著者
清水 武
出版者
日本質的心理学会
雑誌
質的心理学研究 (ISSN:24357065)
巻号頁・発行日
vol.3, no.1, pp.114-129, 2004 (Released:2020-07-05)

本稿は,遊びの心理学的研究と理論が抱える現在の行き詰まり的状況を打破するために,遊びについて改めて問い直し,理解することを目的とした。第一に,いかに問いを立て取り組むべきかが整理され,なぜ人は遊ぶのかという問いに答えるのではなく,遊びとは何かを問う必要性が指摘された。極端な主観主義や客観主義に基づく枠組みの限界が示され,ひとつの方法として構造主義が採用された。 第二に,構造主義の立場から,Piaget の遊び論とその問題点が取りあげられ,Piaget 以後の議論とあわせることで,新たな解釈枠組みが構造モデルとして提案された。第三に,導かれた構造モデルは,遊びと探索が互いに類似し,また同時に相違しているという謎を解明し,さらに質的研究にも応用できる可能性が示唆され,遊びとは何かを明らかにする意義が改めて論じられた。最後に,これからの課題についての議論がなされた。
著者
沖潮(原田) 満里子
出版者
日本質的心理学会
雑誌
質的心理学研究 (ISSN:24357065)
巻号頁・発行日
vol.12, no.1, pp.157-175, 2013 (Released:2020-07-09)
被引用文献数
1

本稿は近年注目されつつある自己エスノグラフィの手法を発展させ,対話的に実践した試みを紹介し,その有用性と意義を検討することを目的としている。自己エスノグラフィとは,自分自身の経験を探求し,自身の意識のありようや文化について明らかにしていく質的研究のひとつの方法である。従来は研究者本人による想起的な記述がその手法として広く知れ渡っていたが,筆者は対話者を設定して,障害を抱える妹との関係を中心としたライフストーリーを語り,それに対して継続して共同的に分析・解釈を行なうことを試みた。従来の自己エスノグラフィについては,データの信頼性の問題,物語としての読みやすさやわかりやすさの欠落,分析よりも自己語りへの過度な依存,そして他者との相互的なつながりが見えにくい点が批判されてきた。また,自己を客観視することの困難さ,自己探究に伴う精神的苦痛への対応の問題も研究の実践において指摘されてきた。それに対して対話的な自己エスノグラフィはそういった批判に応えた上で,さらには他者の介在により新たな視点が生まれ,研究の拡がりが増す等の有用性があると考えられた。最後にこの方法を施行する上での留意点として,対話者の資質,研究者と対話者の関係性についても考察を行なった。
著者
永杉 理惠 若鍋 久美子
出版者
日本質的心理学会
雑誌
質的心理学研究 (ISSN:24357065)
巻号頁・発行日
vol.20, no.Special, pp.S243-S249, 2021 (Released:2022-05-20)

障害のある子どもが楽器を演奏する場合,楽譜にとらわれることのない即興による音楽表現は,その子どもの個 性や障害特性に合った演奏スタイルを活かすことができ,主体的な活動を促すのに適していると考えられる。本 研究はある演奏家の実践と語りから,彼女が特別支援学校・特別支援学級において,障害のある子どもの集団を 対象にした即興による音楽表現活動をどのように展開しているのかを分析した。その結果,彼女の即興による音 楽表現の指導は,打楽器奏者としての音への繊細な感覚が色濃く反映されたものであり,音楽や音を聴くことの 学びを促す活動がその軸となって展開していることを見出した。子どもたちが打楽器の音色やその音の響きに気 づき傾聴し,子ども同士がお互いの音による表現を聴き合いながら即興で自由に音のやり取りをする活動の過程 に,音や音楽を聴くことの学びの意義と,音や音楽によるコミュニケーションとしての意義を見出すことができた。
著者
横山 愛
出版者
日本質的心理学会
雑誌
質的心理学研究 (ISSN:24357065)
巻号頁・発行日
vol.20, no.Special, pp.S43-S50, 2021 (Released:2021-12-29)

