著者
奥谷 浩一
出版者
札幌学院大学
雑誌
札幌学院大学人文学会紀要 (ISSN:09163166)
巻号頁・発行日
vol.78, pp.101-167, 2005-11-18

我が国では1997年4月に国会で臓器移植法が成立し,同年10月にこれが施行されてから8年が経過した。今日までにこの臓器移植法にもとづいて医学的な脳死判定が行われたのはすでに39例,脳死判定に引き続いて臓器移植が行われたのも38例を数えている。北海道でもつい最近2例目の脳死・臓器移植が行われたことは記憶に新しい。あの札幌医科大学の和田心臓移植事件で決定的に立ち遅れることになった我が国の脳死・臓器移植も,ようやく軌道に乗り始めたかに見える。しかし,臓器移植を必要するレシピエントの数に比べて臓器を提供するドナーの数が圧倒的に少ないという状況は変わっておらず,また書面による臓器提供者本人と家族との意思確認を条件とする我が国の臓器移植法は14歳以下の臓器移植を対象から除外している。そのために海外で臓器移植を受けようとする子供が後をたたず,海外での移植手術を待ちわびながら亡くなった子供が人々の涙を誘っている。このような状況をうけて,今年に入ってから自民党の生命倫理および臓器移植調査会が現行の臓器移植法を改正することに合意したが,意見がまとまらず,ふたつの臓器移植改正案を国会に提出することになった。しかし,周知のように,郵政民営化法案をめぐる衆議院解散の結果,これらの改正案の提出と国会での本格的な審議は秋の国会以降に持ち越されることとなった。私見によれば,現行の臓器移植法は,脳死を人の死とする根拠や脳死判定基準などにかんして多くの諸問題を含んでおり,しかもきわめて短時間の国会審議でとうてい国民的な合意が得られないままに成立した感を否むことはできない。今回国会提出が準備された臓器移植法改正案も,残されたこれらの諸問題を解決するのではなくて,その逆に,ドナーの確保を至上命令として問題点と矛盾とをさらに増幅しかねない危険な内容をもっていると言わざるをえない。本論文においては,現行臓器移植法の成立後に生じたさまざまな問題事例を踏まえながら,現行法の問題点を洗い直すとともに,今回の法改正案がもつ問題点を剔抉することにしたい。
著者
小出 良幸
出版者
札幌学院大学総合研究所
雑誌
札幌学院大学人文学会紀要 = Journal of the Society of Humanities (ISSN:09163166)
巻号頁・発行日
no.97, pp.43-73, 2015-02-01

地球史において多数の種の絶滅事件は,稀なものではなく,たびたび起こる出来事である。層状チャートは,珪質物質からなる本体部と,境界にhiatus(無堆積期間)として粘土物質が少量挟在する。層状チャートの地質学的位置づけや特徴と現世の堆積環境を比較し,層状チャートの形成過程を復元していく。層状チャートの珪質部や粘土部に記録されている時間が,どのような特性を持っているかを検討していく。
著者
新田 雅子
出版者
札幌学院大学総合研究所
雑誌
札幌学院大学人文学会紀要 = Journal of the Society of Humanities (ISSN:09163166)
巻号頁・発行日
no.93, pp.105-125, 2013-02-01

本稿は、ここ数年の「孤独死」をめぐる言説的飽和状況がかならずしもその現象特性を踏まえた対策につながっていないという問題意識を動機とする、実践のためのレビューである。「孤独死」は高度経済成長を経た1970年代の日本において「都市の孤独」あるいは「老人問題」として注目され始めた現象である。1990年代以降は貧困との結びつきが問題となる一方で、単身世帯の急増にともなって「人生の閉じ方の一様態」という捉え方も社会的に受容されつつあり、「孤独死」の意味合いはさらに多層化し、「孤立死」という用語も用いられるようになってきた。2000年代後半には社会的排除の結果としての孤独な死が相次いで報道され社会問題化するなか、「孤独死(孤立死)」対策が講じられてきた。現在の「孤独死(孤立死)」対策は、その概念の多義性や現象としての捉えにくさゆえに、コミュニティの活性化による「孤立」の予防に主眼が置かれている。しかしながら現に社会的孤立状態にある人びとが抱える「死に至るほどの困難」に対して、それは有効に作用しえない可能性を指摘した。
著者
北爪 真佐夫 Masao KITAZUME
雑誌
札幌学院大学人文学会紀要 = Journal of the Society of Humanities (ISSN:09163166)
巻号頁・発行日
no.67, pp.41-72, 2000-03-25

