- 著者
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早石 修
- 出版者
- 日本保険医学会
- 雑誌
- 日本保険医学会誌 (ISSN:0301262X)
- 巻号頁・発行日
- vol.85, pp.1-13, 1988-01-20
かつて,アメリカの首都ワシントンにあるジョージタウン大学の薬理学教授ピーター・ラムウェル博士は,「近い将来において,医薬品の2/3以上はプロスタグランジン,またはその類縁化合物によって占められるであろう」と予言した。多少誇張があるにしても,この言葉はプロスタグランジンの重要性を端的に物語っているものである。それではプロスタグランジンとはいったいどのような働きをする物質であろうか。一言で言えば,プロスタグランジンは生物情報伝達物質の一種であるということができる。地球上の総人口はおよそ50億といわれているが,私達は日常種々の情報伝達機構を用いて相互に情報を伝えることにより,健全な社会生活が営まれていることは衆知の通りである。特に最近はいわゆるマスコミュニケーションが発達し,通信衛星・テレビ・ラジオ・新聞・電話・ファクシミリ・その他きわめて多種類の情報伝達機構が働いており,一旦それに異常を来たすと社会には非常な混乱が起こることは私共の日常経験するところである。生物の体内でもこれと同様に多くの情報伝達機構が働いて,細胞と細胞,臓器と臓器の間の連絡をとっている。すなわち,私達の一人一人の体を考えてみると,その細胞数はほぼ地球の人口の1,000倍,すなわち50〜60兆といわれており,脳細胞だけでも150億という多数の細胞から成りたっているが,これらの異種または同種の細胞間でも時々刻々種々の情報が交換され,それによって全体としての臓器や個体の生命現象がうまく維持されているのである。このような生体内における情報伝達機構は,生命現象の基本となる重要な歯車のひとつであり,古くから神経やホルモンが遠距離の情報伝達に役立っていることが知られている。最近,近距離の情報伝達物質として,組織ホルモン・局所ホルモンと呼ばれるいくつかの物質が知られてきた。その中でも細胞を外部環境から守っている細胞膜の構成成分である"リン脂質"から作られるプロスタグランジンが注目を浴びており,1982年にはプロスタグランジンの発見や,特に著名な業績をあげたBergstrom, Samuelsson, Vaneの3人がノーベル医学賞を受賞したのもプロスタグランジンの重要性を示すものといえるであろう。本講演ではプロスタグランジン,ロイコトリエン,リボキシン等関連物質の研究について,その現状を解説し,特に最近の話題である脳神経・免疫・がんの研究について述べる。