著者
加藤 倫子 平井 秀幸
出版者
札幌学院大学総合研究所 = Research Institute of Sapporo Gakuin University
雑誌
札幌学院大学人文学会紀要 = Journal of the Society of Humanities (ISSN:09163166)
巻号頁・発行日
no.111, pp.131-153, 2022-02-28

社会調査に携わる者であれば誰もが,調査目的を果たし,無事に調査報告や成果産出を終えて調査が「成功」裡に終了することを望むだろう。しかし,現実にはそれとは異なる終わりを迎える社会調査──調査途上で何らかの「トラブル」に見舞われ,終了ではなく「中止」される社会調査が存在する。通常,調査関係者以外が目にするのは「成功」した(公刊された)調査(報告)のみであり,「失敗」した(公刊されない)調査(過程)に接近するチャンスはほとんど無い。本論文は,筆者らが実施した質的社会調査(刑務所に収容された女性薬物依存者への支援をめぐるフィールドワーク)において経験した「トラブル」と,調査が「中止」に至る詳細な過程を開示し,それ自体を一次資料とする社会学的分析に向けた素材を提供するとともに,予備的な考察を行う。社会調査の「失敗」と同定されうる事態の経験的分析は,逆説的に“社会調査の「失敗」とは何か?”といった問いを召喚するかもしれない。こうした試みは,調査方法論・調査倫理上の貢献に加え,社会調査に関わるすべての人びとにとって有益なものとなろう。Anyone involved in social research would hope for the “successful” completion of the research, fulfilling the objectives of the research, and successfully reporting and producing the results. However, there exist some researches that end differently - they are not completed, but rather “cancelled” due to some “troubles” during the research process. While only the “successful” research is published and can be seen by those who are not involved in the research, there is little chance to encounter the “failed” research. This paper discloses the “troubles” experienced by the authors in their own qualitative social research (fieldwork on support for female drug addicts in prison and after release). The authors describe the detailed process regarding the “suspension” of the research and provide preliminary considerations for a sociological qualitative analysis of the “troubles” themselves. This type of empirical study on the “failure” of social research may paradoxically raise the question, “What exactly is the ʻfailureʼ of social research?” In addition to contributing to research methodology and research ethics, the discussion provided in this article will be beneficial to all those involved in social research.
著者
村澤 和多里
出版者
札幌学院大学総合研究所 = Research Institute of Sapporo Gakuin University
雑誌
札幌学院大学人文学会紀要 = Journal of the Society of Humanities
巻号頁・発行日
no.102, pp.111-135, 2017-10-30

本稿では,わが国における「ひきこもり」という概念の成立過程について,先行する問題である「不登校」との関係を中心に検討することを目的とする。「不登校」は1950年代後半に注目を集め,1980年代に入って爆発的な増加を示した。その後,1992年に文部省が不登校が「誰にでも起こり得る」という認識を示した結果,社会の不登校に対する容認的な態度が増していくが,成人期までに引き延ばされた不登校の問題が「不登校その後」として浮上していった。 1990年代後半になって,この問題は「ひきこもり」と呼ばれるようになるが,その後,疫学的調査が行われていく中で,行動上の問題として定義し直されていった。
著者
中村 裕子
出版者
札幌学院大学総合研究所 = Research Institute of Sapporo Gakuin University
雑誌
札幌学院大学人文学会紀要 = Journal of the Society of Humanities (ISSN:09163166)
巻号頁・発行日
no.108, pp.65-81, 2020-11-20

本研究は,ソーシャルワーカーの感情規則が養成課程においてどのように教育されているのか,その特徴を明らかにすることを目的とした。社会福祉士及び精神保健福祉士の養成課程で使用されているテキストから,感情規則に関する記述を抽出し,KJ法の手順を参考に質的分析を行った。結果,クライエントの感情を受容し,共感するという感情規則に従って感情管理が行われ,クライエントへの態度や介入の基底となっていた。共感は,感情移入や他者視点の想像によって他者感情の理解が行われると想定されていた。クライエントとの援助関係は,情動的相互作用とされ,感情的な関係性が築かれるとされていたが,自己の感情は時にクライエントとの関係を阻害するものになることも示されていた。一方で,このような感情規則は現実的ではないことが推測され,教育内容を見直す必要性が示唆された。論文
著者
村澤 和多里
出版者
札幌学院大学総合研究所 = Research Institute of Sapporo Gakuin University
雑誌
札幌学院大学人文学会紀要 = Journal of the Society of Humanities
巻号頁・発行日
no.102, pp.111-135, 2017-10-30