本研究は,一斉授業で,指名されていない児童の発話に教師がどのような対応をしているのか,また,教師の対 応によって授業展開にどのような影響が及ぶのかを検討する。小学校2 年生の算数授業の記録を対象に,指名さ れていない児童の発話への教師の対応に関するカテゴリー分析,授業計画と実際の授業展開の比較を通した事例 の分類と考察を行った。その結果,以下の3 点が明らかになった。第一に,教師は指名されていない児童の発話 を授業に活かし,児童の学習に繋げようとしていた。第二に,指名されていない児童の発話への教師の対応がきっ かけとなり,授業計画に変更が生じていた。第三に,指名されていない児童の発話に対して,教師が学習を深め る意図を持つ対応をすることで,授業計画が変更され,児童に合わせた話し合いがなされていた。具体的には, 指名されていない児童の発話を授業計画に関連づけて扱う場合には,〈追究〉し,指導内容に近づけていた。また, 指名されていない児童の発話を授業の問いとして扱う場合には,〈繰り返し〉によって,疑問を共有し,話し合い に繋げていた。以上の事例分析から,教師が指名されていない児童の発話に受容的に対応し,柔軟に計画を変更 して児童の疑問について話し合う授業過程が示された。指名されていない児童の発話への対応をきっかけに計画 とは異なる展開となった場合にも,学習の深まりに繋げられる可能性が示唆された。
著者
中川 善典 桑名 あすか
出版者
日本質的心理学会
雑誌
質的心理学研究 (ISSN:24357065)
巻号頁・発行日
vol.17, no.1, pp.105-124, 2018 (Released:2021-04-12)

本研究は,民芸論や民具学において殆ど着目されてこなかった,民芸/民具の作り手の人生に注目した質的研究で ある。具体的にはまず,準備的検討として,対象物をほぼ共有する一方,殆ど交わることなく発展してきた民芸論 と民具学においてそれぞれ中心的な役割を果たした柳宗悦と宮本常一とに注目し,両者に共通する作り手像とし て「社会から軽視された作り手」「使い手と信頼で結ばれた作り手」「集団的な力に導かれた作り手」の3つを抽 出した。次いで,高知県芸西村に古くから伝わる民芸/民具の唯一の伝承者である宮崎直子氏が笠製作に見出し ている意味を解明するためのライフ・ストーリー・インタビューを行った。彼女は高齢であり,後継者がいない ため,この笠製作の技術は消えつつある。このインタビューにより,作り手に関する上記の三側面は確かに彼女に とっての笠製作の意味を理解する上で重要なテーマになっていることが分かった。また,それらが互いに関連し 合う構造が明らかになった。最後に,消えつつある民俗文化財の保存に際して,作り手のライフ・ストーリーとと もにそれを後世に残す意義について検討した。
著者
荒川 歩 白井 美穂 松尾 智康 加藤 賢大
出版者
日本質的心理学会
雑誌
質的心理学研究 (ISSN:24357065)
巻号頁・発行日
vol.18, no.1, pp.263-273, 2019 (Released:2021-04-12)

インタビュイーの中には豊かで巧みな表現を行えるインタビュイーもいれば,あまり話さないインタビュイーも いる。有名な質的研究には,そのフィールドに熟知しているというだけではなく,研究者が引用したいと思うよ うな多くの点を話すことのできる人が関わっていることが多い。そこで,質的研究にとって重要な情報とはどの ような情報なのかを明らかにするために,本研究では学会賞を受賞した 4 つの質的研究を対象に分析を行った。 ほぼすべての引用にラベルを付けたところ,それらのラベルからは 6 つのカテゴリの存在が明らかになった。そ れは,「体験の具体的な説明」「自分(たち)なりの理解,解釈,意味づけ」「問題に直面した場面における自分 (たち)なりの対処」「俯瞰的説明」「異なる時間についての見解」「現実とずれるインタビュイー」である。これ らに基づき,「良いインタビュイー」の特徴と,質的研究の根拠の構造について議論した。
著者
西崎 実穂 野中 哲士 佐々木 正人
出版者
日本質的心理学会
雑誌
質的心理学研究 (ISSN:24357065)
巻号頁・発行日
vol.10, no.1, pp.64-78, 2011 (Released:2020-07-08)
被引用文献数
1

