著者
小松 浩子
出版者
医学書院
雑誌
看護研究 (ISSN:00228370)
巻号頁・発行日
vol.51, no.2, pp.175, 2018-04-15

本書の発刊を知り,すぐに頭に浮かんだ言葉は,「待っていました!」です。すでに,研究室の本棚には多変量解析に関するテキストブックが複数並んでいますが,どれもきれいなままで,複雑な数式やピンと来ない例題にギブアップした形跡があります。本書は看護研究を学ぶものにとって,かゆいところに手の届く格好のテキストブックといえます。私のお気に入りの点を挙げながら,特徴を紹介します。 第1は,看護研究のもどかしさを紐解く統計手法を,わかりやすく解説している点です。統計学のイロハといえるデータ,変数,仮説,分布といった統計学の基本的知識を,看護研究の観点からわかりやすく積み上げ式で学べます。長年,看護学生や看護研究者に統計学を教えている著者だからこその解説,例示が満載です。難しい統計学が「わかった!」となっていくので,どんどん読み進めることができます。
著者
光根 美保 守永 里美 藤内 美保 宮内 信治 阿南 みと子 財前 博文
出版者
医学書院
雑誌
看護研究 (ISSN:00228370)
巻号頁・発行日
vol.48, no.5, pp.452-455, 2015-08-15

はじめに 超高齢社会を迎え医療ニーズが多様化するなかで,2025年に向けた在宅医療の推進が積極的に行なわれている。このようななか,地域医療を担う訪問看護ステーションにおける診療看護師(Nurse Practitioner;以下,NP)の役割は重要である。 筆者は訪問看護ステーションで活動しているが,在宅医,クリニックの医師はもちろん,介護支援事業者やヘルパーステーション,通所・入居施設,行政,ボランティア,NPO法人など,多くの組織と連携を強化することを心がけている。これは,個々の病態や生活スタイルに合った生活,また終末期を含めて,急変時・緊急時でも利用者・家族が安心して在宅療養ができること,そして生きる希望をもって日々暮らせるように,対象者と日々向き合う活動をめざしているからである。 2011年度から2014年度まで,厚労省の業務試行事業やプロトコール検証事業に参加し活動した。そのなかで,在宅療養者に新たな症状が出現したり,急な症状の悪化に対応することが少なくなかった。NPとしてその場で判断し,医師の包括指示のもとでタイムリーに特定の医行為を実施し素早く対応するとともに,対象者とその家族にそのつど丁寧に病態を説明することで,信頼関係が深まっていると実感する経験が何度もあった。 日々の訪問時に問診やフィジカルアセスメントを行ない,採血や画像データなどの検査所見を常に把握し,主治医に病状を報告したり,予測される病態を確認し身体状況を詳細に把握していることは,急変時の判断や対応に非常に役立つ。在宅療養を行なう対象者・家族が,急に状態が悪化した場合や終末期などの最も不安な場面で,タイムリーな対応や素早く問題解決に導くことが,在宅療養の継続につながると考える。 重症者や急変しやすい患者,さらに終末期患者においても在宅療養を行なえるように訪問看護を続けているが,在宅医療にかかわるNPの人数はまだ少ないため,訪問看護ステーションにおけるNPの活動によって何が変化し,どのような成果が出ているのか,十分に示せていない状況である。そこで今回,訪問看護関連報酬に注目し,当訪問看護ステーションにおけるNP導入前後の変化の実態調査を行なった。誌面の都合によりその一部を報告する。
著者
前田 ひとみ
出版者
医学書院
雑誌
看護研究 (ISSN:00228370)
巻号頁・発行日
vol.33, no.1, pp.23-29, 2000-02-15

はじめに アメリカ合衆国の首都であるワシントンD.C.に隣接するメリーランド州ベセスダに,米国国立衛生研究所(National Institutes of Health:略称NIH)のメインキャンパスがある。NIHは衛生機関の1つであるが,アメリカ合衆国最大の生物医学研究所でもある。昔,ゴルフ場だったというベセスダのキャンパスは300エーカー(1.2km2)以上の広さをもち,木々や芝生の緑に囲まれ,りすや鹿も訪れる自然豊かなところである。 NIHには博士取得者が約6,000人働き,年間7,000以上の論文が世に送り出されていると言われる。NIHは,ベセスダ以外にもフレデリック,バルチモア,ロッキーマウンテン等にも研究施設をもち,おそらく世界最大規模の生物医学研究機関といっても過言ではないであろう。また外国人研究者として日本人研究者も常に400人以上がNIHで働いていることから考えると,日本人にとってもNIHは最大の生物医学研究施設と言えるのではないだろうか。
著者
飯野 雅子 鈴木 英之
出版者
医学書院
雑誌
看護研究 (ISSN:00228370)
巻号頁・発行日
vol.48, no.5, pp.440-448, 2015-08-15