本稿では,わが国における「ひきこもり」という概念の成立過程について,先行する問題である「不登校」との関係を中心に検討することを目的とする。「不登校」は1950年代後半に注目を集め,1980年代に入って爆発的な増加を示した。その後,1992年に文部省が不登校が「誰にでも起こり得る」という認識を示した結果,社会の不登校に対する容認的な態度が増していくが,成人期までに引き延ばされた不登校の問題が「不登校その後」として浮上していった。 1990年代後半になって,この問題は「ひきこもり」と呼ばれるようになるが,その後,疫学的調査が行われていく中で,行動上の問題として定義し直されていった。論文Article
著者
安岡 譽 橋本 忠行
出版者
札幌学院大学総合研究所
雑誌
札幌学院大学人文学会紀要 = Journal of the Society of Humanities (ISSN:09163166)
巻号頁・発行日
no.98, pp.83-113, 2015-10-01

2012年度のノーベル医学生理学賞を受賞した京都大学の山中伸弥教授らが開発したiPS細胞(人工多機能性幹細胞)の出現は,従来の人間の性や性愛の概念について根本的な再考を余儀なくされることを予測させた点で,私たちに大きな衝撃を与えている。そこで筆者らは,まずこれまでの人間の性と性愛について,精神医学と臨床心理学の立場からの理解のレビューを試みた。そのうえで次に,将来に予測される人間の性と性愛に関する概念に大きな変更を余儀なくされる可能性について検討した。そして,iPS細胞の技術の今後の発展がもたらすと予測される事態と課題は,1)同性配偶による子の誕生と「処女生殖」(単為生殖)の可能性,2)男性と女性という2性の概念そのものの変化の可能性,3)性の精神病理を新たな視点から理解することと,性的障害の診断と治療に関して慎重な判断と対応がせまられること,4)当面は,家族・家庭の再生と再建がより重要な課題となること,と考えられた。最後に,筆者らの現時点での人類の未来予測を述べ,若干の考察と私見についてふれた。
著者
大塚 宜明 池谷 信之 工藤 大
出版者
札幌学院大学総合研究所 = Research Institute of Sapporo Gakuin University
雑誌
札幌学院大学人文学会紀要 = Journal of the Society of Humanities (ISSN:09163166)
巻号頁・発行日
no.110, pp.79-100, 2021-10-20

本論では,アイヌ文化期(中近世)に属する北海道せたな町南川2遺跡の黒耀石製石器を対象に,石器の技術的分析および黒耀石原産地推定分析を実施した。さらに,そのデータと、当該期の道内の遺跡や先行する擦文文化の事例との関連性を検討することで,アイヌ文化期における黒耀石利用の変遷とその歴史的意義について考察した。 その結果,①アイヌ文化期において黒耀石副葬と被葬者の性別(女性)に関係性がある一方,出土地域と黒耀石原産地の間に特定の結びつきがないこと,②擦文時代初頭の黒耀石角礫の副葬が,擦文時代後期頃に円礫に転じ,アイヌ文化期へとつながる状況が確認され,黒耀石の副葬様式が漸移的に成立したことが明らかになった。 こうした中で,15C~18C中頃と考えられる南川2遺跡の墓壙以後は黒耀石の副葬がみとめられないことから,擦文時代とアイヌ文化期の間にみとめられる黒耀石の儀器化が生じた後に,さらにアイヌ文化期内において儀器としての役割を終える過程があったことがわかった。ここに,利器としても,儀器としての役割も終える過程,すなわち北海道における黒耀石利用の終焉をよみとることができるのである。
著者
奥谷 浩一
出版者
札幌学院大学総合研究所 = Research Institute of Sapporo Gakuin University
雑誌
札幌学院大学人文学会紀要 = Journal of the Society of Humanities (ISSN:09163166)
巻号頁・発行日
no.109, pp.1-36, 2021-02-26