本稿は「鎌倉御家人-とくに文士について-(1)」の続編である。鎌倉御家人を大別すれば「武士」と「文士」に分けられる。文士は員数が少ないため一括して扱われる場合が多いが, 彼等は王朝国家体制下で下級官人として職務を担当するかそうした職掌を担当する家柄に出自をもつものなのである。彼等は鎌倉幕府の成立にあたり, その傘下に加わって政所, 問注所, 侍所などの職員に就任し, 中期以降ではその子孫は評定衆, 引付衆, あるいは法曹官僚として裁判などにたずさわっているのである。このような仕事は「武士」ではよく果たし得ないものであって, 彼等によって王朝国家体制下の遺産が「武士の世界」に持ちこまれ, ひいては幕府の性格をも規定するような役割を果たしたのである。本稿では「文士」につづけて「雑色」にも注目して, そうした視座から幕府の性格を検討しようとしたものである。
著者
竹野谷 みゆき
出版者
札幌学院大学人文学会
雑誌
札幌学院大学人文学会紀要 (ISSN:09163166)
巻号頁・発行日
no.72, pp.17-29, 2002-12

本研究は、職場の会話を権力関係(パワー)に焦点をあて、パワーが談話にどのようにあらわれているかを分析した。テレビで放映されたドキュメンタリー番組をデータとして取り上げ、特に、教育係の先輩アナウンサーが新人アナウンサーにテレビ・レポートの仕方を指導するシーンに注目した。分析の結果、Fairclough(1989)がクリティカル・ディスコース分析の枠組の中で指摘しているように、パワーがある話者のない話者の発言に対する「さえぎり」、「訂正」、「評価」という行為において、そのパワーが行使されている様子が示された。また、日本語談話にあらわれる終助詞の「よ」と「ね」のパワーを表す道具としての役割に注目し、その特徴を吟味した。
著者
牧野 誠一
出版者
札幌学院大学総合研究所
雑誌
札幌学院大学人文学会紀要 = Journal of the Society of Humanities (ISSN:09163166)
巻号頁・発行日
no.99, pp.111-129, 2016-02

わが国において,知的障害のある人が高等支援学校を卒業した後に,学べる機関は極めて少ない。知的障害者を公式に受け入れる公認の大学はない。しかし,知的障害者の中には学ぶ機会を求めている人たちは大勢存在する。その人たちの希望をかなえるべく,細々とではあるが学ぶ場を工夫して生み出し,運営を続けてきた学校や組織などがある。本論では,そうした工夫によって生み出された後期中等教育卒業後の学びの場である「オープンカレッジ」「特別支援学校専攻科」「学びの作業所」についての現状を分析し,これから知的障害のある人にとって豊かに学ぶ場がどのように準備されることが望ましいのかを展望した。論文
著者
中村 敦志
出版者
札幌学院大学人文学会
雑誌
札幌学院大学人文学会紀要 (ISSN:09163166)
巻号頁・発行日
no.77, pp.37-49, 2005-03

