著者
下澤 楯夫
出版者
日本比較生理生化学会
雑誌
比較生理生化学 (ISSN:09163786)
巻号頁・発行日
vol.23, no.3, pp.153-164, 2006-08-20 (Released:2007-10-05)
参考文献数
19

Part 6. Entropy cost of information in living neuron is estimated to be very close to the thermodynamic limit at 0.7kB per bit of information. Parallel transmission and principle of summation average with stochastic sampling is explained as the essential way of adaptation under the inevitable thermal noise. Theoretical arguments on Maxwell's demon and the negative entropy principle of information or the irreversibility of measurement are explained. Origin of life and the evolution of life are discussed from the information theoretic standpoint, in reference to the actual values of rate of information and the energy threshold of living cell.
著者
長谷部 政治
出版者
日本比較生理生化学会
雑誌
比較生理生化学 (ISSN:09163786)
巻号頁・発行日
vol.40, no.2, pp.88-96, 2023-08-09 (Released:2023-08-30)
参考文献数
38

温帯地域では季節の移り変わりによって外部環境が劇的に変化する。このような四季が存在する地域の生物の多くは1日の日長変化から季節を読み取り,生理状態や行動を適切に調節している。体内で約24時間周期のリズムを刻む体内時計である概日時計が,この日長測定に重要な役割を果たしていると考えられている。一方で,情報処理の中枢である脳神経回路内で,概日時計に基づいた日長情報がどのような神経シグナルを介して伝達され,細胞レベルでどのような日長応答を起こしているのかは長年不明であった。著者らの研究グループは,明瞭な日長応答を示すカメムシなどの野外採集昆虫を用いて,細胞レベルでの生理学的解析とRNA干渉法による遺伝子発現操作解析を組み合わせることで,この概日時計に基づいた日長情報の神経処理機構の解明に取り組んできた。本稿ではまず,概日時計に基づいた日長測定機構のこれまでの研究の歴史について紹介する。続いて,近年著者らが生殖機能に明瞭な日長応答を示すホソヘリカメムシを用いて明らかにした,日長情報を伝達する神経シグナルとそれを受け取った生殖制御細胞での日長応答について紹介したい。
著者
篠原 従道 富岡 憲治
出版者
日本比較生理生化学会
雑誌
比較生理生化学 (ISSN:09163786)
巻号頁・発行日
vol.38, no.1, pp.38-44, 2021-04-01 (Released:2021-04-22)
参考文献数
22

昆虫の多くは休眠状態で越冬する。ある種の昆虫は幼虫で休眠し越冬するが,その分子機構はほとんど未解明である。われわれは,本州から九州にかけて広く生息し,幼虫越冬する2化性 のタンボコオロギ(Modicogryllus siamensis)を用いて幼虫休眠の機構を解析し,日長と温度が協調して幼虫休眠を制御することを明らかにした。すなわち,日長はJuvenile hormone(JH) 合成系を制御することで羽化までの脱皮回数を決定するが,成長速度は温度によりインスリン/TORシグナル伝達系を介して制御される。この両者の協調作用により,秋から冬にかけての短日と低温が成長速度を低下させて幼虫期を延長し,厳しい冬を乗り越えさせていると考えられる。最近,この日長による発育経過の決定機構にエピジェネティックな制御が関係する可能性が示唆されている。今後,次世代シーケンサーや遺伝子編集技術などを利用することで,このメカニズムの解明が進むと期待される。
著者
渡邊 崇之
出版者
日本比較生理生化学会
雑誌
比較生理生化学 (ISSN:09163786)
巻号頁・発行日
vol.37, no.2, pp.130-138, 2020-07-31 (Released:2020-08-20)
参考文献数
31