本研究は,高度な経験を有する描画者による,一枚のデッサンの制作過程を分析することを目的とした。対象の特徴を捉え,形状や質感,陰影を描くという客観描写としてのデッサンは,通常数時間を要する。本研究では,制作開始から終了までの約 2 時間半,描画者によるデッサンの描画行為の構成とその転換に着目し,制作過程に現れる身体技法を検討した。結果,描画行為を構成する複数の描画動作パターンの存在と時間経過に伴う特徴を確認した。特に,観察を前提とした客観描写に重点を置くデッサンにおいて,「見る」行為の役割を,姿勢に現れる描画動作の一種である「画面に近づく/離れる」動作から報告した。デッサンにおいて「見る」という視覚の役割は,姿勢の変化に現れると同時にデッサンの制作過程を支えていることが示された。
著者
劉 礫岩 細馬 宏通
出版者
日本質的心理学会
雑誌
質的心理学研究 (ISSN:24357065)
巻号頁・発行日
vol.16, no.1, pp.46-62, 2017 (Released:2020-07-10)

スポーツのテレビ実況中継において,アナウンサーと解説者は絶えず変化する映像に現れる変化や出来事をことばで迅速に指し示す必要に迫られる。本研究はカーレースのテレビ実況中継をデータに,アナウンサーと解説者はどのようにことばによる指し示しを行い,映像と発話を結び付けるかについて分析を行った。その結果,アナウンサーと解説者は,「あっ」や「ほら」などの間投詞と,「こ」系指示表現を用いて,映像内の変化や出来事を異なる仕方で指し示すことがわかった。発話冒頭に置かれる指示表現「これ」は,現在映像内の状況にほかの参加者の注意を惹きつけるだけでなく,現在の状況について,話者はすでになんらかの仕方で把握していることを指標する。一方間投詞「ほら」は,映像に現れた話者がすでに述べた意見や予想と適合する出来事を指し示すために用いられる。これらのことばによる指し示しは,単に発話と映像を結び付けるだけでなく,実況におけるアナウンサーと解説者の職業的なアイデンティティの実現とも結びついていることがわかった。
著者
竹家 一美
出版者
日本質的心理学会
雑誌
質的心理学研究 (ISSN:24357065)
巻号頁・発行日
vol.7, no.1, pp.118-137, 2008 (Released:2020-07-06)
被引用文献数
1

生殖補助医療の急速な進展は,不妊に苦悩する女性たちに,希望と残酷な可能性の両方をもたらしてしまった。不妊治療は「先の見えないトンネル」ともいわれ,治療の結果,子どもを持てる確率は非常に低いのが現実である。不妊治療は妊娠・出産を迎えなければ完了せず,治療の継続・断念は当事者に一任される。本研究では,不妊治療を経験したうえで「子どもを持たない人生」を選択した女性 9 名との半構造化面接を通して,「子どもを持たない人生」を受容するプロセスを明らかにし,彼女たちの人生における不妊治療経験の意味を検討することを目的とした。対象者の語りは「不妊治療初期」「不妊治療集中期」「不妊治療終結期」の 3 つの時期に分けられたが,女性たちの心の変容プロセスは段階的,画一的なものではありえず,個別的で多様性にみちていた。また,対象者の語りにおいて不妊治療の経験は,「受容感の拡大」「価値観の転換」「治療の意味づけの変更」「生成継承性の芽生え」に繋がるものとして意味づけられていた。不妊治療終結期以降,不妊に苦悩した女性たちは,「社会化」を実現することによって不妊を乗り越えていた。生涯発達的観点からみると,彼女たちの語りには,肯定的な意味づけと発達的な一側面が示唆されていると思われた。
著者
平本 毅 山内 裕
出版者
日本質的心理学会
雑誌
質的心理学研究 (ISSN:24357065)
巻号頁・発行日
vol.16, no.1, pp.79-98, 2017 (Released:2020-07-10)

本稿ではサービスエンカウンターにおけるサービス提供者の「状況への気づき」がもつ社会規範性を例証するために,イタリアンレストランの注文場面において,注文品を選んだ客の様子に店員がどう「気づく」かを,会話分析により調べる。分析結果から,注文の伺いに際して店員が客の様子に「気づく」という事態が,秩序立った仕方で相互行為的に組織されていることが明らかになった。具体的には,注文品を選んだ客がいきなり店員に声をかけることは少なく,まずは,厨房を見る,辺りを見回す,姿勢を変化させる,荷物を探る,窓の外をみる,メニュー表をよける,おしぼりの袋をあける,携帯電話をいじる等々の「注文を決める活動からの離脱を示す要素」を配置していた。この「注文を決める活動からの離脱を示す要素の配置」が,店員の「気づき」を可能にする。ただし店員はいつもこれにすぐ「気づく」わけではない。「注文を決める活動からの離脱を示す要素の配置」が失敗した場合に,客が店員を「直接呼ぶ」手段がとられる。以上の結果は,サービスの提供場面において,顧客のニーズに「気づく」ことが,店員と客とが,社会規範を参照しながら相互行為的に達成しているものであることであることを示している。
著者
阪本 英二
出版者
日本質的心理学会
雑誌
質的心理学研究 (ISSN:24357065)
巻号頁・発行日
vol.5, no.1, pp.180-193, 2006 (Released:2020-07-06)