詩集Blizzard of One (1998)は、"Untitled"から始まる。その中には別の詩が含まれるものの、この詩自体には題名が無い。なぜ、Mark Strandは、このような無題の詩から始めるのだろうか。それは,ストランドが,自己の不在性について探究していることに関わっている,と筆者には思われる。本論は,"Untitled"への疑問をきっかけに,3つの視点からBlizzard of Oneに見られるストランド詩の変化に着目する。まず,"Untitled"と同様に,過去に関連する6篇の詩を取り上げる。これらの詩は,過去の亡霊に囚われながらも,闇夜から逃れて光を目指そうとする一面がある。次に,主題の鍵を握る4篇を扱う。この中で詩人は,過去を嘆いているだけではない。失われた時間の意義を再考して現在に生かし,未来へ繋げる可能性を見出そうとしている。過去のストランド詩には見られなかった一面だ。最後に,初期の代表詩の一つ"Keeping Things Whole"との比較を試みる。「自己の不在性」という主題について,ストランドの捉え方に変化が見られる。空虚な自己の存在を受け入れ,新たな自己を見詰めなおそうとする詩人の姿がある。それが,この詩集に見られるストランドの変化だと言えよう。
著者
小出 良幸
出版者
札幌学院大学総合研究所
雑誌
札幌学院大学人文学会紀要 (ISSN:09163166)
巻号頁・発行日
no.94, pp.1-27, 2013-11

本質的属性に基づく自然分類が岩石の理想的な分類である。岩石の分類にかかわる課題を整理し,岩石に自然分類が適用できるかを検討した。岩石の分類は,火成岩,変成岩,堆積岩の3つ成因がもっとも本質的である。変成岩と堆積岩では,自然分類に基づいた岩石名の適用は可能になっているが,火成岩では人為分類の導入が不可欠となっている。火成岩の人為分類の定義の整理と,体系的な導入が重要な課題となる。Various problems in the classification of rocks and systematics of nomenclature are discussed in this paper. Rocks should be ideally categorized by the natural classification based on some essential attributes. It is checked whether the natural classifica論文Article
著者
小林 好和
出版者
札幌学院大学人文学会
雑誌
札幌学院大学人文学会紀要 (ISSN:09163166)
巻号頁・発行日
no.83, pp.123-136, 2008-03

物証文の理解における中心的課題の一つとして,前向き推論,逆向き推論を合むような読み手の推論過程があげられる。本研究では,推論をテクストから省かれた重要な部分的情報を読み手が既有情報をもとに予期することと仮定する。本研究の目的は物語作品『ごんぎつね』を用い,その「一次読み」の過程における推論の特質を検討することである。国語科教材であるこの作品を用いた調査を小学校3年生141名に対して実施した。そのうち,この物語を初めて読む児童は79名(56%)であり,本研究は彼らに限定し分析を行なった。方法として物語の結末を削除したテクストを用い,彼らの理解内容,物語の結末の作証(予期推論),彼らの推論の物語展開への統合に関するQ/A法によるプロトコルデータを得た。本研究の結果から以下のことが示唆された。この作品の"一次読み"において,3年生では主人公(ごん)の視点に固定して読もうとすること,したがって「同情の枠組み」をもとにしてこの理解を構成する傾向が示された。その上で,彼らの多くが主人公(ごん)はもう一人の登場人物(兵十)と最後には仲良くなるという予期推論をおこなった。したがって,原文の結末(兵十がくりを待ってきたごんを撃つ)を彼らが構成した理解に直ちに統合することは容易ではなかった。そこで授業場面においては,「兵十はごんをどうみていたか」といった他の登場人物(兵十)の視点をとるような読みの方略を示す必要があると推察された。

1 0 0 0 OA 元号と武家

著者
北爪 真佐夫 Masao KITAZUME 札幌学院大学人文学部 Faculty of Humanities Sapporo Gakuin University
雑誌
札幌学院大学人文学会紀要 = Journal of the Society of Humanities (ISSN:09163166)
巻号頁・発行日
no.68, pp.1-32, 2000-09-30

