著者
高井 経之 市岡 宏顕 水野 和子 太田 義之 安岡 良介 小笠原 正
出版者
一般社団法人 日本障害者歯科学会
雑誌
日本障害者歯科学会雑誌 (ISSN:09131663)
巻号頁・発行日
vol.40, no.1, pp.52-58, 2019 (Released:2019-06-30)
参考文献数
17

障害者の欠損補綴に関してはさまざまな困難性があり慎重な対応が求められる.今回われわれは|1の歯根破折による抜歯後にブリッジを装着したところ,約1カ月後に脱離にいたり,その後の対応に苦慮した1例を経験したので報告する.症例は46歳,自閉スペクトラム症の男性で,|1の動揺を主訴に来院した.ジアゼパムによる前投薬と亜酸化窒素吸入鎮静法下にて|1の抜歯後,①|1②レジン前装金属冠ブリッジを装着したが,1カ月後にブリッジが脱離した.その際にハンカチを咬んで引っ張るという習癖があることが発覚した.以後,支台歯を抜髄し,リテーナーを装着するも,頻繁に脱落や破折,紛失などを繰り返すようになり,最終的に補綴処置を断念した.その後も拳で顎を叩く自傷行為が発現し,他の歯にも歯冠破折がみられるようになった.高齢の母親と二人暮らしでいわゆる老若介護の状態であり,母親から詳細な既往や患者の状況などを聴取することが困難であった.術前には習癖や自傷行為の存在を疑ってはいたものの確認できなかった.障害者の補綴処置の困難性を痛感させられ,生活環境や患者の行動などを十分に監視し,対応する必要があると改めて認識させられた.
著者
中嶋 真理子 中山 朋子 前濱 和佳奈 緒方 麻記 尾崎 茜 水谷 慎介 小島 寛
出版者
一般社団法人 日本障害者歯科学会
雑誌
日本障害者歯科学会雑誌 (ISSN:09131663)
巻号頁・発行日
vol.40, no.4, pp.504-510, 2019-10-31 (Released:2020-02-29)
参考文献数
19

目的:障害者が歯を喪失する原因を調査した.対象と方法:知的能力障害,発達障害,身体障害,精神障害を有し,2015年4月から2018年3月までに当科に来院した患者を対象とし,第三大臼歯や過剰歯を除く歯を抜去した患者を抽出した.抜去した歯の診断は,う蝕(著しい歯冠崩壊または根尖性歯周炎),歯周疾患,その他(歯の破折,外傷など)に分類した.結果:調査期間中に来院した障害を有する者は897人で,20歳未満が242人,20~39歳が438人,40~59歳が177人,60歳以上が40人であった.抜歯処置を受けた患者と来院した患者の数は,知的能力障害が51/361人(14.1%),Down症候群が7/90人(7.8%),自閉スペクトラム症が15/238人(6.3%),その他の発達障害が6/25人(24.0%),身体障害が17/138人(12.3%),精神障害が18/45人(40.0%)であった.知的能力障害,Down症候群,自閉スペクトラム症,その他の発達障害における抜歯原因は161歯(83%)がう蝕,19歯(9.8%)が歯周疾患,14歯(7.2%)がその他であった.身体障害,精神障害では,49歯(62%)がう蝕,22歯(27.8%)が歯周疾患,8歯(10.1%)がその他であった.結論:抜歯原因はう蝕が多くを占め,知的能力障害,Down症候群,自閉スペクトラム症,その他の発達障害でその傾向が強かった.
著者
菱沼 光恵 田中 陽子 矢口 学 桒原 紀子 野本 たかと
出版者
一般社団法人 日本障害者歯科学会
雑誌
日本障害者歯科学会雑誌 (ISSN:09131663)
巻号頁・発行日
vol.36, no.4, pp.605-615, 2015 (Released:2016-02-29)
参考文献数
73

