著者
橘木 修志 河村 悟
出版者
日本比較生理生化学会
雑誌
比較生理生化学 (ISSN:09163786)
巻号頁・発行日
vol.34, no.3, pp.70-79, 2017-09-21 (Released:2017-10-06)
参考文献数
48

脊椎動物の網膜には桿体と錐体の2種類の視細胞が存在する。いずれも光を検出して神経情報に変換する働きをしている細胞であり,互いによく似ている細胞である。その一方,光に対する応答の仕方には2つの点で大きな違いがある。一つめの違いは光に対する感度の違いである。光に対する感度は錐体よりも桿体のほうが著しく高い。このため,我々は暗いところで桿体を使って物を見ることが出来る。もう一つの違いは応答の持続時間の違いである。同じ光刺激に対して,錐体は桿体より短く応答する。このため,錐体が働く明るい光環境下では,より高い時間分解能で光刺激の変化を見ることが出来る。応答の異なる2種類の視細胞を使い分けることにより,我々は様々な光環境で物を見ている。ところが,桿体と錐体の応答の違いがどのような分子メカニズムで決まっているのかについては長らく不明であった。著者らは魚類のコイの網膜から精製した桿体と錐体を材料として,その違いの生じる分子メカニズムを研究している。本稿では著者らの成果を中心に,これまでにわかってきたことを紹介したい。
著者
菅原 道夫
出版者
日本比較生理生化学会
雑誌
比較生理生化学 (ISSN:09163786)
巻号頁・発行日
vol.30, no.1, pp.11-17, 2013-03-01 (Released:2013-04-02)
参考文献数
26

キンリョウヘン(Cymbidium floribundum)の花に,ニホンミツバチ(Apis cerana japonica)の働きバチだけでなく,オバチも女王バチもさらには分蜂群や逃亡群までもが誘引されることが知られている。この誘引物質が,3-hydroxyoctanoic acid(3-HOAA)と10-hydroxy-(E)-2-decenoic acid(10-HDA)の混合物であることを明らかにすることができた。ニホンミツバチは,大顎腺に3-HOAAと10-HDAを持っていると報告されている。まだ確証はないが,この混合物は集合フェロモンとして機能していると思われる。これらは混合物としてはじめて機能し,単独では誘引力がない。キンリョウヘンは,ハチの大顎腺から分泌されるフェロモンを擬態しニホンミツバチを誘引していると考えている。 これまで,日本では,ニホンミツバチを使った伝統的な養蜂において,分蜂群を捕獲するためにキンリョウヘンが利用されてきた。この誘引物質の発見は,キンリョウヘンの代わりになる分蜂群を捕獲するルアーの作成に道を開く。さらに,これらの成分に ニホンミツバチと同様に誘引される22)トウヨウミツバチ(A. carina)の他の亜種を使った東南アジアにおける伝統的な養蜂の技術革新に貢献できると思われる。加えて,ジャワからのトウヨウミツバチの侵入がセイヨウミツバチ(A. mellifera)による養蜂の脅威となっているオーストラリアにおいて,トウヨウミツバチの効果的な捕獲法の開発を可能にするであろう。
著者
河村 正二
出版者
THE JAPANESE SOCIETY FOR COMPARATIVE PHYSIOLOGY AND BIOCHEMISTRY
雑誌
比較生理生化学 (ISSN:09163786)
巻号頁・発行日
vol.26, no.3, pp.110-116, 2009-08-20
被引用文献数
1

近年様々な動物において色覚を担う光センサー(錐体オプシン)の解明が進み,動物によりその数や種類や発現パターンが異なることがわかってきた。明度が絶え間なく変動する浅瀬の水環境と森林環境は色覚進化の揺籃地であり,脊椎動物では特に魚類と霊長類が顕著な色覚多様性を示すことと符合する。例えば,魚類のゼブラフィッシュは8種類もの錐体視物質をもち,網膜の領域により発現する錐体オプシンの構成を違えることで,視線の方向によって色覚を違えていると考えられる。これを実現するためのオプシン遺伝子の制御メカニズムもわかってきた。また,中南米に生息する新世界ザルには1つの種内に6種類の異なる色覚型が存在するものが知られており,生息環境と色覚との密接な関連もわかってきている。本稿では魚類と霊長類の錐体オプシンの多様性とその生態学的意味についての最近の知見を紹介する。
著者
眞鍋 康子 井上 菜穂子 高木 麻由美 藤井 宣晴
出版者
日本比較生理生化学会
雑誌
比較生理生化学 (ISSN:09163786)
巻号頁・発行日
vol.29, no.2, pp.70-75, 2012-04-30 (Released:2012-05-25)
参考文献数
46