診療看護師(NP)としての役割と成果 飯野雅子 はじめに 昨今,わが国では医療の質,医療の安全性を問う国民の声が大きくなってきている。医療の現場に目を向けると,医療の高度化・複雑化に伴う業務の増大や高齢化による合併症患者の増加などにより,わが国の医療は疲弊してきている。このような現状のなか,「チーム医療」の重要性が謳われている。 そこで2010年3月,厚生労働省はチーム医療の推進を図るための1つとして,看護師の業務拡大の必要性をあげ,特定看護師(仮称)の設置,法制化に向けての素案を示した。このような社会背景を踏まえ,クリティカルケア領域でも対象患者の高齢化,疾病の複雑さにより,医療者の業務は増大している。そのため,周術期の患者管理においても多職種によるチーム医療の必要性が高まっている。 チーム医療の一員にナースプラクティショナー(Nurse Practitioner;NP)が存在できるのであれば,NPの特性である医療的,看護的の両側面からアプローチすることで,タイムリーかつ質の高い医療を患者に提供でき,患者や医療者の満足度も上げることにつながると考える。 今回,所属する消化器外科病棟の看護師に対し,診療看護師(NP)の活動についてのアンケート調査を行なった。その結果から得られたNPの成果について述べる。
著者
山浦 晴男
出版者
医学書院
雑誌
看護研究 (ISSN:00228370)
巻号頁・発行日
vol.50, no.3, pp.218-227, 2017-06-15

はじめに この小論は,次の文献と筆者の体験をもとに,クラシックGTとKJ法およびそれに準拠した質的統合法(KJ法)を比較検討している。 Ⅰ. 川喜田二郎(1967).発想法─創造性開発のために.中央公論社. Ⅱ. 川喜田二郎(1986).KJ法─渾沌をして語らしめる.中央公論社. Ⅲ. B.G.グレイザー&A.L.ストラウス/後藤隆,大出春江,水野節夫訳(1996).データ対話型理論の発見─調査からいかに理論をうみだすか.新曜社. Ⅳ. 山浦晴男(2008).科学的な質的研究のための質的統合法(KJ法)と考察法の理論と技術.看護研究,41(1),11-32. Ⅴ. 山浦晴男(2012).質的統合法入門─考え方と手順.医学書院. Ⅵ. V.Bマーティン&A.ユンニルド編/志村健一,小島通代,水野節夫監訳(2017).グラウンデッド・セオリー─バーニー・グレーザーの哲学・方法・実践.ミネルヴァ書房. これらの文献とともに,KJ法の創案者川喜田二郎氏に直接指導を受けた20年間の体験と,その後の26年間にわたる筆者の実践経験に基づき,比較検討を行なった。 日本ではグレイザーの流れに基づくクラシック・グラウンデッド・セオリー(以下,クラシックGT)のほかに,ストラウスの流れをくむグラウンデッド・セオリー(以下,GT)が普及しているとされている。そこで次の文献も参照したが,本小論では主にクラシックGTとの比較を行なっている。 Ⅶ. 木下康二(2003).グラウンデッド・セオリー・アプローチの実践─質的研究への誘い.弘文堂. Ⅷ. 戈木クレイグヒル滋子(2005).質的研究方法ゼミナール─グラウンデッド・セオリー・アプローチを学ぶ.医学書院. Ⅸ. 戈木クレイグヒル滋子(2006).グラウンデッド・セオリー・アプローチ─理論を生みだすまで.新曜社. Ⅹ. 髙木廣文(2011).質的研究を科学する.医学書院. これらに加えてさらに,次の文献を参照している。 Ⅺ. マイケル・ポランニー/高橋勇夫訳(2003).暗黙知の次元.筑摩書房. Ⅻ. 伊藤邦武(2016).プラグマティズム入門.筑摩書房. なお,筆者はクラシックGTおよびGTの直接的な体験がなく,文献ならびに小島通代氏の講義と口頭での学びの範囲での理解であり,そこに理解の限界があることを申し添えたい。また,以降の本文中の引用については,一部を除いて,上に挙げた文献番号を示す形とさせていただきたい。
著者
草間 朋子 村嶋 幸代 真田 弘美 深井 照美
出版者
医学書院
雑誌
看護研究 (ISSN:00228370)
巻号頁・発行日
vol.48, no.5, pp.468-477, 2015-08-15