謝花昇は沖縄の近代社会運動の先駆者である。明治期の沖縄では,いわゆる「琉球処分」によって琉球王国が廃止されて行き場を失った貧窮士族の救済を目的として,「杣山」の開墾事業が開始される。沖縄県庁の高等官・技師謝花昇は,沖縄県知事奈良原繁のもとで「杣山」開墾の事務取扱主任としてこの事業を推進する立場に立っていた。しかし,謝花と奈良原との間に潜在的にあった齟齬と対立が次第に顕在化する。謝花がこの開墾事業を純粋に農民と貧窮士族の救済のために遂行しようとし,期限付き無償貸与と「杣山」の森林環境に対する配慮という条件下で推進したが,時の権力者奈良原の側はそうではなかったからである。奈良原はこの開墾事業を土地整理事業の前段階と見なし,土地整理が終了した後は開墾地を払い下げて私有化することを目論んでいた。両者の対立は,やがて土地整理事業の推進過程で,奈良原側が「官地民木」を謳い文句にして農民たちを欺瞞し,彼らの反対と抵抗を押し切って,「杣山」を官有林に組み入れる政策を行うに及んで,決定的になる。これに対して謝花が主張したのが「民地民木」論である。そのために謝花は県庁を退職してこれと闘うことになる。謝花のこの「民地民木」論は敗北した。しかし,農民たちが自前で保護・管理・育成し,彼らの生活の糧でもあった「杣山」は農民たちによって共同所有されるべきだという彼の「民地民木」論は,現在のわが国の森林政策の行き詰まりと国有林の危機,これによる森林環境の国土保全力の低下,そして森林を地球的規模の公共財と考えるさいに,多くの手掛かりと暗示とを提供してくれるように思われる。本論文では,この「民地民木」をめぐる謝花昇の闘いの軌跡を追求するとともに,現在の環境論または環境思想から見た場合の彼の「民地民木」の意義を考察することにしたい。
著者
湯本 誠
出版者
札幌学院大学総合研究所 = Research Institute of Sapporo Gakuin University
雑誌
札幌学院大学人文学会紀要 = Journal of the Society of Humanities
巻号頁・発行日
no.105, pp.53-71, 2019-02-25

本稿では,今日の日本では,自殺は常識に反して減少しているという主張の妥当性を検討している。冨高氏と本川氏は戦後日本の自殺率は一貫して減少していると主張する。しかし,1947年を起点とする標準化自殺率の推移を男女別に考察すると,様相は一変する。男性の場合,一貫して減少しているとは決していえず,明らかに3つの自殺急増期が存在する。第2・第3の自殺急増期はいずれも男性中年層の自殺が急増した時期であり,重大な経済的危機の時期と重なり合っている。したがって,自殺は決して減少していない。
著者
木戸 功
出版者
札幌学院大学総合研究所 = Research Institute of Sapporo Gakuin University
雑誌
札幌学院大学人文学会紀要 = Journal of the Society of Humanities
巻号頁・発行日
no.100, pp.63-81, 2016-10-01

この論文では地方への移住を経験した人々のライフコースを構築主義の立場から検討する。インタビューを通じて得られた語りを移住動機に着目して分析する。インタビューという相互行為場面において,かれらの移住をめぐる語りはいくつかの文脈を参照することによって文字通り動機として提示されていることを論じる。「職業キャリア」「個人時間」「歴史時間」「家族キャリア」という4つの文脈に着目することで,動機を語るという実践が,それを通じてかれらのライフコースを言説的に構築する実践でもあることを例証する。さらに移住後のライフコースをめぐる予備的考察として,かれらの経験が地域の人々によって共有されている「ローカルな文化」を参照しながら語られていることを示す。
著者
臼杵 勲 佐川 正敏 松下 憲一
出版者
札幌学院大学総合研究所 = Research Institute of Sapporo Gakuin University
雑誌
札幌学院大学人文学会紀要 = Journal of the Society of Humanities
巻号頁・発行日
no.102, pp.31-51, 2017-10-30

遊牧国家を建設した匈奴の領域では,遊牧生活的ではない定住的な城郭や集落が形成された。本稿では,匈奴国家の実態を探ることを目的に,それらの構成要素である建造物を取り上げ,その内容を示し,それらが匈奴国家に導入された系譜を明らかにすることを目的とした。 匈奴の建造物は,平地式と竪穴式の二種に区分された。平地式については瓦の使用などから漢代中国建築の影響が強いが,一部に西方の中央アジアの影響がうかがえることを指摘した。また竪穴式については,中心部ではなく中国の北辺からの影響を想定した。また,中国からの技術導入,中央アジアとの関連については,歴史史料にも,関連する記述があることを確認した。また,このような技術導入は,匈奴国家が,国家経営上,組織的意図的に実施した可能性が高いことを指摘した。論文Article
著者
奥谷 浩一
出版者
札幌学院大学総合研究所 = Research Institute of Sapporo Gakuin University
雑誌
札幌学院大学人文学会紀要 = Journal of the Society of Humanities (ISSN:09163166)
巻号頁・発行日
no.108, pp.1-33, 2020-11-20

