内在住の個人保護活動家1名及び動物病院との連携により保護が行われている.個人保護活動家はT N R活動もしているため,店舗Bに来る猫はすでに避妊去勢手術が完了し,地域で餌やりなどがなされている猫が多くなっている.特に人馴れしていない猫を選んで受け入れており,店舗では日々,人馴れトレーニングがなされている.人馴れがほぼ完了した猫から譲渡されていく. 「人馴れ」は動物と人の関係性を考える上で重要である.半野生動物である野良猫が人馴れを経てペットになっていくと考えられるためである.両店舗の大きな相違点として,人馴れを里親に委ねるのか店舗で完了するのかという点が挙げられる.また両店舗に共通するのは,避妊去勢手術の実施や譲渡後の完全室内飼育の誓約により,譲渡した猫がペットから再び半野生化することを防いでいる点である.これにより地域の野良猫の減少が目指される.Ⅲ.考察 保護猫の譲渡を受けた里親のなかには,当初は保護猫への関心がほとんどなく譲渡も考えずに来店していた者も少なくない.譲渡型猫カフェは,同じ横浜市内という地域に存在しながらお互い認知することのなかった野良猫と人が出会い,触れ合うことで結びついていく空間であることが指摘できる.
著者
金 延景 中川 紗智 池田 真利子
出版者
地理空間学会
雑誌
地理空間 (ISSN:18829872)
巻号頁・発行日
vol.12, no.3, pp.247-262, 2019 (Released:2020-03-25)
参考文献数
33
被引用文献数
1

本稿は,東京都新宿区大久保コリアタウンにおけるエスニック空間の夜の性質を,夜間営業施設の利用特性の分析から検討した。大久保コリアタウンの夜間営業施設からは,昼間-夜間と,夕方-深夜-早朝の時間帯において,エスニック集団の実生活に依拠した本質的なエスニシティと,ホスト社会に期待される観光資源としてのエスニシティそれぞれの様相と遷移が看取できた。また,夜の大久保コリアタウンは,昼間の領域性を薄め,歌舞伎町との連続性を強めて再構築されると考えられる。この大久保コリアタウンの領域性の再構築は,形成初期より歌舞伎町の遊興空間と深く結びつき存在してきたエスニック・テリトリ−がホスト社会の管理により縮小されながらも,韓流ブ−ムに起因する大久保側の観光地化と,第二次韓流ブ−ムによりもたらされた夜間需要の拡大といった外的要因により,そのエスニシティの境界が維持された結果と理解される。さらに,この領域性を歌舞伎町と大久保コリアタウンの境界域として捉えるならば,日本の盛り場的要素と韓国のエスニシティが交差した新たな文化的アイデンティティを有する「第3の空間」として新宿の夜の繁華街を構成し,その新たな都市文化の創造に寄与しているといえよう。