診療看護師としての活動の成果 草間(司会) 2025年に向けて,いま,医療制度が大きく変わりつつあります。その中で,昨年6月に「医療介護総合確保推進法」が通りまして,その一環として保助看法も昭和23年に制定されて以来初めて看護師の業務に踏み込んだ改正が行なわれました。「特定行為に係る看護師の研修制度」として法制化されたことで,診療看護師(NP)に関連するいままでの私たちの取り組みがようやく認められつつあることを実感しています。 診療看護師は,医療界にとって大きな課題である2025年問題の解決に向けての重要なキーパーソンになると考えています。現在,診療看護師を養成する大学院は全国で7校あり,修了生は2015年3月現在で200人を超えており,素晴らしい活躍をされています。制度の施行は本年10月からですが,制度化に至るまでの間,厚生労働省が平成23年に養成試行事業,24年に業務試行事業という2つのモデル事業を立ち上げました。モデル事業を通して,診療看護師の実績が出てきているところかと思います。診療看護師をさらに定着させ進化させていくには,これからしっかりエビデンスを創出し,公表していくことが大変重要だと思います。そのためにも,わかりやすく納得が得られるアウトカムを形で残し,それを基盤に学問として成長させていく必要があります。本日はそのあたりを中心に議論したいと思います。
著者
原澤 純子
出版者
医学書院
雑誌
看護研究 (ISSN:00228370)
巻号頁・発行日
vol.47, no.7, pp.670-678, 2014-12-15

I.はじめに 多くの看護場面では,「触れる」「握る」「さする」などといった行為が日常的に行なわれている。近年臨床において,タッチやマッサージなど,患者に触れることでリラクゼーションや心身の安寧を図る技術を取り入れる機会も増えてきた。しかし,手を使ったケアはこのような特別なタッチやマッサージに限らない。保清や体位変換などの日常生活援助や,注射や創傷処置などの診療の補助のような看護ケアの多くも,手によって生み出されている。ウィルソン(1998/藤野,古賀訳,2005)は,「われわれの生活は,じつに巧妙に静かに手が関係する日常的な経験にあふれすぎているので,現実にどれほど手に頼っているかをめったに考えることはない」と述べている。 手は日常の看護ケアのあらゆる場面ではたらいているが,巧妙に静かに,ケアに密着してはたらく手にかかわる経験について,常にはっきりと意識化しているわけではない。しかし,ふと触れた手によって,患者がなんとなく安心した様子になったり,苦痛が緩和したように感じたりということを経験的に感じることがある。このような手のはたらきは,状況に応じて直観的に差し出されるため,その効果のエビデンスが明らかにされているわけではない。 タッチやマッサージ,触れることに関する先行文献を概観してみると,これらが心身に及ぼす影響について,生理的・心理的指標を用いて検証を試みているものが多い(森下,池田,長尾,2000;松下,森下,2003;本江,高橋,杉山,田中,2012)。また,質的研究では,タッチのタイプや意義を明確化することを試みた研究(鳥谷,矢野,菊地,小島,菅原,2002;大沼,2011)がある。川西(2005)は,日常生活援助場面での「触れる」ことに焦点を当て,参加観察と看護師の面接により,触れることの意義をカテゴリ化している。患者の身体にはたらきかける際の両義性,相互性に着目しているところが意義深いが,依然意図して触れる部分についての言及にとどまっている。 一方,日常の看護場面に密着した手のはたらきに関する研究はまだ少ない。川原ら(2009)は,個別の状況において自然に行なわれている看護師の触れるケアを身体論的に分析し,触れるという行為はそれぞれの状況において即応的に,直観的に行なわれ,看護師と受け手の両者にとって深い感覚的・情緒的交流をもたらしていることを明らかにした。しかしながら,臨床における優先度は低い現状も指摘されており,今後も看護師や患者の経験を掘り起こし,共有していく必要性について述べられている。 現象学者である滝浦(1977)は,「足は外界に対するわれわれの立脚点として,まだわれわれ自身に属しているのに対して,手は,われわれの外界に対する実践的接点として,両者に共属している」と述べている。この考えに基づくと,看護の技術的側面だけを抽出して客観的に分析する方法では,自分と相手(外界)との間の実践的接点として手がはたらく場面を捉えきれない可能性がある。また,自分と外界の両者に共属している手のはたらきを改めて見つめ直そうとしても,客観的に捉えることは難しく,自らの経験や感情を抜きにして語ることはできない。さらに,状況に応じて差し出される手,看護師自身も意図しているかいないかのところではたらく手について,実験的環境を整えるのは困難である可能性も考えられる。これらから,看護師が自らの実践を振り返り,語り直すという過程の中で,その経験や触れる意味を捉え直していくことで,看護場面においてはたらく手に関する経験が浮かび上がってくるのではないかと考えた。 そこで,日常の看護場面ではたらく手について,看護師の経験の語りを通して明らかにすることを目的として本研究を行なった。そのことにより,看護ケアにおいてはたらく手について改めて問い直すきっかけとなるのではないかと考える。
著者
我妻 洋 原 忠彦 石井 溥 末成 道男 崔 吉城 石井 光子 立山 恭子 原 ひろ子
出版者
医学書院
雑誌
看護研究 (ISSN:00228370)
巻号頁・発行日
vol.7, no.3, pp.276-293, 1974-07-15

