著者
笠井 孝久
出版者
千葉大学
雑誌
挑戦的萌芽研究
巻号頁・発行日
2012-04-01

本研究は、子どもたちがナマハゲ行事によって感じる恐怖の性質を明らかにした。子どもたちはナマハゲに対して強い恐怖を感じるが、それらは一過性のものでトラウマにならない。その要因は、ナマハゲが神性をもつ存在として、地域住民の生活の中に位置づけられているという文脈によるものと考えられる。また、恐怖の感じ方、表現は年齢による変化があることが明らかになった。ナマハゲ行事は、子どもたちに恐怖とどのように向き合い、どのように統制していくかを経験させる機会となっていると考えられる。
著者
笠井 孝久
出版者
一般社団法人 日本教育心理学会
雑誌
教育心理学研究 (ISSN:00215015)
巻号頁・発行日
vol.46, no.1, pp.77-85, 1998-03-30 (Released:2013-02-19)
参考文献数
24

This study examined the effects of four situational factors related to bullying (ijime), i. e., the number of attackers, the relationship between the attacker and the attacked, the background of the act, and the type of the act, on children's cognition of an incident as ijime. Four hundred and sixty-eight primary school subjects and 318 secondary school subjects rated the degree to which they agreed the incidents, each of which was made by combining the four factors, as ijime. Three factors effect for primary school subjects' cognition, and all the factors effect for secondary school subjects', as well as some interactions, suggested that pupils' cognition of ijime was affected by a combination of these factors. Although primary school subjects considered the incidents as ijime more often than secondary school subjects, a particular type of act, neglect, was considered to be ijime by secondary school subjects more often than primary school subjects.
著者
笠井 孝久
出版者
千葉大学
雑誌
千葉大学教育学部研究紀要. I, 教育科学編 (ISSN:13427407)
巻号頁・発行日
vol.49, pp.181-189, 2001-02-28

不登校児童生徒の不登校の状態やそのきっかけは様々であり,彼らに対する援助的関わりには,個別的アプローチが必要となる。児童生徒個々の発達状況や置かれている環境によって,乗り越えるべき課題が異なると考えられているためである。不登校を理解する視点の1つとして,発達課題の視点がある。例えば,中学生には,新しい価値基準の獲得といった,その時期特有の課題があり(笠井,2000他),それが不登校のきっかけや原因になったりするという視点である。確かに,それぞれの発達課題は容易に達成できるものではなく,課題への取り組みの困難さや達成の失敗をきっかけに不登校になることも少なくない。不登校児を理解・援助する際に,発達課題の視点は,非常に有用である。ところが筆者が出会った不登校児の中には,実年齢以前の発達課題でつまずき,その課題は達成されないままの状態になっている子どもも少なくない。既に中学生の年齢になっているのに,対人関係の技術が実年齢の子ども遂に比べ,著しく未熟だったり,興味・関心が小学校低学年程度の生徒は,とても同年代の仲間集団には適応できないだろう。ある時期の発達課題の未達成が,後の発達段階で問題を生じさせるものと考えられる.故に,実年齢の発達課題についての視点,すなわち横断的に発達をとらえる視点だけではなく,それまでの発達課題で達成できていないものは何か,不登校になったために本来なら体験すべき教育経験や対人関係が限定されてしまい,本人の実年齢に即した発達が阻害されてしまったのではないか等を考慮して不登校児に対する理解・援助を行う必要がある。不登校により阻害された経験が,学校復帰への妨げになることは,不登校による学業の遅れを考えると容易に理解できる。不登校児童生徒が,いざ学校へ復帰しようとしたときに,学業の遅れが気になって,登校行動が妨げられることも少なくない。近年,不登校児童生徒への援助的関わりとしてに,グループ体験や野外体験活動が多く行われている(国立オリンピック記念青少年総合センター1998,笠井, 1999)。これらの活動は,集団生活の中で傷ついた不登校児童生徒に,緩やかなペースの小集団活動を通して,自己信頼感や自信,集団で活動する楽しさ等を取り戻させる機能だけでなく,不登校をしていたがために阻害された経験や対人関係を補う機能も有している。この経験補足的な視点は,これまであまり着目されていなかったように思われるが,不登校児童生徒が再び学校へ復帰する場合に,同学年の集団への適応をより円滑に行うためには,非常に有効な関わりであると考えられる。そのような関わりを行うためには,まず,児童生徒が不登校という経験から,どのような影響を受けているかを明らかにする必要がある。そこで本研究では,不登校児童生徒が担任や友人に期待する関わりについて,現在の年齢という視点に加え,不登校になった時期や不登校の長さ等を分析の観点に加えて検討する.それによって,不登校をしている間に阻害された経験や,反対に不登校だからこそできる他の児童生徒が経験することができない経験を検討することが,現時点での不登校児に対する適切な援助のあり方についての有用な視点となる可能性について検討する。
著者
松井 美穂 笠井 孝久 Matsui Miho 笠井 孝久 カサイ タカヒサ Kasai Takahisa
出版者
千葉大学教育学部
雑誌
千葉大学教育学部研究紀要 (ISSN:13482084)
巻号頁・発行日
vol.61, pp.77-86, 2013-03

