- 著者
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辻本 諭
- 出版者
- 社会経済史学会
- 雑誌
- 社會經濟史學 (ISSN:00380113)
- 巻号頁・発行日
- vol.80, no.4, pp.567-588, 2015-02-25
本論文の目的は,イングランド内の3教区(セント・マーティン・イン・ザ・フィールズ,チェルシ,ブラッドフォード・オン・エイヴォン)の定住資格審査記録をもとに,18世紀イギリスの陸軍兵士とその家族の実像を明らかにすることにある。兵士の入隊前の職業,識字能力,不動産賃借,市民社会への復帰過程の各項目について審査記録の情報を分析すると,「この世の屑」という言葉でしばしば表現される,18世紀以来の古典的な兵士像がきわめて一面的であることが明らかとなる。むしろ彼らの多くはありふれた中・下層の民衆であり,それぞれの社会的・経済的事情に合わせて自ら主体的に入隊を選択した人々であった。兵士の妻についても,結婚以前に奉公人ないし徒弟として職業経験を持つ,典型的な中・下層の女性が多く含まれていた事実を指摘することができる。軍隊と市民社会の間に見られるこうした人的同質性は,両者が絶えざる人の循環によって強固に結びついていたことを示している。民衆によって媒介されるこの草の根の結合関係こそは,募兵制を原則とするイギリスが大規模な軍事拡大を行っていくための前提条件であった。