原(ひ) きょうの座談会は,はじめに立山さんのバングラディシュでの看護のご経験,石井(光)さんのインドでの看護のご経験から,排泄を中心とした看護の体験が,日本とどういうふうに違っているかということをお二人から報告していただき,その次にちょっと話題を変えて,日本以外の韓国,台湾,中国,ネパール,バングラディシュ,イスラム,そしてアメリカとか西欧の文化についてそれぞれ話していただき,最後の部分で,もっと一般的に,文化と排泄の問題,たとえば羞恥心とか,プライバシーの問題とか,穢れの観念とか,それから個人のしつけられ方の問題ですね,そういうふうなことを話し合っていきたいと思います。
著者
山崎 喜比古
出版者
医学書院
雑誌
看護研究 (ISSN:00228370)
巻号頁・発行日
vol.42, no.7, pp.479-490, 2009-12-15

はじめに 健康生成論およびSOC概念・尺度の提唱と本稿の目的 20世紀後半,特に最後の四半世紀,健康・病気と保健医療の世界においてパラダイムシフト,すなわち,それまでの健康・病気と保健医療に関する伝統的支配的な見方・考え方に代わる新しい見方・考え方の提唱と普及が進んだ。 その1つに,ユダヤ系米国人の保健医療社会学者アーロン・アントノフスキー(Aaron Antonovsky)博士(社会学)が,1979年と1987年に刊行した2大著作で世に問うた健康生成論(salutogenesis)とストレス対処・健康保持力概念SOC(sense of coherence)がある。書名を和訳すれば,1作目が『健康,ストレス,そして対処─心身の健康への新しい見方』(Antonovsky, 1979)であり,2作目が『健康の謎を解く─ストレス対処と健康保持のメカニズム』(Antonovsky, 1987/山崎・吉井監訳,2001)である。 Antonovskyによれば,従来の医学は,予防医学や公衆衛生も,基本的には,疾病生成論(pathogenesis)的な観点から,疾病を発生させ増悪させる危険因子(リスクファクター;risk factor)と,その軽減もしくは除去の方策について,膨大な知識と実践を蓄積してきた。それに対して健康生成論は,疾病生成論とは180度転回した角度,すなわち,健康はいかにして回復され,保持され,増進されるのかという観点から,その要因を健康要因(サリュタリーファクター;salutary factor)と呼び,健康要因の解明と支援・強化がめざされる理論である。 さらにAntonovskyは,人々の健康を守り改善するためには,疾病生成論と健康生成論が相互補完的に,車の両輪のように発展させられなくてはならない,にもかかわらず,健康生成論は,疾病生成論に比べてあまりにも大きく立ち遅れてきたという。 SOCは,直訳すれば首尾一貫感覚,すなわち,自分の生きている世界(生活世界)は首尾一貫している(coherent),つまり,筋道が通っている,腑に落ちるという感覚である。我々は,SOCの日本語との呼称としては,わかりやすさの点から,日本に紹介した当初より,何をどのように感じている感覚なのかを表現する「首尾一貫感覚」ではなく,何に対してどのような働きをする感覚なのかを表現する「ストレス対処・健康保持能力」または単に「ストレス対処能力」のほうを用いてきた。しかし,それも,「能力」とするか,それとも単に「力」とするかについては,正直,ずっと迷い続けてきた。本号焦点でも,基本的には従来通り,「能力」を用いているが,本稿では,あえて「能力」の代わりに,包括性のより高い「力」のほうを使わせていただくこととした。