口腔常在菌が口腔疾患だけでなく全身疾患の誘発に深く関与することが明らかにされてきている.障害児者や高齢者にとって,Porphyromonas gingivalis (P. gingivalis)を含む口腔常在菌を起因として,口腔機能や免疫機能の低下が相まった際に誘発される誤嚥性肺炎は,きわめて重篤な疾患となる.糖非分解性細菌であるP. gingivalisによってエネルギー獲得のために産生されたプロテアーゼは,タンパク質の代謝のみならず病原性にも関与しているとされている.P. gingivalisのゲノム解析が行われ,菌株の間で頻繁なゲノム再構成が起こっていることが明らかにされ,最近の研究でP. gingivalisのもつ線毛の遺伝子型(fimA)によってIからV型に分類した場合,fimA II型が進行性の歯周病患者に多いことが報告されている.また,P. gingivalisの産生するAminoacyl-histidine dipeptidase (PepD)はfimA II型に多く発現するプロテアーゼであることが明らかにされている.しかしながら,PepDに焦点をあてた報告はほとんどない.そこでわれわれはfimA II型P. gingivalisのPepDに着目し,気管上皮細胞に対する為害性について検索した.さらに将来的な新規分子標的治療薬開発の足掛かりとして,PepDを標的とした阻害剤についても,fimA I型P. gingivalisの増殖抑制効果が報告されているベスタチンを中心に検討を加えた.その結果,PepDは菌自身の生存に関与するだけでなく生体為害作用をもつことが明らかにされた.さらに,PepDがベスタチンの標的酵素であることが示唆され,P. gingivalisによって誘発される慢性炎症への新規治療薬としての可能性があることが考えられた.
著者
久保 金弥 伊藤 正樹 伊藤 徹魯 岩久 文彦
雑誌
障害者歯科 (ISSN:09131663)
巻号頁・発行日
vol.22, no.1, pp.25-27, 2001-02-28
参考文献数
5
被引用文献数
4
著者
尾田 友紀 林内 優樹 藤野 陽子 松本 幸一郎 安坂 将樹 吉田 啓太 好中 大雅 和木田 敦子 入舩 正浩 岡田 貢
出版者
一般社団法人 日本障害者歯科学会
雑誌
日本障害者歯科学会雑誌 (ISSN:09131663)
巻号頁・発行日
vol.37, no.4, pp.419-425, 2016 (Released:2017-06-30)
参考文献数
26

自閉症スペクトラム障害患者に対し全身麻酔下歯科治療を行った直後から,自傷行為とてんかん発作が増悪した症例を経験したので報告する.症例:36歳男性.障害:知的障害を伴う自閉症スペクトラム障害,てんかん.主訴:最近歯の痛みが原因ではないかと思われるパニックが起きるので診てほしい.既往歴:近くの総合病院の歯科で定期的にブラッシングなどの口腔ケアは受けていたものの,歯科治療経験はなかった.幼少期より爪で歯肉をひっかくなどの自傷行為がみられ,歯肉には退縮が認められた.現病歴:初診2~3カ月前より,露出した根面を介助磨きする際に患者が嫌がりパニックが起きるようになったため,入所先の職員と両親が歯科的精査を希望し,当科を紹介された.現症:全顎的に頰側歯肉が著しく退縮しており,その退縮が根尖部にまで及んでおり,治療が必要な歯が多数認められた.経過:複数歯の治療が必要なこと,現在痛みがあると思われること,居住地が遠方であること,歯科治療に対する恐怖心が強いことなどの理由から全身麻酔下歯科治療(2泊3日)を行うこととした.入院中の経過は順調であったが,入所施設に帰宅した直後より,自傷行為の増加や多飲行為による低ナトリウム血症の発症,その結果てんかん発作が頻発したため,近郊の総合病院に緊急入院した.退院後,自分で飲水ができないよう入所施設において環境整備を行うことにより,次第に自傷行為は減少した.現在は,メンテナンスのため当科に定期的に来院している.
著者
大嶋 依子 大津 光寛 若槻 聡子 岡田 智雄 苅部 洋行 藤田 結子 永島 未来 羽村 章
出版者
一般社団法人 日本障害者歯科学会
雑誌
日本障害者歯科学会雑誌 (ISSN:09131663)
巻号頁・発行日
vol.37, no.2, pp.169-173, 2016 (Released:2016-10-31)
参考文献数
9

現在,日本の大うつ病性障害(うつ病)患者は100万人以上いると報告され,決してまれな障害ではない.うつ病の精神症状として無気力や興味の喪失があり,これらは口腔衛生状態の悪化に繋がる.そのため歯科医療従事者にも,うつ病の知識が必要とされている.今回,うつ病患者を長期にわたり,歯科衛生士が精神状態に配慮しながら歯科保健指導を行った結果,口腔衛生状態が著しく改善した症例を経験した.患者は56歳女性.近医にて上顎左側側切歯の抜髄処置を受け,その1週間後から上顎前歯部口蓋側歯肉と舌に疼痛を認めた.その後,この疼痛が改善しないことから当センターへ紹介受診となった.初診時に不安焦燥感が強く,うつ病の特徴的身体症状である食欲不振,体重減少と精神症状である気力低下を認めたため,精神科へ紹介したところ,うつ病と診断された.そこで,主訴である疼痛などの口腔内症状を改善するため,歯科衛生士が歯科治療と並行して口腔衛生指導を行った.実施の際には,患者のうつ症状に合わせ,無理をせずにできることから行うといった姿勢をとった.また,向精神薬の副作用による口渇に対して,唾液分泌を促進させると考えられる食事指導などを併せて行った結果,口腔内症状は安定し,うつ症状に波はあるものの良好な口腔内環境を維持している.
著者
村上 旬平 稲原 美苗 竹中 菜苗 青木 健太 新家 一輝 松川 綾子 有田 憲司 秋山 茂久
出版者
一般社団法人 日本障害者歯科学会
雑誌
日本障害者歯科学会雑誌 (ISSN:09131663)
巻号頁・発行日
vol.38, no.1, pp.16-23, 2017 (Released:2017-06-30)
参考文献数
15

