著者
福井 一喜
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
E-journal GEO (ISSN:18808107)
巻号頁・発行日
vol.15, no.2, pp.397-418, 2020 (Released:2020-12-25)
参考文献数
43
被引用文献数
3

近年,日本の観光政策は観光振興による雇用拡大や経済成長を目指してきた.しかし各県の2012年から2016年の観光経済振興を分析すると,観光客数や消費額はほぼ全国で増加したが,観光産業の雇用拡大や付加価値額の増加は大都市圏とりわけ首都圏に集中し,地方圏では観光の基幹産業化や既存の地域経済格差を覆すような経済振興が生じた県はほぼ見られない.それは観光のサービスとしての宿命である貯蔵の不可能性と機械化による生産性向上力の小ささが地方圏に条件不利性として作用し,他方で大都市圏では立地優位性によって観光産業集積が累積的に増大し,知識集約的な都市的サービス業との連携による経営の合理化の機会も拡充されるからである.観光振興を促進する観光政策はすべての地域で有効とは限らず,大都市圏と地方圏との地域格差を再生産する構造を持つ.COVID-19を契機に,日本の観光政策は経済振興への偏重から転換し,観光の「豊かさ」の意味を再考すべきである.
著者
福井 一喜
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
E-journal GEO (ISSN:18808107)
巻号頁・発行日
vol.14, no.1, pp.1-13, 2019 (Released:2019-01-29)
参考文献数
19
被引用文献数
4

東京大都市圏に居住する若者の観光・レジャーにおけるSNS利用を,目的地による情報環境の差異と,SNS上での影響力の個人差に着目して分析した.観光・レジャーにおいてSNSを積極利用するのは,SNS上での影響力が大きい者であり,彼ら彼女らは情報探索時に自治体や観光協会のSNSアカウントよりも,企業のほか友人や知人などのSNSアカウントを参考にしている.それは彼ら彼女らが,SNS上で他者から凡庸と判断される情報の探索や発信を慎重に忌避したり,自身の観光・レジャー体験をより上質なものにしたりするために,目的地の情報の量や流通速度の差を認識しながら,SNSで拡充した個人的な社会関係を活用したためである.こうしたSNS利用は,若者たちが置かれる他者評価を重視せざるを得ない相互監視的な情報環境の中で,戦略的にICTを活用し観光・レジャーを効果的に実施しようとした結果だと解釈できる.
著者
福井 一喜
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
E-journal GEO (ISSN:18808107)
巻号頁・発行日
vol.18, no.2, pp.221-246, 2023 (Released:2023-07-14)
参考文献数
98

「観光立国」や「観光まちづくり」の担い手は誰なのだろうか.本稿は観光政策論と英語圏のジェンダーの経済地理学の観点から,観光産業の雇用の地域的パターンを解明した.雇用者の半分以上を所得149万円以下の女性の非正規雇用者が占める県は36を数え,市区町村の2/3以上において非正規雇用者の女性率は70%を超える.正規雇用者は主に男性だが,相対的に低賃金な若手の高卒者が多く,非正規の男性や高齢者も増加している.先進諸国のサービス経済化や中間層の退潮,空間の価値上昇政策,それらを背景に地域へ経済的自立を求める観光政策の政治の論理,それを内面化する観光産業の資本の論理,経済活性化を優先する地域活性化論等によって,既存のジェンダー不平等が温存されている.観光産業の主な担い手は低賃金の非正規雇用者であり,それは女性,若年者,高齢者,非大卒者等,各地域の労働市場で高賃金を得にくい周縁化された人々である.
著者
福井 一喜
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.88, no.6, pp.607-622, 2015-11-01 (Released:2019-10-05)
参考文献数
34
被引用文献数
1

本研究は宿泊施設の経営戦略に着目して,群馬県草津温泉の宿泊業におけるインターネット利用の動態を,各施設の誘客,予約受付,関係構築・維持の3段階におけるネット導入の状況分析から明らかにした.結果として,大規模施設や社会組織加盟率の高い施設で導入率が高く,予約受付段階では広く導入済みだが誘客と関係構築・維持段階での導入は限定的であり,導入状況に差異が見られることが分かった.それは,情報通信技術の普及と個人旅行化が進む中,多様な個人客需要に対応する新たな経営戦略を策定した施設がネット利用をその具現化手段として積極導入して差別化を図る一方,従来の経営戦略で存続できる施設や人材や資金に余裕がなく現状維持を志向する施設はネット利用の導入に消極的なままだからである.草津温泉では,宿泊施設がおのおのの経営戦略においてネット利用を選択的に導入する中で,宿泊施設の利用形態が分化しつつある.
著者
福井 一喜 金 延景 上野 李佳子 兼子 純
出版者
日本都市地理学会
雑誌
都市地理学 (ISSN:18809499)
巻号頁・発行日
vol.11, pp.59-70, 2016 (Released:2019-05-31)
参考文献数
14
被引用文献数
3