AMPキナーゼは,真核生物において高度に保存されたセリン/スレオニンキナーゼである。キナーゼ活性が同定されたのは1970年代初期であるが,その生物学的重要性が認識され始めたのは最近になってからである。細胞内のエネルギー・レベルを感知して,低エネルギー環境に適応するための種々の調節を行う。生命活動のイベントの多くは,細胞レベルであっても個体レベルであっても,何らかの形でエネルギー代謝と関連している。そのため,AMPキナーゼが担う役割も単なるエネルギー・センサーに留まるものではなく,細胞の基本的活動(増殖・分化など)から疾患の生起にまでわたる。本稿では,AMPキナーゼの分子構造および機能を解説する。
著者
勝又 綾子 尾崎 まみこ
出版者
日本比較生理生化学会
雑誌
比較生理生化学 (ISSN:09163786)
巻号頁・発行日
vol.24, no.1, pp.3-17, 2007 (Released:2007-10-02)
参考文献数
77

私達が野外や屋内で何気なく見かけるアリは,分布域の広さとバイオマスの大きさによって,生態系において圧倒的な優位性を示す。高度に組織化されたアリの社会は,それぞれの種が進化過程で培った高度なケミカルコミュニケーションの多様性,すなわちコロニーメンバーが分業し活動を協調させるための,通信コードとしての情報化学物質の豊富さに支えられている。 それではアリ達は具体的に,どのような情報化学物質を,どのように処理して,統制のとれた複雑な行動を示すのだろうか? 本稿では,アリの社会における代表的なケミカルコミュニケーションを紹介し,そこで用いられる重要なフェロモン,化学受容器,一次感覚中枢(触角葉など),高次中枢における情報処理系の最近の研究について触れる。
著者
長谷川 英一
出版者
日本比較生理生化学会
雑誌
比較生理生化学 (ISSN:09163786)
巻号頁・発行日
vol.25, no.4, pp.156-164, 2008 (Released:2009-07-09)
参考文献数
44

一生のうちに,川と海の間を往き来する魚を通し回遊魚(Diadromous fish)という。そのような魚種としてウナギ,アユ,サケ(シロサケ),ヨシノボリなどが挙げられる11)。淡水と海水という塩分濃度が著しく異なる水域を彼らは何故回遊するのであろうか。それを支える生体内でのメカニズムについては,内分泌系(ホルモン)や感覚神経系(嗅覚)の関与が解明されている30)。このようなメカニズムがこれらの魚に備わったのは,環境適応による種遺伝子の保存という進化論がその答えを与えてくれるであろう。 ダーウィンが「種の起源」を著し,生物の進化論が世に広まったのは1859年のことである。それからほぼ1世紀が経過した1958年に Wald43)は視覚の機序を司る化学物質である視物質(Visual pigment)からみた脊椎動物の進化を発表した。 生物はその進化とともに光を効率よく利用するために視覚器を発達させてきた。視覚は明暗と色彩に関わる感覚であり,また,これに基づく空間知覚にあずかる機能を持ち,生存のために重要な役割を担っている。視覚は網膜内にある光受容細胞である視細胞中の視物質が先ず光化学変化を起こすことに始まる。本稿ではこの重要な化学物質である視物質とその光化学変化量を制御する役割の網膜運動反応(retinomotor movement)7),そして視運動反応(optomotor reaction)26)を利用した行動生理学的実験などを紹介し,通し回遊魚の視覚のメカニズムとその資源生物学的意味について考える。
著者
酒井 正樹
出版者
日本比較生理生化学会
雑誌
比較生理生化学 (ISSN:09163786)
巻号頁・発行日
vol.29, no.1, pp.26-32, 2012-01-31 (Released:2012-10-17)
参考文献数
8
被引用文献数
3

私は,ながらく岡山大学で教鞭をとり,退職後も現在特命教授として教育に従事している。しかし,それもそろそろ終わりになりつつある。それで,これまで自分がやってきた講義のなかで,学生からよく出た質問や学生が陥りやすい誤りなどについて,書き残しておきたいと思っていた。かって十数年前,私が本誌編集長をしていたとき,大学での講義について,指導方法や教材などを紹介してもらう欄を企画したことがあった。そういうものを復活してもらえないかと考えていた折も折,私たちの学会で教育の向上をはかるための議論がおこってきた。そこで,黒川編集長と相談のうえ,ここに書かせて頂くことになった。
著者
酒井 正樹
出版者
日本比較生理生化学会
雑誌
比較生理生化学 (ISSN:09163786)
巻号頁・発行日
vol.29, no.2, pp.76-86, 2012-04-30 (Released:2012-10-17)
参考文献数
7
被引用文献数
2

