著者
川﨑 瑞穂
出版者
国立音楽大学
雑誌
研究紀要 = Kunitachi College of Music journal (ISSN:02885492)
巻号頁・発行日
vol.57, pp.31-41, 2023-03-31

クロード・レヴィ=ストロースのテーバイ神話群の分析に想を得た音楽分析を、本来的な意味とは異なるという指摘はあるものの「範列分析 paradigmatic analysis」と呼ぶことがある。本稿では、民俗芸能のうち、東日本を中心に各地に伝わる「三匹獅子舞」の歌を例に、範列分析の応用可能性を検討する。筆者は本誌第52集に掲載した拙稿にて、狭山丘陵南麓に伝わる二つの三匹獅子舞「横中馬獅子舞」「箱根ヶ崎獅子舞」について研究した。しかし、拙稿ではその歌について考察することができなかった。本稿ではまず、範列分析を大略紹介したのち、箱根ヶ崎獅子舞の歌の構造を提示する。その後、三匹獅子舞の「歌」の意味論を展開した石川博行の論文「おばあさんの涙」を経由しつつ、歌詞の意味論の可能性、とりわけ「相同性」に着目した分析の方向性について若干の検討を試みる。
著者
宮谷 尚実
出版者
国立音楽大学
雑誌
研究紀要 = Kunitachi College of Music journal (ISSN:02885492)
巻号頁・発行日
vol.55, pp.85-96, 2021-03-31

ヨハン・ゴットフリート・ヘルダーの著作、特に『言語起源論』で用いられた各種の補助符号を手がかりとして18世紀ドイツ語語圏における句読法の一断面を明らかにする。その際、同時代の言語学者であり近代ドイツ語正書法の整備に貢献したヨハン・クリストフ・アーデルングによる句読法手引に記された符号の種類や使用法を参照することで、当時の句読法をめぐる状況からヘルダーの句読法を読み解いていく。ヘルダーの『言語起源論』には自筆稿や清書稿、初版と第2版という諸段階があり、そのプロセスで変更された符号もある。その後の複数の校訂版において補助符号がどのように変更されたかを比較検討し、さらに日本語訳において句読法をいかに「翻訳」できるのかという問題についても考察する。
著者
宮谷 尚実
出版者
国立音楽大学
雑誌
研究紀要 = Kunitachi College of Music journal (ISSN:02885492)
巻号頁・発行日
vol.56, pp.127-137, 2022-03-31

18世紀ドイツ語圏における句読法の一断面を、ゲーテ『若きヴェルターの悩み』におけるダッシュ(Gedankenstrich)を手がかりとして明らかにする。初版(1774年)と改訂版(1787年)を比較すると、改訂版においてダッシュの使用回数が顕著に増え、補助符号も多様化している。『ヴェルター』におけるダッシュのさまざまな機能を、アーデルング『ドイツ語正書法完全手引』も参照して分析することにより、イギリス多感主義文学からドイツ語圏にも取り入れられたこの補助符号の系譜が浮き彫りになる。読み手や聴き手の思考や共感を要求する「沈黙の記号」としてのダッシュを日本語の縦書き文で再現することは容易ではない。音楽と言語の狭間に位置する句読法を日本語への翻訳においていかに反映させるか、その取り組みを提示することで今後にむけた翻訳の課題や可能性を提示する。
著者
吉成 順
出版者
国立音楽大学
雑誌
研究紀要 = Kunitachi College of Music journal (ISSN:02885492)
巻号頁・発行日
vol.55, pp.131-137, 2021-03-31

19世紀イギリスのミュージック・ホールをきっかけに「ポピュラー音楽」というカテゴリーが生まれた頃から(吉成 2014)、大衆娯楽としての音楽上演が各地で盛んになり、20世紀のTVショーへと受け継がれていく。だがトーキー映画以前の時代にそれらが舞台上でどんな風に演じられていたか、という具体的な様子は、メディアの限界もあって十分に分かっていない。本稿は、ポール・ホワイトマン楽団で活躍した演奏家ウィリー・ホールによるヴァイオリンの曲弾きや、我が国の少女歌劇における「男役」文化といった20世紀音楽文化の歴史的ルーツが19世紀のミュージック・ホールにまで直接的に遡ることを確認し、音楽上演における身体的・視覚的要素の理解が音楽史や音楽文化の総合的な理解に不可欠であることを示す。
著者
宮入 恭平
出版者
国立音楽大学
雑誌
研究紀要 = Kunitachi College of Music journal (ISSN:02885492)
巻号頁・発行日
vol.56, pp.115-125, 2022-03-31