本研究は,長野県佐久市の岩村田本町商店街を事例として,地方都市における中心商店街の取組みを調査することにより,新規店舗の開設と新規事業の創出による商店街活性化の方策を明らかにした.中山道の宿場町として発展した事例商店街では高速交通網の整備にともなって,隣接する郊外地域に大型店中心の商業集積が形成されたものの,それに先んじて商店街組織の世代交代を進め,空き店舗を活用した新規店舗の開設と新規事業創出を進め,地域住民の生活を支援する商業的・社会的機能を再構築した.こうした取組みを成立させることができた方策として,①地域貢献を使命とするビジョンの確立とそれを具現化するリーダーシップ,②その基盤となる世代を中心とした地域的連帯の活用,③新店舗や新事業の創出に向けた外部人材と小規模店舗の積極利用が挙げられる.
著者
福井 一喜 金 延景 上野 李佳子 兼子 純
出版者
日本都市地理学会
雑誌
都市地理学 (ISSN:18809499)
巻号頁・発行日
vol.11, pp.59-70, 2016

<p> 本研究は,長野県佐久市の岩村田本町商店街を事例として,地方都市における中心商店街の取組みを調査することにより,新規店舗の開設と新規事業の創出による商店街活性化の方策を明らかにした.中山道の宿場町として発展した事例商店街では高速交通網の整備にともなって,隣接する郊外地域に大型店中心の商業集積が形成されたものの,それに先んじて商店街組織の世代交代を進め,空き店舗を活用した新規店舗の開設と新規事業創出を進め,地域住民の生活を支援する商業的・社会的機能を再構築した.こうした取組みを成立させることができた方策として,①地域貢献を使命とするビジョンの確立とそれを具現化するリーダーシップ,②その基盤となる世代を中心とした地域的連帯の活用,③新店舗や新事業の創出に向けた外部人材と小規模店舗の積極利用が挙げられる.</p>
著者
福井 一喜
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2018, 2018