障害者歯科医療現場にはさまざまな「生きづらさ」のある人が来院する.歯科治療や歯科保健を進めるうえで,障害当事者だけでなく親への支援が必要となる場合も多い.本研究では障害者歯科医療での親支援について,障害者歯科学,臨床哲学,臨床心理学および小児看護学による学際的検討を行った.大阪大学歯学部附属病院障害者歯科治療部に受診する障害当事者および家族に心理的支援の必要性を問うアンケートを実施しそのニーズを探った.その後障害のある子どもをもつ親を対象とした心理カウンセリングを7名に実施し,哲学対話を18回開催した.心理カウンセリングでは親に来談意欲の高さと,自分自身を語りの中心におく人が多い特徴がみられた.哲学対話では親の日常生活の中での「生きづらさ」が明らかとなり,哲学対話の場で互いの知識や経験などの情報交換が行われた.それによって障害当事者とその親の日常生活での障害者歯科の位置付けが明らかとなり,障害者歯科での対応が,親には安心感として伝わっているということが描き出された.本研究を通じ障害者歯科医療現場での親支援ニーズが存在し,親に「物語る」「語り合う」場所を提供することが,当事者の生活に寄り添えるケアを考え,多職種の支援をつなげ,新しい支援ネットワークの構築に寄与するとともに,当事者からのフィードバックが障害者歯科医療の質的向上に寄与する可能性が示された.
著者
陳 明裕
出版者
一般社団法人 日本障害者歯科学会
雑誌
日本障害者歯科学会雑誌 (ISSN:09131663)
巻号頁・発行日
vol.36, no.2, pp.130-133, 2015 (Released:2015-10-31)
参考文献数
6

近年,胃に直接カテーテルを留置する栄養投与法(胃瘻)を施行される機会が増している.胃瘻の留置が長期化すると,経口摂食をしないので口腔はほとんど機能することはなくなるため,歯列は廃用性の変化を起こすことがある.今回,胃瘻および気管切開にて5年経過した患者の著明な叢生発症および増悪に伴い,咬頭鋭縁部と接触する頰粘膜に頻発する口内炎の対策を求められる機会を得た.マウスピース型矯正装置により歯の鋭縁と粘膜の過度な接触を軽減することで口内炎の頻発を防ぐことができた.本症例を経験して,胃瘻留置時には,咬合の維持および粘膜保護を目的とした咬合保護床の作製,装着が有効であることが示唆された.
著者
辰野 隆 鈴木 健太郎 蒲池 史郎 町田 麗子 田村 文誉
出版者
一般社団法人 日本障害者歯科学会
雑誌
日本障害者歯科学会雑誌 (ISSN:09131663)
巻号頁・発行日
vol.37, no.1, pp.54-60, 2016 (Released:2016-06-30)
参考文献数
11

公益社団法人東京都武蔵野市歯科医師会で行っている摂食支援事業に関して,施設利用者の食事に関する問題点と今後の歯科医師会による支援の指針を明らかにする目的で本研究を行った.平成23年4月から平成26年3月までの期間に巡回歯科相談による摂食支援を行った障害者施設:15歳以上の生活介護事業所3カ所(以下,生活介護事業所),未就学児を対象とした児童発達支援施設2カ所(以下,児童発達支援施設)に協力を求め,そこに勤務する職員31名(男性10名,女性21名)を対象とし,摂食支援に関するアンケートを実施した.その結果,利用者の食事に関する心配な症状で最も多かったのは「かまない」17名(54.8%)であり,次いで「時間がかかる」と「むせる」がそれぞれ16名(51.6%),「誤嚥」と「偏食」がそれぞれ14名(45.2%)であった.これらの症状について生活介護事業所と児童発達支援施設とを比較したところ,「むせる」と「誤嚥」については,生活介護事業所のほうが児童発達支援施設に比べて多く存在し,両者に有意な差が認められた(むせる:p<0.01,誤嚥:p<0.01).歯科医師会に期待することについては,「職員向け勉強会」が20名(64.5%)と最も多く,「摂食支援事業の継続」が18名(58.1%)であった.本調査の結果より,障害者施設の利用者には食べることの問題を抱えている者が多く,施設職員は専門的な支援を必要としていることが示された.摂食支援事業に対する地域の障害者施設からのニーズに応えるため,歯科医師会はさらなる事業を展開していく必要性があると考えられた.