著者
呉座 勇一
出版者
国際日本文化研究センター
雑誌
日文研 = Nichibunken
巻号頁・発行日
vol.62, pp.48-51, 2019-03-31

言及状況

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「私たちは史料を介してしか歴史的事実を解明することはできない」は至言。史料に書いていないことを想像するのは自由だし、創作においてはむしろそこに価値がある。でもそれは、真の歴史に迫る行為ではないってこと。歴史に親しむ時、その線引きを… https://t.co/bVAx421cMY
国際日本文化研究センター学術リポジトリ-日文研オープンアクセス https://t.co/AJHkw0i0fP
“<エッセイ>史料を読むということ ” / “WEKO - 国際日本文化研究センター学術リポジトリ” https://t.co/JIMS6HS2LN
字が読めるのと、史料が読めるのは、違う能力なので(プロの学者なら崩し字は読めて当たり前。その先で格闘している)。 とまれ、関心が高まること自体は歓迎すべきこと。 呉座勇一「史料を読むということ」リンクは日文研 https://t.co/3SznBw1mAf
国際日本文化研究センター学術リポジトリ-日文研オープンアクセス https://t.co/71j1OK34uE
@omikun_1603 呉座先生も歴史学の文献を読む場合は、文脈を読み解けと言ってますね。 くずし字が読めるレベルでは駄目だそうです。当たり前ですが。 https://t.co/UXByK7n2hf
呉座 勇一 「史料を読むということ」 https://t.co/qdLXnXrRa8 「活字になっている刊本だけを見ている場合にのみ成り立つ議論である。原本とは言わずとも、写真だけでもチェックした方が良い。」 ほんとにそう。『浄全… https://t.co/YTATwafDd9
呉座勇一氏の「史料で人を斬るということ」 これは竹簡も同じ。 ”字面だけ追っていると、そういう解釈も成り立つように見える。しかし残念ながら、活字になっている刊本だけを見ている場合にのみ成り立つ議論である。原本とは言わずとも、写真だ… https://t.co/XAHnAC5r9T
「陰謀論を唱える在野の歴史研究家は、史料に書 いてあることをきちんと読まずに、「史料に書いていないこと」に過剰な意味を求めがちだ」 <エッセイ>史料を読むということ(PDF) https://t.co/sO6lc2LQ82
@4th_F1LE_ROOK TLが殺伐としてきたな。みんな私のほのぼのエッセイを読んでほっこりするんだ! (原文ママ) https://t.co/HvtgW0w30I
https://t.co/gL1JTB68ZZ
https://t.co/Gu372oYoap エッセイ読んだ~☺️
<エッセイ>史料を読むということ https://t.co/dDAbtvAxyP

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