著者
村山 忍三 那須 民江 青山 俊文
出版者
信州大学
雑誌
一般研究(B)
巻号頁・発行日
1991

1.遺伝子工学的に合成されたヒトP450による有機溶剤の代謝を検討した。これらのP450のトルエン,エチルベンゼン,スチレンの代謝への寄与は類似しており,最も代謝活性が高いのはCYP2B6で,CYP2F1,CYP2E1,CYP1A2,CYP2C8,CYD4B1がこれに次いでいた。CYP3A3,CYP3A4,CYP3A5も活性を示したが,その程度は僅かであった。CYP2A6,CYP2C9,CYP2D6の有機溶剤の代謝活性は殆ど認められなかった。一方ベンゼンとフェノールの代謝活性が最も高いのはCYD2E1であった。CYP1A2,CYP2B6,CYP2C8,CYP2F1のこれらの代謝への寄与は非常に低かった。しかしCYP1A2/1は骨髄で発現されているが、CYP2E1は発現していないので、ベンゼンの骨髄毒性という観点からはCYP1A2の方が重要である。2.トルエンの代謝をモデルとして、CYP2B1-次構造とトルエンの代謝物生成との関連性を検討した。58番目のLenをPheに置換するとベンジルアルコール(BA)の生成は60%以上保持されるが、O-とP-クレゾールの生成は消失していた。114番目のlleをPheに置換するとすべての代謝物が50%以下に低下したが、トルエン環の水酸化は確実に保持されていた。282番目の置換(Glu→Val)はトルエンの代謝に大きな影響を与えなかった。CYP2B1によるトルエン環の水酸化には58番目のLeuが重要な役割を果しているといえよう。3.ヒトの肝のみならず肺ミクロソームにおいて多くの有機溶剤が代謝された。しかし肺における代謝速度は肝の数パーセントであった。喫煙は肝においてトルエンからO-クレゾールの生成を促進させ、肺におけるスチレンの代謝を亢進させた。飲酒の有機溶剤の代謝に与える影響は認められなかった。ヒトの肺におけるトルエンの代謝のパターンは肝におけるパターンと異っていた。すなわち、肝ではO-とP-クレゾールの生成比率は10%以下であったが、肺においてはそれぞれ20%と30%であった。
著者
上島 通浩 柴田 英治 酒井 潔 大野 浩之 石原 伸哉 山田 哲也 竹内 康浩 那須 民江
出版者
日本公衆衛生学会
雑誌
日本公衆衛生雑誌 (ISSN:05461766)
巻号頁・発行日
vol.52, no.12, pp.1021-1031, 2005 (Released:2014-08-06)
参考文献数
36

目的 2-エチル-1-ヘキサノール(以下,2E1H)は,我が国で室内空気汚染物質として注目されることがほとんどなかった揮発性有機化学物質(以下,VOC)である。本研究では,2E1H による著しい室内空気汚染がみられた大学建物において,濃度の推移,発生源,学生の自覚症状を調査した。方法 1998年に竣工した A ビルの VOC 濃度を2001年 3 月から2002年 9 月にかけて測定した。対照建物として,築後30年以上経過したBビルの VOC 濃度を2002年 9 月に調査した。空気中カルボニル化合物13種類はパッシブサンプラー捕集・高速液体クロマトグラフ法で,その他の VOC41 種類は活性炭管捕集・ガスクロマトグラフ-質量分析(GC-MS)法で測定した。2002年 8 月に床からの VOC 放散量を二重管式チャンバー法で,空気中フタル酸エステル濃度をろ過捕集・GC-MS 法で測定した。講義室内での自覚症状は,2002年 7 月に A ビル315名および B ビル275名の学生を対象として無記名質問票を用いて調査した。結果 2E1H だけで総揮発性有機化学物質濃度の暫定目標値(400 μg/m3)を超える場合があった A ビルの 2E1H 濃度は冬季に低く,夏季に高い傾向があったが,経年的な低下傾向はみられなかった。フタル酸エステル濃度には 2E1H 濃度との関連はなかった。2E1H 濃度は部屋によって大きく異なり,床からの 2E1H 放散量の多少に対応していた。床からの放散量が多かった部屋では床材がコンクリート下地に接していたが,放散量が少なかった部屋では接していなかった。講義室内での自覚症状に関して,2E1H 濃度が低かった B ビル在室学生に対する A ビル在室学生のオッズ比の有意な上昇は認められなかったが,鼻・のど・下気道の症状を有する学生は A ビルのみにみられた。結論 2E1H 発生の機序として,床材の裏打ち材中などの 2-エチル-1-ヘキシル基を持つ化合物とコンクリートとの接触による加水分解反応が推定された。両ビル間で学生の自覚症状に有意差はなかったが,標本が小さく検出力が十分でなかった可能性もあった。2E1H 発生源対策とともに,高感受性者に注目した量反応関係の調査が必要である。
著者
市原 学 那須 民江 上島 通浩 前多 敬一郎 束村 博子
出版者
名古屋大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2003