シティポップが再評価されている。シティポップとは、1970年代以降の日本のポピュラー音楽を系譜とする音楽ジャンルとして一般的に容認されている。シティポップをめぐっては、これまでに数多くの議論がなされてきた。とは言え、その定義は曖昧で漠然としたものだ。そこには、多かれ少なかれ、恣意的な評価が加味されていることは否めない。シティポップは2000年代になって国内で散見されるようになり、そこで再定義や再解釈がおこなわれるようになった。さらに、2010年代にはインターネットを介して世界的に認知されるようになり、昨今のシティポップ再評価へと結びついたのだ。シティポップは、ある特定の音楽ジャンル概念というよりはむしろ、記号的な意味合いが強い。本稿では、シティポップそのものに関する議論というよりはむしろ、シティポップが再評価される背景に注目しながら、社会・経済・政治との関係を明らかにする。
著者
伊藤 牧子
出版者
国立音楽大学
雑誌
研究紀要 = Kunitachi College of Music journal (ISSN:02885492)
巻号頁・発行日
vol.55, pp.1-6, 2021-03-31

ピアノは、日本企業の独特の技術革新による低価格化や、音楽教室などの市場開拓を契機とし、日本国内に広く普及した。国内のピアノの生産台数は1980年をピークに世界第一位となり、その後減少しているものの、今までの総生産台数は約1000万台に達する。その結果、ピアノ演奏技術の習得者が増加し、日本の音楽文化に大きな影響を与えた。しかし、昨今、子どもの成長や進学と共に使われなくなって放置され、楽器としての機能を十分発揮できない「休眠ピアノ」が増えている。本来ピアノは新旧によらず、定期的なメンテナンスによってその能力は引き出され、長期の使用が可能である。よって技術的観点から、休眠ピアノのような古いピアノに修理などのメンテナンスを丁寧に実施し、再利用することを提案する。自然素材で作られたピアノを再利用することは、家庭の歴史を刻むことに加え、環境問題にも有効であり、ピアノ文化を発展させていくことにもつながると考える。
著者
鯨井 正子
出版者
国立音楽大学
雑誌
研究紀要 = Kunitachi College of Music journal (ISSN:02885492)
巻号頁・発行日
vol.55, pp.183-188, 2021-03-31

本稿は、2019年度音楽教育研究ゼミの3年生が取り組んだ国立音楽大学附属図書館の企画展示「Nコン課題曲のこの10年」に関して、準備から展示、及び展示後の感想に至るまでの記録である。音楽教育研究ゼミは、音楽教育専修の学生に開講されている。4年生での卒業研究を見据え、3年生の授業では、目的と題材を設定し、研究における一連の作業を経験して身につけることを目標に置き、報告文の作成とゼミ内での発表も行う。2019年度はNHK全国学校音楽コンクール(Nコン)を取り上げ、特に最近10年間に出された課題曲に注目し、調査した。その成果を、この年度は図書館に展示した。
著者
佐藤 真一
出版者
国立音楽大学
雑誌
国立音楽大学研究紀要 (ISSN:02885492)
巻号頁・発行日
vol.41, pp.168-162, 2006

ハイデルベルク大学教授時代に、近代歴史学の方法が伝統的な神学にもたらす帰結について考察を深めたトレルチ(一八六五-一九二三)は、第一次世界大戦のさなかの一九一五年以降ベルリン大学において歴史哲学を講じ、「われわれの思考の根本的な歴史化」の問題に取り組むことになった。その際、「近代歴史学の父」といわれるレーオポルト・フォン・ランケ(一七九五-一八八六)の歴史学をどのように捉えていたのだろうか。本稿では、一九一〇年代に相次いで出版された史学史の著作との関連も視野に入れながら、一般的な通念とは異なりランケのヘーゲルとの近さを強調するトレルチ独自のランケ観を考察する。
著者
松村 洋一郎
出版者
国立音楽大学
雑誌
国立音楽大学研究紀要 (ISSN:02885492)
巻号頁・発行日
vol.50, pp.219-228, 2015

本稿は、明治・大正期の音楽誌以外の雑誌に掲載された、作曲家の伝記情報を扱った記事に関する調査の中間報告である。音楽誌以外を扱う理由としては、当時、それぞれの分野の雑誌はあまり個別化されていなかったこと、また、ほかの人文系の分野に比べて、音楽雑誌の成立、確立が遅かったこともあり、音楽誌以外の雑誌に音楽関係の話題が掲載される場合が多かったことが挙げられる。そして、広い影響力を持った一部の作曲家を理解するには、こうした多義的な視点を持つことが求められよう。本稿の内容としては、記事一覧を作成し、そこから読み取れるいくつかの点を指摘する。たとえば、ヴァーグナーに関する記事の多さや、作曲家の作品ではなく人となりに注目が集まる傾向などである。これらは、文学誌等を材料にすでに指摘がなされているものだが、本稿では、美術誌や、少年誌、婦人誌など、これまでとは異なった材料から裏付けることが出来た。
著者
松野 茂
出版者
国立音楽大学
雑誌
国立音楽大学研究紀要 (ISSN:02885492)
巻号頁・発行日
no.11, pp.p89-100, 1977
著者
宮入 恭平
出版者
国立音楽大学
雑誌
国立音楽大学研究紀要 (ISSN:02885492)
巻号頁・発行日
vol.46, pp.115-126, 2011