今回は細胞の興奮をとりあげる。興奮とは,生理学では細胞が活動電位を発生することと同義である。生きている細胞は,すべて静止膜電位をもっているが,体をつくる多くの組織細胞,たとえば肝細胞や上皮細胞などは活動電位を発生しない。一方,神経細胞(ニューロン)や筋細胞などは活動電位を発生する。活動電位とは,細胞内電位が一定の値よりも浅くなったとき,それに続く一過性の大きな電位変化のことである。活動電位発生のしくみは,静止電位のしくみを理解しておれば,さほど難しいものではない。しかし,学生には静止電位のときと同じく,知識不足や誤解があり,また誤ったイメージをもっている者がいる。それらは,高校の「生物」によるところが大きく,ぜひ正しておかねばならない。では授業をはじめよう。5つのコラムは,必要のない方にはとばしていただいて結構である。
著者
勝又 綾子 Jules Silverman Coby Schal
出版者
日本比較生理生化学会
雑誌
比較生理生化学 (ISSN:09163786)
巻号頁・発行日
vol.31, no.4, pp.220-230, 2014-12-25 (Released:2015-01-19)
参考文献数
66
被引用文献数
1

チャバネゴキブリの駆除には糖で甘味づけした毒餌が用いられる。しかし毒餌によって急激な淘汰圧を受けた地域では, 毒餌を食べない個体群が出現する。私たちは, これらのゴキブリが摂食促進物質として毒餌に使われるグルコースを忌避することを示し, また, 強い淘汰圧下で出現した「グルコース忌避」という適応的食物選択行動が, 味受容細胞の感受性の変異によることを, 電気生理学的手法で明らかにした。グルコースを好む野生系統(WT型)は, 他の生物種と同様に, 口器にある甘味物質感受性の味受容細胞でグルコースを受容する。しかしグルコース忌避系統(GA型)では苦味物質を感受する味受容細胞がグルコース感受性を示す。つまりGA型のゴキブリは, グルコースを甘味ではなく苦味として判断していると考えられる。また, グルコースと誘導体を用いた構造活性相関試験によって, GA型の苦味受容細胞に発現している味覚受容体の構造が, グルコースと結合するように変異している可能性があることがわかった。急激な環境変化に伴い生物個体群が適応的食物選択行動を新しく出現させる時, 味受容細胞の感受性の遺伝多型が重要な役割を果たしていると考えられる。
著者
岡田 龍一
出版者
日本比較生理生化学会
雑誌
比較生理生化学 (ISSN:09163786)
巻号頁・発行日
vol.29, no.3, pp.121-130, 2012-09-20 (Released:2012-10-17)
参考文献数
60

ミツバチの採餌行動において,良質な餌場を発見したミツバチは巣に戻ってから翅を振動させながら尻を振って歩く。Karl von Frischは,この尻振りダンスと呼ばれる行動が巣の仲間に餌場の位置を伝えるコミュニケーションであることを発見した。尻振りダンスによってミツバチコロニーは良質の餌場を効率よく訪問し,急な採餌環境の変化であっても迅速に反応することができる。この行動に関する研究は,Frischが1973年にノーベル賞生理学医学賞を受賞した後40年経ても,今なお論文が発表され続けている「生きた」研究分野である。本稿では尻振りダンスに関する行動観察および実験,ダンス情報の符号化と復号化に関する神経メカニズム,コンピュータによる採餌行動のシミュレーションなどを,筆者らの研究を中心に情報の伝達に着目して,尻振りダンスに関してどれくらい明らかになっているのか,どのように今,解釈されているのかを紹介する。最後には尻振りダンスに関する最新のトピックスを挙げる。本稿によって,生態学的にも,行動学的にも,社会生物学的にも,進化学的にも,神経行動学的にも興味深い,この行動に多くの方が興味を持ってもらえれば幸いである。
著者
市之瀬 敏晴 山方 恒宏
出版者
日本比較生理生化学会
雑誌
比較生理生化学 (ISSN:09163786)
巻号頁・発行日
vol.34, no.4, pp.108-115, 2017-12-28 (Released:2018-01-17)
参考文献数
60