Ⅰ.はじめに<br>観光・レジャーは,ネット利用が最も早くから進展した分野の一つである.とりわけ観光・レジャー情報のアピールにネットが利用されているが,若者を中心に,個人レベルでのネット利用も一般化し活発化している.<br>それゆえ近年の観光学では,個人間のオンラインコミュニティ上て゛やりとりされる観光・レジャー情報か゛,個人の観光・レジャー行動を決定つ゛ける最大の原動力になると論じられている.地理学でも,観光者のSNSを用いた情報発信を空間的に捉えようという試みが報告されてきた.これらは観光・レジャー情報の受発信におけるSNSのポテンシャルの予察的な論考であり,またSNS利用者という一部の人々の行動を観光・レジャー資源等の評価指標にしようとする試みである.若者を中心とした,SNSを用いた観光・レジャー情報の受発信が注目されている.<br>観光・レジャーにおけるSNS利用の実態把握は観光現象の空間性を把握する上で基本的かつ不可欠な作業といえる.しかしながらデータ取得の困難もあって分析されてこなかった.したがって,観光・レジャー情報の受発信をめぐって,どのような地域での観光・レジャーにおいて,どのようなSNSのアカウントが,どのように,どの程度用いられるのかを明らかにする必要がある.本報告ではそのことを,東京大都市圏の若者に対して行ったアンケート調査をもとに検討する.最も主要なSNSとしてTwitterとInstagramの利用を中心的に分析する.<br>なおSNSに限らずICT利用の空間性の解釈論は情報地理学に豊富な蓄積が見られる.後述するように,本調査結果の解釈にもICT利用の一形態として情報地理学の観点が必要と考える.<br><br>Ⅱ.結果の概要<br>2018年1月に,東京都,神奈川県,埼玉県,千葉県,茨城県に居住する15歳から34歳の1,115名を対象にオンラインアンケートを実施した.以下に結果の概要を示す.居住地は多い順に東京都(37.9%),神奈川県(20.0%),埼玉県(18.6%),千葉県(17.6%),茨城県(5.9%)である.回答者の多くは会社員層と学生層で,「会社員,公務員,専門職」(32.9%)と,学生層の「学生(高卒以上)」(24.2%),「中高生・高専生」(14.6%)が主要グループである.SNS利用率はTwitterが84.9%,Instagramは50.7%である.<br>都市部と非都市部における観光・レジャー活動中の観光・レジャー情報のSNSでの発信状況は,「していない」の回答者が,都市部では45.1%,非都市部では50.5%で,観光・レジャー情報の発信でのSNS利用率は必ずしも高くない.また都市部と非都市部での差も大きいとは言いにくい.<br>一方受信について,どのようなアカウントの情報を参考にするかについては,都市部での観光・レジャーでは非都市部と比較して,企業や店舗,芸能人やマスコミの公式アカウントのほか,現実あるいはネット上の知人友人や,いわゆるインフルエンサーなどの個人アカウントなど,多種のアカウントがより参考にされている.ただし,いずれのアカウントも「よく参考にする」「たまに参考にする」は15~40%程度であり,全体としては,都市部でも非都市部でも,観光・レジャー情報の受信においてSNSが積極的に参考にされているとは言いにくい.<br><br>Ⅲ.まとめ<br>以上の結果は,全体として見ると東京大都市圏の若者は,観光・レジャー情報の受発信においてSNSを積極的に利用しているとは言いにくく,また都市部と非都市部での差も小さいと評価することができる.<br>ただし,それを結論とするのは早計といえる.情報地理学の視座に立つと,SNSに限らずICTの利用強度には居住地や年齢など現実空間での属性だけでなく,本人のICTへの興味やスキル,価値観などオンライン空間との親和性が大きく関わる点が無視できない.本調査でも,TwitterやInstagramへの登録年には,早い者と遅い者で10年以上の差があり,フォロワー数も50人以下から1万人以上の者まで見られる.すなわちSNSに関する習熟度や影響力に大きな差がある.こうしたオンライン空間との親和性に着目して都市部と非都市部における観光・レジャー情報受発信を分析していく.
著者
福井 一喜
出版者
公益社団法人 東京地学協会
雑誌
地学雑誌 (ISSN:0022135X)
巻号頁・発行日
vol.126, no.5, pp.595-615, 2017-10-25 (Released:2017-11-10)
参考文献数
42
被引用文献数
4

The transformation of Kusatsu Onsen spa resort in Gunma prefecture, at the margins of the Tokyo metropolitan area, is elucidated. The use of the Internet by the accommodation industry is analyzed based on the dependence of the area on travel agencies in both information distribution and supply and demand phases. These specifically identify the possibilities and limits of region-led tourism development. The results are as follows. Many accommodations at Kusatsu Onsen independently use travel agencies in the information distribution phase. On the other hand, in the supply and demand phase, both dependence on and independence from travel agencies are confirmed. Through the use of the Internet in the accommodations, the possibility of promoting region-led tourism development at Kusatsu Onsen is increasing as a whole in the information distribution phase. This possibility in the supply and demand phase is due more than ever to the management conditions and management abilities of the each accommodation. Using the Internet as an opportunity, each accommodation tries to overcome the disadvantages of its management conditions and create tourism services. Individual tourists with diverse and advanced tourism demand gather at spa resorts at the margins of the Tokyo metropolitan area. The area responds to tourism demand in the Tokyo metropolitan area, given changing relations of dependence between travel agencies and the areas they serve against the backdrop of the development of personal travel and information socialization. On the other hand, local organizations are attempting to form the functions of travel agencies; however, they are not succeeding. Accommodation owners call for organizations to act as the cores of local networks to promote the management and marketing activities of each accommodation. As described above, at Kusatsu Onsen, a situation is created for continuously providing non-daily life services to the tourism market in the Tokyo metropolitan area, and local accommodations and organizations produce tourism resources independently. In the information distribution phase, the accommodations and local organizations form an environment where each can effectively communicate its own attractions, and the possibility of region-led tourism development is widely acknowledged. On the other hand, in the supply and demand phase, such a possibility can be somewhat recognized. Some accommodations have a trend of great dependence rather than a tendency of becoming independent of travel agencies, and it is also difficult for local organizations to play the roles of a travel agency. These factors suggest the limits of region-led tourism development.