ポピュラー音楽は、音楽産業という文化産業がつくりだす商品として消費されている。しかし、2011年3月11日に発生した東日本大震災は、日本のポピュラー音楽シーンにさまざまな影響をもたらすことになった。平穏な日常生活のなかでは自明のものだったポピュラー音楽シーンにおける規範-音楽産業がつくりだす商品としてのポピュラー音楽の消費-は、3.11によって改めて問い直されることになったのだ。3.11が発生してから半年が経過したポピュラー音楽シーンは、3.11以前と比べて、何かが変わったのだろうか?あるいは、何も変わっていないのだろうか?本稿では、時間の経過-3.11以前、3.11発生直後、そして3.11以降-とともに変化を見せてきた日本のポピュラー音楽シーンについて検証しながら、自明のものとなっていたポピュラー音楽シーンの規範について考察する。
著者
大塚 直
出版者
国立音楽大学
雑誌
国立音楽大学研究紀要 (ISSN:02885492)
巻号頁・発行日
vol.43, pp.1-12, 2008

演劇とは何か。この問題をめぐって様々なアプローチが考えられるだろう。だが本稿では、少なくとも伝統的な西洋の戯曲を参照するかぎり、演劇が常に王の退位など法的権力の失効する「例外状態」を扱いながら、そこに正義を洞察するメディアとして機能してきたことに着目する。演劇は、その意味では政治学者カール・シュミットの唱えた「例外状態」説における法の問題と通底する問題性を持っている。このような視座は、とくに旧東ドイツの劇作家ベルトルト・ブレヒトとその後継者ハイナー・ミュラーの〈教育劇〉において考察されてきた。では彼らは、極限状況における「正義」の問題をどのように演劇テクストに結実させたのか。さらに、彼らの仕事を嚆矢として出現した新しい現代劇の傾向を「ポストドラマ演劇」と定式化する演劇学者H.-Th. レーマンは、今日の演劇形態のいかなる点に正義/正当性(Gerechtigkeit)を見出しているのか。これらの問題を整理することで、現代における演劇の可能性を捉え直してみたい。
著者
宮入 恭平
出版者
国立音楽大学
雑誌
研究紀要 = Kunitachi College of Music journal (ISSN:02885492)
巻号頁・発行日
vol.52, pp.163-172, 2018-03-31

興隆するライブ・エンタテインメント市場の一翼を担っているライブハウスは、ライブハウス概念の一側面といえるだろう 。その一方で、ライブハウスが広く認知されはじめたのは、ビジネス化にともなうシステム化が確立した1980年代半ばだった。そして、この時期のシステム化したライブハウスは、ライブハウス概念のもうひとつの側面としてとらえることができるだろう。本稿では、多様化する日本のライブハウスの現状を検討したうえで、ライブハウス概念の再考を試みる。まず、ライブハウスに関するデータを更新したうえで、ライブハウスを取り巻く現状を確認する。そして、物議をかもすことになったブログの記事から、既存のライブハウスに対する認識を読み解く作業を試みる。そのうえで、システム化したライブハウスの特徴でもあるノルマ制度に注目しながら、現状のライブハウスに対する認識について検討する。そこから、ライブハウス概念が明らかになる。
著者
宮入 恭平
出版者
国立音楽大学
雑誌
研究紀要 (ISSN:02885492)
巻号頁・発行日
vol.47, pp.117-127, 2012

2011年3月11日に発生した東日本大震災によって引き起こされた東京電力の福島第一原子力発電所事故は、日本国内における原子力エネルギー政策を根本から問い直す契機になった。3.11が発生してから時間の経過とともに、「絆」や「がんばろう!日本」といった言説は希薄になった。その一方で、TwitterやFacebookといったソーシャルメディアを中心に叫ばれてきた反原発の声は、テレビや新聞といったマスメディアからも聞かれるようになった。チャリティに偏向していたポピュラー音楽シーンにも、反原発を掲げる政治性に注目する動きが見られるようになった。 第二次世界大戦後の日本では、商品としてのポピュラー音楽に偏向するあまり、音楽の政治性が可視化されづらい状況にあった。しかし、ポスト3.11の原発問題によって、音楽と政治の関係は無視できないものになっている。本稿では、日本のポピュラー音楽シーンにおける反原発運動を検証しながら、音楽の存在意義について考える。
著者
宮谷 尚実
出版者
国立音楽大学
雑誌
研究紀要 (ISSN:02885492)
巻号頁・発行日
vol.50, pp.193-199, 2015

In dieser Studie wird der Begriff "Schweigen" in der Abhandlung uber den Ursprung der Sprache (1772) von Johann Gottfried Herder analysiert. Drei Arten des Schweigens sind zu finden: 1) passives Schweigen zum Zuhoren, 2) aktives Schweigen zum Denken und 3) Gedankenstrich als Zeichen des Schweigens. Letzteres kommt zwar an einer entscheidenden Stelle in der Ursprungsschrift vor, wurde aber in den japanischen Ubersetzungen nicht adaquat ubersetzt. Eine Neuubersetzung, in der nicht nur die Stimme, sondern auch das Schweigen Herdes wiedergeben wird, ist deshalb notwendig.