ドーパミンは睡眠,学習や求愛行動など,動物のさまざまな行動を制御する。中脳ドーパミンニューロンは,報酬刺激に対する一過的なバースト発火を生理学的特徴とするが,その多くは,外界からの刺激がない状態でも内因的な神経活動を示すことが知られている。先行研究により,このドーパミンニューロンの「自発活動」は,学習などの脳機能に重要な役割を果たすことが分かってきた。しかし,行動との因果関係やその作用メカニズムについては,未だ不明な点が多い。近年,モデル生物であるキイロショウジョウバエDrosophila melanogasterの脳内においてもドーパミンニューロンが自発的な活動を示すことが分かってきた。最新の生理学的手法,および遺伝学的アプローチにより,ショウジョウバエの行動および内的状態がこの自発活動に反映されており,その変化は個体レベルの行動に直接的に影響することが明らかとなりつつある。さらに自発活動の制御に関わる分子やドーパミンニューロンの局所回路も同定されつつある。本総説では,ショウジョウバエを中心とした最新の知見をまとめ,ドーパミンニューロンの自発活動が動物の行動制御において果たす意義について考察したい。
著者
岡田 二郎
出版者
日本比較生理生化学会
雑誌
比較生理生化学 (ISSN:09163786)
巻号頁・発行日
vol.19, no.3, pp.187-197, 2002-12-31 (Released:2011-03-14)
参考文献数
60
被引用文献数
1
著者
山下(川野) 絵美
出版者
日本比較生理生化学会
雑誌
比較生理生化学 (ISSN:09163786)
巻号頁・発行日
vol.32, no.1, pp.2-9, 2015-03-16 (Released:2015-04-03)
参考文献数
49

動物は,光を物の形や色を認識する「視覚」で利用するのに加え,生体リズムの制御などの様々な「視覚以外(非視覚)」の生理機能の調節に用いている。哺乳類を除く多くの脊椎動物において,非視覚の光受容には,松果体や脳深部などの,眼以外の光受容器官の関与が広く知られている。下等脊椎動物の松果体やその関連器官は、環境光の明暗だけでなく、波長成分(色)を検出できる(波長識別応答)。著者らは、ヤツメウナギ松果体において,波長識別応答に関わるUV光受容タンパク質としてパラピノプシンを同定した。これまでに行ってきた生化学的、分光学的、組織化学的、電気生理学的解析から、パラピノプシンは,松果体波長識別の分子基盤の解明のためだけでなく,その特徴的な分子特性から,脊椎動物の視覚オプシンの分子進化を考える上でもカギとなる分子であることが分かってきた。ここでは,松果体UV光受容タンパク質パラピノプシンに関する著者らの研究成果を中心に,松果体やその関連器官における波長識別とオプシンの分子進化に関する知見を紹介する。
著者
安藤 規泰
出版者
日本比較生理生化学会
雑誌
比較生理生化学 (ISSN:09163786)
巻号頁・発行日
vol.35, no.2, pp.108-118, 2018-08-15

<p>飛行は,昆虫を特徴づける行動の1つであるが,飛行の研究は昆虫に限らず,動物一般の運動制御にとって重要な発見をもたらしてきた。運動制御機構の研究のモデルとなる動物には,主にサバクバッタ,ハエ,そしてスズメガが用いられてきたが,なかでもサバクバッタは中枢パターン発生器の発見で有名であり,昆虫飛行の代表的なモデルである。ハエは小さいながらも極めて優れた飛行能力を有しており,それを支える感覚運動系の研究に多く用いられてきた。特にショウジョウバエは,近年の遺伝子工学の進歩により,飛行の神経メカニズムの解明になくてはならない存在である。一方,スズメガは,サバクバッタと並ぶ大型の実験昆虫で,ハエに匹敵する高い運動能力を備えている。そして,形態も内部メカニズムも両実験昆虫の中間的な特徴を有しており,飛行の多様性を知るうえで無視できない存在である。本稿では,このスズメガを中心に,筆者らがこれまで進めてきた自己受容器による感覚フィードバック経路の解析,自由飛行における飛翔筋活動と羽ばたき運動計測,そして飛翔筋活動による胸部外骨格の変形の解析という,互いに密接に関連した研究の概要を紹介する。さらに,他の研究グループから近年報告されたユニークな飛行のメカニズムの話題を合わせて紹介する。最後に昆虫飛行の研究の今後の展望として,統合的な理解を進めるために何をすべきかを議論する。</p>