両者のニュアンスの違いについては,簡単にではあるが後述する。 SOCは,Antonovskyが,上述した健康生成論的な観点から,極めてストレスフルな出来事や状況に直面させられながらも,それらに成功裏に対処し,心身の健康を害さず守れているばかりか,それらを成長や発達の糧にさえ変えて,明るく元気に生きている人々のなかに見いだした,人生における究極の健康要因であり,健康生成論の要の概念である。 Antonovskyの健康生成論的な発想と見方・考え方は,その後,世界の保健,医療,看護や心理などヒューマンサービスに関わる広範な分野の学問と実践にパラダイムシフト的なインパクトをもたらした。また,SOC概念がAntonovskyの2作目の著作(Antonovsky, 1987/山崎・吉井監訳,2001)において尺度化され,SOC尺度が提案されることによって,この20年あまりの間に,SOCと健康生成モデルの実証研究が大いに促進され,年々,幾何級数的な増加を示し,世界の学術雑誌に掲載されたSOC実証研究論文だけでも,今日までに千数百本にものぼっている。健康生成モデルとは,SOCはどのような働きをするのか,SOCは何によって育まれるのかということについての理論モデルのことである(図1)。 本稿では,以下,こうしたSOCとその着想のもとになった健康生成論とはどういう概念であり理論なのか,特に,SOCはどういう感覚なのか,人生における究極の健康要因として,ストレスフルな出来事や状況に直面して,どのような働きをする,どういう力なのかということについて,Antonovskyの提唱した理論をベースに,その後の実証研究の成果も踏まえて,概説してみたい。筆者らが2008年に出版した『ストレス対処能力SOC』(山崎・戸ヶ里・坂野編,2008)の第1章「ストレス対処能力SOCとは」とも重なるところが少なくはないが,本稿では,さらに整理と深化を随所で図ったつもりである。
著者
服部 兼敏 東山 弥生
出版者
医学書院
雑誌
看護研究 (ISSN:00228370)
巻号頁・発行日
vol.43, no.4, pp.315-323, 2010-08-15

看護場面で使われるオノマトペ 「カピカピ」,一体何のことだろう。看護の現場で用いられているこのコトバに初めて接する部外者は,驚くことになるだろう。説明を受けて,「カピカピ」とは,痰というもともと粘稠にあるものが乾燥した傾向に向かうときの状態であることがわかる。では「キンキン」とは。これは,腸閉塞の状態をいう。腸閉塞患者の腹部に当てた聴診器から聞こえる音が,「キンキン」という金属音に聞こえるために,このようにいわれるようになったそうである。さらに,浮腫が現われた状態,これは「プヨってる」と表現される。これらは,言語学でいうオノマトペ(擬音語,擬態語)である。 看護という専門領域では,微妙な患者の状態を表わし,その微妙な状態の変化に対応した手技を喚動(動きを呼び起す)するために,オノマトペが頻繁に用いられているのではないだろうか。患者の生死を左右するという極限状態において,また看護師が自分の生命すらかけなければならないような状況において,極限状態に対峙するに相応しい認知行動がとられているのではないだろうか。看護現場のエキスパートを観察していると,そうとしか考えられない言語行動がみられる。
著者
筒井 真優美
出版者
医学書院
雑誌
看護研究 (ISSN:00228370)
巻号頁・発行日
vol.26, no.7, pp.585-594, 1993-12-15