求愛行動や交尾相手をめぐる闘争行動などの性特異的行動は,脳・神経系に存在する性的二型神経回路により制御される。昆虫では,モデル生物であるキイロショウジョウバエを材料とした分子遺伝学研究により,行動の性的二型性を規定する脳・神経回路の性差を生み出す分子・細胞基盤が詳細に明らかにされてきた。ショウジョウバエでは,性特異的なスプライシング因子であるtransformer 遺伝子の下流でfruitless 遺伝子やdoublesex 遺伝子などの転写因子遺伝子から性特異的な遺伝子産物が生じ,これらを発現する神経細胞が形態的・機能的な性的二型を獲得する。ではtransformer 遺伝子やfruitless 遺伝子,doublesex 遺伝子を中心とした脳・神経回路の性決定メカニズムは,昆虫の様々な系統で種を超えた共通のメカニズムなのであろうか?本総説では,ショウジョウバエにおける脳・神経回路の性決定メカニズムに関する研究を振り返りながら,近年報告された非ショウジョウバエ昆虫,特に原始的な不完全変態昆虫におけるfruitless 遺伝子・doublesex 遺伝子の研究を紹介し,昆虫脳・神経回路の性分化機構の進化について分子進化学的な視点から解説する。
著者
永田 崇 寺北 明久
出版者
日本比較生理生化学会
雑誌
比較生理生化学 (ISSN:09163786)
巻号頁・発行日
vol.36, no.3, pp.175-181, 2019-12-20 (Released:2020-01-10)
参考文献数
27

動物は環境の光から多くの情報を得るために,光受容タンパク質オプシンを使ってさまざまな光受容を行っている。 オプシンは吸収波長特性や生化学的性質などにおいて多様な特徴を示すので,動物の光受容の仕組みを理解するためにはオプシンの性質を知ることが重要である。特に視覚の発達した動物においては,オプシンの吸収波長特性が,眼や網膜の光学的な性質とも関連しながら視覚機能において重要な意味を持つ。筆者らは視覚が発達し,特殊な構造の網膜を持つハエトリグモの複数のオプシンについて,それぞれの吸収波長特性や機能について解析を行ってきた。網膜に発現する1種類のオプシンの吸収波長特性は,網膜の構造との関係によりピンぼけを生じさせ,それによって奥行き知覚のメカニズムを支えていることが示唆された。また,そのような吸収波長特性を生じさせる分子メカニズムにおいて,発色団レチナールの近傍に存在する水素結合系が重要な役割を果たしていることが明らかとなった。本稿では,このようなオプシンの吸収波長特性の生理的意義や波長制御について筆者らの研究成果を中心に紹介する。
著者
岡田 二郎
出版者
日本比較生理生化学会
雑誌
比較生理生化学 (ISSN:09163786)
巻号頁・発行日
vol.19, no.3, pp.187-197, 2002-12-31 (Released:2011-03-14)
参考文献数
60
被引用文献数
1 1
著者
小池 卓二
出版者
日本比較生理生化学会
雑誌
比較生理生化学 (ISSN:09163786)
巻号頁・発行日
vol.24, no.3, pp.122-125, 2007 (Released:2007-12-10)
参考文献数
16

空気の疎密波である音は,鼓膜で機械的振動に変換され,耳小骨を経て,蝸牛内リンパ液へと伝達される。蝸牛内ではリンパ液を介して感覚細胞が刺激され,そこで機械振動は電気信号へと変換され,聴神経を介して脳に伝達される。この様な振動の伝達・変換プロセスを経てヒトは音を認識している。これまで,聴覚機能の解明のために,鼓膜や耳小骨,蝸牛内基底板等の振動挙動の直接観察が試みられてきた。しかし,聴覚器は側頭骨と呼ばれる硬い骨に覆われた観測し難い位置に存在し,振幅も微細であるため,その振動挙動を生理的状態で計測することが極めて困難であり,測定可能部位も限定されるため,未だに不明な点が多い。そこで本稿では,中耳および蝸牛の三次元有限要素モデルを作成し,空気中を伝播してきた音波が体内の振動に変換される過程を解析した。その結果,中耳は振動モード変化を伴いながら1kHzを中心とした穏やかなバンドパスフィルタ特性を示し,蝸牛はその内部構造により,周波数解析を行っている事が確認された。
著者
西野 浩史
出版者
日本比較生理生化学会
雑誌
比較生理生化学 (ISSN:09163786)
巻号頁・発行日
vol.23, no.2, pp.26-37, 2006-04-20
参考文献数
62
被引用文献数
1

広い動物界にあって聴覚を有し, これを同種間コミュニケーションに役立てている動物は前口動物の頂点に位置づけられる昆虫と, 後口動物の頂点に位置づけられる脊椎動物に限定される。系統的に大きく隔てられたこれらの動物が聴覚を発達させていることは, 収斂進化の典型例とみなされてきた。しかし近年の研究からは, 音を処理する感覚細胞は動物間共通の分子機構を持つことが明らかとなってきている。むしろ収斂進化のもっとも顕著な部分は音エネルギーを効率良く感覚ニューロンに伝えるための体構造の修飾にある。鼓膜がその良い例である。本稿では最近10年の聴覚研究の新発見を広くとりあげ, 昆虫の聴覚器官の進化について論じてみたい。
著者
松本 幸久
出版者
日本比較生理生化学会
雑誌
比較生理生化学 (ISSN:09163786)
巻号頁・発行日
vol.25, no.1, pp.11-20, 2008 (Released:2008-04-10)
参考文献数
53
被引用文献数
1 1

