- 著者
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花渕 馨也
- 出版者
- 日本文化人類学会
- 雑誌
- 文化人類学 (ISSN:13490648)
- 巻号頁・発行日
- vol.74, no.3, pp.459-477, 2009-12-31 (Released:2017-08-18)
変身の一つの技法としての憑依は、狂気やトランスとして語られる無秩序な動作なのではなく、日常とは異なるコードにおいて行為と主体の関係を構成する、統御された振舞いである。人類学者が見出してきたのは、一見して狂気にも見える憑依の舞台で演じる主人公達であり、理性的な説明を与えうるその秩序ある振舞いであった。憑依は身体や出来事の偶発性を飼い慣らし、人間を社会化する一つの方法として見ることもできるだろう。だが、憑依は必ず痙攣する身体からはじまるように、統御しがたい身体の偶発性や、予測不可能な出来事と結びついており、憑依の実践には説明を拒否するかのような、不確かな振舞いや出来事の曖昧さが顕著に見られる。精霊憑依とは規範から逸脱する根源的な他者とつきあう方法でもあるのだ。本稿では、ンダマルと呼ばれる野蛮な王の精霊とある女性の親子三代にわたる家族的関係の歴史を検討することで、不確かな他者としての精霊との移ろいゆく関係を通じたコモロにおける身体-自己の形成と変容のあり方について明らかにしたい。