18匹の雄F344ラットを6匹ずつの3群にわけ、それぞれに1-ブロモプロパン1000ppm、2-ブロモプロパン1000ppm、新鮮空気を8時間曝露した。16時間後に断頭し、精巣を取り出し、液体窒素で急速凍結した。液体窒素にて冷却しながら凍結精巣をハンマーにて粉砕し、凍結粉末からRNA抽出キットを用いてRNAを抽出した。電気泳動にてRNAの分解がないことを確認し、ラット精巣用DNAマイクロアレイ(DNAチップ研究所)を用いて遺伝子発現の変化を調べた。5082遺伝子中、263の遺伝子が1-ブロモプロパンと2-ブロモプロパンの曝露で共通して抑制されており、それには、S100,Creatinine kinase、glutathione S transferaseが含まれていた。37の遺伝子は1-ブロモプロパン曝露のみによって抑制され、119の遺伝子は2-ブロモプロパン曝露によってのみ抑制されていた。選択した遺伝子の遺伝子発現変化をリアルタイムPCRにより確認した。また、アロマターゼ遺伝子は1-ブロモプロパン,2-ブロモプロパンの曝露により発現が抑制されていた。1-ブロモプロパン曝露によって、ナトリウムチャンネル関連遺伝子の誘導、ATP結合、イオンチャンネル系の抑制、2-ブロモプロパン曝露により、DNA損傷関連遺伝子が誘導されており、1-ブロモプロパンが神経毒性が強く、2-ブロモプロパンが精租細胞アポトーシスを誘導するという過去の実験結果を説明するものであった。
著者
上島 通浩 那須 民江
出版者
名古屋市立大学
雑誌
挑戦的萌芽研究
巻号頁・発行日
2008

2-エチル-1-ヘキサノール(2E1H)の空気中濃度が高い建物でシックビル症候群(シックハウス症候群)、化学物質過敏症状等が生じるが、病態は未解明で、また、2E1H発生量の決定要因にも不明な点が多い。9週齢の雄ICRマウスを理論濃度値0,55,110,219ppmの2E1Hに1日8時間、7日間吸入曝露した。219ppm群では鼻腔の嗅上皮に構成細胞の減少、炎症細胞浸潤が見られた。呼吸上皮では炎症細胞浸潤は軽度で、また下気道では区域気管支、細気管支の平滑筋層に炎症細胞浸潤が見られた。この結果は、2E1H曝露時にみられる鼻の不快感、刺激性と一致すると考えられた。また、肝のアルコール脱水素酵素(ADH)活性は、0ppm群で6.9±0.9(nmol/mg protein/min)、219ppm群で7.6±1.4(nmol/mg protein/min)で、曝露によるADH活性の上昇は認められなかった。マウスでは2E1HがADHの、2-エチル-1-ヘキサナールがアルデヒド脱水素酵素の基質となることも示されたが、ppbの濃度域で生じるシックハウス症状の原因が、2E1Hから2-エチル-1-ヘキサナールへの代謝亢進による可能性はほぼないと考えられた。また、2E1H発生側の要因解明のために、セメント中に存在する化学成分と2E1H発生量との関係を検討した。CaO、Fe_2O、Na_2O、Mn_2O_3が発生促進と密接な関係があり、一方SiO_2、K_2O、MgOは発生を抑制すること、発生促進と抑制はセメントの種類、含水率、経時日数に依存することが明らかになった。今回の分析条件では、アルデヒドの発生は認められなかった。2E1Hの発生を避けるためには、コンクリートの十分な乾燥が必要であることが知られるが、さらに、床を形成するセメントコンクリートの材料を適切に選択することの重要性が示唆された。