わが国の元号は中国より移植したもので, 最初の元号は「大化」(645)といわれているが「大宝」とみた方が確度がたかいとみることができよう。いずれにしても249程の「元号」が今日まで使用されてきているのだが, 現在の「平成」を除けばその決定権は天皇にあったものとみてよいであろう。法制史家滝川政次郎氏は元号大権とは「天皇が元を建て, 元を改められる権利であって, この権利は臣下の者の干犯を許さない天皇に専属せる権利」(同氏著「元号考讃」)であるといっておられる。古代国家の確立期に整備導入された元号制は十二世紀末あたりから確立した武家権門としての鎌倉幕府ならびにそれ以降の「武家」とはどんな関係にあったのか, こうした検討を通じて平安末期以降の「国王」及び「王権」の特質はどの点にあったのかに接近しようとの試みが本稿の課題である。なお封建時代を通じて元号制度が存続し得た理由として考えられるのは三代将軍家光の言といわれる「年号ハ天下共二用フルコトナレバ」という一言に端的に示されているし, それ以前でいえば, 「公武」ならんで用いるものとの考え方が定着しているのである。つまり, 「元号」はある天皇の時代を意味するものでなく, ましてや天皇の独占物でなくなったことが, 封建制下でも, なお維持存続した理由とみてよいであろう。
著者
葛西 俊治
出版者
札幌学院大学人文学会
雑誌
札幌学院大学人文学会紀要 (ISSN:09163166)
巻号頁・発行日
no.78, pp.1-26, 2005-11

数量的アプローチのいくつかの基本的要点が一般意味論の慎重な姿勢によって批判的に概観され,J.S.Millによる「自然の斉一性」公理に見られるように帰納と演繹が非実現的な論理的要求であること,また,「人は一様ではない」ことから心理学においては現象の複数性あるいは反復性は自明とはされないことが示された。そして,以下の基本的な要件,1)言語的テキストに「事実性」を想定すること,2)C.S.Peirceが提起したアブダクションに基づく論理的推論を行うこと,3)解釈的に導出されたモデルに提喩的な理解と一般化を施すこと,を取り入れた解釈的心理学的アプローチが提起された。アブダクションに基づいて原因結果のモデルを構築する方法は,面談対象者の行動と認知についての個性記述的なモデルを生み出し,そうした個々のモデルは臨床心理学的事例研究や病跡学におけるように提喩的に一般化されるものとなる。質的研究における一つの論題「人は死に際してなぜ天候について語るのか」を例にとり,多重併存モデルおよび提喩的に抽象化された上位モデルについての議論がなされた。
著者
坪井 主税
出版者
札幌学院大学
雑誌
札幌学院大学人文学会紀要 (ISSN:09163166)
巻号頁・発行日
vol.67, pp.93-109, 2000-03

本稿は, 約100年前にスイス・ルサーン市に実在したルサーン国際戦争と平和博物館(独名Internationale Kriegs- und Friedensmuseum, Luzern; 仏名 Musee International de la Guerre et la Paix, Lucerne; 英名International Museum of War and Peace, Lucerne)の建物および展示会場と一部展示品を再現しようとするものである。再現作業は, 1902年に設立され1909年まで存在していた, そして今はまったくその姿のない「最初の博物館」のそれらが中心であるが, 「第二の博物館」-すなわち, 1910年に「最初の博物館」から移転し1919年に消滅した, 今建物だけが残っているもの-のそれらについても簡略に行う。本稿は, それらの歴史的実在の事実を視覚的に捉えるために, ルサーン市史料保管所(Stadarchiv Luzern)をはじめ関係諸機関から入手し掲載許可を得た当時の写真や図面を使用する。この点が, 同館の成立から消滅までの過程を詳細に文書化した英国の平和史研究者ピーターバンデンダンガン(Peter van den Dungen)の1981年の論文"The International Museum of War and Peace at Lucerne"(Schweizerische Zeitschrift fur Geschichte, Vol. 31,pp. 185-202)と本稿が異なるところであり, また同論文を補完するところでもある。