学習や記憶は,動物が環境に適応するために必要な脳の基本機能といえる。学習・記憶の神経機構の解明は神経行動・生理学分野における重要課題の1つであり,これまでに様々な動物種を用いた研究が進められている。筆者は,行動学や感覚生理学の材料として馴染みのあるフタホシコオロギが,高度な匂い学習・記憶能力を持つことを行動実験的に明らかにした。本稿では筆者の研究によって得られた知見を中心に,コオロギの匂い学習と記憶について紹介する。まずは,古典的条件付けにより匂い学習が容易に成立することを示す。次にコオロギの匂い学習・記憶能力のうち,1)記憶保持能力,2)記憶容量,3)状況依存的学習能力について紹介する。そして,炭酸ガス麻酔処理や薬物の投与によって,コオロギの記憶が性質の異なる4つの記憶の相に分けられることについて述べる。
著者
田渕 理史
出版者
日本比較生理生化学会
雑誌
比較生理生化学 (ISSN:09163786)
巻号頁・発行日
vol.32, no.3, pp.118-131, 2015-09-01 (Released:2015-09-16)
参考文献数
70

アルツハイマー病は最も一般的な認知症の原因疾患であり,記銘力障害を伴う神経細胞の機能不全を誘発し,最終的には患者に死をもたらす。これまでの研究からアミロイド前駆体蛋白質の部分的切断から生成されるアミロイドβ蛋白質がアルツハイマー病の発生及び進行に重要な役割を担っているという「アミロイドβ仮説」が提唱されているが,近年,「睡眠不足」がアルツハイマー病の進行を促進させるという報告があり,大きな注目を集めている。しかしながら,睡眠がどのようにアルツハイマー病に関与しているかについては未だよく分かっていない。今回,我々は睡眠剥奪によるアミロイドβ蛋白質の増加は睡眠剥奪によってもたらされる神経細胞の「過剰興奮」が原因であることを,ショウジョウバエを用いて明らかにした。まず,睡眠剥奪とアミロイドβ蛋白質は神経細胞に相互作用し,過剰興奮を誘発する特性があることをショウジョウバエの網羅的な行動実験と電気生理実験によって見出した。次に,アミロイドβ蛋白質の蓄積と睡眠剥奪はそれぞれが異なるタイプの電位依存性カリウムチャネルのコンダクタンス低下を引き起こすことで,神経細胞の過剰興奮を誘発していることを見出した。最後に,アルツハイマー病モデルのショウジョウバエに神経細胞の興奮抑制効果がある抗てんかん薬であるレベチラセタムを投与することによって神経細胞の過剰興奮の抑制及びアミロイドβ蛋白質の蓄積量の減少が起こることを見出し,さらにはアルツハイマー病ショウジョウバエの短命な寿命を引き延ばすことが出来た。これらの結果から,睡眠の欠如は神経の過剰興奮を介してアミロイドβ蛋白質の蓄積を促進させることが明らかとなり,アルツハイマー病の進行遅延のために神経の過剰興奮を防ぐことが有効である可能性が示唆された。
著者
酒井 正樹
出版者
日本比較生理生化学会
雑誌
比較生理生化学 (ISSN:09163786)
巻号頁・発行日
vol.29, no.1, pp.26-32, 2012-01-31
参考文献数
8
被引用文献数
3

私は,ながらく岡山大学で教鞭をとり,退職後も現在特命教授として教育に従事している。しかし,それもそろそろ終わりになりつつある。それで,これまで自分がやってきた講義のなかで,学生からよく出た質問や学生が陥りやすい誤りなどについて,書き残しておきたいと思っていた。かって十数年前,私が本誌編集長をしていたとき,大学での講義について,指導方法や教材などを紹介してもらう欄を企画したことがあった。そういうものを復活してもらえないかと考えていた折も折,私たちの学会で教育の向上をはかるための議論がおこってきた。そこで,黒川編集長と相談のうえ,ここに書かせて頂くことになった。