本論文では,小・中学生の時期に不登校を経験した青年たちへのインタビューをもとに,不登校経験がその後の生活にどのような影響を及ぼしているのか,すなわち不登校経験と現状のありようとの関連やその意味づけを明らかにすることを試みた。インタビュー内容を分析した結果,家庭や周囲のかかわりのあり方が,彼らの自分自身の問題との向き合い方に大きな影響を及ぼしていること,自分で認めている問題と,実際に問題の本質と考えられるものとの間にズレがあり,不登校が解消した後も扱えずに問題が継続されている可能性が示唆された。これらのことから,義務教育終了後の支援においては,日常の中で彼らの本質的な問題を見据え,働きかける支援者の存在が不可欠であること。彼らの育ちを支えるという視点に立ち,これまでの経過を踏まえその時々の彼らの状態に合わせてサポートをしながら,一緒に問題を考えていける場の必要性が示された。
著者
笠井 孝久
出版者
千葉大学
雑誌
千葉大学教育学部研究紀要. I, 教育科学編 (ISSN:13427407)
巻号頁・発行日
vol.48, pp.221-229, 2000-02-29

不登校児童・生徒数は増加の一途をたどっており,彼等に対する関わりも,従来からの学級担任による助言・指導,相談機関等での相談の他に,スクールカウンセラーによる対応や適応指導教室の設置,野外体験活動の実施など多様な形態となってきている。しかし,現職教員が不登校児童・生徒と直接関わる機会は,まだそれほど多くない。自分の学級の生徒が不登校になった場合や,校務分掌で生徒指導や教育相談の担当になった場合に限られている。そのような場合でも,教師は学校復帰を前提とした関わりをしがちであり,また,子どものほうも学校復帰を強いられるのではないかという不安や,登校していない罪悪感などから教師に拒否的な反応をしてしまうことも多いようである。筆者の経験から,相談室では元気だが,担任の家庭訪問の際には,担任と顔を合わせなかったり,うつむいて一言もしゃべらないといった児童・生徒も多く,学級担任には"元気がない","暗い","頑な"といった印象を与えている。白井(1992)は,青年,大人,教師を対象に不登校イメージについて調査を行い共感的態度と評価的態度の2因子を抽出し,全般的に評価的態度のほうが強いことを示している。この評価的態度項目には,「自己中心的」,「非活動的」,「悪い」,「劣った」等の内容が含まれ,不登校児童・生徒に対する一般的なイメージは,おおむねネガティブな傾向であると言えよう。このようなイメージは,上述のような「教師-生徒」といった学校での関係を基盤にしてできたイメージであるために,不登校児の「学校に拒否的である」という一面だけをとらえているのではないだろうか。このような一面的なとらえ方は,不登校児の実態とかけ離れたものになり,かっ固定化してしまう危険性を含んでいる。千葉大学教育学部附属教育実践総合センターでは,千葉県教育委員会の主催する「ハートtoハート・リフレッシュセミナー」(不登校児童・生徒のためのキャンプ)にボランティアの学生スタッフを派遣している。そこに参加する子どもたちは多種多様で,一般的にとらえられているような非活動的,自己中心的な子どもたちばかりではなく,明るく,活動的で,他者に配慮できる子どもも少なくない。キャンプのように学校とは関係のない場所で,教師という立場に縛られない関わりであれば,一般論として作られたイメージや教師-生徒関係において作られたイメージと異なる,個々の不登校児の実態や本質を知ることが可能になるのではないかと考える。本論文では,実際に不登校の児童・生徒と関わる経験が,不登校児のイメージ,原因の認識にどのような影響を及ぼすかを検討し,不登校児童・生徒の理解についての方策を提案する。