I.はじめに ニューヨーク大学は総合大学であり,マンハッタンの南,多くの芸術家が住むグリニッチ・ヴィレッジやソーホの近くに位置する。大学の南には中華街やリトル・イタリーがあり,さまざまな人種が住んでいる。 ニューヨーク大学看護学部の名誉教授はマーサ・ロジャーズ(M.Rogers)で,1975年までの看護学部長であった。ニューヨーク大学は教育の根底にロジャーズの看護科学(Nursing Science)がある。ロンヤーズは,看護はunitary humanbeing(人間)とその環境についての科学であると述べており,人間に関する概念を中心に看護を説明している。ロシャーズの看護学に関する概念は他の看護理論よりも抽象度が高く,操作的定義が困難であると述べられているが,これはロジャーズが看護理論ではなく看護学(看護科学)について述べているからである。
著者
鈴木 みずえ 磯和 勅子 金森 雅夫
出版者
医学書院
雑誌
看護研究 (ISSN:00228370)
巻号頁・発行日
vol.39, no.4, pp.275-289, 2006-08-01

緒 言 音楽は人々の心を静穏化させ情動的反応を引き起こすことによる癒しの効果や身体活動を促進する効果があり,人々の健康の維持・増進に用いられてきた。欧米では19世紀から臨床的報告がみられ,20世紀後半から音楽が治療として用いられるようになった。今や臓器移植・遺伝子治療などの先端医療技術は,従来の疾病構造さえも変革しようとしている。しかし,人々の健康あるいは病気の課題は先端医療だけで解決されるものではなく,病気や治療に伴うさまざまな苦しみや痛みに対する全人的なケア,本来の自然治癒力・生命力を回復させるホリスティックなアプローチが必要とされている。近年,欧米を中心に,音楽を健康回復および健康増進だけではなく,病気や障害の治療に使用するようになっている。その適応範囲は,リラクセーション,ストレスマネジメント,リハビリテーションなど情動反応やリズム刺激などを活用した広範囲に及んでいる。 老年看護の実践場面でも音楽は高齢者の生活の質を高めるアプローチとしてケアに取り入れられている。デイケア,デイサービス,高齢者施設において音楽は生活環境の一部として欠かせないものである。落ち着きのない認知症高齢者も集中して歌や合唱のレクリエーションに参加したり,コミュニケーション障害のある認知症高齢者が歌を通して他者と交流する場面も認められている。音楽療法のほかにも運動,動物,回想などのレクリエーション的アプローチを用いた看護介入は,アクティビティケアと呼ばれて実践に盛んに取り入れられている。そのなかでも音楽は,わが国の高齢者にとっては壮青年期における重要な娯楽であり,共通した情動反応を引き出しやすく,欧米ではアクティビティケアのなかでは最も歴史が長く,研究報告がなされている。今後,わが国でも認知症高齢者に対して介護予防や介護負担軽減を目的した音楽療法を看護介入として活用することは有効であろう。
著者
石原 逸子
出版者
医学書院
雑誌
看護研究 (ISSN:00228370)
巻号頁・発行日
vol.45, no.5, pp.475, 2012-08-15

筆者は,総説や研究論文の執筆,科学研究費の申請時に,当初集めておいた文献リストから必要な論文を探し出すのに戸惑うことが多い。また,文献リストを前にして,上手に分類化しいつでも使えるようにしたいと願ってはいるが,文献をまとめるために時間を割きたくないとも思っている。しかし,この本を読み進んでいくうちに,このような考えは間違いであることに気づかされ,また,いい論文を書くためには文献レビューのプロセスこそ省略してはならないという認識を新たにした。 書籍の中で,著者のGarrard氏は,「大学院を含めてどの段階の教育プログラムにおいても,文献レビューの体系的な整理方法と実施方法についての正式な授業はほとんどされていない」(p.5)ことを指摘している。確かに,日本の教育機関においても実態は同様である。本書は,この点について電子ベース方式で科学文献をレビューする方法を手ほどきしてくれる。具体的には,マトリックス方式として4つの文献レビュー基本ホルダーを活用し,特定のテーマに関する学術的な資料を読み,分析し,総括を書くことで文献レビューを完成される方法である。これらの基本ホルダーは,以下のように構成されている。(1)ペーパー・トレイル・ホルダー(どのようにして文献を検索したのかのメモ書きと場所記載),(2)文書ホルダー(レビューに必要な文書をコピーやPDFファイルとして保管する),(3)レビュー・マトリックス・ホルダー((2)の文書を要約し集計表に必要な情報を記載する),(4)総括ホルダー(文献レビューをまとめ執筆)