ハイデガーは,『存在と時間』のなかで,「実在性」「主観・客観関係」「真理」にかんする独自の見解を主張している。われわれの意識の外部に客観的実在が存在するかどうかという問題は哲学の根本問題とされてきた。この問題にどう答えるかで,哲学上の立場と流派が決定されるからである。これと関連して,主観と客観との関係をどう見るか,真理をどう定義するかなどの認識論の基礎をなす問題群がある。伝統的な西洋哲学における存在論を「解体」または「破壊」して独自の思想を構築しようとするハイデガーは,この問題と関連する問題群とに対しても独自の立場を展開する。彼によれば,客観的実在をめぐる実在性の問題は人間存在である「現存在」のひとつの「存在様式」である。主観・客観の問題もまた「主体の実存様式に依存する」とされる。そして,「真理」にかんしても認識と対象との一致という伝統的な真理概念は妥当しないとされ,「真理」は「現存在」の中で「隠蔽」されていたものが「開示」されるという主観的な関係のうちで理解される。私見によれば,「独我論」へと傾斜する彼のこうした主観主義的立場が,いざ客体的存在を含めた彼自身の「存在」論を展開しようとする段になって,重大な困難をもたらしたように思われる。本論文では,ハイデガーの伝統的認識論に対する批判がいかなる意味をもつかを検討し,その批判の正当性と問題点とを批判的に考察する。
著者
小出 良幸
出版者
札幌学院大学総合研究所 = Research Institute of Sapporo Gakuin University
雑誌
札幌学院大学人文学会紀要 = Journal of the Society of Humanities (ISSN:09163166)
巻号頁・発行日
no.105, pp.117-146, 2019-02-25

3つのプレート境界において,沈み込み帯が最も重要な役割を果たしている。日本の地質学者は,2010年までは沈み込み帯での付加作用に注目してきた。沈み込み帯では,付加作用と構造侵食作用の両方が起こっているが,付加体が25%,構造侵食が75%の比率となっている。近年,構造侵食作用の重要性が認識されてきた。本論文では,沈み込み帯における付加作用と構造浸食作用の地質学的意義をまとめた。論文
著者
杉山 吉弘
出版者
札幌学院大学総合研究所
雑誌
札幌学院大学人文学会紀要 = Journal of the Society of Humanities (ISSN:09163166)
巻号頁・発行日
no.97, pp.25-42, 2015-02-01

本論の課題は古典ギリシャ以来のエコノミー概念の基本的な意味と用法を明らかにすることであり,したがってまたたとえばフーコーの言う権力の「エコノミー」とは何かを問うことでもある。まず最初に,ラローシュによる語源的研究を活用して古典ギリシャのオイコノミア概念の解明を試み,エコノミー概念の基礎的な成り立ちを明らかにした。その考察に依拠して,アリストテレスのオイコノミア,神のオイコノミア,自然のエコノミー,アニマル・エコノミー,モラル・エコノミーなど,エコノミー概念の系譜学における主要なテーマについてその概要を論述した。本論で明らかになったことは,エコノミー概念は共同体の「管理運営」または「統治」を基本的な意味としつつ,ある全体の統御,統御の術または学,(被)統御系という複合的な用法をもつということである。
著者
大塚 宜明 金成 太郎 飯田 茂雄 長井 雅史 矢原 史希 櫻井 宏樹
出版者
札幌学院大学総合研究所 = Research Institute of Sapporo Gakuin University
雑誌
札幌学院大学人文学会紀要 = Journal of the Society of Humanities
巻号頁・発行日
no.100, pp.83-99, 2016-10-01

本論では,置戸黒耀石原産地における先史時代の人類活動解明のための基盤構築を目的として,置戸黒耀石原産地調査で採集した黒耀石原石・黒耀石製石器の観察結果と,黒耀石原産地推定分析の結果を報告し考察を行った。 検討の結果,置戸黒耀石原産地を構成する所山・置戸山の黒耀石は,原産地においてはそれぞれ独立して分布することが詳細に明らかになった。人類活動については,(1)置戸黒耀石原産地内で採取可能な黒耀石原石を原料とした石器製作が個々の原産地で行われていること,(2)置戸山2遺跡採集の所山産黒耀石製石器の存在から,置戸黒耀石原産地を構成する個々の原産地が全く無関係ではないこと,(3)遠隔地産黒耀石がみとめられる置戸安住遺跡が石器や原料の搬出入の拠点である可能性,を明らかにした。 以上の検討結果から,置戸黒耀石原産地には,置戸黒耀石原産地と遠隔地を結ぶ大規模な人類の動き,置戸黒耀石原産地と直近の生業地である常呂川中・下流域を結ぶ中規模な動き,そして置戸黒耀石原産地内の原産地間を結ぶ小規模な動きといった,黒耀石をめぐる先史時代人の様々な活動痕跡が刻まれていることが明らかになった。