「存在論的問い」は,とりわけ質的心理学において必要とされている。この点で,清水論文「遊びの構造と存在論的解釈」(2004,質的心理学研究,3,pp.114-129)がこの方法論を提起しそれを試みたことは,大いに評価すべきである。本論文は,今後心理学においてこの方法論が進められることを見越して,清水論文に対して以下のようなコメントと質問を提出するものである。①清水論文で導入された構造概念の整合性を検討するために,ロムバッハ(Rombach, 1971/1983)の構造概念を補足説明し,質問を提出する。②清水論文において存在論的解釈の意味するところが不明確であり一部誤解があることを指摘し,「遊び」が存在論的に問われているかを検討する。一方で清水自身の素朴な遊び了解に基づいて解釈されている点があることを指摘し,「実存論的分析論」(Heidegger, 1927/1994)という別の問い方の可能性を検討する。③その具体的方法として,遊びそのものが生き生きと生成される可能性のある「現象学的記述」を検討する。④最後に,心理学の領域で存在論的解釈が導入される際に生じうる問題について議論し,今後の展望を素描する。
著者
木戸 彩恵
出版者
日本質的心理学会
雑誌
質的心理学研究 (ISSN:24357065)
巻号頁・発行日
vol.10, no.1, pp.79-96, 2011 (Released:2020-07-08)

本論文の目的は,女性の化粧行為の形成と文化移行による変容について,その過程とダイナミズムを捉えることである。調査では,定常的に化粧行為をする/しない選択をおこなった日本と米国の大学に通う女性 9 名の調査協力者に対して,半構造化インタビューを実施した。インタビューによって得られた調査協力者の化粧行為にまつわる語りに対し,文化心理学の記述モデルである複線径路・等至性モデル(Trajectory and Equifinality Model:TEM)を用いて,時系列に沿ったモデルを作成した。さらに,個人の選択を方向づける社会・文化的影響についての分析をおこなった。結果として,①女性の化粧を促進する社会・文化的影響が強い日本では,化粧行為形成に至るまでに,「受身的化粧」「自発的化粧」という 2 つの種類の経験をすること。②文化的越境を通じて異文化に身をおくことは自文化で培われた行為を相対化して見なおし,新たな習慣の形成と変容のための契機となり得ることが明らかになった。
著者
松嶋 秀明
出版者
日本質的心理学会
雑誌
質的心理学研究 (ISSN:24357065)
巻号頁・発行日
vol.4, no.1, pp.165-185, 2005 (Released:2020-07-05)

本論では,中学校教師たち,なかでも生徒指導にかかわった教師たちは,生徒をいかなる存在としてとらえ,自らの関わりをどのように意味づけているのだろうか,この問いに答えるべく,教師へのインタビューの解釈的な探求を試みた。語りの内容を総合すると,(1)生徒を集団の一部として/個人としてとらえる視点軸,(2)生徒を教師に比べて未熟な存在として/生徒を教師と対等な存在としてとらえる視点軸という,2 つの相矛盾するような視点対によって構成される軸に言及していた。なかでも教師がそれぞれの生徒とのかかわりのなかで重視しているのは,「人間的なつきあい」と称される,生徒への半ば対等な関わりである。そのことは教師に葛藤を感じさせることもあれば,重要な思い出として本人の指導観を大きく左右することもある。また,この軸は明確な境界というよりも,教師の実践のなかでその都度,揺れ動くものである。揺らぎをふくみつつ,教師が対話的に生徒にかかわることで,生徒からは次第に教師が「動かない/不変の」対象として存在するように体験されること,それが生徒にとっては肯定的に評価され得ることが仮説として示された。