著者
矢後 勝也 平井 規央 小沢 英之 佐々木 公隆 谷尾 崇 伊藤 勇人 遠藤 秀紀 中村 康弘 永幡 嘉之 水落 渚 関根 雅史 神宮 周作 久壽米木 大五郎 伊藤 雅男 清水 聡司 川口 誠 境 良朗 山本 以智人 松木 崇司
出版者
公益財団法人 自然保護助成基金
雑誌
自然保護助成基金助成成果報告書 (ISSN:24320943)
巻号頁・発行日
vol.28, pp.233-246, 2020-01-10 (Released:2020-01-10)
参考文献数
11

シカの急増に伴う林床植生の食害により国内で最も絶滅が危惧されるチョウと化したツシマウラボシシジミの保全を目的として,a)保全エリアでの実践的な保護増殖活動,b)保全エリア候補地の探索に関する活動,c)希少種保全と農林業との連携に関する活動,の大きく3つの課題に取り組んだ.保護増殖活動では,環境整備やシカ防護柵の増設により保全エリアの改善を試みた他,現状の環境を把握するためにエリア内の林床植生および日照・温度・湿度を調査した.今後の系統保存と再導入のために越冬・非越冬幼虫を制御する光周性に関する実験も行った結果,1齢幼虫から日長を感知する個体が現れることが判明した.保全エリア候補地の探索では,本種の好む環境を備える椎茸のホダ場30ヶ所を調査し,良好な環境を保持した11ヶ所のホダ場を見出した.保全と農林業との連携では,アンケート調査から多くの地権者や椎茸農家の方々は本種の保全に好意的なことや,本種を育むホダ場で生産された椎茸のブランド化に賛成で,協力可能であることなども明らかとなった.
著者
矢後 勝也
出版者
一般社団法人 日本昆虫学会
雑誌
昆蟲.ニューシリーズ (ISSN:13438794)
巻号頁・発行日
vol.21, no.1, pp.48-58, 2018-03-05 (Released:2019-10-08)
参考文献数
18

これまで日本昆虫学会が保全生物学・自然保護に果たしてきた成果・役割について概説した.その内容は以下の通りである:1)英文誌「Entomological Science」には,2016年までに保全生物学やこれに関連する論文・短報が約60本掲載されており,しかも年々増加傾向にあった.特に学会賞が授与されたInoue(2003)やKitahara and Fujii(2005)による研究では,保全生物学分野の重要性が高く評価されている.和文誌「昆蟲(ニューシリーズ)」でも保全生物学関連の論文・報文等が40本程度掲載されている他,年次大会でも毎年多くの発表が行われるなど,本学会は保全生物学・自然保護に関する研究発信の場を長く提供してきた.2)1966年の自然保護委員会の創設以来,本学会は自然保護に深く関わってきた.年次大会での本委員会主催の自然保護シンポジウム・小集会の開催の他,環境省レッドリストやレッドデータブックに寄与し,侵略的外来種への対応でも強く発言してきた.優先保全地域を提示した「昆虫類の多様性保護のための重要地域」シリーズの発行は本委員会最大の功績として挙げられる.また,様々な環境問題に対して国・地方自治体等に要望書を提出してきたことも注目すべきである.3)与那国島でのヨナグニマルバネクワガタや希少な水生昆虫の保全,ゴイシツバメシジミやツシマウラボシシジミのような希少チョウ類の保全など,本学会や他学会からの要望書により実際に進められた絶滅危惧昆虫の実践的な保全活動とその後の成果等も紹介した.その一方で,日本昆虫学会が保全生物学・自然保護に資するべき今後の役割や展望として,研究を主体とした科学的データの提供だけでなく,希少昆虫の回復,保全活動の推進,環境教育の普及などの社会貢献にも供することが必要であることを述べた.具体的には下記の通り:1)希少昆虫の絶滅を招く様々な環境問題に対して,これまで以上に速やかに対処し,科学的知見から得られたデータに基づいて該当機関に要望書を提出したり,学会ホームページや学会機関誌に要望書の内容を公開発信することが重要となる.2)生物多様性条約等の世界情勢も鑑みて,国内希少野生動植物種の昆虫の指定数および指定割合も増える可能性が高く,学会等の意見・対策が一層要求される.3)環境省「種の保存法」の一部改定で「特定第二種国内希少野生動植物種」制度の導入が決定されたが,この制度を機能させていくためには,本学会発行の「昆虫類の多様性保護のための重要地域」シリーズを含む科学的な基礎情報の提供や実践的な保全活動への寄与が必須となる.4)今後の希少昆虫保全のあり方を考える上で,本学会への社会的要請がより強く求められることが予想される他,侵略的外来種等にも迅速に対応するネットワークの構築が急務であり,他の専門機関と連動した新たな体制が不可欠となるだろう.
著者
矢後 勝也 矢田 脩
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.53, no.3, pp.181-184, 2002
参考文献数
11

