- 著者
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増本 浩子
- 出版者
- 神戸大学
- 雑誌
- 基盤研究(C)
- 巻号頁・発行日
- 2011
スイスの作家フリードリヒ・デュレンマット(1921-1990)は初期から一貫して、世界を人間理性では理解できない「迷宮」として描き出しているが、後期になるとさらに、人間は世界どころか自分自身のことさえ正しく理解できないのではないかという問いを立てる。晩年の作品『素材』は文学的素材の歴史を語ることで作家の人生を語るという特異な自伝であるが、これはそもそも「本当の人生」を描くものとしての自伝を書くことは不可能であるとデュレンマットが考えているからである。作家が頭の中で考え出した文学的素材の歴史を語ることによって人生を語るという自伝のあり方は、「考えたこともまた現実の一部である」という認識に基づく。