2001年4月23日,福岡市西油山にて採集されたウラギンシジミCuretis acuta Moore,1877の越冬個体1♀を用いて採卵実験を行ったところ,蔵卵数と生存日数に関する著しい結果が得られた.この個体はやや汚損していたが,翅型は明らかに秋型の特徴を表わしており,前年秋に羽化した越冬個体と判断された.筆者らは本個体を用いて,原則として1日おきに採卵実験を行った.実験にはナイロン製のネットでできたケージを使用し,食草としてフジの新芽を入れ,午後の一定時間に高さ約1mの屋外で採卵した.また採卵時以外の時間帯はインキュベーター(20±1℃;14L-10D)による室内保管を行った.その結果,本個体は捕獲後87日間生存し,その間の産卵総数は343卵を記録した.本個体の産卵能力のピークは4月下旬から5月上旬で,その後,日々の経過につれて産卵数の減少が見られたが,7月中旬に死亡するまで本個体は確実に有精卵を産んでいた.本種の越冬♀は神奈川県や九州では3月下旬から産卵を始めるといわれており,それゆえ本個体も採集以前の時点で,すでにかなりの卵を産んでいたと想像される.本種の♀は条件が整えば,おそらく約400卵あるいはそれ以上の産卵能力を持つものと考えられる.本個体は明らかに越冬個体であるので,その羽化は前年の9月から10月に行われたとすると,本個体は10から11ヶ月間生きていたと考えられる.筆者らが知る限り,多化性かつ成虫越冬するチョウでこのような長期生存するものは,国内ではクロコノマチョウMelanitis phedima(Cramer,1780)(法西,1996,2001;白水,2000;石島・中島,2001;森田,2001)を除いて他にいない.
著者
Ekgachai JERATTHITIKUL Naratip CHANTARASAWAT 矢後 勝也 疋田 努
出版者
THE LEPIDOPTEROLOGICAL SOCIETY OF JAPAN
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.64, no.4, pp.132-139, 2013-12-25 (Released:2017-08-10)

シジミチョウ科の幼虫は,アリと単なる共存から片利共生,相利共生,また共生の中でも特定のアリとしか結び付かない絶対的共生から多くの種のアリと関係する任意的共生,さらには寄生(アリ幼虫の捕食)に至るまでの広範な関係を持つことが知られる.一部ではアリと共生する半翅目を捕食したり,その分泌物を食して成育するものもいる.これらのアリに襲われずに共生等の関係を続けられる性質は好蟻性(myrmecophily)と呼ばれる.そしてアリとの相互関係を維持できる基盤には,アリの制御を可能とする化学的,音響的あるいは視覚的信号をつかさどる好蟻性器官(myrmecophilous ograns)の存在が重要となる.シジミチョウ科ヒメシジミ族に属するクロツバメシジミは,国内では東北地方を除く本州から四国,九州にかけて局地的に分布するシジミチョウ科の一種である.本種の幼虫もアリとの関連性がすでに知られているが,その好蟻性や好蟻性器官に関する詳しい情報はこれまであまり知られていない.2009年から2011年にかけて,筆者らは九州地方の9カ所において本種の調査を行い,幼生期を含む本種を観察,採集した他,幼虫の好蟻性や随伴するアリ類などに関するいくつかの知見も得た.採集した幼虫の体表に見られる好蟻性器官に関してSEMを用いて調べたところ,一般的な共生関係が知られるシジミチョウ科幼虫が持つ基本的な3つの好蟻性器官,すなわち蜜腺(DNO=dorsal nectary organ),伸縮突起(TOs=tentacle organs),PCOs(Pore cupola organs)が認められた.蜜腺は腹部第7節の背中域に見られる横長に開口した大きな器官で,ここからアリが好むアミノ酸や糖類を含む分泌物を多量に放出することが知られる.伸縮突起は腹部第8節の背側域に備える一対の伸縮可能な筒状器官で,本種では先端部周辺に20前後の羽毛状の突起を備えていた.この器官からアリの行動を制御する揮発性物質が放出されるとも言われるが,単に物理的(あるいは視覚的)に刺激をアリに与える器官かもしれず,詳しい機能は不明である.PCOsはドーム形または多少凹んだレンズ状の上部を備えた円柱形の微小器官で,体表全体に散在するが,特に本種では蜜腺と気門の周囲に多く見られた.本種のPCOsは側面上部に4〜8つの三角状の短い突起を有し,特にこの形状はツバメシジミ類の近縁種Cupido minimusと酷似し(Baylis and Kitching,1988),その類縁性がうかがえる.この器官の表面からアリの体表物質に類似した組成の炭化水素やアミノ酸などが検出されるために分泌器官の一つとされる.その他の好蟻性器官として樹状突起(dendritic setae)が認められた.樹状突起はDNOの周辺や気門の周囲,前胸背楯板上などによく生じるが,本種ではDNOの両側の周囲のみに限られていた.DNOやTOsを持たない好蟻性の種の体表上にも散見されることや,物理的な刺激に対する受容器として機能することなどから,アリを感知する重要な感覚毛とされる.好蟻性器官以外の注目すべき構造として,体表全体に散在する剌毛が通常の針状の他にやや扁平なしゃもじ状となるものも少なからず見られた.この形状は好蟻性との関連性によるものと考えられる.また,ソケットの多くは星形をしていたが,これはヒメシジミ族に広く見られる形状である.さらに今回の調査では,幼虫に随伴するアリとしてルリアリ,ヒゲナガケアリ,ハダカアリ,ツヤシリアゲアリ,ミナミオオズアリ,オオシワアリ,トビイロシワアリの7種を記録した.このうちトビイロシワアリを除く6種は,本種の共生アリとして初記録の可能性がある.このように複数種のアリ類との関連が確認された結果から,おそらくクロツバメシジミの好蟻性"任意的共生関係"と考えられるが,今後は九州以外の本州から四国にかけての他地域での好蟻性や共生アリなどの調査も必要であろう.
著者
矢後 勝也 上島 励
出版者
東京大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2011

マレー半島上に位置するクラ地峡とKangar-Pattani線は、動物地理区でのインドシナ亜区―スンダ亜区間の境界線として知られる。そこで形態や生態、分子データに基づいて、この両亜区間の境界線で種や亜種に分化したと考えられる陸上無脊椎動物(昆虫類と陸産貝類)の形成過程を調査した。今回調査した陸上無脊椎動物の範囲では、インドシナ亜区―スンダ亜区間での共通祖先からの分化は、5.0-6.0百万年前と9.5-10.5百万年前の大きく2回の分岐年代が推定された。これらの年代は海水面が大きく上昇して両亜区間が隔てられた時期とほぼ完全に一致していた。また、いくつかのグループでは分類学的再検討も行った。